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21冊目

ブクマ・評価・いいね、ありがとうございます。



「初めてここに来た時、俺に悪意があった場合は入れなかったってことか?」 

「そうなります」

「今ここで‥‥‥悪意が芽生えたら?」


 ハルがキョトンとして、それから少し首を傾けて考え込んでしまった。


「‥‥‥見たことがないので、わかりません」

「‥‥‥そうだな、質問した俺が悪かった」


 とにかく、ハルはここに居れば安全だと言いたかったのだと、ジュードは理解した。どうして古書店がそうなのか、ハルはユーゴからそう教えられただけなので、わからないそうだ。


 食器を洗って乾かして片付けたら、隣の雑貨店に行くことにした。開店前だが、もはやジュードが来てから当たり前になっている。


 店を出て鍵をかけると、ジュードがまた吊り看板が認識できなくなったのを楽しげに見ていた。


 カラン、カラン。雑貨店の白木の扉を開けて挨拶をすると、すでに夫婦はカウンターで待っていた。


「「おはよう、いらっしゃい」」


 息ピッタリで挨拶を返してくれると、ハルは昨夜はお世話になりました、と恥ずかしげに言った。


「久し振りに遠出して、疲れちゃったのね。でも、楽しかった?」

「はい、ルーク様はとても楽しい方でした」


 良かったなと、ロンドがさっそくコーヒーを入れてくれた。ハルとジュードがお互い魔法鞄からマグカップをそっと差し出すと、笑って受け取った。今飲むコーヒーに加えてマグカップ四つ分と、遠慮がなくなったハルたちに、ロンドもロゼッタも喜んでいた。


 ロゼッタが、ニヤニヤしている。


「昨夜のハルちゃんは、可愛かったわぁ」

「え」

「ロ、ロゼッタさん、それは、ハルにはまだ」

「あら、言ってないの?」

「なんだ、言ってないのか」

「気になるから早く話してください!」


 ロンドとロゼッタが顔を合わせて、吹き出した。


「ジュードくんに抱っこしてもらいながら、鍵を開けようとしてね。鍵穴になかなか入らないから、あれぇ?あれぇ?って。しばらくそうしていたわよ」


 ハルは泣きそうな顔でジュードを見ると、苦笑いで目を逸らされた。その鍵を開けようとしていた音とハルの声で、ロンドとロゼッタを起こしてしまったようだ。


「はぁぁ、ごめんなさい‥‥‥」

「いいのよ、可愛かったって言ったでしょ。ところで、アレ作ったわよ」


 ロゼッタは、ワイバーンの革で作ったストラップ付きの鍵入れを二つ、カウンターテーブルに置いた。鈍色(にびいろ)でシンプルなタイプだ。


「金具付きの革のストラップに鍵を付けるのよ。鞄にも首にもかけられる絶妙な長さよ。ストラップに鍵入れを通してあるから上から下ろして鍵に被せるだけ。カバー付きのキーストラップってところね」


 鍵が中に入っているとは思えないほど、革の素敵なアクセサリーにしか見えない。ハルは喜んで、自分の鍵と父の鍵を出した。金具にカチンと鍵を付けて、カバーを被せた。


「うん、格好良いな!このワイバーンの革は良い色だ」


 ジュードが覗き込んでいる。ワイバーンを選んだのはジュードだ。ハルは、父の鍵を付けたキーストラップの方をジュードに渡した。


「‥‥‥ん?」

「これは、ジュード様が持っていてください」


 古書店の大事な鍵を渡されて、ジュードは目を丸くして驚いていた。


「あの、昨夜みたいなのは恥ずかしいので、ジュード様に開けてもらえたらと‥‥‥」


 ジュードが鍵を持っていれば、ロンドたちを起こすことなくあっさり入れた。それから、もっと広い場所で体を動かしに行けますよと言った。早く起きてハルがまだ寝ていたら、鍵をかけて好きに行動してもらえる。


