34冊目
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部屋の扉に穴を開けるよりは、魔力を使わないと言っていた。つまり、範囲を気にせずあの錐で削って、ある程度したら、力任せにドン!といくらしい。
「破片が飛び散らないように、風で受け止めてほしいんだ」
風の壁を作らないと、雑貨店と古書店の建物に被害が出る恐れがあるそうだ。
「頼むぞ?ジュードくん。窓なんて割ってしまったら大変だ。俺は、怒られたくない」
「俺も、ハルに怒られたくない」
「よし、始めよう」
まずロンドは、錐で線を引くように、煉瓦の壁を削っていった。庭の一部の壁を膝の高さまでにする。
これで、ハルを横抱きにして跳ばなくて済むが、少し残念に思う自分がいた。
「残念か?」
ロンドが手を止めて、にやりとしてジュードを見ていた。そんなに顔に出ていたのだろうかと、苦笑いをする。
「膝の高さにしたら、平らになるようにキレイに整えて、ここに座れるようにしよう。お互いここで好きな時に、コーヒーを飲んだり、サンドイッチやベーグルを食べたり‥‥‥」
「よし、早く作ろう」
「ははっ」
ロンドが笑いながら、錐に再び魔力を込めた。古書店側まで削りながら進み、最初のに錐を刺した所に繋がった。そろそろジュードの出番だ。
「ロンドさんの後ろに立つ」
「わかった」
壁と自分たちを囲むように風の壁を創り出した。ロンドがハンマーを出して、壁を叩く。ドゴッドゴッと叩く度に、煉瓦が風の壁に当たって落ちる。このハンマーにも魔力を入れて、改造したらしい。また秘密が増えた。
「「うわっ」」
一気に煉瓦の壁が塊で古書店側に落ちた。倒れないように風で支える。ロンドが慌てて、上からハンマーで叩き、塊は砕けた。
「あ、焦った‥‥‥」
「良かった‥‥‥」
砕いた煉瓦は、ロンドが庭造りに利用するらしく、庭の隅に風で運んだ。細かい粉は集めて袋に入れた。芝生はキレイになり、どちらの庭も丸見えになった。
「ジュードくん、ありがとう。それから、見えないようアレをここにも使うから大丈夫だ」
脱衣所の穴に埋め込んだ魔石のように、ここも鏡のようにするのだとわかった。魔石まで使うなんて、ハルは思っていないはずだ。
「ハルに言うから、それまでまだ魔石は入れないでくれ」
「はは、わかったわかった」
ジュードが裏口をノックしてみたら、すぐにハルが出てきた。部屋で休んでいなかったようだ。「えっ?いつの間に?」と驚いている。破壊の音は風の壁によってしっかり遮られていたらしい。
「ここの煉瓦はどこに?」
「ロンドさんが使うから向こうの庭にある」
「ロンドさんもジュード様も、ありがとうございます!ふふっ、うちの狭い庭が広くなったように見えますね」
「「‥‥‥」」
これは、魔石を入れたらガッカリするのか?
「ジュードくん、ちょっとロゼッタにも聞いてくる」
「その方がいいな」
ロンドが裏口から店に戻った。
「ハル、広くなったようで嬉しいかもしれないが、ロンドさんとロゼッタさんのプライベートが丸見えだ」
「‥‥‥。確かに、そうです」
ベンチで仲良く寄り添う二人が丸見えになるのだと思うと、今度は隣を気にしてキッチンから出難くなる。
「魔石を入れる提案をされたんだが」
「脱衣所のように、ですか‥‥‥」
「‥‥‥」
ガッカリしている。確かに、裏口を開けたら自分たちが映るのだ。トレーニングする自分も映ることを想像したら、ジュードもガッカリな顔になった。
「‥‥‥それなら私は、開閉式に扉を付けた方がまだ‥‥‥」
「「「それだ!」」」
出てきた夫婦とジュードの声が重なった。
「数日待ってくれたら、木枠を煉瓦に合わせて左右と下に固定して、両開きの扉を取り付けよう」
「風でバタバタしないように、簡単なストッパーも付けましょうよ」
「すまない。費用はこちらで出すから、頼めるか?」
「よろしくお願いします」
丸見え問題は解決して、明日の朝、皆で軽いトレーニングをすることになった。
「休憩しよう。店に来るか?」
ロンドの誘いに、ハルとジュードが頷いた。
「実は、お話があります」
「じゃあ、待ってるから用意したらいらっしゃいよ」
ハルは魔法鞄を中に置いてきているので、戻って店の入口から行くと言った。ジュードにはそのまま裏口から先に雑貨店へ行ってもらった。
