31冊目
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フレイヤが帰った。
一緒に昼食のベーグルサンドを食べてからだ。
キッチンには椅子が二脚しかないので、窓テーブルの丸椅子を持ってきた。フレイヤは、ジュードがベーグルを網で焼く姿に目を丸くしていた。
「今日は、なかなか良いものを見せてもらったわ」
「‥‥‥」
「誰にも言わないわよ、ジュード・グレン。ハルさん、お邪魔しました」
「来てくださって、ありがとうございました」
古書店の扉を出て「またね」と手を振っていた。
フレイヤはよく喋った。ハルもジュードも相槌を打ったり笑ったり、あっという間に時間が過ぎた。ロゼッタさんに似たタイプかもしれない。そう言ったら、ジュードもそう思ったようだ。
「嵐のようだった」
「ふふ、楽しかったです」
フレイヤは困った事も面白く話すので、不快にならない。ジュードを見ていればわかる。嫌なら嫌と、顔に出るからだ。
キッチンの扉がノックされたので、ジュードが開けるとロンドがいた。
「扉の穴を開けに来たが、いいかな?」
「ありがとうございます!」
「俺が手伝えることは?」
「‥‥‥ないな。猫になっても問題ないぞ?」
修理魔法を始めていても良さそうだった。
「寧ろ、開けた穴を通れるかを見たいから、猫のほうが都合がいいな」
「‥‥‥わかった、ハル」
「では、猫の書を開きます」
キッチンでジュードがシルバータビーの猫になると、ロンドが「おおっ」と感動していた。ちゃっかり頭を撫でている。
「‥‥‥」
「では、脱衣所の扉から始めようか」
「ロンドさん、よろしくお願いします」
ハルは午後一時になったので、カーテンと扉の鍵を開けた。
会計カウンターの椅子に座り、二人の話し声を聞きながら、修理する続きの頁を開く。
「修理魔法」
「どう穴を開けるんだ?」
ロンドが魔法鞄から、錐のような道具を出した。
「そのままの穴を開ける錐を、ちょっと手を加えて魔法道具にした物だよ。高さはこの辺かな?」
トラ様が歩いてちょうど良いくらいの高さだ。
「俺のために、穴を開けたりして良いのだろうか‥‥‥。もし、俺が普通に人間に戻れば、必要がなくなる」
ロンドは笑いながら、錐を扉に軽くトンと刺した。
「ジュードくんが人間に戻ったなら、普通に猫を飼えばいいじゃないか?時々、里親を探している家もあるようだし、良い出会いがあるかもしれない」
「そ、そうか。そうだな」
「ユーゴが猫アレルギーだったから、ハルちゃんは寂しくても飼えなかったんだ」
それなら、トラ様を膝に乗せたり撫でたりしたがるのは、仕方がないことなのかと思った。ある意味夢が叶ったのだ。
ロンドの魔力を感じると、錐は扉に吸い込まれるように入って行った。やがて、じわじわと穴が広がった。
集中し始めたロンドに声をかけられず、どうなってるのか?とジッと見ていた。
一度手を止めて錐を引いた。天色の瞳が不思議そうに見ていることに気がついたロンドは、可愛いものだなと微笑む。
「焼けないほどの僅かな熱と圧力だ」
ロンドは簡単に説明したが、ジュードは、錐を壊さずに、これだけの穴を、周りに影響なく開けられる圧力とは、と考えていた。
「ロンドさんは、雑貨店を継ぐ前は‥‥‥」
何をしていたのか、教えてくれるのだろうか。
「その前に、この錐のことは外では言わないでくれよ?魔法道具として登録してないからな」
「勿論だ」
一歩間違えたら犯罪に利用できる。ロンドの魔力でしか無理だろうが、近い犯罪が起きたらロンドに容疑がかかる。
