24冊目
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結局、夕食も雑貨店でごちそうになった。後は、シャワーを浴びて寝るだけなのだが、まだ時間は早い。
ジュードは、ユーゴの部屋の厚敷きを探したかった。床で寝ていたユーゴの謎生活が、気になって仕方がないらしい。
ロンドとロゼッタにも、その話をした。整理をするから欲しい物があるか見てもらいたいと。二人の顔には「要らない」と書いてあったが、念のためお願いした。
「ハル、どこにあるのか言わないでくれ」
「‥‥‥わかりました」
ついその収納場所を見てしまいそうになるので、ハルは自室にいますねと言った。
ロンドの言葉を考えたかった。
猫の書の修理が終わったとする。
ジュードに変化がないとしても、依頼内容は本の修理。猫の書を持って、ジュードとルークの依頼を達成したと、商業ギルドへ行くことになる。
そういえば、報酬の確認をしていなかったわ。今更、いくらですか?と聞くのも‥‥‥なんか。
ジュードは、ルークに報告するのだろう。新月に【銀の女神の神殿】へ行けるように準備をする。
ハルは、もう何もすることがない。
『それでいいのか?』
他に何があると言うのだろう?
「ハル!ハル!」
ジュードが興奮して呼んでいる。厚敷きが見つかったようだ。ベッドに座っていたハルは、立ち上がって扉を開いた。開けっ放しのユーゴの部屋で、ジュードは巻いて紐で結んだ厚敷きを手にしていた。
「信じられない!なぜソファーの中に隠すんだ?」
「それが父です」
「理解できないが、面白かったな」
スッキリしたジュードは、良く眠れるかもしれない。ハルは、眠れそうもない。
先程の麻の上下の服を用意して、嬉しそうにシャワー室へ行った。何だか、羨ましい。髪を切ったら、気持ちも明るくなったのだろうか。
「私も、髪を切ったら何かが楽になるかしら」
それくらいは、後で相談してみようか。
お茶の用意をして冷ましておいた。後でジュードに飲んでもらうためだ。
「ハル、次どうぞ」
「はい、ありがとうござ‥‥‥」
紺色の麻の上下を着たジュードを見て、ユーゴを思い出すより、着る人によって全然違うのだなと思った。
「サイズがちょうど良いみたいですね」
「この紐の部分はどうしたら?」
しっかりとは結べないままに羽織った状態になっている。ハルは内側の紐を結び、外側の紐もリボン結びにした。
「はい、これでどうでしょう?」
ジュードを見上げると、少し顔が赤くなって横を向いていた。勝手にリボン結びしたが、子供じゃないんだから口で説明すれば良かっただろうか。
「ごめんなさい。リボン結びじゃないほうが良かったですか?」
「い、いや、これでいい。ありがとう。‥‥‥これはなんて言う服だろう?見たことがない作りだ」
父が昔、この紺色の麻の上下の服をなんと言っていたか、ハルは記憶を辿った。
「‥‥‥サム‥‥‥みたいな名前だったような?」
「サム?人の名前みたいだな」
「すみません、うろ覚えで」
ハルも同じような部屋着が欲しいなと思った。麻の上下の服。布を買って、少しずつ時間をかけてでも作ってみようか。
ハルが脱衣所に行くと、ジュードが先程まで着ていた服が置いてあった。あの部屋着を着たことで、すっかり忘れていってしまってようだ。後でハルの服と一緒に滅菌洗浄魔法をかけて、ジュードの風で乾かしてもらおう。
ゆっくりシャワーを浴びて、白のゆったりしたワンピースに青のストールを羽織ってキッチンへ行くと、古書店に灯りがあってジュードは窓テーブルでお茶を飲んでいた。短い髪が気に入ったのか、今日はよく髪を触っている。
「ハル、ここに」
いつも通り髪を乾かしてもらうため、ジュードに背を向けるように隣に座った。
「短いのはやはり楽ですか?」
「軽いし、結ぶ面倒がない」
「私も切ったら、結ぶ面倒がないですね」
「ハル、切るのか?」
ジュードがフワッと風魔法で乾かしてくれる。ハルの真っ直ぐな髪がさらりと舞って肩に流れた。振り向いてお礼を言おうとしたが、ジュードがハルの後ろの髪を手に取っていた。
「勿体ない」
ハルだってジュードの髪は勿体ないと思ったが、本人はあっさり切った。ハルが頬を膨らます。
「自分だけ狡いです」
