宝くじが当たったら?
手にした宝くじは十万円ナリ。宝くじ十万円分。ちょっとニュアンスが違うかも。
十万円。一円玉が十万個。十万個は分らないから、百円玉。なら一千個。うーん、重たそうだ。一万円と言えば、毎年お年玉でもらうたびに、お母さんに取り上げられ、未来貯金されてしまう。十年後に十万円貰ってもお給料で普通に貰えそうだから、あまりありがたみを感じない。
その十万円が、うら若き未来万歳の小学生の手元にっ。
中島三月は、帰宅途中に宝くじを拾った。風に飛ばされたのか、家のすぐ前の道に落ちていたものだ。雨や露に濡れることもなく、誰かに踏まれることもなく、綺麗なままだった。三月はきょろきょろ辺りを見回した上で、わざとらしくランドセルの中をあさり、筆箱を宝くじの近くに落として、どさくさにまぎれて一緒に拾った。
「ま、どーせ外れてるだろうけどね」
自分に言い聞かせるように独り言。と言いつつも、三月は家に入るなり、居間でごろごろしているお母さんと、真面目に宿題をしている弥生の横をすり抜けて、置いてある新聞まっしぐら。ばーっと開いて読み漁り、宝くじの記事をさがす。
「三月が新聞を見るなんて、雨でも降るんじゃないかしら?」
「槍でしょ」
背後でそんな母弟の会話が聞こえてくるが、それはともかく。――見覚えのある番号があった。何度も確認する。間違いない。見間違えじゃない。おんなじ番号だ。当選、しかも十万円!
「いっひひひひ」
口元が緩む。三月は家族に怪しまれないよう、大切に当たりくじを抱え、二階の部屋に戻った。
さて、何に使いましょうか? もちろん、貯金なんてアウトオブ眼中。そもそも銀行口座の使い方とか、暗証番号も知らないし。
服とかどうかな。かっこいいやつ。ブランド物とかは高くつきそうだけど、ワゴンセールされている衣服からちょっと気に入ったものを片っ端から買うのもいいかも。けれども決められたお小遣いの中で、服が増えたらお母さんに怪しまれる可能性大。
これはミッションなのだ。自分が十万円手に入れたことをお母さんには絶対知られてはいけない。間違いなく、取り分が十分の一以下になる。もちろん、お父さん、弥生、友達、先生、落とし主に警察も同様に秘密だ。秘密。甘美な響き。
というわけで、残念ながら洋服購入はあきらめるしかない。あ、そうだ。パンツは? これなら見られない(スカートめくりには要注意。履かないけど)。ただし洗濯の際、お母さんに見られてしまう。いや、パンツは分けて自分で洗えば大丈夫。うーんなんか変な感じ。けどミッションぽくって良しっ。よーし、パンツ買うぞお。選り取り見取りだっ。パンツ十万円分っ。なんか懸賞みたい。
…………
あんまし嬉しくないぞ。
やっぱりパンツはお小遣い程度にとどめ、十万円はパーッと使わなくっちゃ。
人間の欲望、衣食住。衣がダメなら「食」だよね。
十万円、高い食事、高級レストラン。で思い浮かんだのは、ステーキ。したたる肉汁。ちょっぴりと焦げてもかりっと甘く、口に入れただけで唾液と一緒に涙が溢れる……
「いひひひひっ」
口元が緩む。あぁよだれが……
けど、小学生の女の子が一人で、ステーキ屋さんに入るのは無理があるかなぁ。でもお金持ちお嬢様ならありえるかな? だったらやっぱり服を買わないと。フリフリなやつ。髪の毛は縦ロールだね。床屋さん――じゃなくって、美容院の予約もしなくちゃね。わぁなんか大人みたい。でもやっぱり無理があるか……友達誘っても同じだし。親を誘ったら十万円なのに、1980くらいのお子様ステーキになりかねないし……。だったら作ればいいじゃん。スーパーで一番高いお肉を買って、お母さんが留守の隙を狙って台所に侵入。調理を開始する。
……でも目玉焼きも焼けない私が作ってもなぁ。ていうか目玉焼きが作れない云々ってよく言われるけど、難しいよね、目玉焼き。焦げるし黄身固まらないし。
衣食住の「衣食」がダメなら、「住」だっ。ビバお引越し。って十万円じゃ、引越しはできても行く先はないし……。十万円でできるおうちと言ったら、なんとなく川辺に建つ青テントが思い浮かぶ。ぜんぜん高級っぽくないしっ。秘密基地……はあるしなぁ。ていうか秘密基地って皆で遊んでいる以上、秘密じゃないような気も……
あれ? 人間の欲望って言ったら、衣食住じゃなくって、食欲・睡眠欲・性欲だっけ? なんかのクイズ番組で見たような……けど、
食欲は、ステーキでダメだったし。
睡眠欲? さぁ寝よう。温かい布団が君を待っているぞ。ごろごろだらだら堕落ライフ♪ って十万円必要ないし。むしろ必要なのは時間だよね。時は金なり。時間はお金で買えないのよ! なんか名言?
