13話 家族襲来
頭の上に置いてあったスマートフォンが鳴り響き、慌てて布団から起き上がる。
画面を眺めると、中央に『アラーム』と言う表示。
どうやら最初からセッティングされていた様だが、俺はスマートフォンの使い方が分からないので、どうすれば止まるのかが分からない。
何とか止めようと画面を触って居ると、アラームが鳴り止んでくれたので、ほっと一息付いた。
(……今何時だ?)
部屋を一通り見回した後、ふと思い出してため息を吐く。
そう言えば、俺はここを下宿に借りただけで、私物を何一つ持って居ない。
時間を確かめるには、使い方が分からないスマートフォンを起動させるしか無かった。
「ええと……」
慣れない手つきでスマートフォンを持ち、後ろにあるボタンを押して見る。
画面に表示された数字は『7:02』。
どうやら現在の時刻は、朝の七時二分のようだ。
(便利な機能だなあ……)
そんな事を思いながら、ゆっくりと置き上がる。
昨日は狩りで疲れてしまい、押し入れの中にあった布団を出した後、そのまま眠ってしまった。
おかげで、現在の服装は昨日のポンチョのまま。
私服も持って来て居ないのでどうしようかと思ったが、改めて部屋を見回すと、窓際に制服のような物が掛けてあったので、それに着替える事にした。
(それじゃあ、ちょっと拝借して……)
そんな時、再びアラームが鳴る。
何事かと思いスマートフォンを見ると、『スヌーズ』と言う事が記されている。
(……スヌーズって何だ?)
分からない単語。
デジタル機器はゲーム機しか持って居なかったので、機械関係の単語はサッパリ分からない。
取りあえず画面を触ってみると、再び音が鳴り止んだので、その隙に制服に着替える事にした。
「……これで良し」
何とか着替え終わる事が出来たので、近くにあった姿見で自分を見る。
黒を基調とした細身のブレザー。ズボンは灰色と黒のチェックで、制服にしては少し派手な気もする。
しかし、全体の型が昨日猫が着て居た服に酷似していたので、これが姫ノ神高校の制服なのだろう。
さて、着替えも無事に終わったし、取り敢えず、食べ物でも探しに……
『ピピピピピピ!!!!』
再びアラーム。
うんざりしてスマートフォンを見ると、画面には再び『スヌーズ』と言う言葉が表示されていた。
「止め方!!」
その単語だけ叫んで、再び画面に触れる。
鳴り止むアラーム。
しかし、この状況から考えて、再びアラームが鳴る事は必至だろう。
(うーむ、困ったぞ?)
画面を眺めながら、軽く顎を擦る。
恐らく何らかの手段を取れば、このアラームは鳴り止むのだろう。
しかし、俺が持つスマートフォンの知識は、残念ながら幼稚園児以下だ。
下手な所を触って被害を増やす可能性を鑑みると、迂闊に操作する事は出来ない。
そんな事を考えて居た、その時だった。
「……うるさい」
いつの間にか入り口の扉が開いて居て、そこに一人の女子が立って居る。
その女子はうんざりした顔で俺が持っていたスマホを奪うと、何かを操作して部屋から出て行った。
(……んん?)
今起こった出来事に頭が付いて行かず、首を傾げて見る。
しかし、何度首を傾げた所で、今起きた事を明確に理解する事は出来なかった。
(まあ……良いか)
アラームも無事に鳴り止んだので、スマホをポケットに入れて部屋を出る。
とりあえず顔でも洗おうかと思ったが、何よりも今は腹が減っていたので、下の階にある食堂に行って、食べ物が無いかを探す事にした。
ギシギシと音の鳴る階段を下り始めると、何やら美味しそうな香りが漂い始める。
昨日は誰も居なかったのだが、もしかして誰かが住んで居るのかもしれないと思い、ゴクリと息を飲んで階段を下る。
すると、階段を下りた先には、予想外の人物が立って居た。
「あ、おはよう一狼」
食堂のカウンター側で、当たり前のように料理をしている女性。
薄紫色のナチュラルボブ。服は茶色いシャツにジーンズで、桜の花びらがプリントされたエプロンをしている。
その余りにも見慣れた姿に、俺は思わず苦笑いを見せてしまった。
「春子さん……」
「うん、春子だよ」
一之瀬春子。母である。
まあ、母と言っても義母なのだが。
「丁度朝ご飯出来たから。ほら、座りなよ」