「な、何故だ」
よくわかっていないジュードが、ハルの髪から手を離した。
「ハルは結んだ髪型が凛々しくて良いのに」
「え?そうなんですか?初めて言われました」
「初めて言ったからな」
「では‥‥‥考え直します」
ジュードが嬉しそうな顔をした。なんか狡いとまた思った。
「朝の市場が楽しみです。色んな食材を買いましょうね」
「卵は多めにな」
またチーズオムレツを作ることになりそうだ。チーズはルークからもらったものがあるが、カビのないノーマルなチーズが欲しい。
「軽食もあるから、歩きながら食べるのも楽しいぞ。朝食は食べずに行くか」
「いいですね!そうしましょう」
「それから、氷を買おう。魔法鞄に入れておけば、冷ましたお茶に入れて飲める」
「それなら果実酒も買いましょう。冷たくして飲みたいです」
「いいな!」
手にしたグラスのお茶を飲みながら、ここに氷が入れば最高だと楽しみになった。
「そうだ。永久凍土の【ヴィラゲル】に‥‥‥」
【ヴィラゲル】と聞いた途端、ハルの心臓がドクンとなった。その最南に【銀の女神の神殿】がある。
「確か、魔氷銀石があるはずだ」
「‥‥‥魔氷銀石、ですか?」
胸を握りしめた右手で押さえるように、ハルが聞いた。
「水から作った氷のようには解けない、銀色の氷の魔石だ。永久に使えると云われている」
「そんな便利な石、【ヴィラゲル】のどこにあるのでしょう?」
「少し調べてみる。せっかくなら、行った時に手に入れたいな。ロンドさんなら、冷たいコーヒーを作れそうだ」
「冷たいコーヒー、良いですね」
ジュードは、まるで、ここに戻って来るかのように話す。
「ハル、明日はアイスクリーム屋の後に、ギルドにも行ってきていいか?ユーゴさんの部屋の片付けは途中だが‥‥‥」
「もちろん、ジュード様の自由にしてください」
「昼食は戻らないで、午後の開店時間内には帰ってくるようにする。今日来た二人が、ルークの所に行ってないと思うが、一応伝えなくては」
「そうでした。宜しくお願いします。それから、あの、ご迷惑をかけたので、市場で何か買いますので渡していただけますか?」
ハルはまだギルドで寝てしまったことを気にしていた。ジュードは笑ってわかったと言った。
飲み終わったグラスを洗ってから乾かしてもらい、シャワー室と服を、同時に滅菌洗浄風乾燥が出来ないか実験した。服がシャワー室の中でグルグル回る。そのまま風で運んでもらい、二人の手にはキレイになった服が、シャワー室はピカピカになった。
「「大成功」」
二人は顔を見合わせて笑った。
考えるのをやめて、市場を楽しみにしてベッドに入ったら、意外とすんなり眠った。気持ち良く起きて、朝の支度をする。
二人とも地味な服装で、市場へ出掛けた。
ジュードは前日に隣の夫婦に話をしていて、ロンドが待つ庭から入って雑貨店の出入口から外へ出た。髪型も違うので、気付かれないかもしれない。
陽の曜日。まだ七時だが、市場にはたくさんの買い物客がいた。どこから行けばいいのかわからない。
「売り切れるのは、卵や野菜だな。右から行こう」
「はい」
ジュードに任せることにした。今日は場所を覚えて帰ろう。ジュードがハルの斜め後ろを歩く。
「ハル、名前だが‥‥‥」
ここでは、ジュードと呼ばないことにした。名前で反応する人もいるからだ。
「トラ様では、アレですね」
「アレだな」
やはりそれは猫の姿でないとアレだ。ハルは考えていた名前を言った。
「ディラン様は?」
「!」
昨日そう呼んで反応したのが恥ずかしかったようだが、嫌ではなさそうだった。勇者ディラン・ランディ。
「ディラン様」
「ん」
顔が少し赤い。面白くて笑いそうになったハルが、卵に目を留めた。
「ディラン様!」
「ハル、そう何回も‥‥‥」
「あの卵を見てください!」
「ん?」
ハルの視線の先に、色んな卵が並んだ店があった。
「殻が真っ黒です!この中はどうなって?」
「美味そうには見えないが‥‥‥店主、何の卵だ?」
「いらっしゃい。これは黒曜鶏の卵だよ。最近出回るようになったんだ。初めて見たかい?」
「はい!」
ふくよかな年配の女店主が説明してくれた。
