17話 凡人は知恵で事を成す
茶色い鯨のもののけ『雷鎚』を追い、林の奥へと足を進める俺。
林を進む度に細かい雨粒が増えて、まるで霧のように、林一帯の視界を遮って来る。
霊山での遭難。それ即ち、死を意味する。
そんな事は重々承知ではあったが、今の俺に引き返すと言う選択肢は微塵も無かった。
(前が……見えない)
増え続ける水粒を前に、外していたフードを被り直す。
急にクリーンになる視界。
もののけで作った素材には、様々な付加効果があるようだ。
(これなら……!)
走る速度を上げて、雷鎚へと続いているリールを追い掛ける。
途中で爆発茸などの罠が幾つかあったが、山に慣れてきたせいか、意識しなくても避けながら進む事が出来た。
「はあ、はあ……」
やがて、大部屋へと辿り着き、荒くなった呼吸を整える。
そして、ゆっくりと顔を上げた、その先。
「雷鎚……」
大部屋の中心で身を捩っている茶鯨。
首元に刺さったリールを取る為に動き回った様で、周辺の木々にリールが絡まり、大部屋から出られなくなって居た。
(さて、どうやって狩ろうか……)
等と考えて居た矢先。
雷鎚が俺の存在に気付き、尾びれを翻して木の枝を飛ばして来た。
「くっ!?」
避ける為に全力で横に飛ぶ。
しかし、全ての枝を避ける事は出来ず、フード越しに一撃食らってしまった。
(ああぁ……)
頭がクラクラする。
衣装の防御力が高いので怪我こそして居ないが、衝撃だけは抑える事が出来ない。
そんな訳で、俺は地面にうつ伏せに倒れて、朦朧とした頭で雷鎚を眺めていた。
(……うん?)
銛を外す為に、再びもがき始める雷鎚。
かなりの力で引っ張って居る様に見えるのだが、何故かリールが切れない。
それと、もう一つ。
(何で……木が折れないんだ?)
考えてみれば、当たり前の疑問。
あれ程の力で引っ張られれば、リールが絡まって居る木が折れても良いはずなのだが。
(そう言えば……)
成章の特性である『重さ』を確かめた時の事を思い出す。
あの時、俺は全力で大岩を叩いたのに、岩はその場で弾けずに、形を残したまま空へと飛んで行った。
(もしかして……)
そこから考えられる推論。
成章はもののけを傷付けるが、霊山の自然は壊さない。
「成程なあ……」
朦朧とする意識で立ち上がる。
天才狩人が使っていた怪物、成章。
これほどの特性を持つのならば、皆が欲しがるのも納得だ。
(これなら……)
周囲の状況を確認した後、改めて雷鎚の事を見上げる。
敵は圧倒的な力を持つもののけ。
凡人である俺が普通に戦った所で、勝てる筈が無い。
(だがしかし!)
俺はローグライクと言うゲームを通じて、実力差のある敵を何度も倒して来た。
要はフィールドと道具の使いようだ。
それを間違えずに利用出来れば、どんなに相手が強くても、制する事が出来る筈だ。
「よぉぉし!」
雷鎚を狩る手段は既に決まっている。
さあ、作戦開始だ!
「雷鎚ぃぃ!」
大声で名を叫んだ後、近くにあった石を投げ付ける。
体に当たったが、勿論ダメージはゼロ。
それでも、雷鎚は俺の存在に気が付き、再び木木の枝を飛ばして来た。
「ふっ!」
先程は油断して食らってしまったが、今度は最初から回避する事に徹していたので、当たらない。
(これを……!)
何度も何度も繰り返す。
やがて、雷鎚は業を煮やし、大きく体を翻して俺に突っ込んで来た。
「どりゃぁぁ!!」
全力のジャンプ。
雷鎚の頭が地面に突き刺さり、地面が大きく揺れる。
「まだまだぁぁぁぁ!!」
執拗なまでの石つぶて。
雷鎚の怒りは頂点に達し、尾びれを使う事も忘れて、何度も頭で攻撃を繰り返す。
しかし、その攻撃は単調な為、しっかりとタイミングを読めば、当たる事は無い。
まあ、当たればその時点で終了なのだが。
「こっちだ!」
息を切らしながら走り、雷鎚を目的の場所へと誘導する。
いよいよ体力が尽き掛けた頃、遂に雷鎚は縦方向の体当たりを仕掛けて来た。
(ここだ!)
すかさず前に飛び、正面に配置されていたリールの間をすり抜ける。
雷鎚はその二本のリールに頭から突っ込み、反動で後ろへと大きく吹き飛んだ。
(どうだ!?)