「冒険者にはなりたかったが、俺が店を継ぐことは決まっていたし、ユーゴという危なっかしいのがここに居たからな。本当は、ユーゴと旅に行ってみたかったが、あいつは自由すぎて、いつ帰るとか何処へ行くとか決めてないから、無理だった」
ロンドは若い頃、商業ギルドの警備をしていたそうだ。ナットやアイザックがしている仕事だ。
「警備の先輩は元冒険者ばかりで、俺を鍛えてくれたんだ」
「だからか。初めて会った時に、元冒険者か元騎士だったのかと思ったんだ」
「なんだ、そうだったのか。聞いても良かったんだぞ?その警備の仕事では、陰の曜日の市場の見回りもあったんだ。そこで、魔法道具屋として出店していたロゼッタに会ったんだよ」
手を止めていた穴を開ける続きを始めた。話をしながら休憩していたようで、もしかしたら、かなり魔力を使うのかもしれない。
そのまま丸い穴でも良さそうなので、トラ様が通ってみた。脱衣所の中はよく見ると下に粉のような物が落ちている。削られた扉の木の粉だ。
穴は、少しでも太ったらハマるかもしれないギリギリといったところだ。
「ゆっくりなら通れないこともないが‥‥‥」
「もう少し余裕がほしいかな。お腹いっぱいでハマったら面白すぎる」
ロンドが笑って、少し錐を回すように動かすと僅かに広がった。
「これなら余裕だ!軽く走っても‥‥‥」
トラ様がピョンと跳んで穴を抜けた。また戻ってきた。可愛いと、ハルが喜びそうだ。
「だが、これだと‥‥‥その」
ジュードが覗きの疑いをかけられたら、堪らない。
「そこはちゃんと考えてあるぞ?」
ロンドが小さい赤い魔石を出した。穴の上部、扉の中に錐で穴を開けて魔石を入れた。落ちた木の粉と接着剤を練り込んで埋め込む。ロンドが指で触れて僅かな熱で固めた。
「ジュードくん、穴から中を見てごらん」
穴から脱衣所を見ると、猫の顔があった。
「うわっ、びっくりした!」
「ははは!面白いだろう?自分が映るんだ。鏡の効果がある」
「スゴイな!顔を入れたら‥‥‥ちゃんと向こう側だ」
今度は顔を出し入れし始めた猫に、ロンドは吹き出しそうになる。
「ハルちゃん呼んで来るから説明してくれるか?俺が店番するから」
「わかった」
ロンドが静かに脱衣所の前からキッチンに出て、店の会計カウンターのハルの様子を見た。ハルは修理魔法をしていたので、少し待った。頁をめくったところで声をかけた。
「ハルちゃん、脱衣所を見てもらえるか?」
「あ、はい!」
猫の書に箱を置いた。閉じないようにするためだ。
「ここに座っていればいいかな?」
「お願いします。お客様が来たら『いらっしゃいませ』と言って頂ければ聞こえますので、すぐに戻りますから」
「はは、わかったよ」
ロンドが椅子に座った。ここに座るのは久し振りだ。ハルもそう思ったのか、少し笑ってトラ様が待つ脱衣所へ行った。
「ジュード様?」
脱衣所の扉に丸い穴があった。可愛らしい出入口だ。中にいるのだろうか?ハルが中を覗き込むと、山吹色の瞳があって驚いた。鏡のようだ。すると、間もなくトラ様がボンッと顔を出した。
「!」
「ははっ、驚いたか?ハル」
「‥‥‥」
「す、すまない。そんなに驚いたか?」
「可愛さに、驚いています」
「‥‥‥」
トンと出てきて、また脱衣所に入った。
「素晴らしいですね!」
「そうだろう?」
またボンッと顔を出した。キラキラとした天色の瞳。
ああ、本当に素晴らしい出入口をありがとうございます。ハルはロンド神に感謝して、店に戻った。
「ロンドさん、素晴らしいです!」
「ああ、良かった。それじゃあ、ユーゴの部屋も、いいんだね?」
