表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/64

16話 山と海と普通の妹

 俺が元住んで居た場所の近くには、海があった。

 貧乏だった我が家は、海から取れる魚と道端に生えている草が主食だったので、海に対しては好感がある。

 だからこそ、俺はこんな山の中で再び海に出会えた事に、大きな感動を覚えていた。


(……気持ち良いな)


 魚が飛ぶ林道を歩きながら、大きく深呼吸をする。

 いつもであれば草木の香りだけが漂っているのだが、今日は少しだけ塩の香りが混じり、スンと鼻の奥を刺してくる。

 人によってはその独特な香りが苦手かもしれないが、俺はこの香りが大好きになって居た。


(皆は釣りに勤しんでるけど、今回は散策だけでも良いか)


 本当であれば絶好の一攫千金チャンスなのだが、今は黒夜叉を狩った時の資金で、懐に余裕がある。

 そう言う訳で、俺は手に持っていた成章を背負い、姫山の散策を続ける事にした。


(雨の日は罠が少ないんだな)


 適度に景色を楽しみながら、怪しい海草を避けて前へと進む。

 罠が少ないとは言っても、全く無い訳ではない。

 そして、その罠で死んでしまうと、山の気候も変わってしまうので、注意しなければいけなかった。


(俺のせいで天候が変わったら、あの三人に何を言われるか分からないからな……)


 そんな事を考えていた時だった。

 突き当たりにある大きなフロアに、緑色のカッパを羽織った人物が見える。

 他山の狩人かも知れないと警戒したが、ふと顔を上げたシルエットで誰かが分かり、俺は大きくため息を吐いた。


(あいつ……)


