25冊目
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「バニラを二十個、コーヒー四個、キャラメル二個、ヘーゼルナッツチョコレート二個、アップルカスタード二個。これで三十個になるだろうか?」
「はい、三十個です!いつもありがとうございまーす!器をお預かりしますねー」
青いガラスの器を重ねて渡すと、後ろの人々がどよめいた。大量のアイスクリームを購入する美丈夫に、列に並んでいない人々まで集まっていた。ジュードは周りが見えていないのか気にすることもなく、盛り付けては渡されるアイスクリームを魔法鞄に入れることに集中していた。最後のアップルカスタードを盛り付けてもらっているところで、ジュードが店主に話しかけた。
「新しい味が増えているな」
「お客さんの喜ぶ顔を考えて新作を出すのは楽しいですよー」
「素晴らしいことだな。今度ハ‥‥‥人を連れて来る」
「お待ちしてますねー」
「それから、このギフト用のバニラ六個入りと、ルークに渡す分もあるなら頼む」
「はいはい、ギフト用と、オリジナル袋ですねー」
店主は、虹色のギフトボックスと、店のオリジナルの魔法袋をジュードに渡した。
「兄によろしくー!」
「伝えよう」
【月長石】の代表と同じ月白の髪色に、瞳は青色、少女のような顔立ちの背の低いマッシュルームカットの青年は、ルーク・ブレイクの弟でアイスクリーム屋の店主、ヴァージル・ブレイクだ。
「器の代金を差し引いて、銀貨九枚ですが、『ヴァージルくんの気まぐれ割引』発動!んー、銀貨七枚で良いですよー」
「俺は運がいいな」
ジュードは笑いながら、店主に代金を支払った。カラフルな屋台のアイスクリーム屋は、老若男女に人気があり、自分へのご褒美や手土産に大人気だ。美味しさのわりに良心的な値段。器を持っていけば割引されるし、運が良ければ『ヴァージルくんの気まぐれ割引』が発動する。何より店主が天使だと有名だ。
ルークが夜の月なら、ヴァージルは昼の月。
少女のような顔立ちだが、実際は二十代の男性だ。ニコニコとアイスクリームを売る天使に癒やされに来る客は多い。
「どうもありがとうねー」
「ん、またな」
「お次の方、いらっしゃいませー」
二人の姿をぼんやり見ていた後ろの客たちが、ヴァージルの声でハッとした。アイスクリームを器に入れて代金を支払うだけの姿が、一枚の絵画のようだった。
ジュードは人通り少ない裏道より大通りに紛れることにした。銀髪なら、多くはないが珍しくもない。天色の瞳との組み合わせがないだけだ。
肩までの髪を短く切ったジュードは、中性的な美しさより精悍さが増したのだが、あまり目立っていないと思い込んでいた。
ギルドに着くと、受付にルークの面会とヴァージルの差し入れの話をした。ヴァージルの差し入れ、これがあるのとないのでは、受付・事務員・副代表と流れる連絡の速さが違う。
「ジュード・グレン様、ギルドカードのご提示ありがとうございます。どちらでお待ちになりますか?」
「ダイニングは混んでくるだろうな。待ち合いの長椅子に居てもいいが‥‥‥」
居ても良いが、人が集まると邪魔になり兼ねない。
「こんにちは、ここにどうぞ」
右の長椅子から落ち着いた女性から声がかかった。ジュードが顔を向けると、手を振る飴色の髪のショートカットの冒険者だった。ベーグルの店で、後ろにいた女性だと気がついた。
「呼ばれるまでここにいるといいわ」
「すまない、ありがとう」
ジュードは遠慮なくそうさせてもらうことにした。女性は苦手だが、彼女の態度には、真顔になるという拒否反応が出なかった。何より、ハルがまた会いたいと思っているはずの女性だ。
「先日はありがとう、助かった」
「どういたしまして。でも私が言わなくても、あの素敵な女性が何とかしてくれたかもね!」
あはははと笑う女性に、ジュードは本当にそうかもしれないと苦笑いした。
「すまないが‥‥‥」
「名前ね?フレイヤよ。家名のない、ただのフレイヤ」
「ジュード・グレンだ」
「あはは!知ってるわよ。ねぇ、髪切ってスッキリしたわね!前より男らしくなったわ。良かったじゃない」
また笑われたのと褒められたことで、どんな顔をしたら良いのか困った顔のジュードに、フレイヤは、普通に話すとこんなに表情が豊かになるのね、と思った。まあ、あの女性に出会ってジュードが変わったのかもしれない。
フレイヤは、あの女性に好感を持っていた。華やかで着飾る女性にも性格の良い人間はいるが、趣味が合わないし、香水が苦手だった。ジュードといた女性は、青茶の髪を一つに結び、山吹色の瞳の白シャツとパンツスタイルで、清楚で美しい人だった。
