紙ヒコーキと、青。
紙ヒコーキと、青。
空の青を写した海に、一つの白がスーッと一筋の線を描いた
波の音がやけにうるさく聞こえる――もう一度、走り出せる気がした。
真舟 青波
十八歳。舟渡高校に通う高校生。
潮見 帆高
二十七歳。小説家志望だが、親が過労により倒れ、舟渡島にやってきた。
舞台は海に囲まれた島「舟渡島」
帆高の生まれ育った島で、本州とは船が繋いでいる、人口五百人程度の小さな島。
以下、本文
【第一場】
――カモメの鳴き声と波音。FOして汽笛と、再びカモメの鳴き声。
船長「まあ久しぶりなんやしゆっくりしてくとええわ。」
帆高「うん。父さんと母さん、元気?」
船長「元気も元気よ!穂波ちゃんも高人くんも会うたび帆高の話ばっかりやったで。
家帰る前にまず病院に顔出したり」
帆高「そうなんだ。うん、いつもありがと、村田のおじさん」
船長「ん、じゃあ俺は戻るけど、うちの坊主にもまた話聞かせてやってや」
帆高「うん。わざわざありがとね」
船長「んじゃ!」
――汽笛と波の音。
帆高「……腰痛ぇ…」
――カラカラとトランクケースを引き摺る音。間があり病院の扉を開ける音。
帆高「……母さん」
穂波「…おかえり。」
帆高「……元気?」
穂波「…うん、元気やお。帆高こそ元気?都会は大変って聞くからねえ〜遠かったでしょ。
りんごもらったから剥いたろ。ゆっくりしてき」
帆高「ありがと。…俺もなんか売店で買ってくるよ。…なんかいる?」
穂波「母さんは別にいいよ。帆高お腹空いてるでしょ、これで、何か買っといで」
帆高「いや、いいよ自分で買うよそれくらい」
穂波「いいから。」
帆高「……んじゃ、なんか買ってくるわ」
穂波「うん。いってらっしゃい」
――扉を閉める音。
帆高「はぁ……。(M)……あの時から俺は、何もかわっていない」
――波音。紙ヒコーキを飛ばす青波。
青波「紙ヒコーキと、青。」
――扉を開ける音。ビニール袋の音。
帆高「…っしょ……」
穂波「おかえり」
帆高「うん。ヨーグルトでよかった?体にもいいでしょ」
穂波「ふふ…別に良いって言ったのに。」
帆高「おつり渡すよ」
穂波「いいよ、とっとき。」
帆高「……ありがと」
穂波「りんごが冷蔵庫に入ってるから頂戴」
帆高「うん」
――りんごを切る音だけが病室に響き、白に吸い込まれていく。
穂波「帆高、彼女はできた?」
帆高「え?いや、出来ないよ。出会い無いし」
穂波「春斗と穂春ちゃん、結婚するんだって」
帆高「……えっ!あの二人結婚するの?!」
穂波「うん」
帆高「まじか……まああいつらももう二十四か。島だったらそれくらい普通か。でもなんか
見知った人の結婚って年取ったって感じするわ」
穂波「母さんなんて、姪が結婚やお?いやあ、びっくりやわ」
帆高「穂春ちゃんね、春斗の後ろ着いてるイメージしかないなあ。」
穂波「ずっと一緒だったからね。お互い名前に春がついてるから、もういっそ子供も春に
ちなんだのにしようって島のじじ達も、もう子供の心配してたよ。まだ式すらあげて
ないのに」
帆高「…なんか、そういうとこはいつまでたっても変わんないな」
穂波「そうね、ここは都会より時間の流れがゆっくりだから。」
帆高「だな…。」
穂波「夕凪ちゃんはまだ結婚してないんやってさ」
帆高「いや別れたの何年前の話だよ。てか、なんで結婚してないとか知ってんだよ」
穂波「倒れてからお世話になってるからねえ。帆高が東京行ってからも、ちょくちょく
会ってるし」
帆高「お世話って…まじか、わざわざ見舞い来てくれてるの?律儀だな」
穂波「まじ。あんな可愛くていい子、他にいないからね?今がチャンスよ、チャンス」
帆高「ははは。…………あんまり、さ、体調良くないの?」
穂波「んー?そんな事ないよ、ちゃんと元気。なんで?」
帆高「……そっか。いや、なんでもない」
穂波「そうだよ、ご飯も病院食なんかじゃ足りないから看護師さんが困ってるくらいだよ」
帆高「ははは、母さんらしい」
穂波「うん、だから帆高はなんも心配しなくて大丈夫。むしろみんな心配しすぎなんだよー」
帆高「ならよかった」
穂波「うん。そういえば方言出んくなったんやね」
帆高「あぁ、まあ七年も住んでればね。自然と。」
――腕時計に視線を落とす帆高。
帆高「……そろそろ行くわ。また明日来るし」
穂波「ん、そっか。」
帆高「うん。ご飯食べすぎんなよ」
穂波「あはは、そうだね。」
帆高「じゃあ…」
穂波「あ、帆高」
帆高「ん?」
穂波「少ないけど持ってき。パパ出張で明日の夜まで帰ってこれないって言ってたから、ご飯代」
帆高「いや、いいって。しかもこんなに――」
穂波「――いいから。」
帆高「……うん、ありがとう」
穂波「また明日。」
帆高「ああ…また明日…。」
――病室の扉が閉まる。帆高の右手には紙幣。握りしめると、唇を噛み走り出した。
フラフラと街を歩く帆高。コンビニに入り、本のコーナーへ
店員「いらっしゃせー」
帆高「……やっぱ、結婚とかして欲しいもんなんかな」
??「――誰が結婚するの?」
帆高「うぉっ」
――突然の声に驚く帆高。振り向くと、白のワンピースを着た女性が、垂れ気味の目尻を
さらに下げ、楚々とした笑顔を帆高に向けている。
??「……久しぶり」
帆高「……ゆ…島居さん?」
夕凪「ふふ、正解。よくわかったね」
帆高「……そりゃまあ、流石にね。」
夕凪「……そっか。たかちゃんは全然変わってないね!」
帆高「……うん」
夕凪「……」
帆高「……あ、俺そろそろ」
夕凪「――たかちゃん、今時間ある?」
帆高「えっ?…いや、まああるけど」
夕凪「ちょっと付き合ってくれない?」
帆高「えっ?」
夕凪「――いこ?」
帆高「あっ、ちょっと」
――帆高の服の袖を少しつまみ夕凪が店内にでると再び流れるポップな音。
店員「あっしたー」
――雑草の上を踏み歩く二人。
帆高「ちょ、ちょっと島居さん」
夕凪「何?」
帆高「袖、歩きづらいから、自分で歩くよ」
夕凪「……いで」
帆高「え?」
夕凪「苗字で呼ばないで。……前みたいに、名前で呼んで」
帆高「あ……うん、夕凪、さん」
夕凪「……んじゃ、行こ」
帆高「え、あ、どこに?」
夕凪「時間あるんでしょ?買い物とか。付き合ってよ」
帆高「あ、うん。別にいいけど…」
夕凪「けど?」
帆高「……なんでもない」
夕凪「うん」
帆高「(M)記憶の中の島居夕凪は、大人しく、活発的ではなかった。
どちらかと言うと自分の話をするより人の話を聞く方だったし、こんなに行動力
も無かった。七年と言う月日はこんなにも人を変えてしまう物なのだろうか。
それとも――ただ目まぐるしい都会の喧騒の中にいただけで、住む場所を変えた
だけで、俺だけが何も変わっていないだけなのだろうか」
――間。山道を登っている二人。夏の虫達が鳴いている
帆高「はあ…はあ…なあ、もう七時だぞ。そろそろ帰らないと、門限厳しかっただろ」
