18冊目
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灰色のマグカップに入ったコーヒーを魔法鞄から出して、窓テーブルのコースターの上に置いた。
「キャラメルが食べたいです」
「よし」
ジュードがボディバッグから青いガラスの器に入ったアイスクリームを二つ出した。スプーンも出してくれた。アイスクリーム用の平たいスプーンだ。
「食べよう、ハル」
「いただきます」
薄茶色のキャラメルアイスクリームは、甘さとほろ苦さがちょうど良かった。コーヒーにも合う。
「ハル、内鍵をかけるだけで、外の吊り看板を外さなくていいのか?」
ジュードに先程店を閉めてもらったことで、気になっていたようだ。
「あの木製の吊り看板は、外れないのです。父が面倒だから外れないように固定してくれと、ロンドさんに頼んだそうで。店の鍵をかけると、看板が認識できなくなるようにしてくれました」
「あの夫婦は何者なんだ?そんなこと簡単に出来ないだろう」
ハルも常に思ってることだ。たぶん凄い人たちなのだろうと。小さな雑貨店に納まるには勿体ないほどに。
「だが、俺が初めてここに来た時は吊り看板は見えてたが?」
「私が抱っこしていたからだと思いますよ。鍵を持った私には見えるようになっているので」
「抱っこ‥‥‥」
思い出したら恥ずかしくなってしまったようだ。
「ハル、定休日を増やすのもいいが、今のところ午前中に来る客ばかりだから、午後早く閉めるのはどうだ?」
ジュードに言われて、確かにそうかもしれないと思った。
「でしたら、水の曜日と陽の曜日を定休日にして、午前は十時から十二時・午後は一時から三時、というのはどうでしょう。二時間ずつならジュード様の負担も減ります」
「ん、いいんじゃないか?休憩もしっかり出来るしな」
来週に来る客や、水の曜日に行く予定の商業ギルドにも伝えることにした。
「気分が軽くなりました」
「良かった」
コーヒーを飲み終わってしまった。
マグカップと器を洗いながら、ルークとの約束には何時に出掛けるのかとジュードに聞いたら、ハルの足で一時間かかるらしいので、五時くらいに出れば間に合うと言った。
「今まで利用していた宿が途中にあるんだが、寄っていいだろうか?料金は前払いしてあるが、やはり早く部屋を空けてやらないとな」
「そうですね。そのほうが宿の方も助かると思います」
洗った食器類をジュードが風魔法で乾かし、それぞれ魔法鞄にしまった。
「あの、冒険者ギルドへ行く服装はどうしたら?」
「‥‥‥目立たないほうが良いが、出来るか?」
「ちょっと着替えてきますので、見てもらえますか?」
「ん?ああ、そうか、わかった」
ジュードは女性の服を判断できるか困ったが、待ってみることにした。
ハルは部屋のクローゼットを開けた。ジュードが言う目立たないとは、冒険者の中に紛れるような服装ということだろう。それでいて、ジュードの横に並んでもおかしくないような。
「難しいわ」
紺・黒・茶・灰色あたりが良いかもしれない。
黒のワークパンツならある。シャツは紺色があったはずだ。これに、ループタイをすれば、地味過ぎず派手過ぎないだろう。髪も後ろでラフに結んで、リボンではなく茶色の革紐を無造作に巻いた。なかなか良い感じで出来たので、普段も使えそうだ。
父ユーゴの部屋へ行くと、クローゼットから紺色のローブを出した。ジュードもそうだが、フード付きだ。ユーゴは細身で背が高くないほうだったので、ハルでも十分に使える大きさだ。
「うん、いいわ」
ローブは階段で踏みそうなので、今は脱いで手に持った。階段を下りて、ジュードに見せる。
「どうですか?」
「!」
髪を革紐で結び、服装がちゃんと目立たない感じに纏まっていて驚いた。
「凄いな、想像以上だ。とてもいい」
「本当ですか?あと、出掛ける時にはこれを着ます。少しだけ大きいですが、父のです」
ひらりと紺色のローブを着てみせた。
「‥‥‥」
紺に黒。目立たない色にしたのに、ハルの白さと瞳の色の美しさが目立ってしまったな。
ジュードには、普段のハルも好ましい服装だと思っていた。シンプルで動きやすいが、とても大人っぽくクールな女性のパンツスタイルだ。古書店にも合っている。
化粧も薄くナチュラルで、元々の美しさで十分なほどだ。
「では、これで決まりですね!」
「ハル」
「はい」
「ありがとう。頑張ってくれて」
山吹色の瞳を大きく見開いて、それから「どういたしまして」と優しく微笑んだ。
五時少し前に、古書店を出た。
キィーン、カチャ。鍵がかかるのを、少し離れた所でジュードが見ていた。