「ねぇ、あの女性は‥‥‥」
「ジュード・グレン様、代表室にご案内します」
「ああ、わかった。フレイヤさん、本は読むか?」
「へ?時々読むわよ?ってか、フレイヤでいいわよ、みんなそう呼んでるから」
「そうか、フレイヤ。【ベネット古書店】に行くといい。そうだな‥‥‥、水・木・陽の曜日以外の十時から十二時あたりに」
そう言ってジュードは事務員の後について行った。フレイヤはポカンとしていたが、慌ててメモをした。あの女性のことで教えてくれたのかもしれない。フレイヤは、後日行ってみようと思った。
「おやおや、ますますイイ男になったな!」
積まれた書類の間から、夜の化身が顔を出した。ジュードは本当に忙しいんだなと、早く用事を済ませようと思った。
「こんにちは、ジュードさん」
副代表のアーロ・アーレント。三十代前半の土色の髪と瞳で黒縁眼鏡の固そうな男だが、真面目な彼がこのギルドを支えているようなものだ。
「アーロさん、悪いな、直ぐに帰るから」
「そろそろ休憩しようと思ってたので、気にしないでください。代表、お茶にしましょう」
ジュードの気遣いに少し微笑んで、ソファーに座るように言った。ルークは伸びをして、ソファーに来て座った。
「やっと信頼できる理髪店を見つけたか?」
「隣の雑貨店の奥さんだ。ハルの養母のような女性だ。切った髪は俺が風魔法で集めて、コーヒー豆の麻袋で作った巾着袋をくれた。俺の魔法鞄に入っている」
「そうか‥‥‥良かったな」
アーロが紅茶のカップを持って戻ってきたので、ローテーブルにヴァージルのオリジナル袋を出した。店のメニューにはない、ルーク専用のアイスクリームが入っている。
「あいつ、好きな事してていいなぁ。アイスクリームは絶品だし、俺と違って可愛いし、繁盛してるだろう」
「いつも人の列が出来ているし、ファンも多いな」
それから、ハルから預かった果実酒を置いた。ジュードとルークは思い出すように笑った。
「ハルは、相当恥ずかしかったようだ」
「はは!なかなかいないもんな。俺とジュードの隣で平気で熟睡する女性なんて。ありがとうと、気にせずまた食事しようと伝えてくれ」
「わかった」
ルークはアーロにアイスクリームの袋と果実酒を渡した。アーロは給湯室の食品収納庫へ持って行った。
「それで、何かあったか?」
「俺のことを探っている人間は、猫の書以外で他にもいることを伝えたくてな」
「へぇ」
紅茶を一口飲むと、戻ってきたアーロをルークが見たのをジュードは気づいた。
「別に居てくれて構わない」
「そうか、アーロも休憩しろ」
「そうですか、では」
アーロは自分の紅茶を持ってきて、ルークの隣に座った。
「ハルの母方の親戚かもしれない男が、毎週木の曜日に来るんだが、先日俺がここに来た帰りに古書店の扉を開けた時に遭遇してな」
ハルと同じ山吹色の瞳の男性。いつも木の曜日の午前中に来て、テーブルで古書を読んで帰る。ハルの父親が亡くなってから来るようになった。
「ハルは、向こうから何も言わない限り、何も聞かないそうだ。一度古書を図書館に置いていいか聞かれたので、木の曜日が休みの王立図書館で働いてる人だろうとわかったらしい」
それから、先日元傭兵の二人の男がジュードが何処にいるかを聞きに来た。話しているうちに、ハルとジュードの関係性を知りたいようだと、ハルが気がついた。カマをかけたら、木の曜日の客と関連してるとボロが出た。ジュードはただ、隠れて見ていただけだった。
「やるなぁ、ハルちゃん」
「冷静で頭の良い女性ですね」
「‥‥‥」
「要は、なぜお前が古書店を頻繁に出入りしているのか、気になっているってことか」
「ルーク、お前の名前を出したからな。確認に来るかもしれないし、来ないかもしれない。元傭兵の二人の名前は、カルロスとバート。カルロスは銅色、バートは黄褐色の髪と瞳をしている」
「アーロ、もし来たらここに通せ」
「はぁ、わかりました」
アーロはメモをして、受付に話しておくと言った。
「なぁ、ジュード。本の修理‥‥‥」
「猫の書と言ってくれ」
「お前面倒くさいな!」
ジュードは紅茶を一口飲んだ。そういえば、最近『面倒くさい』と言われた気がした。
「猫の書の修理が終わって、商業ギルドでハルちゃんの依頼は達成。お前は【銀の女神の神殿】に行って、結果どうなるかわからないが、その後どうするんだ?」
「何を言ってる?また冒険者として、今まで通り‥‥‥」
ジュードが固まった。今まで通り生きていくと言おうとして、ハルは?と思った。
ジュードはもう、古書店にいる理由がない。
