30冊目
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ロゼッタの服は、ハルが普段着る服より色が鮮やかだ。彼女の落葉色の髪と瞳は、どんな色も似合うと思っている。赤系統の服は特に似合う。青茶色の髪と山吹色の瞳のハルが着こなすには、少しばかり難易度が高い。
「ちゃんとわかってるから大丈夫よ」
ジャケットとロングスカートの上下のセットは、紺色と焦茶色がそれぞれあった。それから、ワイドパンツが煉瓦色と灰色、丸襟の白シャツが三枚だ。どれも落ち着いた色だし、シャツ意外は少し厚手で、もう少し気温が低くなってから着れそうだった。
「え?こんなに?ロゼッタさん、まだ着られる物ばかりじゃ」
「ハルちゃん、私はね、着痩せするタイプなのよ‥‥‥」
「‥‥‥」
ハルはもう、何も言わずに受け取ることにした。
焦茶色の上下を着てみたら、肩も腰も丈もちょうど良いサイズだった。少しだけ胸が余るくらいで。
「‥‥‥」
「ハ、ハルちゃん、まだ育つかもしれないから!」
ハルの母ロッティもそんなに大きくなかったので、期待はしていない。
「ロゼッタさん、今朝【月長石】のルーク様がいらっしゃいました。猫の書の修理を終えて、次の新月、十九日後に【ヴィラゲル】に私も一緒に行くことにしました」
「‥‥‥そう、そうね。もしもの時のために、修理ができるハルちゃんがいたほうがいいわ」
「ギルドから、信頼できる二人が一緒に来てくれるそうです。馬車で向かいます」
「私たちに出来ることはないかしら?」
「風の曜日に出発して、土の曜日が新月、陽の曜日に帰ってくる予定です。定休日も含めて三日間休みにしますが、古書店をお願いできますか?」
「わかったわ。温度湿度管理の魔法道具も、任せてちょうだい」
「あ、『光の柱』に名前が決まりました」
「あら、素敵だわ。長くて言い難かったのよ。さて、下に戻りましょうか」
「はい」
魔法鞄に服を入れて一階の店に戻ると、ロンドとジュードがカウンター越しに話してるのを見て、ロゼッタはロンドがこうして同性の友人と話す時間が増えて良かったと思った。ユーゴが死んでから一年、ロンドはどこか寂しそうだった。
「ロンド、コーヒーお願いね」
「ああ、用意するよ。こっちにおいで、ハルちゃん」
「はい、ありがとうございます。ジュード様、ロゼッタさんの服をたくさん譲って頂きました」
「そうか、良かったな」
ジュードの隣に座ると、ロゼッタもハルの隣に座った。
「ハル、ロンドさんには新月の日に行く話をしたんだが」
「私もロゼッタさんに話しましたから、大丈夫ですよ」
「ん、良かった」
ロンドが、砂糖とミルクが入ったコーヒーを入れてくれた。そういえば、以前はロゼッタも甘くしたミルク入りコーヒーを好んで飲んでいたが、最近はそのままの味を楽しんでいるようだ。
「いいわね、お砂糖とミルクたっぷり。‥‥‥ハルちゃん、三十代半ばになったら、太るのは簡単で、痩せにくくなるのよ」
「‥‥‥き、気をつけます」
「「‥‥‥」」
甘い食べ物の話ができない雰囲気になり、コーヒーを飲んだら帰ることにした。
「では先に戻ります。お邪魔しました」
「ハルちゃん、今日はごちそうさま」
「美味しかったわ!ありがとうね」
白木の扉からハルが出て、古書店の扉を開けて入るのを、ロゼッタが見送った。
「ジュードくん、猫の書の修理は順調なの?」
「ハルの魔力量が増えたから、随分進んできた。ルークが魔力回復薬をくれたが、無理なく一日置きか、それ以上空けることをハルに約束させている。安心していい」
「そうか。ハルちゃんの心配までしてくれてるのか」
「二人にも会いたかったようだ」
「残念だわ。また来てもらえるといいわね」
雑貨店のキッチンの裏口から外に出ると、ハルが向こう側で待っていて、ジュードは煉瓦の壁を軽く跳んだ。
