19冊目
ブクマ・評価・いいね、ありがとうございます。
どれくらいの時間が経ったのか。目を閉じてジュードに抱き上げて走ってもらいながら、自分の体力の無さを情けなく思っていた。これは絶対に十八歳の体力ではない。
もっと年配の方と、変わらない気がする‥‥‥。
もうちょっと外へ出ることを固く誓っているうちに、揺れや受ける風がなくなった気がして目を開けると、大きな白い扉の前に着いていた。
「ハル、大丈夫か?ギルドに着いたぞ」
「まあ、申し訳ありません、ジュード様」
ゆっくり降ろしてもらい、着ているローブのフードを脱ごうとしたら止められた。
「ハル、そのままに」
「そ、そうでしたか」
まだ危険なのだろうか。
ジュードが重そうな大扉を押し開けて中に入ると、正面に受付が見えた。賑やかな声が聞こえる。冒険者の多くはもう、隣のダイニングにいるようだ。
「そこの受付に行く、ハルも来てくれ」
「は、はい」
先程の宿のように、ハルを置いて行くことはしなかった。
「こんばんは、ジュード・グレン様」
受付女性がジュードの名前を言うと、ザワッと空気が変わった。ジュードは本当にとても有名な人なんだと、改めて感じる。
濃紺のローブに一つに結んだ銀髪、天色の瞳は、とても精悍で美しく、格好良い。
ハルは、とても緊張していた。フードを被っていて良かったと思った。
ジュードがギルドカードを手渡した。
「ギルマスと約束している」
「お待ち下さい」
受付の女性が、ギルドカードとハルに視線を移した後、ジュードに戻した。
「ダイニングの個室で、既にお待ちです」
「ありがとう」
ジュードがハルに右の手のひらを差し出した。今度は周りが静かになった。ハルは戸惑いつつも左手を乗せて、受付左側のダイニングの入口に向かった。
「あ、あの、ジュード様」
「ん?どうかしたか?」
「申し訳ありませんが、先に化粧室に‥‥‥」
フードを被り、更に走った事で、乱れているかもしれない髪や服を直したかった。このままギルドマスターであるルークに会って食事をするのも、気が引ける。
「すまない、気がつかずに」
女性の扱いに慣れていないジュードは、申し訳ない顔をした。ジュードが声をかけ、女性のギルド職員が案内してくれた。ジュードはダイニング入口近くで待っていると言った。
ローブを脱いだが、大した乱れはなく、髪を少し整えるくらいで大丈夫だった。待ってくれていた女性にお礼を言う。
「ごめんなさい、お待たせしました。ありがとうございます」
「いえ、そんな、どうぞお気遣いなく」
謝られると思わなかったのか、女性は少し驚いたようだが、その後にこやかに対応してもらい、ハルはホッとした。
「ジュード様、お待たせしました」
「ん、行こうか」
ジュードもローブを脱いで待っていた。
そのまま女性に、右奥の個室に案内された。中に声をかけ、カーテンを開ける。
「思ったより早かったじゃないか」
個室のカーテンからは見えない位置、右側から男性の声が聞こえた。
「はじめまして、ハル・ベネットさん」
ルークは、半円のソファー席に座って、笑みを浮かべながらエールを飲んでいた。
立ち上がり、右手を差し出した。
「冒険者ギルド【月長石】へ、ようこそ。ギルドマスターの、ルーク・ブレイクです」
月白の髪は緩やかな癖毛で長く、紺色の紐で左肩の位置で結んで前に垂らしていた。濃紺の瞳は美しい夜空のようだ。
ハルはしばし見惚れてしまったが、慌てて握手をした。
「失礼致しました。はじめまして、ブレイク様。ベネット古書店の店主、ハル・ベネットと申します。ご挨拶が遅れてしまい、申し訳ございません」
「これはこれは、ご丁寧に。ですが、どうぞ楽にしてください」
「ハル、ローブを魔法鞄に入れてしまおうか」