「‥‥‥」
「今まで通り?お互いひとりで生きていくのだな?」
「‥‥‥」
アーロは黙っていた。ルークは、ジュードの足りない部分をいつも考えさせるように話す。それは、ジュードに間違った選択をさせないためでもある。
ジュードは何も答えずに、紅茶を飲み終わったらそのまま帰って行った。
「やれやれだな」
「ルーク、どうするつもりで言ったんです?」
「自覚させるためだよ」
「ちゃんと帰れますかね」
「‥‥‥え?大丈夫だろ?」
‥‥‥‥‥‥しまった、油断していた。
「ジュード・グレンだな」
「ちょっと話を聞かせてくれない?」
「‥‥‥」
「この先の宿まで来てもらいたい」
「ちょっとだけだから、ね?」
「断る」
尾行されていたとは、考え事をして歩くもんじゃないな。帰りこそ気をつけなければいけなかったのに。
ジュードが溜息を吐いた。
「ジュード・グレン」
「頼むから、ね?」
「断る」
黄褐色の男が困った顔をして、銅色の男の顔を見る。
「どうしようか?」
「はぁ‥‥‥」
無理矢理連れて行こうとは思わないらしい。この二人は馬鹿じゃない。A級冒険者を連れて行ける人間かどうかは、ジュードにもわかる。二人がかりで来られたら、周りを巻き込むほど面倒なことになる。
もう少しで大通りに出て、古書店に着くところだった。さて、どうしたものか。
「宿に行くのは断る。古書店で話をしようか?俺はハルと約束がある」
「「‥‥‥!」」
「どうした?歩きながら話すか?遅れたらお前たちに邪魔されたと言うが」
「‥‥‥わかった、出直す」
「あんた、性格悪くない?」
「あんたたちは性格が良すぎるな。この役割は、向いてないんじゃないか?」
二人は顔を顰めた。嫌われたくない相手の場合は、強く出られず対応が難しいようだ。
「俺とルークはハル・ベネットの依頼者だ。彼女の仕事と俺たちの邪魔をするつもりか?と主人に伝えろ」
「わかったよ!怒るなよ!ギルドへ行ったら、ちょうど出て来るのを見かけたから、こっそりついて来て声かけただけだって」
「随分と油断していたようだったからな」
それを言われるとキツイ。確かに、どうやってここまで歩いたのか覚えていないほどだった。
「わざと油断していたのか?」
「‥‥‥」
「あのさ、別の奴らもあんたを見てたんだよ、ちゃんと気づいてたのか?」
何だ、それでか。俺をこのままハルの所に行かせたら古書店にも危険が及ぶと思って、ここで声を掛けたのか。本当にこの二人はハルを心配しているようだ。
「いや‥‥‥すまない、助かった。考え事をして、確かに油断していた」
「‥‥‥」
「だが、待たせているのは本当だ。ハルを心配させるから、どうにかしたい」
「俺たちの事は聞いているんだな?」
「カルロスとバートだろう?」
「あぁ、そこまでベネットさんと連携取れてるんだね。俺たちがどうにかするから、様子見て行きなよ」
「すまない、感謝する」
二人はやれやれといった顔でジュードの知り合いを装いながら別れた。ジュードは、花屋とパン屋に寄りながら帰り、しっかり気配がないことを確認したら、雑貨店に入った。あの二人は上手く動いてくれたようだ。
「あら、ジュードくん、お帰りなさい」
「何度も迷惑をかけてすまない。後でハルと来る」
「いいんだ、ジュードくん、コーヒーは?」
「うぅ‥‥‥頂きたい」
ススっと山吹色のマグカップを差し出したジュードが、ロンドとロゼッタに可愛らしく映った。ハルがよく言っているジュードの可愛さがわかってきた。二人も弟が出来たような気分だった。
「ほら、持っていきなさい」
「ありがとう」
「じゃあ、裏口ね。あ、ハルちゃん!」
ジュードの心臓がドクンとした。ルークに言われた事をしっかり考えなければ、また油断してしまう。
「ロンドさん、ロゼッタさん、俺は‥‥‥」
ハルは何度もキッチンの裏口を開けていた。もう午後の開店時間を過ぎていた。結局、昼食は食べていない。あまりお腹も空いてなくて、何となく一人で食べることが落ち着かなくなっていた。ジュードとの食事が、当たり前になってしまっていた。
ロゼッタが裏口に出てきたと思ったら、また中に入ってしまった。しばらくして、ロゼッタとジュードが二人で出て来た。
「すまない、待ったか?ハル」
「お帰りなさい」
ジュードは壁を軽く跳んで、こちらの芝生へ着地した。
「ハルちゃん、後で待ってるわね」
「あ、はい‥‥‥ロゼッタさん?」
ロゼッタの様子が変だなと思った。どうしたのだろう。
「ジュード様、何かありました?」
ジュードはハルに大丈夫だと言って笑った。
読んでいただきありがとうございます。




