14冊目
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キッチンのテーブルに、ロンドのコーヒー入りマグカップが二つと、大皿が一枚、中皿が二枚。
「レタス・チーズ・生ハム、これは昨日と同じですが、茹で卵・塩鶏・ベーコン・トマト‥‥‥これは白カビチーズ・青カビチーズ?チェダーチーズまで」
「このチーズたちはルークから貰った。あいつはチーズ好きなんだ。塩鶏は、ギルド前広場の屋台で買った」
全てベーグルに挟みやすいようにスライスして、大皿に盛り合わせた。残っても夜に食べればいい。
「さて、ではベーグルを引くぞ」
紙袋に手を入れて、触ったものを手に取る。抽選会のように、ベーグルを引くと言うジュードが、どれどれ?とベーグルを取り出した。
「セサミのベーグル」
「香ばしくて何でも合いますね!では、私です」
ハルが手を入れるとムニッとした感触があり、それを取り出した。
「紅茶のベーグル」
「合うのは何だろうか‥‥‥」
「まず少し食べてみてから考えましょうか」
ハルは半分にカットして皿に乗せてジュードに渡した。セサミは半分に切って横にも切って挟むようにした。
「紅茶は、ジャムか生クリームとか、クリームチーズとかが合うかもしれない。フルーツを買うべきだったな」
「あ、それなら」
小型食品収納庫からクロテッドクリームを出した。
「スコーンに付けて食べるのがありました。前に生クリームを多めに買って作ったものですが」
ジュードが紅茶のベーグルに付けて食べてみた。
「ん、これで食べることにする」
「ベーグルって、甘い種類が多かったですね。基本はプレーンかセサミあたりが、この食材には合うかもしれません」
「そのようだな」
セサミは、レタス・トマト・茹で卵・塩鶏を挟んで食べた。
ジュードがもう一つ、紙袋からベーグル引きをすると、チョコレートが出た。諦めて、チーズ各種・ベーコンを食品収納庫に戻して、レタス・トマト・塩鶏・茹で卵を、サラダにしてドレッシングをかけて食べた。
「チョコレートのベーグル‥‥‥」
「後で、また食べましょう」
チョコレートのベーグルは、小皿に乗せて食品収納庫に入れた。
コーヒーのマグカップを洗い、ジュードの風で乾いたら魔法鞄に入れた。これはロンドのコーヒー専用にした。
雨はなかなか止みそうにないので、店で猫の書の修理をすることにした。
「商業ギルドで鑑定して貰った時に、革が出てきたでしょう?」
「レッドパイソン・ブラックパイソン・ワイバーンだったな」
覚えていたらしい。それを、午前中に雑貨店の夫婦に渡したことを話した。どれかを選んで、鍵入れを作ってもらうことになったのだが、まだ決めていなかった。
「ジュード様なら」
「ワイバーン」
「そ、そうですか」
ハルは革についてわからないので、ジュードが選んだワイバーンにしようと思った。ロゼッタに任せれば、きっと素敵な鍵入れにしてくれる。
鍵といえば、父の日記帳のような物が鍵付きであったことを思い出した。家族とはいえ、日記を見ていいものかどうか、まだ迷っている。
ジュードは窓テーブルに座り外を見ている。隣の雑貨店の方からの風で斜めに降る雨を、しばらくただ眺めていた。
「ハル、あの人は?」
ジュードは、王立図書館の男性が気になるようだった。視線は窓の外に向いたままだ。
「‥‥‥父が死んで一ヶ月ほど経った頃から、いらっしゃるようになりました」
草色のクッションに滅菌洗浄魔法をかけていたハルは、会計テーブルの上にクッションを置いて、椅子に座り、話し始めた。
「最初は、本を見せてほしいと言って、店内を見て歩いたらすぐにお帰りになりました。次に、ちょうど一週間後に来店されました」
先週の客だと気がついた。男性が店内を歩き、古書を一冊手に取って考えていたので、声をかけた。宜しかったら、そちらの窓テーブルをご利用ください、と。
「毎週、木の曜日に来ることがわかったので、その曜日がお休みのお仕事だと思いました。ある日、初めて古書を購入されました。図書館で置いてもいいか、と聞かれました。王立図書館は木の曜日が休館日なんです」
「そうか」
いつの間にか、ジュードがこちらを見ていた。
「その時に、初めて目が合いました。ジュード様も今日近くで‥‥‥」
「ああ、同じ色だったよハル、君と」
身形の良い四十代後半から五十代くらいの男性。少し青みがかった白髪交じりの茶色の髪に山吹色の瞳で、眼鏡をかけていた。
「父親、ではなく?」
ジュードの問いに、ハルは首を横に振る。
「わかりません。でも、私は母に似たんです。髪も、目の色も。‥‥‥あの方は、母の身内かもしれません」
ユーゴがいるうちは、ハルに会いに来れなかったのだろうか。それとも、拒否していたのだろうか。