ループタイは既に外して魔法鞄に入れている。代わりにキーストラップを首にかけた。鈍色の革が渋くてお気に入りだ。
これからは、父の装飾品は魔法鞄に入れておくことにする。あの部屋は、この先ジュードが使うことになるのだから。
あの本棚の整理をするのは最後にしよう‥‥‥。まだ何か出てきそうで、本音を言えば触りたくないが、父を知るには必要だろう。
ハルは小型食品収納庫から、ルークにもらったチーズケーキの箱を出した。ミルクコーヒーの色をした素敵な箱だ。蓋を開けると、上部がカラメル色の長方形のチーズケーキが八個、しっかり詰め込まれて入っていた。
「とっても美味しそう」
くっつかない紙が間に挟まれていて取りやすい。四個を小皿に移して魔法鞄に入れた。
キィーン、カチャ。古書店の鍵をかけた。
雑貨店の扉を開けると、コーヒーのいい香りがして、カウンターのロンドが「いらっしゃい」と迎えてくれた。
「ハルちゃん、今日は向こうのテーブル席に」
「あ、はい。ロンドさん、ルーク様からもらったチーズケーキを持って来ました。濃厚でコーヒーにも合うそうですよ」
「それは、楽しみだな」
ジュードとロゼッタは既にテーブル席に行ったようだ。
「お待たせしました」
「ハルちゃん、チーズケーキと聞こえたわ。明日から運動するから、今日は食べちゃうからね!」
「ふふ、そうしましょう」
「そうだな」
ハルが小皿のチーズケーキを出す。大きくはないが、硬めでこってり濃厚な感じが美味しそうだ。コーヒーが待ち遠しい。
ロゼッタがフォークを持ってきてくれた。すぐにロンドがトレイに乗せたコーヒーを運んできてテーブルに配ると、ソファーに座った。
客が来ない今のうちに話すべきだが、まずはコーヒーとチーズケーキを堪能する。
「うわ、このチーズケーキ美味いな」
「ロンドのコーヒーにピッタリよ」
「ルークはチーズが好きで、こだわりが強いんだ。絶対に美味くないと手土産にしない」
「これは、何個も目の前にあったら大変ですね」
ロゼッタは「本当だわ」と、食べてしまった空っぽの皿を見ていた。全部持ってきていたら、きっともう一つ食べていただろう。
また少し間を空けて次の楽しみにしておく。そうでなくては、運動する意味がない。
「お客さんが来ないうちに、商業ギルドでのこと、お話しします。まあまあの覚悟で聞いてください」
「「ええっ?」」
そんなに?と、ロンドとロゼッタは姿勢を正した。ハルとジュードは覚悟なしに聞いたが、彼らはどう受け取るだろう。
「ジュード様に一緒に来ていただき、代表室の中の応接室で私はオリーさんの鑑定を受けました。父と母の魔力があったことから、父の実子で間違いないようです」
「「‥‥‥‥‥‥は?」」
「それから‥‥‥」
「待って待って!」
「待ってくれ!」
ロンドとロゼッタが立ち上がった。
「あの手紙では、義父って書いてあったじゃない!」
「そうです。私にも、子供の頃から何となくそれを匂わせていました。母が亡くなってからですが」
「そんな‥‥‥」
何故、嘘をついた?
「続きがあるから、聞いてやってくれ」
「「‥‥‥」」
二人は動揺したまま座った。意味がわからないのだから、当たり前だ。
「父は、変わったことをしていたし、言っていましたよね?それは、ただの『変わり者』だけではなかったからなんです」
アレを作ってくれ、コレをどうにかしてくれ。自分では出来ないが、発想が普通ではなかった。
「父は、この世界の人間ではない、異世界から来た人だったんです」
「「‥‥‥」」
口を開いて、固まってしまった。続きを話していいものか、ハルはジュードを見たが、ジュードは苦笑いだ。
「過去にも迷い込んだ人はいたそうです。オリーさんとソフィアさんから教えられました。指輪の文字は、父がいた世界の言葉だそうです」
「‥‥‥あの指輪の文字が?」
「異世界の‥‥‥」
二人はソファーに凭れかかり、考え込んでしまった。
『俺だけがわかる文字だ』
ハルは、ユーゴが子供の頃に異世界から転移してきてしまい、帰れなくなって孤児院に保護されたのではないかと言った。
ベネットの老夫婦はユーゴを養子にしたが、詳しいことは何も知らない。もっとユーゴに話を聞くべきだったと、ロンドは後悔した。ここへ来るまでの話は、彼は何も話さなかった。
「魔法鞄に入っていた本は、他国の本ではなく異世界の本のようです」