夕凪「たかちゃん、それ、いつの話してるの。私ももう二十五だよ。それに、たかちゃんが
東京行ってから、私もすぐに一人暮らし始めたんだよ。」
帆高「……そうか、それもそうだよな……ってか、さっきも聞いたけど、なんで山のぼっ
てんの」
夕凪「――いいから。後少しだけ付き合って」
帆高「……うん」
――無言で歩き続ける二人。
夕凪「っしょ……っと、やった…!着いた…!」
帆高「はぁ…はぁ…着いた――」
夕凪「上、見て。」
帆高「……(M)記憶が、一瞬でフラッシュバックした。
俺たちの頭上に燦然と輝く星たちは都会の喧騒では見ることの出来なかった特別な
景色……それはかつて、島居夕凪の右隣で見上げた景色だった――。」
夕凪「……ごめんね」
帆高「……?なにが」
夕凪「……わがまま付き合わせちゃったから」
帆高「……べつに、わがまま言ってくれたほうが」
夕凪「――そう。たかちゃんはいつもそう言ってくれてた。
……でも、わたしには勇気が出なかった。わがままを言う勇気も、たかちゃんが
差し出してくれた手を掴むような勇気も。」
帆高「……」
夕凪「だからね、たかちゃんが帰ってくるって聞いて、どうせならわがままいっぱ言って
やろうって!」
――倒れ込む帆高。
帆高「……ははは、なんだ……そう言うことか。気抜けたらどっと疲れた。」
夕凪「もう、だらしないなあ…」
帆高「うるせ、こちとら腰痛持ちだぞ。無理させやがって」
夕凪「おじさん」
帆高「はあ??お前だって――いや、違うか。昔よりずっと綺麗になったのに、おばさん
なんて言えないな」
夕凪「……私、たかちゃんのそういうとこ、好きだったんだよ」
帆高「えっ……」
夕凪「たかちゃん……」
――額からの汗が頬を伝い顎をすべり落ちる。背中には、季節外れのロングTシャツが
べったりと張り付いている。夕凪の唇が、帆高の唇に引き寄せられるように近づく。
帆高「――ってか偶然だな、俺今日帰ってきたのに、まさかこんなすぐ会うなんて」
夕凪「……」
帆高「いやあ、昼間うちの母さんにも会ってさ、世話になってるって聞いてたから
本当ありが――」
夕凪「――偶然なんかじゃ無いよ」
帆高「と…な……。」
夕凪「たかちゃんが帰ってくるの知ってたから……すぐ会えたのは、偶然じゃ無いよ。」
――喉元を粘ついた唾液が通過する音が、帆高の耳にはやけにうるさく聞こえる。
夕凪「会いたかったから、会いに行ったの。」
帆高「……おま――」
夕凪「――夕凪って、呼んで……たかちゃん。」
帆高「ゆう…な」
――二人、指先が触れ合う。
夕凪「……家、帰りたく無いんでしょ。うちおいで。
帆高「いや、でも」
夕凪「……たかちゃんなら、いいよ――」
――暗転→夕凪、ハケ→帆高にスポット
帆高「(N)夕凪は、小学校五年生の時に東京から引っ越してきた。」
――夕凪入り、スポットが当たる。マグカップを二つ持っている。
夕凪「(N)たかちゃんと初めてちゃんと話したのは、小学校の修学旅行の一日目。
京都散策をグループでしてる時、乗り物酔いした私が大丈夫になるまで、一緒に
居てくれた事がきっかけ。私が、大切な修学旅行の時間をとっちゃってごめんねって
謝ってばかりいた時たかちゃんが」
――帆高にスポット
帆高「俺もちょっと休みたかったから気にすんな」
――明転
夕凪「って、あの時はすっごいかっこよかったなぁ〜。たかちゃんだって絶対遊びたかったのに
こう、さ。なんていうの?胸がこうきゅ〜って締め付けられるの、そりゃあもう初めての
衝撃にびっくりだったんだよ」
帆高「……そんなこともあったな」
夕凪「……やっぱりなんか、久しぶりだと照れるね…あ、コーヒー熱くない?たかちゃん
ブラック大丈夫だよね」
帆高「え、あ、あぁ、うん。大丈夫だよ」
夕凪「そ、よかった。……あっつ!へへ…でもやっぱり、淹れたてが一番だよね」
帆高「……そだな。」
――夕凪、帆高の隣に座る。
帆高「……?どしたの?」
夕凪「……別に〜」
帆高「……無理に元気づけようとしたりしなくてもいいよ」
夕凪「……七年前さ、一緒に東京行こうって言ってくれたの、嬉しかったんだよ。
たかちゃんの書く小説好きだったし、なによりたかちゃんが夢を追うのを、隣で
見られる権利だから。でも、東京って場所が怖かったのも事実で…。」
――帆高の手を取る夕凪。高鳴る心臓の音。
夕凪「……わたし、あの頃よりも大人になったんだよ…。」
――吸い寄せられるように口元が近づいていく二人。
帆高「ゆ――」
――電気を消す音。暗転。
【第二場】
夕凪「朝ごはん、たかちゃんの分も作っておいたからチンして食べて。
合鍵は置いておくから使ってください。仕事いってくるね。夕凪」
――動き出す帆高。波の音。カモメの鳴き声。青波、上手から入り→上手を見、隠れる
上手から帆高入り。波の音。しばらくすると帆高が入ってくる。原稿を持っている。
グシャグシャにして捨てようとするが止めて、座り込む。青波、入ってくる。
青波「――よいしょっと」
帆高「…………」
――座っている帆高をまじまじと見つめる青波。
帆高「…………なんだよ!」
青波「――なんかやな事でもあったの?」
帆高「……いや、別に…。」
青波「そっか」
帆高「……」
青波「――やめちゃうの?小説」
帆高「えっ…?」
――原稿を拾う青波。
青波「原稿?捨てようとしてたから」
帆高「あぁ…んー、どうだろうな。」
青波「――楽にいこうぜ」
帆高「えっ……?」
青波「私の好きな小説の主人公の口癖!」
帆高「…………」
青波「どしたの?」
帆高「いや、なんか前にもこんな感じのがあったかも、って」
青波「それ、デジャヴって奴だ」
帆高「……まあそうだな。俺の記憶の中の子は、もっと暗かったけど」
青波「その子より私の方が可愛い?」
帆高「え??あー、まあうん。そうだな、一般的には君の方が可愛いって言われる感じだ」
青波「なにそれー」
帆高「初対面の子にいきなり可愛いって言えるほどの甲斐性は持ち合わせてない」
青波「うわあ、お兄さん絶対モテないでしょ」
帆高「うるせえなあ」
青波「――やめるのもったいないよ、小説」
帆高「……お前に何がわかるんだよ」
青波「――わかるよ。」
帆高「えっ?」
青波「柔らかな風が私の頬を撫でた。そうか、もう春が来るんだ。私は、人生の十分の一
の、更に一部分をトランクケースに入れて坂道を歩い――」
帆高「ちょ、ちょちょちょ、やめろってまじで」
青波「あたし、この序盤の文だけでも、もう好きだもん」
帆高「え?」
青波「ねえねえ、この私の人生の十分の一〜ってのはどういうこと?」
帆高「え、いやそれは人生八十年とした時の八年分の、一人暮らししてた時の生活の…
って説明させるなよ、恥ずかしいだろ」
青波「えー、そうなの?」
帆高「そうだよ!大体、初対面でいきなり――」
青波「――元気、でたね」