性欲は……あやや〜*+>? 小学生の私にはまだ早いっ、早っ! でも来年は中学生だし――ってなに考えているのよ私はっ。ていうかお金を何に使っていいか分からんっ。
そうだ。十万円=高い買い物、と考えるから思いつかないんだ。発想を変えてみよう。例えば、50円の「ベリーラブリーチョコレート(カードつき)」なら、な、なんと二千個も買えるのですよ。二千個。あぁ、なんか鼻血が出そ……。ていうか飽きるかも。だいたいせっかく十万円があるのに、普通に買える物を買っても、意味ないじゃない。カード二千枚には、正直そそられるものもあるけど。とりあえず、百個くらい、買っとく?
やっぱり高価なものだね。それも十万円を一気に使い切るもの。普通じゃ買えないお買い物。休日に、暇なときに読み漁る折り込み広告を思い出す。そうだ。十万円といったら、エアコンだ。このくそ暑い夏。自室にないエアコンを装着して、快適生活。漫喫や図書館にお世話になる必要もない、夏なのに冬生活。夏の熱射のなか、汗を拭き拭き歩く者どもを、室内で毛布に包まりながら眺める生活。あぁ、素晴らしき日かな。夢のかなう瞬間……
って、何が悲しくって、逆省エネ生活が健全な女子小学生の夢なんだよっ。だいたいエアコンなんて、お父さんとお母さんにねだりこめば、買ってくれるかもしれないし。家電製品は家族電気製品の略(だと思う)。よって、神が与えてくれた神聖なるマイ十万円を使う必要なし。
…………
うーん。結局使い道が思いつかないよぉ。もしかして、十万円ってたいしたことない?
いやいや。首を振ってその考えを放りさる。
なんてったって、十万円。一円玉が十万個。十万個は分らないから、百円玉。なら一千個。うーん、重たそうだ。一万円と言えば、毎年お年玉を貰うと必ず、お母さんに取り上げられ、未来貯金されて……(以下繰り返し)
「なぁ、弥生。さっきの三月、もしかしてどっかで拾った宝くじの当選番号でも確認していたんじゃないか?」
ごろごろとテレビを見ていた母が急に言い出した。意外と鋭い。もっともあの姉が真剣に新聞を読むとしたら、その理由は限られているけど。
「たぶん。家の前に落ちてたやつじゃないかな。ただあれって、商店街のやつだよね」
新聞に載っている全国的な某有名な宝くじではなく、それをまねて作られた入野商店街の宝くじ。ちなみに一等はお米20キログラムだとか。
「あ、それ、あたしが買い物から帰って鍵出すときに落としたのかも。ていうかなんで気づいたんなら、弥生が持って来なかったんだよ?」
「いや、お姉ちゃんが見つけたらもしかして、って思って」
「……なるほど。そりゃそーだ」
あっさり納得してくれた。面白ければ可、な母親だ。僕だって、いつもやられているので、たまには姉をからかってみたかった、そんな理由である。
「それにしても、当選番号の勘違い以前の問題だよなぁ」
「そうだねぇ」
とある夏の日の出来事だった。
勢いで書きました。
冷静に考えたら、もっと良い使い道、たくさんありますよね。