魔法鞄から数冊の本をテーブルに並べた。
「指輪の文字に似てるな」
「本当ね」
ロンドとロゼッタが手に取って、開いたり閉じたり、いろんな角度から本を見ていた。
「ベネット家に来てから部屋に隠していて、やがて魔法鞄を持ったら、ずっと入れたままだったのだと思います」
「異世界人と知られたら、生活がどうなるか不安だったのではないか?」
「「‥‥‥!」」
ジュードが言ったことで、ロス夫妻は先程の嘘の意味が理解できた気がした。
ユーゴは死んだが、ハルは異世界人の血を引いた娘。娘を守るために、万が一の事を考えて、義父だと嘘をついた。
「この本はもう魔法鞄に入れてちょうだい、ハルちゃん」
「なるべく出さない方がいい」
二人は手にした本をハルに返してきたので、「わかりました」と魔法鞄に入れた。
「でもこれは、いつか商業ギルドで保管してもらおうと思っています。それは、いずれ来るかもしれない異世界転移者の、誰かの役に立てるかもしれないからです」
「気持ちはわかったが、ハル。気をつけなければ、自分の身が危ないことを忘れないでくれ」
「はい‥‥‥仰るとおりです」
ロンドが立ち上がり、もう少し飲みたいからコーヒーを入れてくると言った。ロゼッタは、考え事をしているようだった。
言わない方が良かっただろうか。この人たちを巻き込んでしまわないだろうか。
「ハルちゃん、まさか言った事を後悔してないわよね?」
ドキッとしたが、笑って誤魔化す。たぶんバレているだろう。
「はあぁ、まあ、やっぱり顔はあんまり似てなくてもユーゴに似てるわね。そこは嬉しいわ」
「ロゼッタさん‥‥‥」
一人で溜め込んで大泣きするところとか、無理な注文してくるところとか‥‥‥。ロゼッタはそう考えたら吹き出してしまった。
「ロゼッタさん?」
「ふふ、義父だなんて、馬鹿ねぇ‥‥‥ユーゴ」
彼女は、ロッティは知っていたのだろうか?彼女もユーゴほどではないが、ちょっと変わり者だった。
「‥‥‥ロッティも異世界人ってことは?」
「さすがにそれは」
それだと、木の曜日のあの人も関わってくる。母の日記‥‥‥。見ていないが、ハルの部屋の本棚にある。父の日記を見てから考えようか。
ロンドが二杯目のコーヒーを持って来ると、指輪の話になった。
「二人が結婚するなら、あの指輪は?」
ジュードは聖獣の指輪の問題があるし、しばらく指輪は見たくないのでは?とハルは思っていた。
「もちろん、猫になったとしても、指輪は必ず身につける」
「ジュード様‥‥‥」
「「‥‥‥」」
「その時は、ロンドさんとロゼッタさんが猫用にどうにか考えてくれるはずだ」
「そうですね、その時はお任せしましょう」
そんな流れになると思っていた夫婦は、「そうならないように、ちゃんと人間に戻って帰って来るように!」と二人に言った。もっともだなと、ハルとジュードは反省した。
カラン。
店の扉が開き、体格の良い男性客が入ってきたのでジュードは少し警戒したが、「大丈夫、俺の知り合いだ」と、ロンドがカウンターの方へ行った。
「ロンドが若い頃にお世話になった人よ。ちょっと挨拶してくるわ」
ロゼッタも立ち上がった。
「‥‥‥飲み終わったら帰りましょうか」
「そうしよう」
ロンドの客は、カウンター席でコーヒーを飲むようだった。茶色の癖のある髪を後ろで結んでいて、白のノーカラーシャツに煉瓦色のカーゴパンツを履いている。
彼の歩き方から、過去に、右足を回復薬でも治せないほどの怪我をしたのかもしれないと思った。
ジュードは完全に気配を消したわけではないので、もうこちらに気がついているかもしれない。
「帰ったら、夕食まで少し修理をしますか?」
「ん‥‥‥そうだな」
「あの方が気になります?」
「‥‥‥すまない、癖だ」
ハルは笑って、普通に挨拶して入口から帰りましょうと言った。確かに隠れる必要はない。
「あら、もう帰るの?」
「はい、ごちそうさまでした」
「ハルちゃん、ジュードくん、ちょっとだけいいか?」
カウンターのロンドが呼び止めた。客の男性がこちらを向いて笑顔になった。
「悪いね、お嬢さんお兄さん、先客だったのによ」
ハルは、男性に「いいえ」と言った。
「俺はデリックだ。商業ギルドの警備に週に一回か二回の担当になった。よろしくな」
「まあ、そうなんですね。よろしくお願いします」
「ハルちゃん、ジュードくん。アイザックがクビになったそうだよ」