「そうそう、私の父は髪も目の色も、雑貨店のエプロンと同じ焦茶色なんですよ」
「そうなのか」
ジュードは、あのエプロンはハルの父ユーゴを想って、夫婦が作ったのだろうと思った。母のロッティの色を作らないのは、色を受け継いだハルがここに居るから。
「ジュード様。あの男性が何も言わない限り、私も言うことはありません」
「ん、わかった。ありがとう」
話が済み、ジュードが窓のカーテンを閉めた。
「念の為、キッチンで猫の書を開いたほうがいいだろうか」
「誰も来ないと思いますが、そうですね、念の為。三時になったら休憩にしましょう。私が気が付かなかったら教えてください」
「わかった。ティータイムにチョコレートのベーグルだな」
「あ、ジュード様のアイスクリームと合わせたら、美味しいでしょうか?」
「!」
ベーグルアイスクリームを楽しみに、ジュードは猫になった。
クッションを窓テーブルに置くと、ジュードがテーブルに上りハルがカーテンを開けるのを待った。人間の時でも猫になっても、ここから外を見るのが好きなようだ。
視線に気がついたジュードが、どうした?と首を傾げてハルを見上げた。
「少し暗いと黒目がまん丸で、可愛いです」
「‥‥‥」
カーテンを開けると、ジュードの黒目が細くなった。
「ところで、冒険者ギルドにはいつ伺えば?」
「ん!そうだ忘れていた!その、明日の夜は出掛けられるか?ギルドのダイニングに個室があるから、そこで食事はどうかとルークが言っていた。もう予約してしまったんだが‥‥‥」
もう断れない感じだった。
「うぅ、すまない、ハル‥‥‥」
「可愛いから許します」
「あぁ‥‥‥今日のところは可愛い猫で助かったな」
ついでに頭を撫でさせてもらい、満足したハルは会計テーブルで修理魔法を始めた。
十頁分を過ぎたあたりで、少しだけ疲れを感じた。
「ハル、休憩だ」
シルバータビーの耳折れ猫が足元に来て、ハルに声をかけた。足に擦り寄ってくれたら嬉しいなと思ったが、猫はジュードだと思い出すと顔が赤くなった。ジュードが足に擦り寄ることをうっかり想像してしまった。疲れている証拠だった。
「雨が止んだ」
「そ、そうですか、けっこう降りましたね。‥‥‥さっぱりとしたお茶を入れましょう。ベーグルはアイスクリームが挟めるように切ってみますか?」
「挑戦することが何より大事だ」
「全くおっしゃるとおりです」
窓のカーテンを閉めて、キッチンで猫の書を閉じた。濃紺のローブを着たジュードが白銀の光から現れ、暑いと言ってすぐにローブを脱いだ。
「‥‥‥暑い?」
気温と湿度が上がったようだ。これは、今日アレをしなくてはならない。
「ジュード様。円柱の魔法道具を使うのは、今日です」
「そうか、うん。そうか‥‥‥」
「さぁ、ベーグルアイスクリームの時間ですよ」
ミントの葉をほんの少しだけ足した紅茶を入れて、チョコレートのベーグルを横に切ってから、アイスクリームを挟みやすいようにと思い、四等分に切ってみた。
「チョコレートにチョコレートアイスクリームは、しつこいだろうか?」
「濃厚になるかもしれません。ひとつ試してみましょう」
器に入ったチョコレートアイスクリームを一つ出してもらい、半分ずつにして挟んでみた。
「んん、冷たい。不思議な食感です」
「うーん、口の中がもう‥‥‥なんか、チョコレートだ。次は他のアイスクリームにしよう」
「何がありますか?」
「キャラメル・ラムレーズン・コーヒー・ストロベリー・ブルーベリー・ヨーグルトがあるが‥‥‥」
「ストロベリーが食べたいです」
「よし」
果肉が多めに入ったストロベリーアイスクリームが出てきた。甘酸っぱいのがちょうどいいかもしれない。
「ジュード様、ベーグルを少しだけ焼いてみたらどうでしょう」
「焼きベーグルか!」
すぐに網を出して、コンロで焼き始めた。仕事が速い。チョコレートが焼ける匂いがした。
挟むと溶けそうなので、焼きベーグルにストロベリーアイスクリームを乗せて食べてみた。
「これは!アリです」
「アリだな!」
焼いたことで食感も変わりほろ苦くなった、温かいチョコレートのベーグルに冷たいアイスクリーム。
「チョコレートのベーグルは、ティータイム用にまた買いましょうか」
「そうだな。プレーン・セサミ・チョコレートが選ばれた」
「まだ四種類も残っていますよ?確か、ほうれん草&ベーコン・オニオン&チーズ・ヨーグルト・オレンジ&ホワイトチョコレート」
ジュードは悩んだ末、「決定戦は明日の昼に」と言った。
チーズに合うベーグルを、【月長石】のギルドマスターへの手土産にしてはどうかと言ったら、それは凄くいい考えだと喜んだ。
明日の予定に、ベーグル屋が加わった。
読んでいただきありがとうございます。




