15話 海底の姫山
宿直室に用意されていた狩り衣装を見に纏い、早足で姫山の麓を目指す。
麓が見えてくると、既に全員がフル装備で麓に集まっていたので、俺は駆け足をして皆の前に合流した。
「お待たせしました」
「うむ、ご苦労」
それだけ言って、兵子が明後日の方を見る。
どうやら兵子は、俺の事を直視出来ない様だ。
「兵子さん、姫山に入る前に言いたい事があるのですが」
「却下だ」
「いえ、言わせて貰います」
ふうと息を吐き、兵子を真っ直ぐに見詰めながら言う。
「この格好は何ですかね?」
俺が着ている服装。
謎の皮で作られた、魚の着ぐるみ。
「これから山に入るってのに、何で魚なんすか?」
「最適解だ」
「その割には、皆は普通の服装に見えますけど?」
俺を見て笑いを堪えている三人。
未来と兵子は帽子付きのファーに作業着。猫は相変わらずガンマンスタイルと、いつも通りの格好をしていた。
「うむ、流石は姫山のピエロ。良く似合っているぞ」
「その言葉を、俺を直視しながら言って見て下さい」
「うむ、良く似合っていブフッ」
はいアウト。
「大丈夫です狼さん。間違い無く最適解なので」
「最適解とか、そう言う問題では無いんですよ」
「そうは言いますが、山に入る時はブフッ」
はいアウト。
「一狼、面白いよ」
「直球だな」
「面白いって、私は凄く大事な事だと思うブフッ」
はいアウト。
これでスリーアウトチェンジだな。
「うん、もうどうでも良いや」
「一狼……成長したね」
「だと良いんだけど」
大きくため息を吐き、改めて三人を見る。
三人は既に一通り笑い終えて、姫山の事を眺めていた。
「あー久しぶりだなぁ! 楽しみだなぁ!」
「準備は万端です。きっと上手く行くでしょう」
「うむ、それでは行くか」
楽しそうな三人。
俺は意味が分からなかったが、三人が早足で姫山に入って行ったので、俺も後ろからそれを追い掛けた。
(……これは)
姫山に入った瞬間、俺は言葉を失う。
俺が死んでしまったので、景色が変わるのは分かっていた。
しかし、今回の変化は、今までのものとは明らかに違う。
「うわー凄いねー」
上を見上げながら呟く未来。
「これ程の規模は滅多に拝めません」
「そうだな。私もここまでは久しぶりだ」
嬉しそうに話す二人。
俺は呆気に取られたままで、まだ言葉が出てこない。
「一狼! 凄いでしょ!?」
「……ああ、うん。凄い」
俺が見て居る景色。
群れを成して木々の間を飛ぶ魚達。
その上からサラサラと舞い降りる水粉。
そして、木々の間から降り注ぐ光。
「季節は夏。風景は林。そして……『雨』だ」
兵子がこちらを見ながら言う。
姫山の変化には今までも驚かされたが、今回の変化は次元が変わった様にさえ感じられた。
「こんな景色が……現実にあるのか」
「はい、紛れもなく現実ですよ」
猫の言葉を聞きながら、一歩前へと出る。
俺の動きに反応して方向を変える魚の群れ。
林の隙間から差し込んでいる光が魚体に反射して、幻想的な光景を俺の目に映し出す。
「天候の変化は地形変化に比べて頻度が低く、期間も短い。これに運良く出会えたのは、成章のお陰と言えるな」
「成程、成章って凄いんですね」
「又吉さんの持ってた武器だからな。しかし、私もこんな特性がある事は知らなかったよ」
そう言って、兵子が顎をさする。
伝説の狩人、猫屋敷又吉。猫の祖父らしいが、彼はこの成章をどう扱って居たのだろうか。
この事象を通して、俺はまだ成章の事を何も分かって居ない事を、改めて思い知らされた。
「それよりも! 早く狩りを始めようよ!」