惚れ惚れするような姿だが、すぐに壁からひょこっと顔を出すジュードに、二人は笑う。ちょっとしたことが可愛らしいのだ。こんなジュードの姿は一部の者たちしか知らないのだろう。格好良いジュードしか見ていない。
「また明日」
「おやすみなさい、ロンドさん、ロゼッタさん」
「「おやすみ」」
面白い食材を使ったハルの手料理を食べることができた。夫婦の休みは、のんびりしたものではなかったが、楽しかった。
呼び鈴を喜んでもらえて良かった。
実は、市場で見つけた物ではなく、午前中で買い付けを済ませると、ホテルでランチを食べ、そこで使っている呼び鈴を作った職人を教えてもらい、買いに行った。
そして、急いで帰ってきたのだ。
「さすがに‥‥‥」
「‥‥‥疲れたわね」
二人は苦笑いで、シャワーで一日の疲れを洗い流し、明日から元気に店を開けるために、早めに寝ることにした。
今朝は、より静かに行動するジュードがいた。
昨夜はハルがシャワーを浴びている間に、ユーゴの部屋にいると言って軽く片付けながら、例の『本』を魔法鞄に回収した。緊張して、なかなか眠れなかった。
いつものように芝生に座って、柔軟運動を始めていたら、ロンドが壁から覗いてきた。声に出さずにお互いに頷いて、『本』の受け渡しは無事に成功した。握手をして、ロンドはいつも通りにベンチで寛いで、ジュードはトレーニングを始めた。
肩の荷が下りた。そんな気分だった。
シャワーを浴びて戻ると、キッチンでハルが朝食の用意をして待っていた。
「おはようございます」
「おはよう」
なんて爽やかな朝だろう。
ロールパンサンドがあった。ハルは、ハムとレタス、チーズとトマトの二種類を十個ほど作っていた。それから、蜂蜜入りヨーグルトと紅茶があった。
シャワー室の滅菌洗浄風乾燥をしてから朝食にした。食べながら昨日の話をする。
「ルークからもらったチーズケーキをどうするか?」
「昨日はとてもじゃないけど出せませんでしたね‥‥‥」
「ロゼッタさんは、太っていないだろう?」
「着痩せするタイプだと言ってました」
「うーん‥‥‥そうなのか?」
よくわからないと顔に書いてある。
ハルがロールパンサンドを二つ食べて、後はジュードが食べきった。好きなバニラアイスクリームを食べても太らないジュードには、ロゼッタの気持ちは永遠にわからないかもしれない。
「私もいずれ悩む日が来るかもしれません」
「ハルも少し俺とトレーニングするか?食べても動けばいいんだ」
引きこもりが長いハルには、簡単な運動から始めるといいが、まずは体力だ。
「確かに、先日は走れなくてご迷惑をおかけしましたから、体力はつけたいです」
「‥‥‥皆で朝に体を動かしたらどうだろう?本当は、あの壁が膝くらいの高さならいいんだが」
「ああ、では壊しちゃいますか?」
「ハルは時々豪快で大胆だな」
ロンドとロゼッタに相談することにして、食べ終わりとともにこの話も終わった。
呼び鈴を、脱衣所の棚と、ユーゴの部屋の机に置いた。試しに、ジュードがユーゴの部屋に残り、ハルが会計カウンターに座って、猫の書を置いて待った。
チーン!
音が鳴ったので、ハルは猫の書を開いた。
「‥‥‥」
カリカリカリカリ。
「え?‥‥‥あ!」
ハルが二階へ行って扉を開けると、トラ様がちょこんと座っていた。
「‥‥‥出られないことがわかった」
「確かに、少し開けていないとダメですね」
「脱衣所も同じだ。だが、ちょっとした風か何かで閉まって、出入りが出来なくなることもある。今、試してみて良かったな」
開けすぎると白銀の光が漏れてしまう。トラ様だけ通れれば‥‥‥。
「‥‥‥!」
「ん?」
「扉に穴を開けて、押して開ける小さい扉を付けてはどうでしょう?」
「扉に‥‥‥穴を?ハルは時々奇抜な発想をするな」
「開店前にコーヒーをもらいに行きますよね?壁のことも含めて、相談しましょう」
