2冊目
ジュード・グレンは、冒険者だ。
ある日、冒険者ギルドに、銀髪で天色の瞳の男性ジュードに指名依頼が入った。
商人から古い本を渡されると、次の新月に【銀の女神の神殿】に行くように言われた。
永久凍土の地【ヴィラゲル】の最南にあり、小さいが白銀の美しい神殿だった。
絵姿の銀の女神は、銀髪で天色の瞳だった。
同じ色の男性が本に封印されている銀の聖獣を身体に憑依させ、女神の前で祈ると、聖獣が女神のもとへ戻る。すると、女神からの礼として、聖獣の指輪が入手できる、とのことだ。
報酬は、金貨百枚。
言われた通り、新月の日に【銀の女神の神殿】で本の魔法陣に手を乗せると、魔力が吸い取られ、やがて別の魔力が流れ込み、聖獣が憑依した。
そして、女神像の前でひたすら祈った。
女神像の指から銀光がさし、手をかざす。
聖獣の指輪を入手した。
ギルドに戻り、鑑定士に見せて依頼完了となり、報酬を受け取った。
少し良い宿に行き、昼食をとった後、部屋でシャワーを浴びてから少し眠ったところで、身体の異変に気がついた。
自分が猫の姿になり、近くにはバラバラになった本が落ちていた。本は、聖獣を憑依させた時点で消えたはずだった。
ジュードは猫になった姿で、暗くなる前にところどころ本を読んでみた。すると、憑依した者がまず聖獣の指輪を装備しなくてはならなかった。
指輪は女神からの礼ではなく、女神からの愛の証である、となっていた。間違えると裏切りとされ、呪いが発動する。
なんてことだ!
バラバラになった本を、口に咥えて、頁の順番に整理した。暗くなり始めると、疲れてきってしまい、大きなベッドで小さく丸くなって眠った。
翌朝からまた何時間もかけて、順番整理の続きをした。
やがて、最後の表紙を閉じたところで、白銀に光り、身体が元に戻った。すでに夕方になっていた。
疲れもあって、しばらく呆然としていた。
部屋で簡易食を食べ、また少し眠った後、再び表紙をめくると、また猫になってしまった。慌てて閉じたら、人に戻った。
自分は、この本と運命を共にしなければならないのか!
怒りのまま、紐で巻き付けた本を手にして商人の所に行くと、商家の受付の娘が、二・三日商談で不在だと言った。商談場所は、契約で言えないようだった。
じっとしていられず、この本がバラバラになってる事態をなんとかしないといけないと思い、修理を依頼することにした。
翌朝、商業ギルドに行き、受付で【ベネット古書店】を紹介され、依頼した。
更に翌日、再び商業ギルドに来てみたが、まだ依頼は受けられていなかった。近く来るはずだから待ってほしいと言われた。
帰ろうとしたところで、耳が、知っている声を拾った。
ロビーへ行くと、商談相手と握手をしている、あの商人がいた。見つけた!
気持ちを抑えて、商談相手が帰るのを待った。
そして、相手が帰ったロビーで寛ぐ、商人と従者たちの前に立った。
商人は「おや、貴方は!」と上機嫌に言った。
「指輪の入手方法で嘘をついたな!」と捲し立てたら、商人の顔色が変わった。「嘘などついていない、報酬を受け取っておいて何を言うのかね!」と言われた。
言い合いが続き、とうとう「呪いがあるなんて聞いてない!契約違反だ!」と呪いの存在を口にした。
商人が黙り込み、周りも静かになった。
ギルドの職員に騒ぎを注意されると、商人は革袋に入った金を押し付けた。これで自分でなんとかしろ、と。
愕然とした。
こんな商人の依頼を受けた、あの日の自分にも腹がたった。
これから、どうしたらいい。
どう歩いてギルドを出たかわからなかったが、階段の手前で呼ばれた気がして振り向いた。こんな時に何の用だ?
若い女性だった。困った顔でこちらを見ていた。
「何か?お嬢さん」と思ったより冷たく低い声が出た。
「私は、ご依頼を受けました、【ベネット古書店】のハル・ベネットです」
女性は臆せず、言葉を返してきた。山吹色の真っ直ぐな瞳だった。
【ベネット古書店】のハル・ベネット。
自分が昨日ギルドに出した依頼のことを思い出し、失礼な態度を取ったことが急に恥ずかしくなった。
怒りでどうかしていた。
謝罪をして、名前を告げようとしたら、持っていた本が滑り落ちそうになった。慌てたらバランスを崩し、階段から落ちた。本と共に落ちながら、猫になっていくのがわかった。
人が来る前に身を隠した。だが、本がなくなるとまずい。このまま人間に戻れなくなる。
様子を見に戻ると、彼女が本を丁寧に拾い集め、階段に座り困った顔をしていた。
俺は、彼女の後ろに座り、話しかけるかどうしようか悩んだ。
「シアさんに、あの男性のお名前を聞こう」
彼女がそう呟いた。
「ジュード・グレンだ」
自然と声を出していた。
今までの全てを話したところで、カランとベルが鳴り、雑貨店に客が来たようだった。
店主のロンドと妻のロゼッタが、「ゆっくりしていって」と接客に戻った。
「グレン様、本は修理魔法を使います。本によって、どれくらい修理が必要か、魔力が必要かが違います。今日明日に修理は出来ないこと、ご理解ください」
「わかった。他にも依頼があるだろうから、無理のないように」
「ありがとうございます。‥‥‥あの、撫でさせてもらっても?」
「‥‥‥頭ならいいぞ」
嬉しそうに、平たい頭を撫で始めた。やがて、額に集中し始めた。柔らかいのだそうだ。こちらとしても、まあ悪くない。
「グレン様」
「んん?」
「本を修理したら、もう一度神殿に行くのですか?」
「それは、わからない。再び聖獣が憑依出来るのか、女神に謝罪し赦されるのか、指輪を再びもらえるのか‥‥‥」
「もし、それが難しければ、誰にも触れられないように、魔法鞄に本を永久にしまっては?」
「それもあるな。この先、呪いに変化がなければだが」
ロンドが戻ってきた。
ロゼッタだけの接客で大丈夫なようで、猫の時は食べ物はどうするのかを聞いてきた。この体では食事をしたことがない。「何かないか探してくる」と、ロンドが食料庫へ行った。あんまり迷惑をかけないよう、考えなくてはならないな、と思った。
仕方なく、先程のミルクを飲んだ。ミルクは久し振りだった。
「グレン様」
「ジュードと呼んでくれ、ベネットさん」
「では、ジュード様、私のことはハルと」
「様はいらない」
「お客様ですから、ダメです」
そうなのかと首をひねると、ふふっと静かに笑った。
あの時、彼女に会わなければ、怒りに任せて何をしていただろう。商人に復讐していただろうか。
「ジュード様、うちの店に行きましょう。まずは本を頁の順番にしますね。そうしないと、なかなか美味しいコーヒーが飲めませんから」
ひとつひとつ、今やれることを。
「そうだな、すまない。よろしく頼むよ、ハル」
読んでいただきありがとうございます。