07 魔王とメイド
「お帰りなさいませ」
「うむ。帰ったぞ」
愉快な詠唱であやつに散々笑わされたワシは、上機嫌で城に帰って来た。
ソファーに腰を下ろして一息つく。
そして、笑い過ぎて痛くなった腹筋を労りながら、メイドのクラリスが淹れてくれたお茶を飲んで喉の渇きを癒したのだった。
「犯人は何と言っていましたか?」
ソファーでお茶を飲んでいると、クラリスにそう訊かれた。
ん? 犯人?
……ああ。今朝、あやつがワシを召喚しおった件か。
あやつには『召喚するな』とシッカリと釘を刺しておったというのに、ワシが寝ている間に召喚しおった。
クラリスに起こされて、あやつに召喚された事を知ったワシは、着替えを済ませてすぐにあやつのところへ向かったのじゃったな。
あやつの顔を思い出すと、あの愉快な詠唱を真面目な顔で口にしていた光景を思い出してしまいそうになる。プププ。
ワシは、吹き出してしまわぬ様に注意しつつ、今朝のあやつとの遣り取りを思い出しながら、クラリスに説明する。
「あやつのところへ転移魔法で行って、すぐに『ワシが寝ている間に召喚しおったな?』と問い詰めたな」
「ふんふん。それでそれで?」
ん? クラリスのやつ、随分と食い付いて来おるのう。
少し不思議に思ったが、ワシは、今朝の出来事を思い出す事に意識を集中させながら話を続ける。
「あやつは、『おはよう? イイアサダネ』と返事を返しおったな。ワシが、召喚した事を問い詰めておるというのに」
「ふんふん」
「それで、もう一度あやつに、『ワシが寝ている間に召喚しおったな?』と訊いて……」
「ふんふん」
「あやつが、『どーして、そー思ったのカナー?』と訊いて来おったので、『メイドが言っておったのじゃ、『魔法陣が現れて、姿が消えた』とな』と言ってやったな」
「それで、どうされたんですか?」
その後、あやつの首を絞めてやろうとしたんじゃが、出来んかったのじゃったな。
あれには本当にムカついたのう。
……いや、その前に、あやつに何か言われたんじゃったかな?
何か言われたから、あやつの首を絞めようとしたんじゃったな。
たしか……。
「あやつに、『とってもカワイかったですよ』って言われたな。その程度で誤魔化されるワシではないというのにな」
「ほうほう」
少しだけ笑顔を浮かべたクラリスが、表情を改めてさらに訊いてくる。
「その男のことを怒ってはおられないのですか?」
「別に、それほど怒ってはおらんな。ワシを狙って召喚した訳ではなかった様だしのう」
ただ、ワシの運が悪かっただけじゃ。あやつらの運の悪さほどではないがの。
「それに、あやつはワシにおかしな事を強制したりはせんしのう」
「昨夜、『何か、おかしな事を言わされた』と、おっしゃっておられませんでしたか?」
「ああ。たしかに、あやつには、昨日おかしな事を言わされたな。だが、あれはあやつがおかしいだけじゃ。それ以外は何もおかしな事をさせられてはおらぬぞ」
ワシはクラリスにそう答えると、あのおかしな男のことを思い出しながらさらに続ける。吹き出してしまいそうな出来事は思い出さない様に注意しながら。
「あやつは魔王を服従させておるというのに、それを利用しようともせん。何でも出来るというのにな。不思議なやつじゃ」
「てっきり、消し炭にしてしまわれたのかと」
「無理じゃな。あやつの召喚術に縛られてしまっておって、あやつに危害を加えることは出来ん。このワシですらな」
あやつの首を絞めてやることすら出来んかったのじゃしな。
だが、あやつにイヤそうな顔をさせることは出来たし、シッカリと謝らせることも出来たのじゃ。
しっかりと反省すれば許してやらんこともないな。
あやつと居ると、意外と退屈せんしのう。フフフフ。
「寝顔を見られましたのに?」
「!!」
不意に言われたその一言で、ワシの体が固まった。
すっかり忘れておった!!
そうじゃ、それがあったんじゃ!
どうして忘れておったんじゃ?! ワシは?!
ワシは、ソロソロとクラリスに視線を向ける。
ニッコリ
クラリスは、ただニッコリと笑顔を浮かべていた。
そして、その笑顔のままクラリスが言う。
「よっぽど、お気に召されたのですねー」
「い、いや、それはないぞ。あ、あやつはおかしなやつじゃからなっ」
あやつには腹筋が痛くなるほど大笑いさせられたのじゃ。あれ程おかしなやつは珍しい。ただそれだけじゃ。
うむうむ。
「よっぽどっ、お気にっ、召されたのっ、ですねぇー」
クラリスにもう一度同じ事を言われた。妙に言葉に力を込められて。
むむむむ。
『寝顔を見ていいのは伴侶だけ』
そんな風習が、この『魔国』にはある。
だが、ワシは、あやつに対してそんな事は考えておらんぞっ。まったくな!
あんなおかしな男、こちらからお断りじゃ!
うむ!
「この事は内密にしておきますね」
クラリスはそう言った。先ほどの笑顔を浮かべたまま。
ワシはただ「うむ」とだけクラリスに答えた。
いつも、何かとワシをからかってくるクラリスじゃが、クラリスにそう言ってもらえたことは素直に有り難い。
ワシが寝顔を見られたという事実が表に出てしまえば、色々と困ったことになってしまうからの。
だが、クラリスが内密にしておいてくれるのなら、この話が表に出ることはあるまい。
そう思って、ワシは安心した。
◇ ◇
後日。
『魔王様に意中の男性が居て、毎日、足繫く通っていらっしゃるらしい』
そんな噂が城中に広まっていた。
幸い、召喚されたことや寝顔を見られたことは噂にはなっていない様だが、そういうことではない。
「クラリスゥーー!!」
ワシは、その噂を広めた犯人を探し回る。
だが、クラリスは、休暇を取って旅行に出かけたとのことで、城に居らんかった。
おのれ、クラリス。おかしな噂を広めるだけ広めて逃げおって!
しかも、ワシが召喚されたことを公にする訳にはいかぬから、上手いこと否定する事も出来ぬではないか!
くそう。クラリスめ。
帰って来たら覚えておれよ!!
<設定>
(クラリス)
魔王専属メイド。魔王の従姉で、とても仲がいい。
魔王をからかって遊ぶことがよくある。
(魔王不在時の城の対応)
魔王は普段から分身体を作ってそれに仕事をさせていたので、魔王本人が不在でも特に困る事はありませんでした。
分身体のことは側近たちは知っています。ですので、魔王が何処かに足繫く通っているという噂が流れても特に怒ってはいませんでした。ニヨニヨはしていましたが。