01 異世界召喚?
「今代の魔王じゃ!」
彼女は、俺に向かってそう言った。堂々と胸を張って。
未だに自分自身の置かれている状況すら把握できていないというのに、軽い気持ちでちょっと召喚術を試してみた結果がコレである。
俺は、『魔王』と名乗った彼女を見て……。
『これって、どうしたらいいんですかね?』と悩むのだった。
◇ ◇
これまでの状況を振り返る。
どうやら俺は、異世界召喚とやらに巻き込まれてしまった様だった。
その手のお話は何度も読んだことがあったので、意外と落ち着いていた。
『本当にこんな事ってあるんだなぁ』って感じだ。
俺たちが召喚されたこの場所は『玉座の間』ってやつなのだろう。正面の高くなっている場所に玉座っぽいものが在って、そこに偉そうなオッサンが座っている。
いや、『オッサンが偉そうに座っている』と言った方が正しいかな?
たぶん、あのオッサンが王様だったりするんだろう。
進行役っぽい人が、壇上のオッサンについて俺たちに紹介する。
飾り立てた言葉をやたらと並べられた所為で、余計にあのオッサンが何者なのか分からない。(苦笑)
紹介になってないやん。
そう心の中でツッコんでいたら、壇上のオッサンが上機嫌で俺たちに向かって何か話し始めた。
オッサン(たぶん王様)の話を聞き流しながら、俺は周りの様子を窺う。
長いだけで意味不明だったオッサンの紹介で、オッサンへの興味が失われてしまったので。
それに、情報収集は大事だしね。
俺たちの周囲には、円を描く様に30人ほどの人が立っていた。
武装した騎士っぽいのが半分ぐらい。残り半分は、貴族っぽい豪華な衣装を着ている人や、何となく魔法使いっぽい人たちだった。
そして、”立っていない人”が20人くらい。その人たちは全員魔法使いっぽく、床に座り込んでグッタリとしていた。
あの人たちが俺たちを召喚したのかな?
顔を横に向けて、俺と一緒に召喚されたらしい人たちを見る。
召喚されたのは、俺を含めて四人。
男三人に女一人。全員日本人らしい見た目をしていて、年齢は皆20歳前後に見えた。
彼らは取り乱した様子もなく、大人しくオッサンの話を聞いていた。
その様子を見て、『俺も少しはオッサンの話を聞いておこうかな』と思い、オッサンの話に耳を傾けた。
オッサン(たぶん王様)の話を聞くと、悪い魔王とそれに与する国々の所為で人類は危機に陥っているとのことだった。
そんな絶望的な状況である為、最後の手段として止むを得ず『勇者召喚』とやらを行い、それで召喚されたのが俺たち四人らしい。
まだまだ話を続けるオッサン(たぶん王様)。
話が長くて暇だったので、俺は自分のステータスをチェックしてみることにした。
頭の中で『ステータス』と念じてみると、目の前に半透明の板が現れ、そこに文字や数字が書かれていた。
おおっ。異世界モノのお話で出てくるやつ、そのまんまだ。
その文字や数字を読む。
ふむふむ。ふむふむ。
数字については比較対象が無いのでサッパリ分からなかったが、どうやら俺の職業は『召喚術師』らしい。
『勇者』みたいな面倒そうなやつでなくて安心した。
でも、この手のお話で『召喚術師』というのは珍しい気がするなぁ。あまり勇者パーティーには居ないよね、『召喚術師』って。
召喚獣による肉壁とかを期待されているのかな?
でも、せっかく召喚術師になれたのなら、モフモフな召喚獣をモフモフしまくりたいよねー。
俺がモフモフにモフモフする様子を妄想している間もオッサン(たぶん王様)の話は続いていた。
「人類の未来の為に悪い魔王を倒さなければならない」とか、「その為には、先ず、魔王に与して人類の敵となっている国々を蹴散らして支配下に置いてやらなければならない」とか。
それから、オッサン自身が如何に人類の未来を憂いているかや、「我々が人類の希望を取り戻さなければならないのだ!」とか、そんな事を言っていた。
オッサンの話はまだまだ続きそうだ。何だか自分の言葉に酔ってるみたいだし。
誰かが「話が長げぇよ、デブ」って言ってたけど、それも耳に入っていないみたいだしね。
デブのオッサン(たぶん王様)の話が長くて暇だったので、ふと、『ちょっと”召喚術”とやらを試してみようかな』って思った。
デカくてモフモフな召喚獣に全身でモフモフするのに憧れるけど、この場所にそんなやつを召喚する訳にはいかないだろう。
だから、『小さくてカワイイやつを。それでも強いやつがいいな』と、そんな事を考えながら召喚術を試してみる。
呪文とか詠唱みたいなものはまったく知らないので、ただただ心の中で念じてみた。
すると、俺の目の前の床に、いかにも”魔法陣”って感じのものが現れた。
おおっ、何とかなったっぽい。
その事に自分でも驚きながら、その魔法陣を見詰める。
次の瞬間。
その魔法陣の真ん中にシュンって感じで、小さくてカワイイのが現れた。
おおっ、本当に何とかなった!
召喚術すげぇ!
と、そう喜んだのだが……。
魔法陣の真ん中に現れた”ソレ”は、俺が想像していたものとは大分違っていた。
「うわっ! なんじゃこれは?!」
魔法陣の真ん中に現れた、その小さくてカワイイ少女が驚きの声を上げた。
えーっと……。
何で人間が?
