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22冊目

ブクマ・評価・いいね、ありがとうございます。



 ようこそ【ベネット古書店】へ。


 二人が店に入ったことで、彼らに悪意がないとわかり、ハルはホッとした。

 徹夜でもしたのか帰れなかったのか、顔に無精髭はあるが、瞳は真っ直ぐで、二人ともなかなかの男前だ。


「窓の長テーブルに椅子があります。どうぞ、お座りください」


 その場所は、ジュードからもよく見える。気配を消しているからか、二人は全く気がついていない。


「ありがとう」

「忙しいかな?ごめんね、少し話しをさせてね」

「お答えできる範囲で、宜しいのですよね?大事な‥‥‥お客様なので」


 大事な人なので、と言おうとしてしまった。危ない危ない。


 ハルはにこやかに対応する。相手が焦っている場合、もしかしたらイライラするかもしれないが、本心が知りたい。


「勿論だ。この古書店の信用問題になるからな」

「お嬢さんはしっかりしているね」


 二人が顔を見合わせて頷いた。もう一つの丸椅子をこちらに出してきた。座って欲しいようなので、ハルは遠慮なく座った。


「俺は、カルロスという。(あるじ)の名は言えないが、俺たちは元傭兵だ。お嬢さんは、こちらの店主かな?」

「はい。【ベネット古書店】の店主、ハル・ベネットと申します」

「お若いのにしっかりしているな」

「俺は、バート。落ち着いた良い店だね」


 カルロスは銅色(あかがねいろ)、バートは黄褐色(おうかっしょく)の髪と瞳をしている。


「ありがとうございます」


 なかなか本題に入らないが、ハルは焦らずに会話をすることにした。


「この古書や本は、自分で集めるのかい?」

「本の買い取りは致しますが、古書は亡くなった祖父母と父が殆ど買い付けたものです」

「‥‥‥そうなんだね」

「冒険者のジュード・グレンは、どうしてこの店に?」


 カルロスが本題に入った。


「私は、殆ど古書や本の修理をして生計を立てています。この店で待つだけではなく、商業ギルドを通して、依頼があればお受けしています。先日、商業ギルドに行きましたら、新しく本の修理の依頼を受けました。その依頼主が‥‥‥」

「ジュード・グレン、か」


 ハルはこの時にこそ、あの名前を使わせてもらうべきだと判断した。


「正確には、ジュード・グレン様と、冒険者ギルド【月長石(ムーンストーン)】の代表(マスター)ルーク・ブレイク様です」

「「ルーク・ブレイク?!」」


 二人は同時に目を丸くして驚いた声を出した。ハルは吹き出しそうになるのを堪えた。隠れているジュードは大丈夫だろうか。


「はい。ですので、ジュード・グレン様が何故この店に本の修理を依頼したのか、お知りになりたいのでしたら‥‥‥」

「ルーク・ブレイクに聞け、か?」

「なるほど‥‥‥本当に、しっかりしたお嬢さんだね」

「まぁ、失礼しました。私ったら、お茶の用意もしないで」


 カルロスが苦笑して、すぐに帰るから必要ないと言った。バートが、棚の上の円柱の置物に目を留めた。


「あれは何かな?」

「それは、この店の古書や本を守るための魔法道具です。安定した温度と湿度を保つものです」

「へぇ、スゴイな!」

「昔、父が知り合いに頼んで作って頂きました」

「‥‥‥独りで、辛くはないか?」


 カルロスがハルを穏やかな瞳で見ていた。ハルは何となく、この二人が来た目的が、わかった気がした。


「私には、小さな頃からずっと見守ってくれている人たちがいます。ちゃんと両親に愛されて育ちましたし、今は仕事も充実しています」

「‥‥‥そうか。そうだな、君を見ればわかる話だ」

「またお店に来てもいいかな?静かでとても落ち着くよ」 

「はい、お待ちしています」


 ジュードには、やはり営業時間には猫で居るか、隠れてもらうしかなさそうだ。

 

