09 召喚されてから120日。いよいよ開戦
開戦が近付く。
山脈を背にするこの国は、東と西と南でそれぞれ隣国と国境を接している。
その三カ国の内、東西の二カ国に対して同じ日に宣戦布告をするんだそうだ。
二正面作戦とかマジかよ。
……と、思ったら。
敢えて隙を見せることで南の隣国を誘い出し、それを俺たちが最初に撃破するなんていう作戦を聞かされた。
しかも、サッサと撃破して、馬車で移動。その間ずっと守りに徹している他の戦場に急行し、それらも撃破して回るんだそうです。
まさかの三正面作戦でした。
しかも、俺たちを”ハシゴ”させるというブラックぶりです。
もう、ツッコミが追い付きません。
『三正面作戦って正気かよっ?!』って思ったんだけど、三カ国が着々と戦争の準備を進めていることに気付いて、慌てて計画を見直した結果、こんな作戦になっちゃったんだそうです。
まぁ、その三カ国が戦争の準備をしていたのは、俺たちが情報提供をしまくったからなんですけどね。
それでも、こんな事になってしまったことに、俺たちもビックリです。
でも、三正面作戦によって国境付近に戦力が分散している状況って、この機会にこの国を滅ぼしてしまおうと考えている三カ国にとっては都合がいいよねー。
開戦直後に俺たちが裏切って三カ国の軍を通してしまえば、王都までの間には碌に戦力が残っていないから、アッサリと王都を囲まれて降伏させられてしまいそうだ。
何だか、上手く行き過ぎてる気がするよ。作戦を考えた人たちの中に裏切者が居ない? 大丈夫?
まぁ、俺が心配するのもおかしい気がするけど。
それと、わざわざ三カ国目を誘い出して、最初にそこに俺たちをぶつけるとか、俺たちに期待し過ぎだよね。『勇者』のアキトと『剣聖』のケンジが一騎当千レベルまで成長しているとはいえ。
いや、期待しているのは”隷属の腕輪”か。
その”隷属の腕輪”は、早々に魔王に無効化してもらえたので、俺たちは最初から『裏切る一択』だったというのにね。
ありがとう、魔王。
魔王を召喚しちゃった時はどうしたものかと悩んだけど、魔王を召喚できたお陰で俺たちは何とかなりそうです。
◇ ◇
東西の隣国二カ国に対して宣戦布告をする当日。
俺たち四人は、軍と一緒に南の隣国との国境のすぐ手前までやって来ている。
国境の向こうには、南の隣国の軍が整列していて、今にも進軍して来そうな雰囲気を出している。
彼らが国境を越えて来たら、そこへ向かって進軍して迎え撃つ手筈になっている。
まぁ、その迎え撃つ主力になっている俺たちは、すぐに裏切るんだけどね。
相手との打ち合わせはバッチリと済んでいるので、怪我をする恐れも無い、楽なお仕事です。
隣国の軍が静かに進軍を開始した。
そして、今、国境を越えた。
「開戦だ!」
指揮官がそう声を上げ、最前列に立つ俺たちの背後で兵士たちが「おおーー!!」と気勢を上げる。
こちらの初手は、俺が大量の魔獣を召喚して敵に突入させることになっている。
魔獣で攪乱して混乱させたところに全軍で突入し、一気に敵を殲滅するのだ。
最前列に立つ俺は、『ククク。いよいよ俺様の全力を解放する時が来た様だな』みたいな事をカッコイイポーズを取りつつ言う……、なんてことはなく、愉快な詠唱を……、始めることもない。
何も始めない俺に指揮官が訝し気な視線を向けた、その次の瞬間。
俺たちの前に魔王が姿を現し、大声で宣言する。
「魔王様の攻撃の前にひれ伏すがいい!!」
そう言って魔法を放つ魔王。
ノリノリだな。
ズババババーーー!!
そんな音を立てて、俺たちの前方で横幅1kmほどの範囲の地面が弾け、砂埃が巻き上がる。
ズババババババババーーーー!!!