「「‥‥‥‥‥‥へぇ」」
ハルとジュードの反応を見て、ブハッとデリックが吹き出した。
「冒険者ギルドのギルマスからの苦情と、客の個人情報をペラペラしゃべっているのを見かけたとの話が何件か受付に入ったそうだ。ギルマスのソフィア・ハワードを怒らせた」
時間の問題だとは思っていたが、ルーク・ブレイクもチクリと言ったようだ。
「当然だ」
「当然です」
「ブハッ」
「馬鹿なことをしたわね。デリックさんは何年ぶりの復帰?」
「二十年弱くらいだなぁ。娘に、暇ならお受けしたらいかが?なんて言われた」
参ったよと言いながらも、へらりと笑うのだから娘が愛しいのだろう。ハルもジュードも微笑ましくなった。
「失礼だが、ジュード・グレンさんだろう?実物は違うなぁ。噂より穏やかで、男前だ」
「ありがとう。俺には貴方のほうが『男前』に見えるが」
「お、おお?‥‥‥うーん、参ったなぁ」
照れるデリックに、ロンドが微笑みながらコーヒーをカウンターテーブルに置いた。
ハルとジュードは店を出た。デリックとロゼッタが手を振っていた。
古書店に戻ったハルとジュードは、薄暗くなったので灯りをつけて、猫の書の修理の準備を始めた。ハルは楽しそうだ。
「良い方に代わっていただいて良かったですね」
ハルの怒りは消えないだろうが、商業ギルドへ行くストレスはなくなった。つまり、ジュードのストレスもなくなったわけだが。
「ハル、デリックさんはロンドさんが商業ギルドで警備をしていた時に、いろいろ教えてくれた先輩のようだ」
「まあ!とても親しそうでしたので古いお知り合いだろうと思っていましたが、そうですか」
ハルは嬉しそうに笑った。
面倒なのは『逆恨み』だ。アイザックがどんな人間かは知らないが、警戒はしたほうがいいだろう。
「では、始めましょうか」
「ん、そうだな」
ジュードがキッチンへ行くと、ハルが猫の書を開いた。
魔力回復薬なしで、三十頁分を終わらせて、余裕のあるまま夕食を作ることができた。ルークから借りた魔力を増幅するバングルは目には見えないが、ハルの右手首にある。
「凄いものを借りてしまいました」
ハルは右手首を触りながら、ジュードに髪を乾かしてもらっていた。シャワーを浴びて、後はもう寝るだけなのだが、これからまた修理の続きをする。明日の午前中には客が来るので、なるべく進めておきたい。
「魔力が増えた上にそのバングルだからな。取り敢えず、二頁ずつ様子をみて、倒れる前に魔力回復薬を飲むんだ。どのくらいで倒れたのかは、身体が覚えているだろう」
「はい、あの感覚の手前でやめます」
「近くで見ている」
再びトラ様になったジュードは、猫の書とハルがよく見える店の本棚の上まで跳んで、ちょこんと座った。
「良い所を見つけましたね」
「そうだろう?」
「ふふ、では始めます」
ハルは「修理魔法」と呟き、猫の書に集中した。ジュードは凛々しいハルを高い位置から見られる特等席を見つけて、満足した。
ここにクッションを置いてもらってもいいな。
そう思っていたら、二頁終わったハルがクッションを持ってきた。いつものクタクタの草色のクッションだ。ジュードはいつでも動ける体制でクッションに乗って伏せた。いい感じだ。
「ありがとう」
「どういたしまして」
二頁終わるたびに、ハルはトラ様を見上げて微笑む。穏やかな時間が流れて、こんな夜もいいと、ジュードは思った。
十頁分を終えたところで、ハルに疲れが見えた。
「‥‥‥もう少しで切りが良さそうですが、ここで飲みます」
「そのようだな」
ハルはテーブルに置いていた魔力回復薬を手に取った。ルークから貰った物だ。飲んでから回復するまで話をした。
「明日は、ジュード様はトラ様の姿でいますか?」
「そう思っている」
「あの見習いさんのような事もありますから、猫の書は父の部屋に開いて置きますか?」
「見習いさん‥‥‥。そうだな、あの人が『魔法の書』だと気がついた場合は厄介か。だが、あの青年のように無理にハルから取り上げようとはしないのではないか?」
「確かに‥‥‥そうですね」
どうするべきか決められないまま、ハルは修理の続きを始めた。切りの良い四頁分でやめて、続きはまた明日、物語を読み進めてからにする。
修理は順調だ。明日の夜にジュードは【月長石】に報告に行くことにした。
読んでいただきありがとうございます。