ハルは決断したらもう止められないので、また忙しくなる雑貨店の夫婦に同情しながらも、ジュードは少しワクワクした。
とりあえず、再び人間の姿に戻って、暑苦しいローブを脱いだ。
「つまり、庭の壁の一部を膝の高さまで壊して‥‥‥」
「脱衣所とユーゴの部屋の扉に穴を開けて、トラ様用の出入りを作る、と?」
「そうです!」
ニコニコと提案するハルに、夫婦はさっそく次のミッションを与えられて変な汗が出てきた。
「勿論、私もやりま」
「「「危ないからダメ!」」」
殆どが力仕事なので、ロンドとジュードの仕事になりそうだ。
「ロゼッタさん。ルーク様のチーズケーキ食べたくないですか?運動すれば我慢しないで食べられますよ」
「‥‥‥くうっ!食べたい!」
「私も体力をつけたいです!一緒なら頑張れる気がします」
「ハルちゃん!」
チーズケーキで丸め込まれたロゼッタを残念な顔で見つめるロンドに、ジュードが申し訳ないと言った。
「ロンドさん、ベンチで寛ぐプライベートがなくなるわけだが‥‥‥」
「はは、それより、こっちから見られるのは大丈夫なのか?‥‥‥んー、そうだな。ちょっと考えがある。扉はすぐに出来そうだから、午後にでも俺が行こう」
「本当に、すまない」
「いいんだ。頼ってくれるのは嬉しい」
ロンドがカウンター越しに両手を伸ばして、ハルとジュードの頭を撫でた。ジュードはびっくりしてポカンとした顔をした。
ハルを見ると嬉しそうな顔をしている。ジュードも、家族の温かさを感じて、恥ずかしいがおとなしく撫でられた。ロゼッタが満足そうに頷きながら、それを見ていた。
開店時間になると、ジュードが脱衣所で呼び鈴を鳴らして猫になった。とりあえず隙間を開けて、裏口用の四角い石を置いて扉が閉まらないようにした。見えないように、使っていないテーブルクロスを隙間にかけて、カーテン代わりにした。なかなか上手く出来た。
隙間から、トラ様がピョンと飛び出してきた。
午前十時。窓のカーテンと店の扉の鍵を開けた。
「猫の書を読んでいきましょう。あの、少しだけ膝に乗ってもらえませんか?」
「‥‥‥いや、恥ずかしいのだが」
「幸せな気分になるのですが」
「‥‥‥わかった」
パァッとハルの顔が明るくなった。
「後でハルを膝に乗せていいなら」
「ええっ?」
一気にハルの顔が真っ赤になった。
「‥‥‥は、恥ずかしいのですが」
「俺も幸せな気分になるのだが?」
「うぅ‥‥‥」
ハルの願いを叶えるのだから、これくらい我儘言ってもいいはずだ。ハルは悩みに悩んで「お、お願いします」と小さい声で言った。
勝った。ジュードは満足した。
【銀色猫と氷姫】
豊かな水の国のお姫様には一匹の飼い猫がいました。
天色の瞳で縞々模様の銀色猫が唯一のお友達でした。
お姫様は銀髪に天色の瞳。
大好きな猫と一緒です。
「神殿の女神様もジュード様と同じ瞳だったのですね?」
「女神像は白銀だが、壁の絵では銀髪に天色の瞳だったな」
「そうですか‥‥‥」
かわいいお姫様は、やがて成長して、美しいお姫様になりました。
いろんな国の王子様から求婚されましたが、お姫様は、結婚するなら、自分と飼い猫の天色の瞳と同じ色ではないと嫌だと言いました。
姉姫様たちは次々と結婚して、他の国に嫁いでいきました。
王様もお妃様も兄の王子様も、とても困りましたが、一人くらいは国に残しても構わないと思うようになりました。
「お姫様はもしかして、結婚したくなかったのでしょうか?」
「そうかもしれないし、本当に瞳の色が同じ人がいいと思ったのかもしれない」
「‥‥‥顔も性格も、どうでも良かったのでしょうか?」
「‥‥‥うーん」
何度も求婚しては断られた、ある大国の金色の髪と瞳の王子様が、お姫様の大切な銀色猫を捕まえました。
この猫は、姫を惑わす悪魔の猫である!