「ん、本当だ。吊り看板を認識できなくなった」
「不思議ですよねぇ」
ふふ、とハルが笑った。それから、隣の雑貨店にこれから出掛けるのと、鍵入れのことを伝えに行った。
「ロゼッタさん、ワイバーンでお願いします」
「決めたのはジュードくんね。わかったわ。気をつけてね」
「行ってきます」
外で待っていたジュードに駆け寄り、並んで歩いた。
「お待たせしました」
「ん、行こうか」
街道沿いの宿街に来ると屋台や飲み屋が増えて、街灯と店の灯り、行き交う人々で賑わう。ハルは、夜の街を初めて歩いた。
「ハル、離れるな」
「‥‥‥は、はい!」
ついキョロキョロと前を見ず歩いてしまい、人とぶつかりそうになった。ジュードが右の手のひらを差し出したので、ハルは左手を乗せた。
「ありがとうございます」
「ん」
ジュードの側に行くと、人が避けるようになった。
少し歩けば、これだけたくさんの人がいるのだと驚いてしまった。自分がいた世界の狭さを思い知る。
「殆どが冒険者と旅行者だ」
「ジュード様もよくこの辺で冒険者の方と?」
「時々だな。誘われて行くとしても、俺が酒が得意ではないことを知ってる人間とだな。無理に飲まされないし、気が楽だ」
男同士だと、普段どんな話をするのだろう。
ハルも今度、同年代の商業ギルドのシアをお茶に誘ってみようかと思った。それから、ベーグル屋で会った冒険者の女性。あの人とも話をしてみたい。
「ハルは、ピアスホールは開けないのか?」
「え?」
ジュードがハルの耳を見て、前から思っていたようだ。
「皆さん開けているんですか?」
「魔法効果のある装飾を身につける場合、ピアスは邪魔にならないからな」
ジュードのピアスはヘリックスで、銀色の丸い物を両耳にしていた。
「ジュード様のピアスはどんな魔法効果が?」
「毒と魅了の無効化」
「‥‥‥」
怖くて聞けない。今まで何があったのか。
「ロゼッタさんが開けてくれると言ったのですが、いつでも良いかとそのままにしていました」
「似合うと思う」
「では、開けてもらいます」
ジュードが利用していた宿に着いた。一階がダイニング・バーになっていて、薄暗いが落ち着いた雰囲気だった。
「部屋に荷物は置いてない。カウンターで終わるから、待っててくれ」
「はい」
カウンターの男性に声をかけ、ジュードが話しているのを少し離れたところから見ていた。
視線を感じて店内を見ると、あちこちのテーブル席に座る人たちがハルを見ていた。男も女も。
ジュードの連れだからだろうか。居心地の悪さを感じて下を向いていたら、目の前にジュードが来ていた。
「すまない、出よう」
「もう、終わったのですか?」
「支払った分は返さなくていいと言ったから問題ない。それに、早く出たい」
何かあったのだろうか。カウンターの男性が頭を下げたままだ。
再びジュードに手を引かれて、外に出た。静かだったダイニング・バーがざわめき出したのが、後ろから聞こえた。
ジュードが緊張とともに苛立っている。
「昨日キャンセルすれば良かった」
昨日ギルドに行った時は、王立図書館の男のことが気になっていたから、寄らずに急いで帰った。朝もっと早く出れば良かったのだ。
「あの、何が?」
「今日、俺の兄が訪ねてきて、部屋に入ったそうだ。頼まれた物があるからと、あちこち探したようだ」
「ジュード様のお兄様が?」
ジュードが顔を顰めた。兄弟の仲が良くないのだろうか。
「俺に兄はいない」
「‥‥‥え」
誰かが兄と騙って部屋に入り、何かを探そうとした。宿の従業員は、宿泊客に確認もなく、他人を勝手に部屋に入らせた。店主はちょうど居なかったらしいが、宿にしてみれば大失態だ。二度とジュードはここに来ないだろうし、ジュードだけでは済まないかもしれない。
「ルークがいる場所で、ギルドに着いてから話そう。ここから早く離れたい。速く歩くが大丈夫だろうか」
「はい」
動きやすい服と靴を選んできて良かった。
乗せていた手は、今度はしっかりと繋がれて、ジュードは速歩で、ハルは殆ど走っていた。
路地を曲がり、人気がなくなると、ジュードがハルの様子を見た。息が上がっている。
「ハル、すまないが抱き上げていいか?」
「ご、ごめ、なさいっ。お願い、しますっ」
フードを頭に被せられ、簡単に腕で横に抱き上げられたかと思ったら、凄い速さで走っていた。風魔法も使っているかもしれない。ハルは目を閉じた。とても開けてはいられなかった。
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