「あ、そうですね」
「うん、なるほど、ローブを着てきたのは正解だね。ジュードに言われて目立たない色の服を着てきたのだろうが‥‥‥清楚で美しい女性だね、ジュード。ベネットさん、こちらにどうぞ」
ルークは半円のソファーの一番奥に座るように言った。
「そんな、私は手前の席で」
「ハル、いいから。今日はハルがゲストなんだ」
「うぅ‥‥‥、では、失礼します」
ソファーの奥に座り、続いてジュードが座った。挟まれた状態になり、余計に緊張してしまった。カーテンは既に閉められていて、外の会話や音が聞こえなくなっていた。
「さ、堅苦しいのはここまでだ」
「そうだな」
急に口調が変わり、ハルは驚いてルークとジュードを見た。
「ハル、このカーテンは防音魔法がかけられている。こちらの声も外には聞こえない」
「まあ、便利なカーテンですね」
「ふふ、珍しいかい?だから普通に話してくれていいよ?」
「ハルは普段からこの話し方だ、気にするな」
「なんだ、そうか」
飲み物は何がいいか聞かれたので、最初はエールを飲むことにした。驚くほどすぐにエールが運ばれてきた。
ルークは、エールのジョッキを持って、見た目では絶対にしそうにない顔で、ニカッと笑った。
「では、新しい出会いに、乾杯」
「「乾杯」」
エールは久し振りだが美味しく感じた。ハルは何だか嬉しかった。ジュードと親しい人に会えて、こうして迎えてくれたことに。
やがて、料理がいくつか運ばれてきた。食べたいものをそれぞれ勝手に取って食べようと、食事を楽にしてくれた。チーズが多い気がして、笑いそうになった。
「あの、依頼人になってくださって、ありがとうございます」
「とんでもない。ジュードに手を差し伸べてくれて、こちらこそ感謝しているよ。ところで、ジュードはちゃんと上手く伝えたのかな?」
「うぐぅ‥‥‥!」
「失敗したんだね、下手だからなぁ」
ジュードが顔を顰めた。ハルは二人の会話が面白くてしばらく黙って聞いてみることにした。
「きっとアレだろ?俺にもしもの事があっても、ルークがいるから大丈夫だ、的な?」
「おまっ‥‥‥何でっ」
「やっぱりな」
ルークは呆れてエールを一気に飲んだ。豪快な飲み方をする。
「はあぁ、気の毒にまぁ、そんな遺言みたいなこと言われて」
「ううぅ‥‥‥」
小さくなるジュードのほうが気の毒になってきた。
「で?結果は?」
「‥‥‥‥‥‥泣かせてしまった」
「うっわ」
残念な人を見るような目で、ルークはジュードを見ていた。「信じらんない」とか「あり得ない」とも言った。
「俺は、そんなつもりで依頼人になったんじゃないぞ?俺の名前が役に立つからと思って言ったんだ」
「うぅ、そうなんだが、もしもの時のために」
「まだ言うか」
「あ、あの、もうその辺で‥‥‥」
やめてあげてください。と、ハルがルークにお願いしたら、ルークがキョトンとした。
「あれ?こいつ弄るの面白くなかった?」
「「ええぇ」」
ジュードとハルがショックを受けると、今度は二人に大笑いした。
「あははは!息ピッタリだねぇ!そうかそうか」
エールのおかわりを注文して、チーズを食べ始めた。濃い色の熟成チーズだ。チーズ‥‥‥。ハルがハッと思い出した。
「ジュード様」
「ん」
ジュードがボディバッグから、紙袋を出した。ハルを経由して、ルークに渡す。何これ?と中を覗いた。
「ベーグル?」
「チーズが入ってるのと、チーズに合うやつだ」
「商業ギルドの近くで、美味しいベーグル屋さんがあるんです。良かったらお好きなチーズや食材を挟んでみてください」
「へぇ‥‥‥ありがとう、二人とも」
ルークがチーズ好きだとハルに話してることもそうだが、ハルがジュードの名を呼んだだけで、ジュードが理解してベーグルを出したことにも驚いた。
