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13冊目



 何となく物音がした気がして、目が覚めた。

 一階でジュードが起きたのだろう。

 ハルは、いつもの丸襟シャツと紺色のワイドパンツに素早く着替えて、大きめの髪留めで後ろに髪を纏めて、階段を下りた。

 ジュードは猫の書を閉じて魔法鞄に入れたようで、洗面台で顔を洗っていた。ハルに気がついて、濡れた顔のまま、こちらを向いた。


「すまない、起こしたか。おはよう」

「おはようございます」


 ハルは棚の手拭いを渡した。後でジュードには風魔法があると思い出したが、ジュードは「ありがとう」と顔を拭いた。


「まだ六時前だ」


 そんなに早かったかと、時計を見ずに出てきたので驚いた。

 ハルも続いて、顔を洗った。


 キッチンのテーブルは二人用で、椅子も二つ。ユーゴとハルが使っていた。

 水を注いだグラスを二個、コースターの上に置いた。

 小型食品収納庫(マジックボックス)を開けると、昨日の昼まではなかったはずの卵とベーコン、スライスしたバゲットが入っていた。卵にメモが付いていて、ロゼッタの字で『朝食に』と書かれていた。ハルはふふっと笑った。ハルが得意なものを作れということらしい。


「チーズオムレツは好きですか?」

「!」


 瞳の輝きが凄い。コクコクと無言で頷いた。かなり好きなようだ。良かった、とハルはホッとした。


 魔石式コンロにフライパンを置いて、卵・チーズ・ミルク・バター・ベーコンを必要なだけ用意した。

 レタスをちぎって二枚の皿に乗せ、熱したフライパンにバターを入れて溶かし、卵にミルク・塩・ペッパーをよく混ぜたものを流し入れた。クルクルと混ぜたところにチーズをたっぷり入れ、またクルクルと混ぜだら、フライパンの端に寄せて形を整えて、レタスの横に乗せた。もう一つは少し大きめに作り、ジュードの皿に乗せた。

 ベーコンをカリカリに焼いてレタスの上に盛り付けていると、ジュードはスライスしてあるバゲットを自分のボディバッグから出した網に乗せてコンロで軽く焼いていた。

 

「網は外で使うのにも便利だぞ」

「そのようですね」


 自家製トマトソースを瓶から器に出して、好みでかけるようにテーブルの中央に置いた。


「食べましょうか」

「ああ」


 ジュードはトロトロのチーズオムレツをひとくち食べて、目を閉じていた。


「美味い」

「良かったです」


 トマトソースをかけて「んん!これもいいな」と絶賛した。それから、バゲットの上に小さいオムレツを作ってトマトソースをかけていた。ジュードが子供みたいで、ハルは笑って自分も真似をした。少しカリッモチッとしたバゲットに、トロトロのチーズオムレツが良く合う。ベーコンレタスを加えて食べるのも、なかなか良かった。


「こんなに楽しい朝食は久しぶりだ」


 ハルも同じことを思っていた。



 冒険者ギルドは七時から開いていて、八時から受付なので早めに行くと、ジュードが言った。昼のベーグル用に買い物をしてなるべく早く帰るそうだ。そんなに急がなくてもと思ったが、そうしたいようなので任せることにした。


「急ぐと危ないですから、気をつけてくださいね」


 ジュードは少し顔を赤くして「子供みたいだ」と恥ずかしくなったようだった。そんなつもりはなかったが、先程の子供みたいに食べるジュードを見たから、つい心配してしまった。


「ごめんなさい。冒険者の方に言う言葉ではないですね。ロンドさんにコーヒーをおねだりして待ってますね」

「あぁ、じゃあ行ってくる」


 今日は曇り空で、風が強いようだ。ジュードは肩までの銀髪を結んで、出掛けて行った。


「さて」


 ロゼッタが外の掃除に出る時間に、まずお隣に借りた食器を返そう。それから灰色のマグカップにコーヒーを入れてもらう。

 二人には何か返したいと思った時に、そういえば魔法鞄に入っていた革があったことを思い出した。欲しいかどうかだが、見てもらうことにした。


 店内を滅菌洗浄した布で拭き掃除をした。ふと、ジュードの風を借りて、滅菌洗浄魔法を空間ごと出来るのではないか、と考えついてしまった。店内で失敗出来ないので、キッチンで試してみたくなった。