ユーゴの部屋の扉に穴を開ける。考えてもみなかった事だ。だが、この先ここで生活するのは、ハルとジュードだ。
「はい、お願いします。あの部屋は‥‥‥」
「ジュードくん、二階へ行こう。同じで良いそうだ」
「そうか」
ロンドが二階へ上がるとトラ様もついてきた。
「ここに来るなら、あの『本』の回収は俺が出来たね」
「‥‥‥確かに」
トラ様が目を細めた。
「ロンドさん、中から開けたらどうだ?」
久し振りのユーゴの部屋だろう。ジュードの気遣いにロンドは「では、そうしようかな」と言った。
「おお、少し片付いたじゃないか?」
床の本は空いていた本棚に押し込み、謎な道具は机の引き出しに入れた。
「今度、使える道具はあるか、ゆっくり見てくれないか?」
「そうしよう。ロゼッタと来るよ。要らないかと思ったが、来てみると、やはり懐かしいもんだ」
「‥‥‥本棚の片付けは最後にしようと思ってる」
「はは、他にも変な『本』があったかい?」
ロンドは扉の前に座って高さを確かめて、錐をトンと刺した。
「ハルが怒っていた『呪いの本』があって、今はもう紐でぐるぐる巻きにされてハルの魔法鞄にある」
「‥‥‥」
ロンドは刺した錐を抜いて、トラ様を見た。
「俺の願いに反応した」
黒茶色の革表紙の本。表紙にタイトルがないのは、中を開けさせるためだとハルは言った。その本はユーゴが旅先で見つけた夢魔法の『呪いの書』だった。
『猫の書に近い物だと思ってください』
『危ないじゃないか』
『そうです。手放すように言ったのに!』
普段は他の本に紛れて目立たず見つからないが、近くに強く願う者の気配を感じると、急に存在感が出て、手に取るように誘うのだそうだ。
「あの夢魔法の本か‥‥‥。ジュードくんは、この部屋で何を願った?」
「‥‥‥」
ジュードはあの時、この部屋で、ブーツを脱いで、片膝を立ててラグに座った。ユーゴを真似て過ごしてみようと思ったのだ。この部屋をユーゴと思い『ユーゴさん』と話しかけた。
ロンドは目を瞠った。この部屋でユーゴに話しかけたジュードの様子が、目に浮かんだ。
『俺、この古書店に来ていいか?俺は冒険者だけど、帰るなら、ハルがいるこの古書店がいい。猫になってしまう俺を、ハルは受け入れてくれると言ってくれたが、人間に戻る努力は惜しまない』
『猫の書の修理が終わって、商業ギルド・冒険者ギルドに行って、神殿に行く。ハルが待つ、この古書店に戻ってくる。貴方の娘、ハルと結婚したい。許してくれるか?タイミングは勝手に決められないから、ハルや雑貨店の夫婦と相談するよ』
ロンドは泣きそうになった。
まるで、結婚する前の、父親に向けた挨拶だ。
「ジュードくん、ごめんな。大事な言葉を聞いたりして」
「いや、いずれ相談する事だ」
「‥‥‥俺は、ジュードくんを弟のように思ってるから、嬉しいよ」
ロンドはジュードを、トラ様を撫でた。
「俺も、ロンドさんは兄のように思ってるから嬉しい。‥‥‥今は複雑だが」
「はは、すまん」
ジュードは話の続きを言った。
本棚にある一冊が何故か目に留まったので手に取ると、黒茶色の革表紙に文字はなく、ソファーに座って本を開くと、中表紙に知ったタイトルを見つける。【ベネット古書店】と。
「開いたら急に眠くなってソファーで眠った。ハルに呼ばれて起きたと思ったが、それは夢の中だった」
「本を開くように導くのか、恐ろしい。ハルちゃんは、手放すように言っていたが、ユーゴはまだ持っていたのか」
願わなければ見つからなかった。何故ユーゴは魔法鞄に入れなかったのだろう?