まさか人間が召喚されるだなんて、思ってもみなかったよ。
この予想外の出来事に、思わず固まってしまう。
そして、この出来事を引き起こしてしまったっぽい俺は、心の中で謝る。
何処のどなたかは知りませんが、本当にすみません。
ちょっと召喚術ってやつを試してみたかっただけなんです。デブのオッサン(たぶん王様)の話が長くて暇だったんで。
「こ、これは召喚?! 馬鹿な?! このワシがレジスト出来んかったじゃと?! しかも、何じゃこの強力な契約は?! このワシを服従させて何をさせるつもりなんじゃ?!」
そう言って、ひどく慌てた様子を見せる少女。
見た目に似つかわしくない言葉遣いも気になるけど、それよりも……。
今、『服従』って言いましたか?
この小さくてカワイイ少女を?
響きが、すっごくヤバイんですがっ?!
おまわりさん、事案です。
このまま、この小さくてカワイイ少女を放置しておく訳にはいかないだろう。
状況的に俺がやらかしてしまったっぽいし、素直に自首するしかないよね。目撃者も多いし。
仕方なく、俺は少女に声を掛ける。
「あのー」
「貴様が召喚したのか?!」
「えーっと、多分?」
「元に戻さんか! さっさと!」
「ご迷惑をお掛けしてしまって本当にすみません。何とかします。でも、その前に一つだけ」
「なんじゃ?!」
「『くっ、殺せ!』って言ってもらっていいですかね?」
『服従』とか言ってたから、この機会にね。
自首するとはいえ、タダで服役するのは嫌なので。
エルフでないのが残念だけど。
エルフでないのが、本当に残念だけど!
「くっ、殺せ!」
「ありがとうございました」
素直に『くっころ』してくれた少女に、俺は素直に礼を言いました。
本当にありがとう。俺は、この『くっころ』を胸に仕舞って”お務め”を果たしてきます。
「おおっ。勇者だ、勇者が居る」
「これが本場の『くっころ』か」
俺が上を向いて涙を堪えていると、俺と一緒に召喚された人たちからそんな声が上がった。
いや、俺、『召喚術師』ですよ? 『勇者』じゃないです。
それに、小さくてカワイイ少女に『くっ、殺せ!』って言わせる『勇者』なんて居たらイヤじゃないですか? 言わせた『召喚術師』ならここに居ますがっ。
っていうか、俺たちが召喚された状況的に、君たち二人の内のどちらかが『勇者』なんじゃないですかね?
あと、『本場の『くっころ』』って何だよっ。ツッコミが追い付かねぇよ!
「ワ、ワシは一体、何を言わされたのじゃ……」
『くっころ』に思わず盛り上がってしまった、少々頭のおかしな俺たちとは裏腹に、少女は落ち込んでしまっていた。
思いの外、ショックを受けているみたいです。
気持ちは分かります。俺が『くっ、殺せ!』って言わせた所為だけど。
「ところで……」
「何じゃ?!」
『くっころ』に満足した俺が少女に声を掛けると、明らかにイラついた感じでそう言い返されてしまった。
そんな少女に、俺は下手に出ながら訊く。
「何処のどなたかお伺いしても、よろしいでしょうか?」
服役するのは仕方がないとしても、せめて、この少女を元居たところに送り返してあげないとね。
何だか偉そうな態度だったので、そこんところが不安だけど。
何処かのお姫様とかだったらどうしよう? あと、頭に在る”アレ”も気になります。
「そんな事も知らずにワシを召喚しおったのか?! 貴様は!」
「えーっと、多分?」
「何で召喚した貴様が分かっておらんのじゃ?!」
そう言って地団駄を踏む少女は、かなりご立腹なご様子です。
「えーっと、なにぶん初めて召喚術ってやつを試してみましたので。『ちょっと試してみようかな』って。デブのオッサン(たぶん王様)の話が長くて暇だったので」
「そんな理由でワシは召喚されたのか?!!」
少女はそう怒鳴り、地団駄がさらに激しくなった。
すっごく、ご立腹です。(ビクビク)
何だか、すみません。本当に。
「……ふっ。もうよい。そう謝るでない。ムカつくが、既にこうなってしまっておるのじゃ。仕方があるまい」
そう言って地団駄を止め、どこか諦めた様な表情をする少女。
本当にすみません。でも、何とか元居た場所に送り返してあげますから。
その為にも、あなたが何処の誰なのか教えてください。お願いします。
でも、さっきの俺の謝罪って声に出してなかった気がするなぁ。
俺は『表情を読みやすい』ってよく言われるから、その所為かな?
「ワシが何者なのかは、コレを見れば分かるであろう」
そう言って、俺が気になっていた”アレ”を指差す少女。
「いや、そう言われましても……。俺、余所者なので何も知らないんですよ」
本当に何も知らないんです。この国の名前ですらね。
いや、この国の名前は進行役っぽい人が言っていたかな? デブのオッサンの紹介が長かった所為で全然記憶に残ってないけど。
「ふっ。しっかりと聞くがよい。ワシこそが、この『破滅の大角』の継承者……」
そう言って少し溜めてから、立派なツノを生やした小さくてカワイイ少女は、胸を張って堂々とそのセリフを言った。
「今代の魔王じゃ!」
2021.07.07 誤字修正
「小さいくて」となっていたのを「小さくて」に修正。
私がよくやってしまう、『手直しした時に消し忘れてしまう』タイプのやつです。
誤字報告を歓迎しています。報せていただけると助かります。