「後でジュード様にお願いしてみよう」


 コンコン。窓を叩く音でカーテンを開けると、ロゼッタだった。ハルは、扉を開けて外に出た。


「おはようございます、ロゼッタさん」

「おはようハルちゃん。あぁ、すっかり元気になったわね」


 頭を撫でられて、少し恥ずかしくなった。


「掃除が済んだのだったら、開店までちょっと店に来ない?」

「いいんですか?用意してきます」


 ハルは中に戻り、返す食器を魔法鞄に入れて、鍵をかけた。カランカラン、と雑貨店の扉を開けて入ると、ロンドのコーヒーの匂いがした。


「ロンドさん、おはようございます」

「おはよう、ハルちゃん。ジュードくんはもう出掛けたのか?」


 昨夜から『ジュードくん』になったようだ。


「はい、なるべく早く帰るって」

「「おー」」

「どうしました?」

「「いやいや、何でもない」わ」


 相変わらず息がピッタリな夫婦だと感心した。


「カウンター席に座って、ハルちゃん」


 三人分のカウンター席にハルとロゼッタが座り、ロンドがコーヒーを入れる。


「ハルちゃんマグカップは?」

「持ってきました!おねだりしようかと」


 灰色のマグカップを二つ出して、返す食器と洗った布も出した。


「お願いします」

「俺のコーヒーのファンが増えて嬉しいよ。毎日でも構わないから、持っておいで」

「嬉しいですが、本当に来ちゃいますよ?」


 ふふっとハルが笑った。

 ロンドもロゼッタも、ハルが明るくなった気がして嬉しくなった。

 ジュードはどうやら自分の魔法は解けないままだが、ハルにかかった魔法は解いたようだ。


 ロンドがマグカップに入れたコーヒーを渡してきて、ハルは魔法鞄に入れた。それとは別にコーヒーを入れてくれている。ハルは砂糖とミルクを両方入れるのが好きだ。


「ロゼッタさんのサンドイッチ、全部食べました。美味しかったです。朝の食材も、とても助かりました」


 あまり買い物に行ってなかったので、小型食品収納庫の中はとても少なかった。


「作ったの?チーズオムレツ」


 ちゃんと作ったこと、スライスしたバゲットはジュードが網で焼いてくれたこと、とても楽しい朝食だったと伝えた。

 

「上手くいきそうね、ロンド」

「そうだな、ロゼッタ」

「上手くいきましたよ?」

「「‥‥‥」」

「え?チーズオムレツの話じゃないんですか?」


 笑いを堪える夫婦に、ハルは「そうそう」と、魔法鞄から革を取り出した。レッドパイソン・ブラックパイソン・ワイバーンの鞣した革だ。


「これ、父の魔法鞄に入ってたんですが、使い道がわからないんです」

「まぁ!何かを作るつもりだったのかしら?」

「どこかで買ったか貰ったのかもな」 

「私なら、そうねぇ。大きい物ではないから、装飾品とか手鏡の裏に使うのも素敵ね。お財布とか、鍵入れとか」

「鍵入れ?」

「あら、作りましょうか?」


 ロゼッタがニヤリと笑った。


「いつでもいいから、どの革を使うか教えてね。預かっていいの?」

「はい!決まったらお願いします。あと、もし使えるなら全部お二人に差し上げます」 

「え?」

「売ったら高いわよ?」


 ロンドもロゼッタも驚いた。


「それなら尚更です」

「俺が死ぬまでコーヒー飲み放題にしよう」

「あははは!それ良いわね」


 それではお礼にならないとハルは困ってしまった。



 店に戻り、開店時間になった。窓のカーテンを開けても暗いので、魔石式ランタンを窓テーブルと本棚の上に置き、手元灯を会計テーブルに用意した。

 雨になりそうな空模様に、ジュードが心配になった。

 

 店の扉が開いた。


「いらっしゃいませ」

「おはよう」


 毎週木の曜日に来店する、男性客が来た。


「‥‥‥今日も、少し見せてもらうよ」 

「はい。ごゆっくりどうぞ」


 ハルは微笑んで、会計カウンターにの中に入った。


「‥‥‥良い事でもあったのかな?」


 いつもはしばらく話しかけてこない男性が、ハルの方を見て言った。少し驚いて「どうしてそう思うのですか?」と聞いた。


「とても柔らかく笑うからだよ」

「自分ではわかりませんが‥‥‥だとしたら、そうなのかもしれません」

「そう」


 それから、いつものように古書を選び、窓テーブルで読み始めた。

 

 ふと、男性は窓の外を見て、古書を閉じた。本棚に戻して「もうすぐ降るようだから、今日はもう失礼するよ」とハルに言った。


「そうですか。どうぞお気をつけて」

「ありがとう」


 男性が扉を引いた時、ジュードも扉を押して入ってきた。


「おっ‥‥‥と、失礼、申し訳ない。どうぞ」

「いや、ありがとう」


 扉を背に立つジュードが、前を通り外へ出る男性と、僅かに目が合った。ジュードは目を瞠り、男性はすぐに目を伏せた。男性が出て行った後も、ジュードは扉の外を見たまま動かなかった。


「ジュード様」

「ハル、あの人は‥‥‥」


 雨が、降り始めた。

 

 

読んでいただきありがとうございます。

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