ルークは喜んで自分の濃紺のボディバッグにベーグルを入れた。
「ルーク、ここに来る前の話なんだが」
ジュードは、放置していた宿の出来事を話した。
「店主の知らないところだったかもしれないが、宿として信用をなくす話だな。今回は注意しておくから、それで許してやれ」
「お前がそう言うなら。だが、俺はもう利用するのは無理だ」
「それでいい。もう宿は必要ないだろうしな?」
ジュードがしばらくポカンとしてから、少し顔が赤くなった。
「誰がお前の兄を名乗ったか、大体予想できるのは商人だな。探していたのは間違いなく本だろう。冒険者相手なのだから、魔法鞄に入れている可能性のほうが高いとわかっていて、念のため調べたのかもしれないな。最後に商人に会った時はもう必要ないって感じだったんだろ?必要になる何かが起こったか?」
「あの商人か‥‥‥二度と会いたくないが、ハルに迷惑をかけないか心配だ」
「私、ですか?」
「俺が出入りしてるのを知ったら、店に来るかもしれない」
「まぁ」
「まぁ、って。‥‥‥大丈夫か?」
ルークはハルの危機感が薄いのが心配になった。この件は、ルークの方でも調べると約束した。
「さて、その例の本だが、進行状況は‥‥‥」
「待てルーク、猫の書と呼んでくれ」
え、何それ。
「猫の書と呼ぶことにしました。他の本と区別出来てわかり易いですし、何より、可愛いです」
「あ、そう」
この娘、ちょっと変わってないか?
ルークはジュードに視線を移すと、目が合って苦笑いした。ルークにそんな風に思われていることなど、ハルは知らないまま猫の書の話を続けた。
「この猫の書を修理する魔力の消費が、他の本に比べて凄いんです。今の私の魔力量では、一日で十頁分くらいしか進められなくて‥‥‥」
「‥‥‥十頁分?」
ルークは、もっと進んでいるものだと思っていた。本によって、修理にそこまで魔力消費に差があるとは、知らなかった。
「ルーク、焦ると危ない。今日だって」
「ジュード様」
「え、何?ちゃんと教えて」
「今日、魔力を使いすぎてハルが倒れた。魔力回復薬を近くに置いて、ギリギリ猫の書を閉じて俺が人間に戻ったから飲ませることが出来たが‥‥‥」
魔力が空になれば、死に繋がることになる。ルークが険しい顔になった。
「ベネットさん、それは、二度としてはダメだ」
「はい‥‥‥気をつけます。私だけでなく、ジュード様も猫のまま誰かの助けを待つだけになって」
「そうじゃないだろ!」
ルークが大声を出した。ハルとジュードが目を丸くした。
「ルーク、落ち着け。ハルにはもう、ちゃんと俺が怒った」
「‥‥‥ごめん、そうだな。ごめんね」
ルークは、頭をクシャクシャと掻いた。
あぁ、キレイに結んでいた髪が勿体ない‥‥‥と、ハルは思ってしまった。それから、ルークも自分を心配してくれたことがわかった。
「ありがとうございます、ブレイク様」
「‥‥‥ルークでいいよ、ハルちゃん」
「‥‥‥ありがとうございます、ルーク様」
「うん、ハルちゃん」
「‥‥‥」
「え?なに?ジュード、妬いてるの?」
「ち、違う!」
顔を顰めたジュードが、エールを一気に飲もうとして、すぐに吹き出した。
「ぶっほぅ!」
「まあ、ジュード様」
ハルが急いでハンカチを差し出した。
「ゲホッ!ゲホ‥‥ん、ずばらい」
「また鼻からですか?コーヒーとエールはどちらが痛いです?」
「‥‥‥んん、エール‥‥‥か?ケホッ」
「ふっははは!あは、面白いなぁ!‥‥‥うん、今日は、いい夜だ!」
ルークはソファーに転がって笑っていた。笑いながら、エールとチーズのおかわりを注文していた。
読んでいただきありがとうございます。