――笑う青波
帆高「っ……」
青波「……もー、じゃあそうだな、こっちきて!」
――下手側へ誘う青波
青波「ちょっと見てよ!」
帆高「…なんなんだよ」
――帆高下手側へ寄って、幕中を見つめる
青波「ほら、あそこ」
帆高「はあ…?何もねえじゃ――」
青波「どーーん!」
帆高「え、あ、ちょっ…!」
――しぶき音。
青波「あははははは!きれーーいに引っかかったねお兄さん!」
帆高「ちょ、まっ…おぼれぼぼぼ」
青波「ははは……はー……え、ちょっ、お兄さん?まじで溺れてんの??え!」
――飛び込む青波。暗転→明点
帆高「…うぇ……まだ鼻の中に海水がいる」
青波「ほんっっっとに申し訳ない!!」
帆高「…いや、もういいって、生きてるし」
青波「いや、でも、あの……」
帆高「ぷっ……はははは」
青波「……?」
帆高「お前が突き落としたくせに」
青波「ゔっ…」
帆高「……元気出たよ、ありがと。」
青波「……うん。」
帆高「ったく、んでもなんかちょっとだけスッキリした。……っと、原稿」
――原稿を掴もうとする帆高
青波「だめ」
帆高「なんでだよ、捨ててほしく無いんだろ?」
青波「原稿、濡れちゃうから。」
帆高「……あー、でもんな事言ったって」
青波「はい、タオル。」
帆高「用意がいいな。……服は、まあこの日差しだったらそのうち乾くだろ」
青波「――お兄さん、来て」
帆高「なんだよ、また落とすんじゃないだろうな」
青波「いいから!」
――場転。歩く二人。
帆高「おい、いい加減どこに向かってるかくらい教えてくれよ」
青波「もうすぐで着くから、黙って着いてくる!」
帆高「なんか、昨日から連れ回されてばっかなんですけど」
青波「なにー?」
帆高「なんもねーよ!着いたら、満天の星〜って、感じでは無いよな。まず、真昼間だし」
青波「よし、着いたよーお兄さん」
帆高「え、着いたって」
――ガラガラと家の玄関を開ける音
帆高「ちょ、ちょ、大丈夫なのかよ勝手に入って!」
青波「勝手にも何も、ここ、うちんち」
帆高「あ……そういうカンジですか…。そりゃ、まあ、そうっすよね」
青波「何言ってんの?ほらあがって」
帆高「いや、濡れてるし悪いって!それに親御さんとかに迷惑」
青波「大丈夫。昼間は仕事行ってるから」
帆高「あ……そうすか……じゃあ、おじゃま、します」
青波「はーい」
【第三場】
――穂波が寝ているとガラガラと扉を開ける音。
高人「よ。」
穂波「ん……あ、帰ってくるの早かったんだね」
高人「うん、まあそんなにきつい現場じゃなかったでさ」
穂波「そ。ならよかった、帆高とは会った?」
高人「いや、まだ会ってない…家は特に変わってなかったし帰ってないっぽいよ」
穂波「…そっか」
高人「うん」
穂波「ぱぱから言ってあげてよ〜、ちゃんと帰るべき家に帰るのだ!って」
高人「穂波から言ったほうが聞くだろ」
穂波「私は、嫌われてるから」
高人「そんな訳ないだろ」
穂波「だってお節介だし……喧嘩別れだし」
高人「また言ってるし。」
穂波「だって〜」
夕凪「穂波さーん、検温の時間で……後でいっか。」
――夕凪、入室しようとするが笑い声で高人が来てる事に気づき入るのをやめる。
高人「――ああそうそう、りんご持ってきたよ」
穂波「えー、またりんご?」
高人「なに、好きやん」
穂波「好きやけどさあ」
高人「飽きないように、毎回品種変えてるし」
穂波「日本の品種制覇するか」
高人「二千種あるらしいよ」
穂波「うげ」
高人「まだまだ先は長いな」
穂波「これで何種目?」
高人「十四」
穂波「りんご嫌いになりそう」
高人「なんでだよ」
穂波「ははは」
高人「一番好きなのなんだった?」
穂波「ふじりんご〜」
高人「王道やな」
穂波「次点は紅ほっぺ」
高人「紅ほっぺはいちごやん」
穂波「だって〜こんだけ食べてたらリンゴのゲシュタルト崩壊だよ」
――笑う二人。高人、ベッド横の椅子に腰掛け、穂波の手を握る。
高人「……痩せたな。」
穂波「ねー、なんもせんくても痩せるからさあ〜、もうほんと、普通にダイエットしようと
しても全然痩せないのにね〜」
高人「……体調は?」
穂波「そんな深刻そうな顔しないでよ〜!ほら、楽に行こうぜ〜!いやもう元気元気!
これだけ元気なら帆高と一緒に走れちゃうくらいだよ!多分ね東京行ってなまって
るから今なら勝てるんやないかな!」
高人「…………」
穂波「……嘘。段々、手に力も入らんくなってきた。――昨日も帆高に心配かけさせて
まったかも」
高人「そんくらい大丈夫やって。あいつも、男の子やしな」
穂波「私のせいで呼び戻す事になってまったから…帆高には悪い事したんかなって」
高人「なんで」
穂波「だって、小説書く為に東京出てったのに」
高人「……」
穂波「喧嘩、したまま出てって、私の都合で連れ戻されて。本当は凄く恨まれてるんじゃ
ないかなって」
高人「……大丈夫。あいつはそんなんじゃないよ」
穂波「……暗い話終わり!たかちゃんにもりんご切ってあげよう!まだ綺麗にうさぎ作れるん
だから――」
――りんごを取ろうとする穂波、力が入らず落ちる。
穂波「あはは……もう、長くないんかもなあ」
――口元を抑え座り込む夕凪。
高人「……ばかやろう」
穂波「たかちゃん」
高人「……どうした?」
穂波「ごめん、ちょっと泣く。」
――抱き寄せる高人。走り去る夕凪。暗転。
【第四場】
――シャワーの音。風呂場の扉が開く音。
帆高「シャワーまで借りちまって、悪いな」
青波「ううん!さっぱりした事だし、そろそろ行こっか」
帆高「え、ちょ、待って、どこに!」
青波「ふふ……青春をしに!」
――手をにぎり、下手にハケ、喧騒が聞こえてくると二人、下手から入り
青波、肉まんをほおばっている
青波「ん~~!おいひい!」
帆高「なに、肉まん食うのが青春なの?」
青波「まだまだ!こっからこっから!」
帆高「まだあんの?」
青波「文句言わない!こんなに可愛い女子高生と遊べるおじさんなんて中々いないん
だからね!」
帆高「まだおじさんって年じゃねぇよ!」
青波「食べる?」
帆高「……食う。」
青波「にっしっし」
帆高「大体、俺の金だろ」
青波「そういう細かい事言ってるとモテないんだぞ」
帆高「うるせぇ。大体、何年生なんだよ?」
青波「さんねん」
帆高「三年だったら受験とか就職――」
青波「もう先生みたいなこと言わないでよー」
帆高「えぇ…」
青波「――お兄さんがいいの」
帆高「えぇ?」
青波「一目ぼれってやつ――しちゃった。」
――上目遣いで舌を少し出す青波。目を逸らす帆高。
帆高「ば、ば、ばかやろう大人をからかうんじゃないヨ!」
青波「ねぇ~声裏返ってるんだけど。ちょっとは意識してくれてるって事?」
帆高「は、はぁ?!7歳も年下にするわけないだろ!」
青波「む…じゃあなに?世にいる年の差婚する人たちは頭おかしいっていうの?」