「ハル、キッチンの裏口と芝生は気に入ってる」

「そ、そうなんですか」


 あの芝生は気持ちが良いらしい。


「では、鍵は必要ないかもしれないですね」

「‥‥‥いや、そうではない」

「「面倒くさい」」


 マグカップにコーヒーを入れ終えたロンドと、頬杖をついて話を聞いていたロゼッタが、ジュードに呆れていた。


「ありがとうって受け取ればいいのよ」

「ジュードくん、受け取りなさい」

「わ、わかった。ありがとう、ハル」

「あ、いえ、どういたしまして」


 ハルとジュードは受け取ったコーヒーをお互い魔法鞄に入れた。ジュードは面倒くさいと言われてちょっとショックを受けている。

 お互い、キーストラップを首にかけた。ジュードは、動くときは魔法鞄に付けるか中に入れるかしてもらえばいい。ハルはこのままアクセサリーのように使うことにした。ハルのシンプルな服にも合う色とデザインだ。ロゼッタは、ハルがジュードに鍵入れを渡すと思って、二人に合うデザインにしてくれたのかもしれない。


 合図になる音の出るものは店にあるかを聞いた。どんな時に使うのかを聞かれたので、修理をしたすぐ後に客が来て、ジュードが元の姿に戻れずトイレに行けなかったことを話した。


「砂場作れば?」

「猫の鳴き声くらいしてあげれば?」

「「‥‥‥」」


 ジュードが拒否していたことを言われてしまった。コーヒーを飲み終えたジュードは、フラフラと立ち上がり「ちょっと考えるから、先に古書店に戻る」と帰ってしまった。さっそく、鍵が役に立った。

 夫婦は笑ってジュードの反応を面白がっていた。


「ねぇ、呼び鈴はどう?宿屋の受付カウンターにあるような」

「呼び鈴ですか‥‥‥」


 ハルは想像した。トラ様が肉球で呼び鈴を「チーン」と押す姿を。


「ください」

「ハルちゃん、残念ながら雑貨店(ここ)にはない」

「‥‥‥」


 ガッカリしたハルだが、すぐに立ち上がった。瞳には決意の色があった。


「絶対に、探します。絶対に」

「ハルちゃん」

「宿屋の方にどこで購入したのか聞いて、それから」 

「ハ、ハルちゃん、仕入れるから待ってて!」


 今からでも走って行きそうなハルを、ロゼッタは止めた。


「本当ですか?」

「「任せなさい」」

「ありがとうございます!一階と二階に置くので、二つお願いします!」


 雑貨店の夫婦は、結局自分たちは隣の父娘の注文に応える運命なのだと諦めた。


 ハルが雑貨店を出ようと扉を少し開けると、古書店の前に誰かがいたので出るのをやめた。男性が二人、この辺の人ではないようで、冒険者のような逞しい男性に見える。魔法鞄と思われるリュックにジュードと同じ月長石(ムーンストーン)を探したが、ここからではよく見えない。