金色の王子様と家臣たちが、戸惑う王様たちにそう言って、魔法で本の中に封印してしまいました。
「この銀色猫が聖獣ですね」
「そうなるな」
「挿絵では、大きな猫ちゃんに見えますが、ジュード様は聖獣が憑依した自分の姿を見ていないのですよね?」
「いや、鏡かクリスタルのような壁に映っていたのが見えたが、大きな銀の虎のようだった」
「では、まさしく『天銀の虎』ではないですか」
「‥‥‥そうか、そうだな」
膝の上のトラ様が、ハルを仰ぎ見た。
「ここまでか?」
「そうですね。また修理魔法が進んだら読みましょうか」
ハルはトラ様の頭を撫でる。
「少しだけ」
「‥‥‥」
「まだ十一時ですね。お昼はベーグルにしますか?」
「そうだな、具材は‥‥‥‥‥‥誰か来たぞ、ハル」
「‥‥‥はい」
店の扉が開いた。
「こんにちは。あの、いいかしら?」
飴色のショートカットの女性が、控えめに覗き込むように入って来た。
「いらっしゃいませ」
ハルはトラ様を抱き上げて、キッチンの方に降ろした。わざと見せるようにした。
「あら、猫?」
「はい。えっと、フレイヤさん‥‥‥ですよね?先日は、ありがとうございました」
「いいのよ。それより、私のことジュード・グレンから聞いていたのね。良かった!」
トラ様は脱衣所に行っただろうか。
チーン!
「ん?何の音?」
「ふふ、猫が遊んでいるんです」
そう言って、ハルは猫の書を閉じた。緊張する。ここからはジュードの判断だ。
「ハル・ベネットです。ハルと呼んでください。ようこそ、ベネット古書店へ」
「ふふ!ハルさんもお店も素敵ね」
「あ、ありがとうございます」
少し頬を染めて、ハルがお礼を言うと、フレイヤは微笑んだ。
「‥‥‥誰か、いるの?」
ジュードは気配を消さなかったようだ。それなら、出てくることを選んだということだ。足音がする。
「‥‥‥ん?フレイヤ、来たのか」
「ジュード・グレン、来ていたの?」
「ああ、トイレを借りていた。ハル、ありがとう」
「いえ、どういたしまして。フレイヤさん、良かったら、そちらに座ってください。お茶にしましょう」
「えっと、お邪魔じゃない?」
フレイヤは、ジュードとハルを恋人だと判断したらしい。
「どうしてですか?私、フレイヤさんとお話ししてみたかったんです」
「嬉しいわ、私もよ」
フレイヤは窓テーブルの丸椅子を三脚出して、ジュードとハルも座れるように置いた。
「ありがとう、フレイヤ」
ハルがトレイでグラスを運んで来た。
「冷茶ですが、どうぞ」
「ハルはフレイヤとテーブルの方に座るといい」
「ありがとうございます」
ジュードはグラスを受け取って、少し離れて丸椅子に座った。ハルは窓テーブルに、フレイヤと自分の冷茶のグラスを置いた。
「今日は蒸し暑いから嬉しいわ!頂くわね」
半分ほど飲んでふうっと息を吐き、テーブルに置いた。
「ギルマスから頼まれたんだけど、【ヴィラゲル】に行くのに同行すればいいのね?」
「お願いできますか?」
「詳しくはまだ教えてもらえなかったし、ジュード・グレンと貴女に聞くことも禁ずると言われたわ」
「‥‥‥ごめんなさい。いつか話せると思います。それでも引き受けていただけますか?」
ハルは申し訳なく思ったが、どうしても彼女に来てほしかった。
「何か理由があるのね。構わないわ。あのベーグル屋で会った時に、凛々しくて可愛らしくて素敵な女性だと思ったのよ」
それは、ハルも同じだった。
「私も、真っ直ぐで格好良くて素敵な女性だと思ったんです。あの、お友達になってもらえませんか?」
「喜んで!ハルさん」
「ジュード様!私にお友達ができました!嬉しい」
満面の笑みで喜ぶハルに、ジュードは目を瞠って、それから笑った。
「良かったな、ハル」
優しく愛おしそうに彼女を見るジュードの瞳に、フレイヤは驚いた。こんな顔もするのだ。
間違いなくこの二人は想い合っていて、【ヴィラゲル】に行くのも、この二人のためになる事なのだと感じた。
「ねぇ、恋人同士でしょ?隠さなくていいわよ。ギルマスは知ってるだろうし、他に言わなきゃ良いのよね?」
「‥‥‥すまない、頼む。それと、これから気をつけてくれ。俺のことを調べる者たちがいる。何も教えないのは、フレイヤを守るためでもあるんだ。しばらくは、古書店の客でハルとは友達、そういう事にしておいてくれ」
「わかったわ。‥‥‥ハルさん、そんなに心配しないで。私はC級だけど冒険者よ」
関わることで彼女に何かがあるかもしれないと、不安に思ったハルに、大丈夫だと笑った。強く美しい飴色の真っ直ぐな瞳が、本当に素敵だと思った。
読んでいただきありがとうございます。