 うんざりしながら彼女の元へと歩く。

 ある程度近付くと、彼女もこちらに気付き、フードを上げてこちらを見た。


「……あ、兄さん」


 露出される銀色の髪と蒼い瞳。

 どこかの国のクォーターらしいのだが、親父が彼女を最初につれて来た時は、流石に驚いた。


「秋名……どうしてここに居るんだ?」

「どうしてって……来たから」


 普通の答えにため息を吐く。

 忘れて居た。

 黒沢秋名は『そう言う女』だった。


「どうやってこの山に入ったんだ?」

「家の裏にあった小道から。何か変な場所だ」

「ここはもののけが住む霊山だよ。一般的な場所とは気候も風景も違う」

「ふうん」


 普通であれば、今の言葉で何かしらの疑問を語るのだろうが、秋名はそれを当たり前の様に受け入れる。

 そう。彼女は『どんな事でも普通にしてしまう女』なのだ。


「空を魚が飛んでるけど、あれってヒレで飛んでるの?」

「どうなんだろうな。それより、来る途中で危ない目に合わなかったか?」

「怪しい植物はあったけど、あれだけ怪しければ、普通は触らない」

「そうか」


 その植物を怪しいと認識して、当たり前に避けられる事が普通では無いのだが、秋名にとってはそれさえも普通の事になる。

 兄がこんな事を言うのもなんだが、秋名はある意味で最強だ。


「所で、何で兄さんはそんな格好をしてるの?」

「……したくてしている訳じゃない」

「そうなんだ」


 それだけ言って、再び黙る。

 秋名が妹としてうちに来て、既に五年の歳月が経って居るのだが、秋名は春子に比べて扱いが難しい。

 素っ気ない性格のせいでもあるが、俺は秋名と話す時は、感情を伺いながら話す癖が付いていた。


「秋名、学校は通信にするらしいけど、友達は良いのか?」

「良い。家族と一緒に居る方が大事」

「いきなり居なくなったら、友達びっくりするだろう」

「その辺はもう連絡したから大丈夫」


 会話をしながら、周辺の植物を観察する秋名。

 明ら様に下界の物とは思えない形状の物も生えて居るのだが、彼女はそれに対して物怖じしない。

 目の前に見える物こそが真実。それが、彼女のモットーなのだそうだ。


「兄さん。この森は危ない場所みたいだ」

「そうだな」

「こんな場所で、兄さんは狩人をやるの?」

「やると言うか、もうやってる」

「そんな格好で?」

「うん、衣装の事は蒸し返さないでくれ。悲しくなるから」


 探索を終えて、秋名がこちらを向く。

 仄かに微笑みを浮かべている秋名。

 彼女が微笑んで居る姿は、中々に珍しい。


「私も兄さんみたいに、狩人になろうかな」

「まあ、秋名なら出来るだろうけど、俺はお薦めしない」

「何で?」

「危ないから」


 そう言うと、秋名がふふっと声を出して笑った。


「嘘だよ。私は母さんと料理屋をやる」

「お前がそれで良いなら良いんだが、秋名ならどんな仕事でも出来ると思うけどな」

「それは分からないけど、私は母さんと料理屋をやりたいから」


 毎回繰り返される問答。

 この問答が起こる度に思うのだが、秋名はいつも家族の事を第一に考えて居る様に見える。

 それは、元々の性格なのか。それとも、初めて家族を持った事への思い入れなのか。

 何にせよ、俺もそんな妹の事を、大切に思っていた。


「あ、兄さん。そう言えば」

「何だ?」

「ここに来る途中で、小さい鯨みたいなもののけが……」


 そんな会話の、途中の出来事だった。


「……あ」


 突然の落下物。

 衝突。

 地響き。


「……」


 一瞬の出来事に、感情が追い付かない。

 ただ一つ、分かって居る事は。

 秋名が居たはずの場所に、茶色い鯨の頭が刺さっていると言う事。 


「……いやいや」


 俺の大切な妹。


「そんな……そんな訳が……」


 先程までは、目の前に居た。

 だけど、今はその姿が見えない。


「そんな……」


 ゆっくりと、感情が追い付いて来る。

 ああ、そうか。

 これが……現実なのか。

 

「……ああああ!!!!」


 激昂。

 身体中の血が頭に昇り、怒りに任せて体が独りでに動き始める。


「どけぇぇぇぇ!!」


 背負って居た成章を両手に持ち直して、鯨目掛けて思い切り横に振る。

 全力の一撃。

 地面に刺さっていた鯨は、その一撃を頭に受けて吹き飛び、大木に打ち付けられた。


『ブオオオォォ!!』


 泣き叫ぶ鯨。

 しかし、直ぐに体制を立て直して、空へと舞い上がる。


「行かせない!!」


 俺は素早く成章を持ち直して、鯨に向かってトリガーを引く。

 同時に打ち出される銛。

 銛はリールを引き連れて勢い良く宙を舞い、鯨の首元に深く突き刺さった。


『オオオオ!!』


 空中でのたうち回る鯨。

 追撃する為に間合いを詰めようとすると、鯨は尾びれで草木を凪ぎ払い、こちらに向けて飛ばして来る。


「くっ!!」


 咄嗟に腕をクロスして防御する。

 衣装のお陰でダメージは軽減されたが、衝撃で大木に打ち付けられてしまった。


「ぐううっ……!」


 背中が痛くて動けない。

 その隙を突いて、鯨はゆっくりとその場から離脱して行く。


「くそっ……!」


 立てない。

 呼吸が安定しない。


「くそぉぉぉぉ……!!」 


 やがて、視界から消える鯨。

 取り残されたのは、俺一人のみ。

 俺から見える景色に、妹の姿は見えない。

 

「……どうして!」


 秋名ならば霊山でも大丈夫だろうと、心のどこかで油断して居た。

 そんな感情を嘲笑うかの様に、もののけは一瞬で全てを奪って行った。


「どうして! 俺は……!!」


 己の不甲斐なさに地面を叩く。

 例え一回目の失敗だったとしても、取り戻せない物もある。

 そんな事は、親父が死んだ時に、身を持って体験したはずだったのに。


「一狼?」


 聞きなれた声。

 振り向くと、こちらに疑問の表情を向けている未来達が居た。


「大きい音がしたけど、何かあったの?」

「……いや、別に」


 言えない。

 俺の安易な判断のせいで、妹が死んだかも知れないなんて。


「あの……兵子さん。聞きたい事があるんですが」

「何だ?」

「怪物を持っていない人間が霊山で死んだら、どうなりますか」

「そうだな。幾つか例外はあるが……」


 間を開ける兵子。

 そして。


「基本的には、山に取り込まれる」


 それはつまり、死と同じと言う事。

 絶望が俺の体に……堕ちてくる。


「……茶色い鯨に会いました」

「茶色……『雷鎚(らいつち)』か? 雨の一階層の主クラスだが、滅多に拝めるものでは無いぞ。良く生きて居られたな」

「……」

「あいつは頭が弱点だが、厚い皮に覆われていて貫く事が出来ない。余程の衝撃が加われば、殺れるかも知れんが……」


 言葉の途中で、兵子が地面に転がる成章を見付ける。


「まさか、雷鎚に銛を放ったのか?」

「……はい」

「無茶な事を。あいつは一人で狩れるもののけでは無いぞ」


 そんな事は、見た瞬間に思ったさ。

 だけど、それでも。

 俺はあいつを、絶対に狩らなければいけなかったんだ。


「ともあれ、銛を刺せたのは幸運だったな」


 その言葉を聞き、ゆっくりと顔を上げる。


「見ろ」


 兵子が成章を指差す。

 地面に伏している成章。

 その銃口から伸びたリールが、左右に揺れている。


「一狼君が放った銛は、まだ雷鎚に刺さっている。これを追いかければ、奴の元に行けるだろう」

「……それじゃあ」

「うむ。雨が上がるまでと言う条件はあるが、しっかりと装備を整えて再出撃すれば……」


 言葉の途中で立ち上がる。

 終わっていない。

 俺はまだ、奴をカル事が出来る。


「一狼?」


 未来の声。

 だけど、そんな事はどうでも良い。

 今、俺がやらなければいけない事は……!


「一狼!」


 全力で走る。

 未来達に背を向けて。

 妹を殺した雷鎚を、狩る為に。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