地面に伏している雷鎚。
しかし、直ぐに体制を建て直して、上空から俺の居る場所へと降ってくる。
「ほいと」
再びリールの間を飛ぶ。
雷鎚は地面を揺らした後、リールの奥から俺の事を睨んで来た。
「ほら、こっちだ!」
ここで同じ事を繰り返せば、雷鎚の攻撃を凌ぎ切る事も可能だろう。
しかし、それでは雷鎚が攻撃する事を諦めて、逃げてしまう可能性がある。
だから俺は、わざと攻撃が出来る場所へと移動して……
「はっ!」
それを全力で避ける。
一撃食らえば即死の攻撃。
ゲームではいつもの事だったが、流石に現実でやると、体力と精神を大きく消耗する。
「はあ、はあ……」
何度同じ事を繰り返しただろうか。
俺の体力は既に限界。それに対して、雷鎚はまだピンピンしている。
これ以上攻撃を避けるのは無理そうだが、何とか雷鎚を倒す為の準備は整った。
さあ、最後の仕上げだ。
「くっ!?」
後方に移動しようとすると、周囲を囲っていたリールが、俺の行く手を遮ってくる。
雷鎚にとっては、絶好の攻撃チャンス。
『ブオオオ!!!!』
流石は鯨を模したもののけ。頭が良い。
相手が逃げられない事を悟り、全力攻撃の為に空へと高く飛ぶ。
(来い!)
横回転を加えながら突っ込んで来る雷鎚。
うねる体が霧を吸い込み、多くの水滴を纏って水弾と化す。
そして、その巨体が俺を押し潰そうとした刹那。
「今!!」
思い切り後ろに飛ぶ。
地面とリールの間を滑るように抜ける俺。
間一髪で雷鎚の攻撃を避けて、雷鎚の頭がが地面に突き刺さる。
その、突き刺さった地面。
群生していたのは、爆発茸。
『ブオオオォォ!!!!』
大爆発。
周囲の木々が弾け飛び、爆風で雷鎚の巨体が空に浮く。
ゆっくりと空を漂う雷鎚。
少しすると、雷鎚から飛ぶ力が失われて、重力に身を任せて地面に落ちて来た。
「……はあ、はあ」
背中に乗っている木の枝を払い、ゆっくりと立ち上がる。
視線の先には、ぐったりと地面に寝そべって居る雷鎚。
緑色の瞳も閉じていて、動く気配は無い。
(狩った……のか?)
ごくりと息を飲み、雷鎚へと歩く。
周囲を確認すると、爆発が起こった一帯は土が抉れているが、リールで補強された木々は一切倒れていない。
そんな光景を見て、俺は改めて成章の性能を思い知らされた。
「……ふう」
静かに息を整えた後、雷鎚の前に立つ。
微動だにしない雷鎚。
あの爆発に巻き込まれたのだ。幾ら頭の強度が高くても、脳に伝わった衝撃で絶命した筈だ。
……等と考えて、不用意に近付いた結果。
『ブァアアアア!!』
雷鎚再動。
地面に伏したまま体を捻り、尾びれで俺の事を吹き飛ばす。
大木に打ち付けられる俺。
動けない。
雷鎚は既に空へと舞い上がっていると言うのに!
「う、うう……」
もののけの体力を甘く見ていた。
完全に俺の失態だ。
『ヴァアアアア!!!!』
悔しい。
だがそれは、雷鎚への気持ちでは無い。
妹の仇を狩る事が出来たと勘違いして居た、自分の甘さにだ。
『アアアア!!!!』
ここで俺が死んでも、姫山から追い出されるだけだろう。
「……ちくしょう」
だけど、妹は戻らない。
「畜生! 畜生……!!」
そして、雷鎚は傷付いた体を癒す為に、霊山の奥へと帰る。
「……畜生」
もう、俺には何も無い。
何も……無い。
『ヴァアアアア!!』
雷鎚最後の攻撃。
斜め上から真っ直ぐに、俺へと目掛けて突進して来る。
終わりだ。
そう思い、腹を抑えていた両手を、ゆっくりと地面に降ろした、その時。
「……」
左手の先に、金属の感触。
そして、そこにあったのは……。
『オアアア!!?』
悲鳴。
素早く顔を戻すと、数メートル先の空中で、雷鎚がうねっている。
何事かと視線を凝らすと、首元から伸びたリールが真っ直ぐに伸び、ビンビンと音を立てながら左右に揺れていた。
(リールの……限界?)
必死にもがく雷鎚。
届かない。
雷鎚の攻撃は、俺の元まで届かない。
「は、はは……」
力なく笑い、成章を左手に取る。
二本目の成章。
銃のレールには、これで止めを刺せと言わんばかりに、ハンマーのギミックが取り付けてあった。
「本当に……何だかなあ」
俺一人の力では、絶対に狩る事は出来なかっただろう。
だけど、俺にはこいつが居た。
ピンチの時に助けてくれる、心強い味方が。
「ありがとう」
そう言って、ゆっくりと立ち上がる。
それは、最後まで俺の事を救ってくれた、成章への言葉か。
それとも、最後まで俺と戦ってくれた、雷鎚への送歌か。
何にせよ、これで終わりだと言う事だけは、ハッキリと分かっていた。
「おおおお!!!!」
ハンマーを地面に滑らせて、思い切り降り被る。
急に動きを止める雷鎚。
その姿は、まるで死期を察したかのようだ。
「はああああ!!!!」
全力の振り下ろし。
ハンマーの面が雷鎚の頭に突き刺さる。
最後の咆哮。
その轟音は俺の耳を痺れさせ、雷鎚はゆっくりと地面に落ち伏した。




