11冊目
「ハルちゃん、どうだ?」
「やっと眠ったわ」
「ジュードさんは?」
「お店に、しばらく居るらしいわ」
「‥‥‥コーヒー持って行くか」
ロンドがゆっくり立ち上がり、中挽きのコーヒーを入れた麻フィルターに湯を少し入れ蒸らし、それから小さな円を描くように少しずつ注いだ。
外は日が沈み、すっかり暗くなっていた。
「知らなかったわ」
ロゼッタがカウンターの椅子に座り頬杖をついた。
隣の古書店の老夫婦の養子が十二歳のユーゴだった。焦茶色の髪と瞳の少年だった。
ロンドとユーゴはその頃からの付き合いで、よく喧嘩もしたがいい友人関係だった。ユーゴは若い時からあちこち旅をしては古書を集めていた。老夫婦が亡くなってからも、店を時々休業しては、古書探しの旅に出ていた。
ロンドがロゼッタと結婚してすぐ、ユーゴが美しい女性と二歳の可愛い女の子を連れて帰ってきた。
もう結婚して子供がいると言ったユーゴにロンドは呆れたが、妻のロッティは気さくで娘のハルも穏やかで性格が良く、ロゼッタとロッティはすぐに親友になり、家族での付き合いになった。
二人に頼まれて魔石付きの指輪を作った。いずれ、娘と夫になる人に受け継いでほしいと、ロッティの願いだった。ユーゴには、指輪の裏側に不思議な文字を彫ってほしいと頼まれた。魔法で、着けた指に合わせてサイズがピッタリ填まるように作った。
ハルが五歳の時に、ロッティが事故で死んだ。
ユーゴとハルが留守の時だった。ロゼッタも親友の死にショックで落ち込んだが、ユーゴはもっと酷かった。娘のハルを膝に乗せて髪を撫でて過ごしたり、髭も剃らずに考え事をしていたり、古書店にずっと引き籠もっていた。ロンドもロゼッタも、食事の世話や買い物の手伝いをしてやり、しばらくそっとしておいた。
いつしかハルが店の掃除をしたり、接客をするようになって、頑張っている姿を見ていたユーゴが、急に泣き出した。ハルに、ロンドに、ロゼッタに、申し訳なかったと、泣いて謝った。
ユーゴは古書の仕入れは程々に、店や商業ギルドで修理の依頼を引き受けて生活した。ロンドとロゼッタに、店の鍵や、温度湿度管理の出来る魔法道具を作ってくれと頼んでくるようになった。ハルの安全と管理を楽にするためだった。
手紙を書いたのはその頃だった。持っていた木箱に指輪と一緒に入れておくと言っていた。
ハルが十三歳になって、一人で全て店のことが出来るようになると、ハルの分の生活費を渡してきて、少し旅に出るようになった。子供がいなかったロンドとロゼッタは、ハルを娘のように想っていたから構わなかった。ちょっと抜けているところはロッティに似ているが、我儘も言わないし、大変ではなかった。
ある日、ユーゴに、なぜそんなに古書を探すのか聞いたら、「探しているヒントが古書にしかなかった。でも、そろそろやめるよ」と言った。少し疲れたのか諦めたのか、ハルと過ごすことが多くなってきた。
ハルが十七歳で、ユーゴが死んだ。三十五歳だった。
本当に呆気ない死だった。原因不明の突然死だったが、「俺はたぶん長生き出来ない」と以前言っていたので、悲しんだが、ロンドもロゼッタもとうとう来たかと言う感じだった。
ハルは大丈夫そうに見えたが、あまり必要以上に外に出ず、ユーゴの魔法鞄は一年も放置していた。平気そうに見えて、何となく生きている、そんな感じがした。
大切な指輪があることを、いつか知ってほしかったが、ジュードが現れて、ハルの時間がやっと動き出した。
「ユーゴの子ではなかったのね‥‥‥」
「手紙の後半は、自分が死ぬとわかって後から書いた感じだな。ハルちゃんは、ユーゴが義父だとあの手紙で知ったのか?」
ロゼッタは首を横に振った。
「いいえ、知っていたそうよ。ユーゴは特に何も言わなかったようだけど」
「そう、なのか‥‥‥」
「ハルちゃんは、手紙も指輪も、両親の愛を、一年間放って置いた自分が許せなくて、泣いたのよ」