帆高「はぁ?!そんなこと言ってないし状況が違うだろ状況が!」
青波「……まあいいじゃん。私のしたい事つきあってよ!」
帆高「今日はもうだめ、行くとこあるから」
青波「…そっか、残念」
帆高「……明日も…だろ」
青波「……?」
帆高「別に、明日もあるだろ。…しょうがないから、付き合ってやるよ、やりたい事」
青波「――おにいさん!」
帆高「潮見帆高。」
青波「え――?」
帆高「名前。知っとかないとなにかと不便だろ。」
青波「……ふふ!真舟青波です。よろしくおねがいします。帆高さん」
――場転。ドアを開ける音。
夕凪「あ、おかえりたかちゃんっ」
帆高「……うん、ただいま。」
夕凪「…どしたの?」
帆高「いや、二日も悪いな」
夕凪「気にしなくてもいいよ。私もたかちゃんといたいもん」
帆高「……」
夕凪「さ、座って」
帆高「あぁ」
夕凪「そういえばお昼はどっかいってたのー?」
帆高「え?あー、ハローワークとか。ほら、こっちで仕事も探さないとだから」
夕凪「…そっか。たかちゃんは偉いね。」
帆高「…いや、夕凪の方が偉いだろ、ちゃんと働いて、家にお金まで入れて。」
夕凪「……」
帆高「俺なんか…」
夕凪「……食べよ、たかちゃん!今日はねすっごく美味しく出来たんだよ!卵もトロトロでね!」
帆高「そだな。うまそうだ」
――明転。二人、テーブルを挟んで座っている。
夕凪「ごちそうさまでした。」
帆高「まじでうまかった。ありがとう、ごちそうさま。」
夕凪「でもやっぱり、ナンバーワンオムライスは穂波さんのオムライス?」
帆高「えっ…お前ら、いつの間に名前で呼び合ってんの…っていうか、夕凪が病院で働いてん
のもびっくりだよ!」
夕凪「あはは、ごめんごめん。だって、穂波さんが内緒にしようって言うんだもん」
帆高「…ったく、話してたら夕凪がいきなりナース姿で現れるんだもん。
最初、まじでわけわかんなかった」
夕凪「うるさいなー、どうせ似合いませんよ」
帆高「別にそんなこといってないだろ。ってか、母さんのオムライスの話だっけ」
夕凪「高校の頃お弁当で毎回入ってたし、いつも嬉しそうに食べてたよね」
帆高「…そうだっけ」
夕凪「私もレシピ教えてもらおうかな」
帆高「ははは。やめといたほうがいいよ」
夕凪「えー、なんで、私じゃ再現できないって?」
帆高「いや、そうじゃなくてさ、あのオムライス、しょっぱいんだよ」
夕凪「え?」
帆高「いやさ、小学生の頃、甘い卵焼きが好きで、オムライスも甘い卵で食べたい!って
言ったら母さんが作ってくれたんだけど、砂糖と塩間違えてめちゃめちゃしょっ
ぱくてさ。でも、一生懸命つくってくれたし、間違えたって言って落ち込んでる
手前俺も言い出しづらくて、すげーうまいって言いながら食ってたら、それ
信じちゃってさ。」
夕凪「ふふふ」
帆高「それ以来、お祝い事とか大事な日にはしょっぱいオムライスだったよ」
夕凪「あははは、なんか穂波さんらしい」
帆高「だろ?たまにド天然だもんな」
夕凪「うん。可愛い」
帆高「そうかなあ…あ、でも高校に入る頃には、しょっぱいの作るのもうまくなってたよ」
夕凪「あはは、それはすごいなあ」
帆高「な。」
――間。帆高にもたれかかる夕凪。
夕凪「んん、たかちゃん」
帆高「…どしたの、眠いの?」
夕凪「…ちょっとだけー」
帆高「夏だからってベッドで寝なきゃ風邪ひくぞ、ほら、お風呂もまだで」
――夕凪、帆高を抱きしめる。
夕凪「たかちゃん、しよ。」
帆高「な、なにを…」
夕凪「言わせないでよ…」
帆高「きょ、今日は疲れてるからさ~早く寝たいかなあ~」
夕凪「昨日もそういってた」
帆高「え、えぇ~?そ、そうだったっけ」
――見つめる夕凪
帆高「ちょ、あの、夕凪さん?あ、酔ってますね、そうだ酔ってるな~」
夕凪「……うん、酔っちゃったみたい。…今日はもう寝よっか」
帆高「……うん」
夕凪「…おやすみ、たかちゃん」
帆高「…おやすみ、夕凪」
――暗点。
青波「あ、おにいさん!」
帆高「だから、おにいさんはやめろって」
青波「じゃあおじさん?」
帆高「論外。」
青波「じゃあなんならいいのさ」
帆高「昨日名前教えただろ」
青波「潮見帆高さん」
帆高「はあ…今日はどこに」
青波「決まってるじゃん――青春をしに!」
――音楽。二人、置いてあるものを片っ端から遊んでいく。その間、音声流れる。
帆高「なあ、昨日も言ったけど、七つも年離れてる奴と遊んで楽しいか?同年代の奴とか」
青波「同年代なんて興味ないもーん」
帆高「なっ……マセてる……」
青波「それに私も言ったじゃん」
帆高「?」
青波「お兄さんに一目ぼれしたって」
帆高「だから、大人をからかうなって」
青波「からかってないんだけどなあ」
帆高「……」
青波「一通りやったら、最後は、お兄さんと一緒にコーヒー飲むんだ」
帆高「コーヒー?」
青波「そ。」
帆高「なんでまた」
青波「まあさ、いいじゃん。私がやりたいんだからさ、付き合ってよ」
帆高「…ったく、わがままな奴だな」
青波「にっしっし!」
――青波、紙ヒコーキを飛ばす。音楽終わり。夕焼けの波止場を歩く二人。
青波「あ~楽しかった!」
帆高「ははは、お前体力ありすぎ」
青波「お兄さんは?楽しかった?」
帆高「ん?あぁ、久しぶりにこんなに遊んだ。」
青波「ふふ、あとはコーヒーだけ!」
帆高「まだ言ってるし」
青波「いいじゃん!」
帆高「ははは」
青波「よかった。」
帆高「なにが」
青波「笑顔。やっと自然に笑ってくれるようになった」
帆高「……そんなにひきつってたか?」
青波「もうね、最初にあった時なんか今にも死にますーみたいな顔してたよ」
帆高「……まぁ、実際、考えなかった訳じゃないからな」
青波「……理由、聞いてもいい?」
帆高「……お前は凄いな」
青波「何が?」
帆高「――自分のやりたい事をやりたいって言えて。んでもってそれを実際に出来て。」
青波「……」
帆高「俺は……大事に思ってくれてる人に何も返せないし、想ってくれている人に誠実に
向き合う事の出来ない……ただの卑怯者だ」
青波「……」
帆高「好きだって言ってくれてる幼馴染を受け入れることも、拒むことも出来ず、喧嘩別れ
して出てったくせに、数年ぶりに戻ってきて、母親にただいまも言えねえだせえ男
……って、こうやって何も知らないお前に話して楽になろうとしてる時点で、ほんと
卑怯だよな。マジでごめん」
青波「…潮見帆高!!!」
帆高「えっ、あ、え?!」
青波「楽に行こうぜー!!」
――青波、帆高にドロップキック。海に落ちる音→暗い中に一筋の光。海中
帆高「(N)海水が鼻に、口に流れ込んでくる。もがけばもがくほど、意思とは反し深く
沈んでいく。遠くなっていく海面には光が差している。俺は、もう一度あの光の下
まで行く事が出来るのだろうか――。」
――ホリゾントに文字「七年前」明転すると青波が入ってくる。紙をグシャグシャにし