「うむ、そうだな」
「楽しみですね」
俺の前で三人がしゃがみ、各々狩り道具の準備を始める。
猫はいつも通り黒乃雫を使う様だが、他の二人はいつもの狩りとは違い、釣竿を使う様だった。
「なあ未来。それ、どうやって使うの?」
「へへっ、こうやって使うんだよ」
未来が釣竿を少し引き、空に向けてルアーを放つ。
ルアーは楕円状の軌道を描いて飛び、木の枝を飛び越えてそのままぶら下がった。
「こうして、後は茂みに隠れて待つと……」
少し時間が経つと、先程離れて行った魚達が戻って来て、ルアーの上を通過する。
そして、再び方向転換をすると、魚の一匹が群れを離れてルアーに噛み付いた。
「ヒットォォ!!」
声と同時に立ち上がり、ルアーの糸を巻く未来。
俺も一緒に立ち上がると、急に魚が方向転換をして、俺の体に引っ掛かった。
「ああ~」
「一狼! そのままだよ!」
「紐が擦れる! でも熱くない!」
「その魚スーツは乙姫の皮を使ってるからな」
「女の人!?」
「違う。もののけの鮫だ」
ああ、浦島太郎の乙姫か。
それにしても、やはり強いもののけには、神話や物語の名前が付いているんだな。
「一狼! 左!」
「は?」
「左に移動!」
言われるままに左に動く。
「右!」
「ほい」
「左!」
「ほいさ」
「上!」
「行けるか!」
そんなやり取りが五分ほど続く。
気が付けば、既に魚は俺の体まで引っ張られ、やがて未来の手に収まった。
「やったー!」
「はいはい、凄いですね」
「うわー空カツオだよ! ラッキー!」
「それ、おいくら?」
「一般市場で五万円くらい!」
魚の価格破壊だ。
「網で取ったら大変な事になりそうだな」
「え? 一狼は空に網を仕掛けられるの?」
「いや、木の間とかを使ってさ」
それを聞いた未来が、やれやれと鼻で笑う。
「もののけを捕まえるには、もののけの素材で作った物しか使えないんだよ? 網なんて使ってたら、素材が全然足りなくなっちゃうよ」
「普通の素材は使えないって事?」
「うん。何でかは分からないけど、もののけを相手にした場合、普通の物を使うと直ぐに壊れちゃうの」
成程。だからもののけの狩人は、わざわざもののけ素材で作った道具を使っているのか。
「ちなみに、一狼の着てるスーツの素材は超レアだよ」
「何となくそんな来はした」
「霊山の魚は臆病だから、普通の衣装を着てる狩人を見たら逃げるけど、それを着ていれば逃げないんだよね」
「へえ、それは凄いな」
そんな話をして居ると、別の場所で釣りをしていた兵子が戻って来た。
「二人とも、楽しんで居るか?」
「はい、最高です!」
「ふむ。それでは、今から一狼君は、単独で行動してくれ」
突然の提案に、時間が数秒止まる。
「……えーと、霊山での狩りはバディでって言うルールがありましたよね」
「ルールとは、破る為にある」
「それを教師が言いますか」
「冗談だ。まあ聞け」
兵子が近くの切り株に座る。
「一狼君も聞いた通り、霊山の魚達は臆病だ。だからこそ、我々は少し離れた場所で釣りを行っている」
「そのようですね」
「しかし、一狼君にはそのスーツがある。折角ステルスで移動出来るのに、わざわざ我々と同じ場所で釣りをする必要は無いだろう?」
それを聞いて、少しだけ考える。
「……もしかして、俺は邪魔なんですか」
「ぶっちゃけそうだ」
「自分事!?」
「仕方ないだろう。君のその姿を見てしまうと、面白過ぎて釣りに集中出来ないんだ」
理不尽な提案にため息を漏らす。
しかし、姫山を一人で散策する事には興味があったので、俺は大人しく兵子の提案に頷いた。




