表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/55

3冊目



 カラン、カラン。


 雑貨店の白木の扉から、青茶の真っ直ぐな髪をひとつに結んだ女性と、続いて一匹の猫が出てきた。

 店主のロンドに、茹でた鶏ささみ肉を渡されたハルは、閉店後にまたここに来ることを約束して、自宅である古書店へ帰ることにした。

 彼女の足元には、耳折れのシルバータビーの猫がいる。ハルが焦茶色の扉の鍵を開けるのを、縞々のしっぽの先を小さくパタパタと動かしながら見ている。

 このままの姿なら普通の猫と同じなのだが、天色(あまいろ)の瞳を細めて口を開く。


「鍵にも魔法が?」


 猫が言葉を話すことに違和感は拭えないが、落ち着いた心地良い声に怖さは感じない。


「鍵と鍵穴に、ひとつの魔石を分けたものが使われています」

「なるほど。鍵穴に差し込んだら元の魔石の形が戻るようになって、そこで解錠される仕組みか」

「ロンドさんたちが作ってくれたんですよ。父が我儘言って」

「仲が良かったのか」

「喧嘩するほど‥‥‥です」


 キィーン、カチャ。

 解錠の音がすると、ハルは内開きの扉を押してジュードに入るように勧めた。

 薄暗い店内は思ったほど古い臭いはしない。

 朝と違って日が当たらなくなったので、通り沿いの腰高窓のカーテンを開けた。窓には細長いテーブルがあり、その下に背もたれのない丸椅子が三つ入っていた。

 ヒラリと軽くテーブルに上り、少し窓の外を見てからこちらへ振り返る猫に、ハルは笑いかけた。


「ジュード様、ようこそ【ベネット古書店】へ」



 

 茹でた鶏ささみ肉は直ぐには食べないようなので、店奥のキッチンの小型食品収納庫(マジックボックス)に入れた。

 店内会計カウンターの下から、生成りのエプロンを取り出して身につけると、早速ジュードの本を出した。

 カウンターの内側は窓と同じ細長いテーブルになっていて、ハルは本を置いて背もたれ付きの椅子に座った。


「今日はもうこのままお店は閉めますので、頁の順番に戻す作業は進むと思いますよ」


 すると、窓テーブルから下りたジュードが、会計テーブルに上ってきた。


「よろしく頼む」

「お疲れでしょうから、眠っていて構いませんよ?」


 ハルは後ろの棚から丸い草色のクッションを取った。テーブルの右隅に置くと、ジュードは少し考えてからそこへ移動した。


 踏みしめて確認している。可愛いわ。


「クタクタで柔らかいでしょう?‥‥‥あ、ちゃんと滅菌洗浄はしてますからね」

「そこは気にしていないよ、ハル」


 ジュードはクルッと回ってから横座りした。前足は前に出して直ぐに立てるようにしていることから、まだリラックスできないのだなとハルは思った。

 冒険者なら尚の事だろう。


「では、始めますね」


 本のタイトルを見ると【銀色猫と氷姫】になっている。子供が読みそうな物語にしか見えない本だ。

 これが指輪を入手できるアイテム本だとは、一般人にはわからない。読めば、わかるのだろうか。

 表表紙・裏表紙は辛うじて繋がっているようだ。灰色の革表紙だ。そで・見返し・天・地・小口もボロボロだし、よくジュードが猫の姿で揃えたものだと驚く。まあ多少、ジュードが集める時に口で引っ張ったからかもしれない。

 完全に終わるまで、どのくらいかかるか見通しが立たないほど、何もかも酷い。どんな所に、この本は保管されていたのだろう。


 頁の数字がわからないものは、階段から落ちたときに擦れたのかもしれないわ。まずはちゃんと一冊の本にしよう!ジュード様にちゃんとした食事とコーヒーを!


 ハルはしばらく、取り憑かれたように作業をした。纏まっている部分はあるし、頁がわからないものは、物語を読んで合わせるしかない。

 雑貨店の閉店時間までに終わらせたい。


 夕方になったので、後ろの棚から手元灯を取ろうとして、ジュードが目に入った。先程と変わらない姿勢でこちらを見ていた。


「ジュード様、少しは眠れました?」

「ああ」

「良かったです」


 んーっとハルは伸びをして、手元灯を取り、灯りをつけた。


「いけない!」


 ハルが突然声をあげた。


「ごめんなさい、ジュード様!ご家族は?待っている方がいらっしゃるのでは?」

「いや、俺は独身だし、ソロで冒険者をやっている。家は持っていないし、先日から同じ宿の部屋を一週間とってある。宿代は前払いしてあるから、問題ない」

「そうでしたか‥‥‥。最初に確認するべきでした、私ったら」

「いや、こちらこそ。何も考えずに飛び出したものだからな。心配かけて、すまない」

「これからのこと、後で話しましょう」

「そうだな、そうしよう」


 ハルは立ち上がって窓のカーテンを閉めた。そろそろ外から中が見えてしまう時間だ。

 再び、座って集中した。頁が抜けているのが五枚。ない数字も五つ。良かった、紛失はないようだ。

 

「氷姫の城に‥‥‥、あ、これね。クリスタルのような氷像があり‥‥‥。次、誓いの指輪を受け取った王子様は‥‥‥」


 ハルがジュードを見た。


「俺が、王子か?」

「‥‥‥王子様は、指輪を左手の薬指にはめて指輪に口付けました」

「そんなこと、商人は言わなかったな」

「最初からちゃんと読んだほうが良さそうですね。順番に修理魔法(リペア)していくので、纏まった章ごとに読んでいってはどうでしょう」

「それでいい。ハルを俺のことで縛り付けてしまうな。すまない‥‥‥」

「依頼を受けたら、しっかり最後まで。それがベネット家のモットーです」

「頼もしいな」


 天色の瞳が細くなった。縞々のしっぽをゆっくりとクッションにポンポンとしている。

 触りたいところだが、我慢したハルはもう一息、頑張ることにした。


 この頁で終わるわ。永久凍土に、花が咲き、そして‥‥‥。これで、揃ったはず!


 パタンと本を閉じた。


「‥‥‥ぅあ?」

「ひゃあっ‥‥‥!」


 白銀の光が、古書店を満たした。




 ハルの前に、濃紺のローブ姿の銀髪の青年がいた。

 ゆっくりと天色の瞳が開かれる。


「‥‥‥まあ、ジュード様」

「‥‥‥ハル、本を閉じる時は言ってくれ‥‥‥」


 ジュードは顔を顰めて、会計テーブルの上で、猫のように伏せていた。


「格好悪い」

「大丈夫、可愛いですよ」

「可愛くなくていい!」



読んでいただきありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