捨てようとする。やめて座り込む。
帆高「よいしょっと」
青波「……」
帆高「……なんか嫌な事でもあったのか?」
青波「……」
帆高「ま、平日の昼間からここ来るヤツなんて、ニートか死にたい奴くらいだ」
青波「おにいさんはニートなの?」
帆高「馬鹿野郎、俺は小説家だ、小説家!」
青波「小説?」
帆高「そ。」
青波「売れてるの?」
帆高「……」
青波「売れてないんだ」
帆高「違う!!今日から始まるんだよ!俺は今日から東京行って、修行しながら、五年…
いや、三年で小説家として鮮烈なデビューを飾るんだ!それまでこの島には戻って
こねえ!」
青波「ふーん……その原稿は?なんでそんなに汚れてるの?」
帆高「あ、いやこれはだな」
青波「何?」
帆高「いやあ、初めてコーヒー飲んでみたら思ったより苦くて吹き出しちゃったんだよ。」
青波「わけわかんない。なんで飲めないのに挑戦したの?」
帆高「そりゃあかっこいいからにきまってんだろ!コーヒーが飲めたら、もう立派な大人
なんだぜ」
青波「……お兄さん、子供だね」
帆高「なんだと!?まあ、まだまだガキンチョなお前にはコーヒーが飲める大人の渋さは
わかんないさ」
青波「ふっ…わけわかんない」
帆高「はは。やっと自然に笑ってくれたな」
青波「…そんなにひどい顔してた?」
帆高「してた。今にも死にますーみたいな顔」
青波「……」
帆高「いやな事書いてあったのか?」
青波「え?」
帆高「――紙、捨てようとしてたから。」
青波「……まぁ、そんな感じ」
帆高「よし、それ折って紙ヒコーキにしよう」
青波「え?……なんで」
帆高「……グシャグシャにして捨てちゃうと、確信犯不法投棄だけどさ、紙ヒコーキに
したら、海までの目測を見誤って落ちた不慮の事故だから、誰にも責められない!
ハズ!」
青波「…ぷっ…なにその謎理論」
帆高「…最高だろ?」
青波「――うん」
帆高「やな事とか沢山あるけどさ、きっとやな事ばっかじゃねーよ。だからとりあえず三年
頑張ってみようぜ、俺も頑張るからさ。うん、一人だとしんどいけどさ、誰かも頑張
ってるって思ったら、なんとかなる気がすんじゃん」
青波「……はは……もう、わけわかんない。あーなんか悩んでたのどうでもよくなってきた」
帆高「…やるよ。」
――原稿を青波に差し出す。
青波「え?」
帆高「えーっと、名前なんだっけ。」
青波「青波。」
帆高「青波が、俺の作品の読者第一号だ」
青波「でもこれ」
帆高「そんで俺が帰ってきた時は、ここで再会を果たし、そのあと今日を思い出しながら
大人になった記念で一緒にコーヒー呑むんだ」
青波「……私、三年後はまだ十四歳だよ」
帆高「はっ!そうか…じゃぁ特別にその時も子供な青波はココアでも許そう…」
青波「あははは」
帆高「ははは」
――暗点→明転。膝枕している青波。
青波「…目、さめた?」
帆高「……コーヒー飲むか、読者第一号。」
青波「……遅いよ、バカ。」
帆高「……ごめん。」
青波「いいよ。私は帆高さんと一緒だったから。」
――原稿を見せる青波。
帆高「……これ、面白くなかっただろ」
青波「うん」
帆高「ストレート……」
青波「でもさ、私は好き。」
帆高「それは、別に作品がって訳じゃないだろ」
青波「――そんな事ないよ」
帆高「…それはお前がたまたま俺と知り合ったから良く思える訳で――」
青波「小説の良し悪しとか、私にはまだまだ経験が足りないからわかんないけど、あの日
から他のも沢山読んだし、勉強もしたよ。だけど、あんなに私の心を動かした大事な作品
は、これだけ。」
帆高「……っ」
青波「細かい理由とか、全然わっかんないけどさ、帆高さんの不器用なりの言葉が、裏表のない
素直な言葉が、潮見帆高の作品が、人の心を動かしたんだよ!」
帆高「……」
青波「……着いてきて」
帆高「え、ちょっ」
青波「行くよ」
――上手にハケ。下手から出てくる。
帆高「……」
青波「ただいまー」
――玄関の戸を開ける音。
青波「ほら」
帆高「お、お邪魔します…」
青波「はーい」
帆高「おい、上がっちゃったけど良いのかよ。流石に、今日はもう親御さん帰って――」
青波「――もう居ないよ。」
帆高「えっ……?」
青波「二年前に、病気でさ」
帆高「そう……なんだ…」
青波「あ、お父さんはまだちゃんといるから大丈夫。出張中。」
帆高「あ、そ、そっか」
青波「……七年前に初めて会った時さ、お母さんの診断結果聞いた帰りだったんだ」
帆高「……」
青波「十年も生きられないって。もう聞いた時はそりゃ沢山泣いたんだよ。もともと出張
が多いお父さんの代わりに、私とずっと居てくれたから、お母さんとの思い出ばっか
だったし、もう、びっくりするくらい、お母さんに抱きついてわんわん泣いた。
やだやだって。だけど、私が死ぬ事より、青波を辛くさせちゃう方が辛いって
だからごめんね、ってそんな事言われた私、また号泣。」
帆高「……」
青波「そんな日の帰りに、貴方と会ったの。最初はほんと、なんだろこの人って思ったよ。
いきなり隣に座って馴れ馴れしいし。でも、話してるうちに、なーんか馬鹿馬鹿しく
なってきてさ……そりゃ、悲しかったのはめちゃめちゃ悲しかったけど、帆高さんが
言った通り、私一人しんどいんじゃなかったからさ、きっと、良い事だってまだまだ
沢山あるって考えたらさ、力沸いてきて。お母さんに帆高さんの小説見せたり、沢山
お話も出来たんだよ。……お母さんも、元気もらったって言ってた。だからさ
――きっと、帆高さんと出会ってなかったら、こんなにがんばれなかったんだよ。
私もお母さんも、帆高さんに救われてたんだよ――。」
帆高「……ありがとう…っ」
青波「ありがとうは、こっちのセリフだよ」
帆高「……っ…!」
――帆高の頭を撫でる青波。
青波「よしよし。……さて、そろそろやりますかー!」
帆高「……?」
青波「コーヒー!約束だろー?!」
帆高「……その事、なんだけどさ、少しだけ、まっててくれていいか?」
青波「うーーん、許そう」
帆高「いいのか?」
青波「いいも何も、もう四年も遅刻してるんだもん今更少しくらい大丈夫だよ」
帆高「ゔっ……それは本当に悪い」
青波「ほら、行っといで」
帆高「……行ってきます」
【第五場】
――ドアを開ける音。
夕凪「たかちゃん!おかえりなさい、昨日はいきなり――」
帆高「――ごめん。俺、全然夕凪と向き合えてなかった。」
夕凪「たかちゃん…」
帆高「だから――」
夕凪「――晩御飯、もう出来てるよ!夏だからさ、スタミナつけなきゃと思って豚肉買って
来たんだよ」
帆高「夕凪」
夕凪「たかちゃん腕とか細いからなあ〜もっと沢山食べなきゃ!」
帆高「夕凪」
夕凪「豚しゃぶ何で食べる?ゴマドレ?ポン酢――」
帆高「ゆーー」
夕凪「やだ!!」
帆高「……」
夕凪「今は、泣いちゃうから、お願い……」
帆高「……」