 ジュードが気づかないはずがない。同じギルドの冒険者ならば、出てきているはず。

 後ろからロンドがハルの肩に手を置いた。目が戻れと言っている。静かに扉を閉めた。

 二人に、昨日のジュードが泊まっていた宿の件を話した。兄を名乗って、何かを探しに誰かが部屋に入ったことを。


「雑貨店には来ないと思うのですが‥‥‥」

「うちも古書店の恩恵で悪意のある人間は店には来ないな。うちの心配はしないでいい。もし何か言われても知らないと答えるから大丈夫だ」

「寧ろ、古書店の中に入れてみたらどう?悪意がなければ入れるんだし、そうしたら話を聞いてみるとか」


 ジュードと一緒に話し合いたいが、どうしようかと考えていたら、二人に奥のキッチンに来るように言われた。

 ロンドが裏口を開けて外を見ると、ハルを手招きする。ロス家の庭と古書店の小さな芝生の庭の間には、ハルの目の高さの煉瓦の壁があるが、その壁の向こうにジュードがいた。


「ここで待ってくれていたのですか?」 

「店の前に知らない男たちがいる。もしかしたらハルは、こちらから出てくるかもしれないと思った」

「ロゼッタさんが、古書店に入れてみたらどうかと。悪意があれば入れないし、入れたらお話を聞いてみても良いかもしれません」


 ジュードが少し考えるようにして、とりあえずハルをこちらに連れて行くと言った。どうするのかと思ったら、片手を壁に乗せたと思ったらヒラリと跳んでこちらに着地した。


「「おおお」」


 夫婦が「若いと軽いわね」「俺も昔は出来たんだぞ」と、楽しそうに話している。


「ハル、悪いがまた抱える」


 今日もまたお世話になることになってしまった。複雑そうな顔のハルに、ジュードが苦笑いをしながら抱え上げた。


「庭の奥から走らせてくれ」

「ああ」

「気をつけてね」


 ジュードは助走をつけて跳び、トンと壁に軽く片足をついただけで古書店の芝生に着地した。そっとハルを下ろす。


「「おおお」」 


 再び「さすがだわ」「人を抱えてのアレは若い頃でも俺には無理だ」と楽しそうに話す夫婦に、手を振って別れた。

 キッチンの扉に四角い石を挟んでいたので、二人は静かにキッチンに入って、石を戻し扉を閉めた。

 古書店の窓のカーテン越しに、まだ人がいるのがわかった。


「どうしましょう?」

「このままだと営業妨害だ」

「ジュード様に会いに来たのか、私に用なのか、まだわかりませんよ?」

「ん、そうだな。あれは冒険者か‥‥‥傭兵だ。誰かに依頼されたかもしれない」

「もう、面倒なので入れてしまいましょう」

「ハルはけっこうアレだな。男らしいところがあるな」


 雑貨店の夫婦の影響をかなり受けているようだ。先程夫婦に『面倒くさい』と言われたばかりのジュードが納得した。


「私が店を開けて、お客様として迎え入れます」

「では俺は、気配を消して階段の影にいる。ハル、扉を開けても店からは絶対に出るな」

「はい」


 悪意があったらどうなるか初めて見ることになるので、少しワクワクしていたが、ハルは気を引き締めた。

 十時になった。

 ハルがカーテンを開けると、窓の向こうの二人は背を向けていたがこちらに気がついた。三十代と二十代後半くらいの男たちだった。

 顔を見て、ハルはようやく緊張してドキドキした。見た感じでは悪い印象は受けなかった。良い人たちならいいなと思い始めた。

 深呼吸をして扉の鍵を開けると、扉の前に立っていた男たちは少し驚いたような顔をした。ハルは彼らに笑いかけた。


「まあ、お待たせしてしまいましたか?いらっしゃいませ」


 ジュードは、ハルは落ち着いた演技が上手いなと感心して見ていた。


「おはよう、お嬢さん。開店してすぐに申し訳ない」

「ちょっと聞きたいんだけど、こちらに冒険者のジュード・グレンが来ていると聞いたのだけど、間違いないかな?ギルドに行っても会えないし、滞在場所もわからないんだ」

「まあ、どうして会えないのですか?」

「受付は何も教えてくれなかったよ」

「【月長石(ムーンストーン)】は、ちゃんとしたギルドだという証だな」


 とりあえず、ジュードに会うのが目的があることがわかった。あとは、どんな理由で探しているのか。


「立ち話もなんですから、どうぞお入りください」


 ハルが大きく内側に開いた扉を背にして、二人が入るのを待つ。ジュードも気配を消しながら、足音を聞いていた。


「ありがとう」

「では、失礼する」


 最初の一人が、古書店内に、一歩足を踏み入れる。


読んでいただきありがとうございます。

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