地面が弾ける範囲がドンドン向こうに進んで行き、隣国の軍が大量の砂埃に飲み込まれた。
「おおーー!!」、「スゲェ!」、「ざまぁみろ!」、「やったか?」
そんな声が、俺たちの背後から聞こえてくる。
死亡フラグを立ててくれた人、ありがとう。
君が死亡フラグを立ててくれたお陰で、俺たちは心置きなく裏切れます。(ニヤリ)
「魔王様が蹴散らしてクレルワー! ワレニツヅクノジャー!」
そう言って砂埃に向かって駆け出す魔王。
途中から棒読みになっていたのは、正気に返って恥ずかしくなったのかな? 後でイジってやろう。
そんな事をチラリと考えながら、俺たち四人も魔王の後を追って駆けて行く。
駆ける俺たちの後方からは、指揮官が慌てて発した「進め!!」という号令と、「おおおおーーーーー!!!」という歓声。それと地響きが聞こえてきたのだった。
◇ ◇
砂埃の中に駆け込んだ俺たちは、すぐに魔王の転移魔法で移動する。
移動した先は、隣国の軍の後方に在る本部だ。
「こんにちはー」
そう気楽に挨拶する俺。
「よく来てくれた。歓迎しよう」
そう言って出迎えてくれた指揮官と握手をする俺たち。
「こちらに向かって来る敵は、予定通り魔王が”足止め”しますんで、そこを叩いてください」
「うむ。心得た」
そんな風に和やかに会話をする俺たちでした。
そして、戦場の状況は次の段階に移っていく。
◇ ◇
砂埃の中を進軍する兵士たち。
いくら進んでも砂埃が晴れず、先行した五人の姿も見えない。
『どうなっているんだ?』、『当初の計画と違うじゃないか』、『さっき、『魔王様』って聞こえた気がするんだが、あれは何だったんだろう?』
そんな事を考えて、兵士たちの進む足取りが鈍くなりだした、その時。
「うおっ?!」、「何だこれは?!」、「足が?!」、「足が沈むぞ?!」、「くそっ、足が抜けん!」、「何だこれは?!」、「どうなっているんだ?!」、「クソッ!」
そんな声が至るところで上がった。
いつの間にか地面は泥沼の様になっており、前に進むどころか足を抜くことすら出来なくなっていた。
兵士たちがしばらく泥沼に藻掻いていると、今度は泥沼だったものが硬い地面へと変化し始めた。
状況に理解が追い付かない中、硬くなった地面に両手を当てて腿まで埋まった足を引き抜こうとする兵士たち。
だが、硬く変化した地面に捕らわれた足は、ピクリとも動かすことが出来なかったのだった。
そんな時。砂埃がサーッと消え去った。
視界が開け、周りを見回す兵士たち。
見ると、周りには自分と同様に腿まで地面に捕らわれている兵士たちばかり。中には腰まで地面に捕らわれている者まで居た。
そして、彼らの前方には……。
無傷の敵軍がこちらに向かって進軍して来るのが見えたのだった。
地面に捕らわれた彼らに為す術は無く……。
アッサリと全滅したのだった。
◇ ◇
その後、俺たちは魔王の転移魔法で他の戦場にも行って、お手伝いをした。
そうは言っても、俺がした事って、挨拶と握手だけだったんだけどね。
『もう、魔王一人でいいんじゃないのかな』
そんな事を思った一日でした。
◇ ◇
開戦初日にアッサリと国境を越えた三カ国の軍は、その後も抵抗らしい抵抗を受けること無く王都まで進軍。
王都を三カ国軍で取り囲み降伏勧告をすると、大して待つこと無く門が開かれた。
三カ国の代表が肩を並べて城に入った時、国王の姿は既に城には無かった。
だが、王都内ですぐに捕らえられて城へ連れ戻されると、そのまま降伏文書へ署名させられた。
こうして、この国が引き起こした戦争はアッサリと終結したのだった。
◇ ◇
王都に戻って来た俺たちは、戦勝国が接収した高級ホテルの一室で過ごしている。
ここで出される食事は美味しいので満足している。
城で出されていた食事はあまり美味しくなかったので、『この国の料理自体があまり美味しくないのだろう』と思って諦めていた。だが、どうやら俺たちに出されていた食事が美味しくなかっただけだった様だ。
おのれ。
この事で、あのオッサンへの怒りが増したのは言うまでもありません。
食べ物の恨みは恐ろしいのです。
◇ ◇
戦争終結から10日ほど経った。
三カ国の国王ズにホテル内の一室に呼び出された俺たちは、彼らからこれからの事を教えてもらえた。
当初、あのオッサン(国王だった人)を”人類の敵”として断罪するつもりだったんだそうだ。魔王が軍の一員として参戦していたので。
それを口実にすれば、この国を分割吸収してもきっと非難の声を抑えられるはずだと思っていたんだそうで。
だけど、『ここで魔王の名を出してしまうと、ドクズな教会を喜ばせてしまうだけなのではないか?』と反対意見が出されると、一転して、魔王の存在を隠す方向へ方針転換したそうだ。
その代わりに別の罪状が必要になったので色々と調べてみたところ、色々なものが出てきたんだそうで、『それらのお陰で、この国を分割吸収しても非難されることは無いだろう』とのことだった。
一体、何をしていたんですかね? あのキモくてデブなオッサン。
まぁ、特に教えてほしいとも思わないけど。
翌日。
あのオッサンの一族が全員処刑され、この国は三カ国に分割吸収されて消滅した。
これで、少しはこの世界も過ごし易くなることだろう。うんうん。
そして、この日をもって、俺たちは晴れて自由の身になれたのだった。