夕凪「………私さ、女の子としての魅力、ない?」
帆高「――そんなことないよ。」
夕凪「私、頑張るよ…」
帆高「ちょ、ちょっと夕凪、だめだって」
夕凪「……なんで…?」
帆高「こんなの、夕凪らしくないよ」
夕凪「……私らしくない?」
帆高「俺が知ってる夕凪は、いつだって冷静で、大人――」
夕凪「――ねぇ、私らしいって、なに?」
帆高「えっ…」
夕凪「そうだよ、私はいつだって冷静で大人っぽくて…そんな言葉を盾に肝心な一歩は全然
踏み出せないだけの、ただの臆病者」
帆高「そんな――」
夕凪「七年前も…!私…ほんとは…着いていきたかったのに…っ!」
帆高「……気になる子が、出来たんだ……」
夕凪「……本当、なの」
帆高「うん――。」
夕凪「私より、可愛い子?」
帆高「それはわからんけど」
夕凪「…けど……?」
帆高「夕凪といるより、自分自身でいられるんだ…。」
夕凪「っ……。それは、私といる時のたかちゃんは、嘘だったって事…?」
帆高「それは違う!」
夕凪「じゃあ何?」
帆高「大切って思ってるし、これからも思うよ!でも、ずっと俺は家族からも、夕凪から
も、夢も、自分自身からも逃げてばっかりで…。でもそんなどうしようもない自分
でも、少し許せて、一歩踏み出せそうなんだ…。
もう、逃げて夕凪を利用するような事はしたくない。今は、そう思えるんだ」
夕凪「私はいいもん、何したって大丈夫だよ。たかちゃんのこと好きだもん、何されても
許せるよ。一緒にいてくれるだけで、私はそれだけでいいよ」
帆高「夕凪の事、大切だから言ってるんだ……だから、ごめん」
――夕凪、帰ろうとする帆高の背中にくっつく
夕凪「だったら…!そばにいさせてよ、また隣で星見ようよ!……もう、無理なの
……?たかちゃん…っ」
帆高「…………ごめん……。」
夕凪「待ってたかちゃん!」
――ハケる帆高、泣く夕凪。夕凪にスポット
夕凪「初めて話した日から、私の世界はたかちゃんが中心だった。朝起きたらたかちゃん
に会いたいと思い、学校に行くとたかちゃんに話しかける。少しだけ下駄箱で他愛も
ない話をして、顔を半分沈めたお風呂なんかでその日のことを思い返したり、行事の
時のお弁当の中身も、お母さんに言ってオムライスを入れてもらったりなんかして。
――それくらい、私にとってたかちゃんは、大切で、大好きな存在。
なのに、あの時、七年前に手を取れなかった事が自分でもなんでかはわからない。
でも、あの頃きっと、私も夢を見ていたんだと思う。夢に向かって走り出す潮見帆高
じゃなくて、私の彼氏たかちゃんが、東京に行かずに私と暮らして、一緒に居てくれ
る事を――。…きっとこれは罰だ。わたしのわがままを、欲張って欲しがった罰。
ワンルームの私の部屋の閉まる音が、遠ざかる足音が、この世界でひとりぼっちの
ような感覚にさせた。」
――場転。明点病室の扉が開く音。穂波、窓際に座っている。別空間で青波が座って紙ヒコーキ
を飛ばしている。
穂波「あら、夕凪ちゃんおはよう、今日もかわいいね〜」
夕凪「穂波さん……」
――泣き出しそうになるのを堪える夕凪。
夕凪「今日の検温しますね」
穂波「夕凪ちゃん?」
夕凪「はい、わきに挿してください」
――穂波、夕凪を抱き寄せる。
穂波「夕凪ちゃんが苦しそうだと、私も苦しいさ。どうしたのさ?」
夕凪「っ……ほなみさぁん…っ…やだ……私……っ……」
穂波「よしよし」
夕凪「うぅ〜……」
穂波「夕凪ちゃんも、頑張ったんだね。いいこいいこ。」
夕凪「うっ……あぁあ……」
――穂波、夕凪のポケットから紙を取り出す。
穂波「そっか……やっぱり、私もう長くないか。」
夕凪「なんでこのタイミングで……私……穂波さん……っ!」
穂波「……ごめんね。だけどね、夕凪ちゃん、夕凪ちゃんも、前に進まなきゃダメ。
あの子も、それを望んでるよ」
――夕凪の泣き声が響く。場転。半照。しばらくすると帆高入り。
青波「――あ、帆高さ〜ん」
帆高「…よう」
青波「あー、また元気ない!だめだぞーまたドロップキックいっとくか?!」
帆高「ははは……そだな」
青波「……どうしたの?」
帆高「いやー……まあ、やっぱきついよな。」
青波「昨日話してくれた人?」
帆高「――うん。」
青波「……そっか」
帆高「決心ついたのも、お前のおかげで、やっとこさ言えて、人一人傷つけてんのに、俺は
また、こうやってお前を頼っちまってる……。そういうこと考えてると、俺はまだ
全然変われてなくて、ただの卑怯者のままなんじゃないかって…。」
青波「ふふ……そうかもね」
帆高「……お前なあ」
青波「ごめんごめん。それで…?」
帆高「……ただいまが、言えないんだ。」
青波「……そっか」
帆高「勝手に出て行って、迷惑かけて、それでもお袋も親父も俺に仕送りとか送ったり、頑張り
すぎて体壊して…そんな中成功もなんもしてねえのに、戻って、お袋から飯代にって多め
の金もらって…。親の為に何もできねえダメな息子が、今更……帰る資格なんか」
青波「なんで?」
帆高「え?」
青波「……別にいいじゃん!弱くて、ダメダメで。
私はさ、帆高さんが約束をすっぽかして四年も遅れても、遅れた上に私の事を忘れて
たとしても……それでも私は、何回だって、何十回だって貴方に、帆高さんに会い
たくて、毎日ここに来るんだよ」
帆高「……でも、もう俺はあの時みたいにお前を励ましてやれる程、自分に自信なんか」
青波「関係ないよ。」
帆高「えっ?」
青波「励まされたいとか、元気になりたいとか、そんなんじゃないもん。私、帆高さんに
会いたくて、ここに来てるんだもん。帆高さんが元気が無くても、悲しい事があって
も、たとえ、楽しいことばっかじゃ無くても全部知りたいと思うから、会いたいん
だもん。それは、多分私だけじゃなくて、昨日言ってくれた人も、帆高さんのお母
さんだってそう。皆、どんな帆高さんだって構わないよきっと。どれだけ待っても
どんなでも、多分、帆高さんおかえりって言うよ。」
帆高「……っ…!」
帆高「(M)あぁ…きっと俺は、誰かに許して欲しかったんだ。
生まれ育ったこの田舎に帰ってくる事を……俺の選んだ選択肢は、無駄じゃなか
ったんだって、そう思いたかったんだ。
青波の裏表のない言葉が、一所懸命で、まっすぐな言葉が、捻くれ者の俺の心を
少しだけ、あったかく溶かして心が少し軽くなった気がした。」
帆高「……お前は凄いな」
青波「……もーー、ラクにいこうぜ!」
帆高「それ……」
青波「ふふ。読者第一号だもん、帆高さんの小説!」
帆高「本当に……はは、なんか、悩んでるの、どうでも良くなってきた」
青波「にっしっし。そのセリフに、私も力を貰ったのだ」
帆高「……実はそれ、お袋の口癖なんだ」
青波「え!そうなの?!」
帆高「うん。おれがガキの頃からよく言ってくれてさ、結構励まされてたんだ」
青波「…じゃあ、帆高さんのお母さんにも感謝だ。」