 さて、では‥‥‥次はこちらの番だ。


「先程、ここにジュード・グレン様が来ていると聞いたとおっしゃいましたが、どこでお聞きになったので?」

「‥‥‥失言だった」

「お前よりこちらのほうが上手(うわて)だな。商業ギルドの入口の警備の男だ。こちらとしては助かるが、警備としては失格だな」


 絶対にナットではない。


「なるほど、眩しいほどの白い歯で決め顔の人ですね」


 今まで微笑みながら受け答えしていたハルが、スッと無表情になったのを見て、二人はギョッとした。コワイコワイとバートが呟く。


 立ち上がって帰ろうとする二人に、ハルが来週からの営業時間を伝えた。


「午前は十時から十二時、午後は一時から三時です」

「ちょっと待って、メモするから」


 バートがリュックからメモ帳とペンを出した。バートが書き留めながら、ハルに聞いた。


「定休日は、水の曜日だったかな?」

「‥‥‥はい。それとこれからは、陽の曜日も定休日になります」

「定休日は、水と陽の曜日‥‥‥ね」

「時間の変更はありますが、木の曜日は今まで通りです。そうお伝え下さい」

「「‥‥‥!」」


 二人は目を丸くした後で、バートは俺また何か失言した?と青くなり、カルロスは参ったなと顔に出ていた。


「わかった、伝えておく」

「‥‥‥ええっと、ベネットさん、それじゃあ」

「はい、お気をつけて」


 二人が歩いて去って行くのを笑顔で見届けて、ハルは古書店の扉を閉めた。


「ジュード様」

「ハル」


 ジュードはキッチンの椅子に座っていた。


「あの二人が俺を探していたのは‥‥‥」

「猫の書ではなく、私に関わることでしょう。木の曜日の、あのお客様です」

「ハルと同じ瞳の色の、あの男性か。今の二人の主が、あの人だと思ったのだな?」

「最初に扉を開けた時、驚いていました。お二人は母を知っていて、私が似ていたからなのかもしれません。カルロスさんは私を心配する瞳が優しすぎますし、それに、結局はジュード様が今どこにいるかより、なぜここに来たのかを聞いてきました。決め手は、バートさんですね」

「‥‥‥他にも失言していたか?」

「メモ帳とペンです。以前、王立図書館で働く女性から、素敵なので見せて頂いたことがあるのですが、王立図書館のマークがあって、一般には販売されていないものです。バートさんは、主の方から頂いたのかもしれません。うっかりさんですね」

「うっかりさん」


 先日、帰る時にジュードに会ったことで、ハルとどんな関係かを調べていたのかもしれない。

 

 一体、何がしたいのだろう。


「あの二人、ルークの名前を聞いたときの驚き方は面白かったな」 

「はい、吹き出しそうになりました」

「俺も危なかった。ルークには報告しよう」

「昨日の宿の件とは、無関係かもしれませんね。宿とはいえ、無断で部屋に入るような人たちではないと思うのですが」

「俺もそう思う。それにしても、またあの二人が来たら二階のユーゴさんの部屋にいるにも物音を立てられないな」

「一度、猫の姿を見せたらどうでしょう?物音がしても猫だと思いますから問題ないはずです。あの、ロゼッタさんが、宿の受付の呼び鈴を合図にどうかと言われましたが、どうですか?」


 ジュードは、頭の中で宿の受付を思い浮かべた。カウンターに誰も居ないときに鳴らす物だ。


「あのチーンってやつだな‥‥‥それで手を打つか」

「‥‥‥っ、良かったです」

 

 それで手を打つ、肉球で叩く姿が目に浮かんでしまい、笑いそうになった。




 昼まで、ジュードはユーゴの部屋にいることにした。

ハルが、ソファーに滅菌洗浄魔法をかけると、店に戻って行った。


 ユーゴの部屋は、クローゼット・本棚・机と椅子・ソファーがあり、ベッドがない。


「ユーゴさんは、ソファーで寝ていたのか?」

 

 今日は、無難なクローゼットから始める。

 昨日ハルが着ていた紺色のローブがあったが、これはハルがこれからも使うものだ。必要ないのは下穿きや肌着だ。外出用は少ない。白シャツやスラックスを出してみた。男性にしては小柄な人だと聞いていたが、本当に小柄な人だったようだ。服は纏めて寄付してもいいのではと思った。

 部屋着で、変わった紺色の麻の上下が三組ほどあった。七分袖・丈くらいの、ユーゴの服にしてはは大きめで、ジュードでも着られそうだ。ハルに使っていいか聞いてみることにした。