「以前ユーゴは、ロッティに会いたいと願ったんだ」
「‥‥‥!」
それは、なんと悲しいことだ。
もし、ハルに死なれて、夢でもハルに会えるなら。今ならユーゴの気持ちがわかってしまう。少し前なら、わからなかった気持ちだ。
だから、ハルはあんなに怒ったのだ。
「ハルちゃんは、それをどうすると?」
「木の曜日の、王立図書館の人に渡すと言っていたな」
「‥‥‥そうか」
ロンドは、再び錐を刺した。ゆっくりと中に入っていく。錐を中心にじわじわ穴が広がっていって、錐をぐるっと動かしてもっと広げた。額に汗が滲んでいる。
「ふうぅ、さすがに疲れた」
「うん、十分に通れる。ロンドさん、ここには魔石は入れないのだろう?」
「ジュードくんが中を覗かれてもいいのなら」
「‥‥‥?」
ジュードはこの部屋の片付けをするくらいなので、特に見られても問題ない。
「ジュードくんは、ハルちゃんとこの古書店で暮らすんだろう?結婚したらどの部屋を使うと思う?」
ハルと暮らすなら‥‥‥‥。
「この部屋か。またユーゴさんに報告しないと」
「はは、もう変な本はないと思うが、気をつけろよ‥‥‥おっと、と」
ロンドが立ち上がってふらりとした。魔力を使い過ぎたようだ。
「ここで休んでいてくれ、ロンドさん」
「あ、ああ、悪いね」
ジュードはロンドをソファーに座らせると、丸穴から出て、階段を下りた。すぐに、外の誰かの気配を感じた。ハルは、十頁分の修理魔法を終えたようで、店内の本棚の前で考え事をしているようだった。
「ハル、呼び鈴を鳴らしたら閉じてくれ」
「えっ?」
古書店の扉が開いた。
「‥‥‥いらっしゃいませ」
「こんにちは」
トラ様は、客の顔を確認したら階段を上って行った。
「‥‥‥猫?今のは、猫ですか?」
「え、ええ、そうです」
山鳩色の髪と瞳の青年だ。前に一度来店している。ハルは、会計カウンターに戻った。
チーン!
「‥‥‥?」
青年は何の音なのかとキョロキョロしている。ハルは、二階から呼び鈴が鳴ったので、猫の書を閉じた。
ジュードは、濃紺のローブを脱ぐと近くの椅子にかけた。魔法鞄から、すぐに魔力回復薬を出す。
「ロンドさん、これを飲んでくれ」
「いや、それは‥‥‥」
「これは俺のだ。ハルにはルークから貰った物がある。ロゼッタさんに心配かけたくなければ‥‥‥」
「わかった、わかったよ、ありがとう」
ソファーに座っているロンドに、開けた小瓶を渡した。ロンドは、一気に飲んだ。久し振りに飲んだらしい。
「‥‥‥随分と飲みやすい味になったんだな。前に飲んだのは何年前だろう」
静かにキレイに扉の穴を開けることで、魔力を使わせてしまった。
「ロンドさん、ありがとう。だが、無理はしないでほしい。扉二枚はキツかったか?」
「そうだな。つい、喜ぶ顔が見たくて、無理をしたかもしれないな。次からは気をつける」
「そうしてくれ」
ロンドの顔色が良くなった。もう大丈夫そうだ。
「今は客が来ていて、ハルは接客している。キッチンから戻れるか?」
「ああ、もう大丈夫だ。ジュードくんも、俺と一緒なら下りても大丈夫じゃないか?うちの店に来るかい?」
「‥‥‥そうだな。客とハルの様子次第で、そうするか」
ロンドと階段を下りるところで、声が聞こえた。
「‥‥‥ですよね?」
「お客様の依頼でお預かりしているので、申し訳ありませんが‥‥‥」
「確認のために見るだけですから。閉じた時に魔力を感じたんです。‥‥‥ああ、やはり呪いに近い?貴女に何かあっては‥‥‥」
山鳩色の瞳が僅かに光ったのを見て、ハルは驚いた。鑑定眼だ。ここで力を使ったのだ。
「何をしてっ?」
「トラブルか、ジュードく‥‥‥おいっ!」
ロンドの前を階段で下りていたジュードが、中段ほどから一気に跳んだ。
ダン!!!
「‥‥‥!」
「‥‥‥うわっ?」
店の奥、ハルの後ろにジュードが着地して、驚いている青年を天色の瞳がギロッと睨んだ。
読んでいただきありがとうございます。