ジュードは一度は帰ろうとしたが、何となくハルが気になり戻ったところ、ハルの泣き声が聞こえて、窓からテーブルで泣き崩れているハルを見つけた。手紙を持って泣くハルに、他人の自分が側にいるよりはと、そう思って雑貨店に駆け込んできた。ハルを助けてくれ、と。
「抱きしめてあげれば良かったのに。だって、役得じゃない?‥‥‥真面目な人よね」
「そんな人だから、ロゼッタも信用してハルちゃんの店にジュードさんを置いてきたんだろう?」
「そうね」
ハルは母の死以来、あんなに泣いたことがなかった。
「今日は二回も泣いたわよ。最初にジュードさんのことで涙が出て、箍が外れたのかしらね」
「溜め込んで泣くところはユーゴにそっくりじゃないか。血は繋がってないとしても、似るもんだな」
「ふふ、ホントね」
「ちょっと行ってくる。少し彼と話してきていいか?」
「ええ、二人ともゆっくりしていて。もう閉店時間になるし、片付けたら私も夕食持ってそっちへ行くわ」
ロンドはマグカップに入れたコーヒーを二つ用意して、隣の古書店の扉をノックした。ジュードが開けて、中に入った。
「ジュードさん、コーヒー付き合ってくれないか?」
「ああ、‥‥‥ありがとう」
カーテンを閉めたテーブルにマグカップを置いて、二人で座った。
「ロンドさん、この店の中は日中も夜も温度変化がないようだな」
「ああ、あそこにある魔法道具があるからだよ」
本棚の上の木目調の円柱の置物を指した。
「あれは、本を管理するために父親のユーゴに頼まれて作った。温度も湿度も可能な限り安定するためだよ。うちの店も参考にして、暑過ぎず寒過ぎずにしてある。おかげで快適だね。効果がなくなる前に魔力を入れて、魔石が壊れない限り、くり返し使える」
「貴方たち夫婦は凄いな」
「はは、ありがとう。今度ハルちゃんに見せてもらうといい。あの子は子供の頃から、魔力を入れた後の光の粒が幻想的で、大好きなんだよ」
コーヒーを飲むロンドが、懐かしむような顔をした。それからジュードの目を見た。
「温度差がある時期によって変わるが、今はたぶん五日に一度くらいで魔力を入れてる。いつも、夜にしているはずだよ」
「‥‥‥」
マグカップを両手で包むようにして、ジュードは黙ってしまった。それから、コーヒーを飲み、長い息を吐いた。
「ロンドさん、聞いてくれ」
「何だ?」
「ギルマス‥‥‥ルーク・ブレイクに言われた。毎日帰って行ってじゃ修理も進まないから、猫になって古書店に泊まればいい、と。‥‥‥だが、ハルは未婚の若い女性だ」
「うん」
「ハルはきっと、断らない。むしろ猫になった俺に喜ぶような気がする」
「うん、間違いないね。よく理解しているじゃないか」
「ハルは良くても、俺が困る!」
ロンドは吹き出しそうになった。お前は乙女か?と。
「ハルちゃんがうちにマグカップ買いに来ただろう?」
「あ、あぁ、あの時、か」
ジュードが頭を冷やしに行って戻ってきた時だ。
「その時に、俺たちも似たようなこと言ったんだよ。ジュードさんに猫になってもらって、泊まってもらえば?って」
「‥‥‥!」
親代わりの人が言う事とは思えなかった。
『私もそうしたいけど、ジュード様に変な噂がたったら申し訳ないわ。ジュード様がいると、若い女性たちが振り返るんです』
ジュードが目を瞠った。
「やっぱり可愛らしい人ですからね!って」
「ぐうっ‥‥‥」
「ちょっと感覚がアレだけど、まあ、わかる気がしたな」
仕草や反応が可愛らしいと言いたいのだろうが、ジュードは言われ慣れていない。
「ちゃんと話し合って、二人で決めるといい。どう選んでも俺たちは反対はしないよ。ただ、今日はここに居てくれないか?俺もロゼッタも付き合うから」
「すまない。よろしく頼むよ」
澄んだ天色の瞳の青年が、申し訳なさそうに言った。
おいユーゴ、ハルちゃんに恋人候補が現れたぞ?
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