 ループタイ・アスコットスカーフが出てきた。これは、上手く使えばハルの装飾品になるのではないだろうか。


 扉のノックとともに、ハルがジュードを呼んだ。


「どうぞ」


 自分の部屋ではないのに変な感じだが、返事をするとハルが入ってきた。


「そろそろ、昼食に‥‥‥まぁ、懐かしい」


 ハルが床のラグの上に靴を脱いで座った。ジュードが裸足になったハルにギョッとした。


「ハル!‥‥‥なぜ靴を!」

「あ、そうでした!」


 慌ててワイドパンツで足を隠した。


「ごめんなさい‥‥‥父はこうしてラグの上では靴を脱いでいたんです」

「そうなのか?」

「私も、それが当たり前なのかと思って、ずっと同じようにしていたら、ロンドさんとロゼッタさんがそれをするのはユーゴだけだから、真似したらダメって。でも、もう小さい頃から癖になってしまっていて」


 ハルが恥ずかしそうに笑って、でも気持ちが良いですよと言った。ジュードも真似して、ブーツを脱いで座った。

 確かに、開放感がある。


「だが、いざという時はすぐに動けなくて困るな」

「靴もすぐ履ける物でしたよ」


 ハルが立ち上がったので、足が見えてしまいそうでジュードは目を逸らした。本棚の上から箱を出して座って開けると、ブーツを短く切って、踵を潰したような靴が出てきた。


「‥‥‥かなり斬新だが、よく転ばないな」

「まあまあ転んでいましたよ」

「‥‥‥‥‥‥そうか」


 ハルの父は、変わり者の上級者だったようだ。冒険者のようにランクがあるとしたら‥‥‥S級か?


「ところで、その麻の上下が懐かしいです」


 ハルが靴を履いて、ジュードが出した部屋着を手に取った。


「ちょっと大きいのに、気に入ってこればかり着ていました」

「ん、そうか。俺が着てもいいかと聞こうと思ったんだが、ユーゴさんのお気に入りだったなら‥‥‥」

「え?どうぞ、着てください!」


 ハルは、どちらかといえば喜んでいるようだった。母の手作りでハルも好きな紺色は、体型的には父よりジュードに似合う気がした。


「いいのか?」

「はい、寧ろ、お願いします。差し上げますので、今日シャワーの後で着てみては?」

「そうしよう」

「では、キッチンへ行きましょうか」


 明日の朝は市場に行って、食料品を買うことにした。外に出ても大丈夫かとハルは心配したが、まさかジュード・グレンが朝の市場で食材を買うとは思わないだろうと言った。

 今日は、セサミのベーグルにレタス・トマト・チーズ・焼きベーコンを挟んで食べた。ジュードは網で焼いてから切る方向にしたようだ。確かに、外は香ばしく、中がもっちりしている。

 ロンドのコーヒーをハルが灰色のマグカップで出した。


「ハル、ユーゴさんのシャツやスラックスは寄付したらどうだろうか。下穿きや肌着は処分でいいだろう?」

「下穿き‥‥‥はい、すみません処分で。肌着は切って掃除に使います。寄付する物は纏めて水の曜日に、商業ギルドに持って行きましょう」


 ギルドの買取窓口で寄付したいと言えば受け取ってもらえる。集まった物は、月に一度、ギルドから教会に届けられている。


「ユーゴさんは、ソファーで寝ていたのか?」

「‥‥‥いえ、あの、床で、寝ていました」

「何故だ」


 ジュードが顔を顰めている。


「たぶん、部屋のどこかに端切れを詰め込んで作った厚敷きがあるはずです。それを先程のラグの上に敷いていました」

「‥‥‥探してみよう」

 

 ジュードは、眉間の皺をそのままに、コーヒーを飲んだ。


 ユーゴを理解しようとしてはならない。昔、そう言ったのは、誰だったか。

 ジュードが精神的に疲れるようならば、無理をさせてはいけないので、部屋の片付けはやめてもいいですよ?と言ってみた。


「それは、負けた気分で何か嫌だ」


 ‥‥‥‥‥‥誰に。


読んでいただきありがとうございます。

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