帆高「――俺が勉強とか全然出来なくてもさ!なんか失敗して落ち込んでても笑いながら
そう言ってくれると、不思議と力が出てくんだ、それで――」
青波「――書こうよ!」
帆高「えっ……?」
青波「口に出す勇気、ないならさ、全部文字にしちゃおうよ。思ってること、言いたいこと
全部さ、書いちゃおうよ、小説家」
帆高「いや、でも俺はもう――」
青波「誰の言葉でもなくて、私のヒーローはあの日のこの場所、あの瞬間からずっと、
潮見帆高ただ一人なんだよ――。」
帆高「……」
青波「はい!」
帆高「……あぁ。」
――コーヒーを渡す青波。
青波「約束を果たす時が来たな。」
帆高「ふふ…そだな。」
――二人、コーヒーを飲む。
二人「あぁ……苦ぇ」
――スポット、帆高
帆高「(M)俺は、大切な人の為に、一度折ってしまった筆を、また握った――。」
――暗転。
【第六場】病院。穂波と高人が座っている。
穂波「あ、またりんご持ってきたな、りんご大魔神め」
高人「そろそろ嫌になった?」
穂波「りんご制覇の夢はまだまだ始まったばっかりだ」
高人「何年かかるかな」
穂波「あははは」
――病室に入る帆高。原稿を持っている。
高人「帆高――」
穂波「――おはよ。」
帆高「……うん、おはよ。……ちょっと、二人に話がある」
穂波「話――?」
帆高「まず、これ、読んで欲しい。」
――原稿を渡す。
高人「……小説か?」
帆高「うん。今の俺の、全部を出して書いたから。」
穂波「……わかった。」
帆高「時間、かかると思うから売店行ってくる」
穂波「あ、じゃあお金――」
帆高「――大丈夫。ちゃんと自分で払う」
穂波「……ん、わかった。いってらっしゃい」
帆高「……行ってきます。」
――帆高、ハケ。照明切替。帆高、入り。扉の音
穂波「……おかえり、ちゃんと全部読んだよ」
高人「小説の事とか全然わからんけどお前が頑張っとるのはすげー感じたし、良かった。」
帆高「……うん」
穂波「流石先生。……帆高がうちを出てって、もう七年かあ」
高人「なんだかんだ、あっという間やったな」
帆高「二人とも、その……今まで、ごめん」
二人「……」
帆高「まずは、その、喧嘩別れで勝手に家出てっちゃったから。」
穂波「別に、そんなの気にしてないよ」
帆高「そうかもだけど、俺、二人に、特に母さんには酷いことも言ったから、本当ごめん。」
高人「そうやな。」
帆高「……二人が俺の事考えてくれてるのに、自分の事しか考えれて無かったから。」
穂波「いいよ、それくらい。」
帆高「……うん……。」
高人「俺も母さんもさ、お前が何しようと、親なんよ。」
帆高「……っ…」
穂波「そう。帆高が何してても、私もパパも、帆高の事、出来る限り守ってあげたいの。
だから、つい、余計なお節介しちゃったり、言いすぎちゃう事もあるんよ…。
それで、すぐ喧嘩になっちゃうからさ、母さんからも、ごめんね」
帆高「……何でさ…っ、母さん、別に何も悪くないじゃん…!小説家になるなんてわがまま
聴いてくれて、それで心配してくれてただけなのに突っぱねて、父さんも母さんも
大変なのに働いてこんな…仕送りまでしてくれてさぁ…!」
高人「……」
帆高「それに甘えてばっかりで、二人に何もしてあげられてないのに……俺……っ!」
高人「帆高」
――帆高を抱き寄せる穂波、頭を撫でる高人。
高人「……いいんだよ。俺らは、お前が元気でいてくれるだけで、それでいいんだよ。
……俺こそ、全然お前の話聞いてやれなくてごめんな。」
帆高「だから…二人は、悪くないのに…っ!」
穂波「――ねえたかちゃん、覚えてる?帆高が生まれた日。」
高人「……当たり前だろ」
穂波「すっごい大きな声で泣いてさあ、あの時は、本当凄かったよね」
高人「……本当に、元気だったよな」
穂波「何言ってんの、たかちゃんもだよ」
高人「なにが」
穂波「泣いてたの。帆高もたかちゃんも、わんわん泣いて大変だったよ」
高人「……いいだろ、別にそれは」
穂波「あの日はさ、きっと、一生忘れないよね」
高人「うん。」
――帆高の頬を触る穂波
穂波「実家出て、安アパートで三人で住んでさ…お金は無かったけど、毎日幸せで」
高人「……」
穂波「帆高は、私達にとってそれくらい、大事な、宝物なんだよ。」
帆高「ぅ……あぁ…」
穂波「――だからさ、小説、書くの辞めんなよ」
帆高「えっ……?」
穂波「東京じゃなくてもさ、書けるし。やめるの勿体ないやん」
帆高「でも……」
穂波「何より、私がもっと帆高の作品読みたい!」
帆高「――っ……」
高人「だ、そうだけど。」
帆高「……」
穂波「もう、遠慮とかしんくていいよ。だからさ、ラクに行こうぜ、帆高。」
帆高「っ……うん……!」
穂波「……うん。……はぁ〜、安心した…」
――ベッドに横たわる穂波
穂波「ゆっくり寝るね。」
高人「……穂波…」
穂波「あとは頼んだよ、たかちゃん」
高人「……あぁ…」
穂波「さ、二人は家に帰るのだ。そして実は夕凪ちゃんに特別にお願いして、家でご飯を
作っておいたのだ。腕によりをかけて作った母さんの料理食べといで」
帆高「……何してんだよ全く……じゃあ、また明日来るから」
穂波「――うん。」
高人「……んじゃ、そろそろ行くか」
帆高「うん。」
――ハケ
暗転。場転。
【第七場】
――扉の開閉音。夕陽が差し込んでいる。スポット穂波。紙ヒコーキを飛ばしている。
穂波「帆高へ まず最初に、おかえり。東京はすごく人がいっぱいで、時間の流れも早くて
とても苦労したと思います。だからまずは、うちでゆっくり休んでね。喧嘩したまま
仲直りできて無かったから、帆高が家を飛び出た後、凄く後悔しました。本当に
ごめんね――。」
帆高「……ただいま」
高人「おう、おかえり」
――机の上にある二つのオムライスに気づく。
帆高「……オムライス……。」
穂波「喧嘩した後の仲直りは、いつもオムライス食べながらだったね、母さん、今日は一緒
にいられないけど、パパと一緒に食べてください。」
高人「急に、作りたいって言い出してさ。今日帆高が帰ってくるからって」
帆高「……なんで分かったんだろ」
高人「夢で見たから、って言ってたぞ。」
帆高「……母さんらしい」
高人「食おう」
帆高「うん。」
――二人、無言でオムライスを食べる。泣く帆高。
穂波「帆高が生まれてから、私もパパも、本当に幸せでした。手を繋いで保育園まで行っ
たり、小学校の運動会は三人で走る練習したり、中学入ってたら反抗期があって
沢山喧嘩したり…高校に入ったら帆高も帆高の時間があるからあんまりお互いの事
知らなくなってったり……。どんどん一人で何かを出来るようになっていく事、世話
がかからなくなるのに、なんだか寂しくて。夢の事も本当は応援したいのに。心配
して、思ってない事言っちゃって傷つけたりさ、あの時は本当にごめんね。
母さん自分勝手だった。ごめんね…。」