黒曜石が採掘されるダンジョンの火山階層にある黒く光る土を持ち帰り、放し飼いの地にその土を馴染ませる。鶏が餌となるその地の野草を食べると、やがて黒い卵を産む鶏が出てきて、その黒い卵から孵って育ったのが黒曜鶏だ。黒曜鶏が更に卵を産んだのが、この卵なのだそうだ。
「黒曜鶏が増えるまではこの卵は貴重だったから表に出なかった。卵を産む鶏が十分に増えたんだよ」
「中は、どんな色なのですか?」
「黄身が、黒だね」
「黒いのに黄身?」
「もう黄身じゃないだろう」
よくわからない会話になってきた。
色は黒だが、濃厚で美味しいらしい。一般の卵は十個で銅貨三枚だが、これは一個銅貨一枚になる。
「一個で銅貨一枚‥‥‥」
「十個で銀貨一枚‥‥‥」
「ジュ‥‥‥ディラン様、食べてみたいです」
「く、黒いチーズオムレツを作る気か?」
オムレツに、そんなに動揺しなくても。
「白いチーズクリームソースをかけたら、面白い色になりそうです」
「ハルのほうが‥‥‥勇者だな」
「あははは!お客さんたち、夫婦かい?見てて面白いから、買ってくれたらこの普通の卵を十個サービスするよ」
「ください」
「俺が買おう。絶対に美味しくしてくれ」
「ありがとうね」
サービスの卵とは別に、白い卵を二十個分も買い、銀貨一枚はジュードが、銅貨六枚はハルが支払って、持ってきた籠二つに分けて入れてもらった。
「また来ておくれ。月に一回、陽の曜日にここで出店してるから」
「はい。いろいろと教えていただきまして、ありがとうございます」
「ありがとう」
店を離れてから、ジュードに手伝ってもらって、ハルの魔法鞄に卵を四十個入れた。次は野菜だ。
ハルの好奇心は凄かった。野菜だけで一時間かかっていた。白いトマト・長いジャガイモ・大玉のタマネギ。
「ディラン様!」
「‥‥‥今度は?」
次は青紫色の棘付きニンジンに、ハルの視線があった。なんて色だ。その隣の橙色ではダメなのだろうか‥‥‥。
痛そうなニンジンの後は、普通の野菜とベーコン・ハム・ソーセージ・チーズ・ミルク・香辛料を買ってくれて、ホッとした。
氷屋を見つけた。元冒険者だったようで、ジュードを見てわかったようだった。
「騒ぎになるから言わねぇよ。安心してくれ」
「すまない、感謝する。大袋だといくらだ?」
「銅貨二枚でいい」
「安すぎるのではないですか?」
「小遣い稼ぎだからいいんだよ、お嬢さん」
ニカっと笑って、大袋を魔法鞄から出してジュードに渡した。銅貨二枚と交換し、ジュードが魔法鞄に入れた。
「あんたなら、永久の魔氷銀石を手に入れられるんじゃないか?」
「俺なら?簡単じゃなさそうだな」
「俺みたいなC級じゃ無理だ」
「そうか」
「噂じゃ、アイスドラゴンが好む場所にあるらしいからな」
「!」
ハルは青くなったが、ジュードはそうかと笑った。
「果実酒の店を知らないか?」
「この並びにある。お嬢さんが好きそうなのもあるぞ?」
「あ、ありがとうございます」
「ありがとう」
「また来てくれ」
果実酒の店の前に来た。若い夫婦の店だ。今回が初めての出店らしい。お手頃な価格の白桃・林檎・白葡萄・檸檬、好みの果実酒を一本ずつ買った。数量限定の紫葡萄はチーズに合うそうで、雑貨店とルーク用に一本ずつ包んでもらって、ジュードに渡した。
良い匂いがしたので行ってみると、塩鶏の串焼きの屋台や焼きチーズバゲットサンド店があった。
焼きチーズバゲットサンドは、中にトマト・薄切りベーコン・バジル入りチーズクリーム、上に焼きチーズがこんがりとして、美味しそうだ。これを朝食にして、串焼きは夕食用に二十本ほど買った。
熱々を歩きながら食べて、試飲の冷茶を途中でもらい、市場を満喫した。
ハルが鍵を開けて古書店に入り、店の時計を見たら九時半を過ぎていた。キッチンの裏口を開けると、壁の向こうにロゼッタがいた。
「ジュードくんね、うちでトイレを済ませたらすぐに出掛けると言ってるわ。時計を見て驚いていたわよ」
「そうですか。昨日から何度もごめんなさい」
「いいのよ。市場、楽しかったみたいで良かったわ」
アイスクリーム屋は、急げば開店時間の少し前に並べるそうだ。そこでも彼は目立つのだろうなと思った。
ハルはロゼッタに、猫の書の修理が終わったら夕方に二人で行きますと言った。
十時。古書店の開店時間になったので、ハルは窓のカーテンと扉の鍵を開けた。
読んでいただきありがとうございます。




