その意味は
涼しい日だった。
頬に触る風が吹き抜けていく。
「わぁ、高いですね!」
「そうだね、10階建てだから、30メートルはあるんじゃないかな」
「そっかぁ…じゃあ確実ですね」
「…そうだね」
この涼しさ、寒さは、肌を滑る風だけがもたらしたものではないと思う。
これから自分が行うことについて、心が冷えているのだろう。
「本当に、いいの?」
「もちろん! これは私が決めたことなんです」
「うん…そうだよね」
朱理は物おじもせずに建物から下を眺めている。
私はそれを遠目に見ていた。
「亜紀さん」
「何?」
「体に気をつけて、元気でいてくださいね」
「…心がけるよ」
「ふふ」
ふわりと笑って、朱理ははじへとにじり寄る。
「さぁ亜紀さん。お願いします」
「本当に、本当にいいんだね?」
「もう、何度言わせるんですか! 亜紀さんにお願いしたいんですから、こんなとこで躊躇わないでくださいよ!」
「…わかっては、いるけど…」
「さっき言ったでしょ? さぁ、お願いします」
私は答えず、朱理の側へと寄っていく。
朱理はビルのはじで、手を広げて私を待っていた。
「さぁ、お願いします」
私は…私は震えるこの手で。
朱理を突き飛ばした。
傾いていく朱理のからだ。
その姿が見えなくなる寸前、「ありがとう」と言葉が聞こえた。
遠くから悲鳴が聞こえる。
そして、醜くて、汚くて、悲しい音が聞こえた。