――食べ終わる二人。
二人「ごちそうさま。あ――……やっぱりしょっぺえ……」
帆高「……」
高人「帆高」
帆高「……ん?」
高人「母さんから。手紙、預かってる。二人に、って。」
穂波「たかちゃんへ たかちゃんには、もう沢山ありすぎて何書けば良いかわからん。
不器用で、うるさくて、料理も下手なこんな私と二十年以上一緒にいてくれてさ
本当にありがとう。こんな汚い字で改まって言葉を綴るの、恥ずかしいけどさ、言わ
ずに後悔したくないから。ありがとう、大好き。たかちゃんと結婚できた事と、私達
の間に、帆高が産まれたことが、私の人生で同立一位の、誇りです。だからさ、たか
ちゃん。――帆高の事、頼んだよ。」
高人「…………。」
穂波「追伸 私は、もう長くないみたいです。」
帆高「えっ――」
高人「……」
穂波「病気、結構重いっぽくてさ、恥ずかしながら、手紙も綺麗に書けません。ごめんね
湿っぽいのは苦手やし、多分、恥ずかしいところ見せちゃうと思うから、最期は、
あんまり見られたくないかも!ごめんね」
帆高「……知ってたの」
高人「……ああ。」
帆高「なんで…!…っじゃあ、一緒にいてやらないとじゃん…!」
高人「……」
帆高「…行かなきゃ…!」
高人「待て」
――行こうとする帆高、止める高人。
帆高「何で止めるんだよ!」
高人「――それが、母さんの最後の願いだからにきまってるだろ」
帆高「……ねえ、それ本気で言ってんの?」
高人「…あぁ。」
帆高「俺が言えるような立場じゃ無いし、言う資格も無いの分かってるけどさ、それで父さ
んは後悔しないのかよ、仮に母さんが死んだ後、後悔ないまま生きていけんのかよ!」
高人「……っ」
帆高「俺は行くよ。」
高人「おい待て、それは母さんが」
帆高「何かを盾に、傷つくのから逃げるのってさ、その時はいいかもだけど、絶対後悔
するから。」
高人「……」
帆高「俺がわがまま言う資格なんて無いかも知れないけど、もう、後悔したくないから…!
やらずにした後悔、沢山あるから、まだ俺、母さんにただいまって言えてないから
…!だからごめん、俺、母さんと最期まで一緒にいたい…!」
――走る帆高。残る高人。
高人「……っあああ!」
――走る高人。
【第八場】
穂波「…はは……もう、りんごも持てないや…オムライス、喜んでくれたかな」
――病室を開ける音。帆高、高人入り。
帆高「母さん!」
高人「穂波!」
――穂波、驚いてから、涙が溢れる。
穂波「もう……来るなって言ったじゃん、バカ…。」
高人「そりゃ来るよ…。家族だろ、馬鹿野郎」
穂波「……うっ……」
帆高「母さん……父さんも。ずっと、言えて無かったから……まず、小説家になるって事
許してくれてありがとう……ただいま。…こんなダメな息子に、帰って来る場所
残しててくれてありがとう…!」
穂波「……ばか…当たり前やろ……。帆高の家なんだから…。」
帆高「……っ……二人とも、手、握って」
二人「うん」
――三人、手を繋ぐ
穂波「……私、多分、いや、絶対さ……今、世界で一番幸せ。
……帆高、読みたいって人が一人でもいる限り、あんたが納得するまで小説続けなさい。
たかちゃん、私、たかちゃんと出会えて、結婚して、帆高の親になれてよかった
たかちゃんも、同じだったらいいな」
高人「……!そんなの、同じに決まってるだろ……!」
――泣く三人
穂波「……二人とも?」
二人「…ん?」
穂波「――愛してる。」
――笑う穂波。溶暗。
【第九場】
――ホリゾントに「二週間後」波の音。青波、座っている。帆高、入り。
帆高「……ありがとな」
青波「……何が?」
帆高「お前のおかげで、母さんにありがとうも、ただいまも言えた。」
青波「……小説、渡せたんだ。良かった」
帆高「――それもあるけどさ」
青波「……?」
帆高「俺が家に帰るって事、伝えてくれたんだろ?母さんに」
青波「さあ?何のことだろ。」
帆高「お前のおかげで、ちゃんと最期まで、家族で過ごせた。ありがとう、青波」
青波「……うん。」
帆高「……あの時の診断書、本当は青波のだったんだな」
青波「うん。もう余命は長くないって言われて、それで。でも、母さんが言ってくれたの。
私ので青波が少しでも長く生きられるなら、使ってって臓器移植してくれる事になって。
そんな日に出会ったのが帆高さん。その後病院で出会ったが穂波さんだったんだ」
帆高「……うん。母さんに聞いたよ。本当は、俺が島出てってすぐ倒れたって。
最期に知った。俺に心配かけさせたくないからって……なんつーか、大人、っていう
か、親ってすげえって思った。」
青波「ふふ。当たり前じゃん!穂波さんは、私が尊敬してる女性世界ランク一位のお母さんと
並んで同率一位なんだから!出会った時はびっくりしたよ!だって帆高さんと同じこと
言うんだもん。苗字も一緒だし。絶対この人あのお兄さんのお母さんなんだなーって」
帆高「似てるかなあ」
青波「うん。本当に……お母さんの事も、私の事もいつも励ましてたり、仲良くしてくれて
私の事だって、本当の娘みたいに思ってるって言ってくれて……本当……大好き
……大好きな…優しい笑顔の、穂波さん……」
帆高「……ありがとな。母さんも、青波にありがとう、って。」
青波「………」
帆高「……青波、俺、お前の事が好き、なんだ。」
青波「えっ……?」
帆高「お前の声も、笑顔も、ちょっと強引な所も、全部。」
青波「……弱ってる女の子に、ずるいんだ」
帆高「……ごめん。でも、今、伝えたくなった。」
青波「……ほんとさいあく。七年も放置するし、ムードも何もないじゃん!」
帆高「……ごめん。」
青波「……私、未成年だから犯罪になっちゃうよ…?」
帆高「待つよ。十年でも、二十年でも。この先、ずっとそばにいて欲しいから。」
青波「……ははは…ばっかじゃないの…?」
帆高「……だめか…?」
青波「……ばーか。」
【第十場】
――ホリゾントに二年後。
??「もう、そんなとこで寝ないでくださいよ」
帆高「ん――…」
??「先生、先生!」
帆高「いいじゃん、もう書き上げたんだから!」
??「まだ書き上げてないでしょ!タイトルつけるまでが仕事です」
帆高「全然思い浮かばねーー」
??「もう……私買い物行ってきますから、それまでに終わらせておいてくださいね」
帆高「検討はする」
??「絶対に、です。」
帆高「うっ……わかりました」
??「じゃ、行ってきます」
帆高「いってらっしゃい」
――ドアが閉まる音。
帆高「そんなこと言ったってさー、思いつかねえよ」
穂波「そんな気張らずさ、ラクに行こうぜ」
帆高「?!?」
――見渡す帆高。
帆高「……な訳ねえか。」
――上手幕中から、穂波、帆高に紙ヒコーキを飛ばす。
帆高「あでっ…」
――上手を見る帆高。
帆高「……決めた。」
――筆を握る帆高。暗転。
文字「紙ヒコーキと、青。」
了。