当たり前の様にカウンターへと招く春子。
俺はうんざりしてしまったが、彼女ならばありえるだろうと思い直し、素直にカウンター席に座った。
「ここの食材は凄いねえ。見た事の無い物ばかりだよ」
「ああ、多分姫山で取れた食材だよ。兵子さんが用意してくれてたんだと思う」
「兵子さん? 彼女?」
「先生」
それだけ言って、天井にぶら下がって居たテレビに視線を送る。
ここに春子が居ると言う事は、どうやら先程の女子も幻覚では無い様だ。
「春子さん、いつここに来たの?」
「昨日の夜。何か黒いスーツ着た人がこの村の事を教えてくれたから、そのまま着いて来た」
「それで、ここを紹介されたと」
「良いじゃん。また一緒に住めるんだしさ。それに、服とかも持って来たから」
元住んで居たアパートの住人達からすれば、夜逃げしたのと同じだな。
でもまあ、連絡もせずにここに来てしまったから、ここで会えたのは嬉しい事だ。
「それより、何か昨日私の通帳に凄い金額入ってたけど、一狼何か悪い事でもした?」
「してないよ。色々あって、一獲千金の仕事にありつけたんだ」
「何? ギャンブル?」
「ギャンブルでは無いけど……まあ、近い感じではあるかな」
それを聞いた春子はケラケラと笑い、ご飯と味噌汁を出して来た。
「面白そうだね。今度何をしてるか教えなさいよ」
「良いけど、取り敢えず落ち着いてからね」
それだけ言って、味噌汁を一口飲む。
相変らずと言うのも何だが、やはり春子の作る料理は旨い。
儲け度返しで喫茶店をやっていただけの事はあるが、そのせいで俺達は貧乏だったので、素直に喜ぶ事は出来なかった。
「はい、もう一品」
ご飯と味噌汁の間に、紫色の葉っぱが乗った謎のサラダが置かれる。
恐らく姫山で取れた素材なのだろうが、それを意とも返さずに料理する所は、流石は春子と言えなくも無い。
「この紫の葉っぱさあ。紫蘇の葉かと思ったんだけど、味がピーマンっぽいんだよねえ」
「多分姫山で採れた食材だから、見た目と味は違うと思うよ」
「その姫山って何? 魔界?」
「魔界って……もののけが住む山の事だよ。聞いた事はあるだろ?」
それを聞いた春子が、成程と言う表情を見せる。
「へえー。本当にあったんだ」
「俺もここに来るまでは信じてなかったけど、本当にあるみたい」
「もしかして、一狼はその山で?」
「うん、もののけを狩る仕事にありついた」
それを聞いた春子がニヤリと笑う。
「そうかそうか。それなら納得だ」
「まだ駆け出しだけど、これから頑張って一人前になるから」
「了解了解。期待しないで待ってるよ」
それだけ言うと、春子はクルリと後ろを向き、寸胴鍋を掻き回し始めた。
出された朝食を黙々と食べながら、俺は春子の様子を窺う。
朝食は既に作り終えたはずなのに、春子は相変らず料理の仕込みをして居る。
その姿を見て、俺はピンと来てしまった。
「ねえ、春子さん」
「ん、何かな?」
「もしかして、ここで食堂をやるつもりなの?」
「許可なら昨日の黒スーツから貰ったよ?」
「秋名は? アイツまだ中学生だろ?」
「通信教育で授業するから良いんだってさ」
「ああ。まあ、秋名なら大丈夫か」
黒沢秋名。何でも普通に出来る普通の妹。俺が何かを心配した所で、秋名は普通に事を成す。
だから、それ以上の事は考えずに、黙って朝食を食べる事に集中する事にした。
ある程度朝食を食べ終わると、呼び鈴の音が鳴り、入り口の扉が開く。
そこに現れたのは、姫ノ神高校の制服を着た、姫神未来だった。
「おっはよーおおおおお!?」
俺達の姿を見て、大きく目を丸める。
「一狼が女の人を連れ込んで居る!?」
「いや、母だから」
「え? 母?」
キョトンとした表情を見せる未来。
それを見た春子は一度手を止めて、深々と未来に向けて頭を下げた。
「初めまして。一狼の母の一ノ瀬春子です」
「あ、どうも。私は姫神未来です……って!」
未来がこちらに視線を向ける。
「苗字が違うじゃん!」
「違うね」
「え? 何? 複雑な事情!?」
「まあ、そうかな」
俺はゆっくりと茶碗を置き、未来に説明をしてあげる。
「春子さんは親父の再婚相手になるはずだったんだけど、親父が結婚前に死んだから、苗字そのままで母親になったんだ」
「それって他人だよね!?」
「それと、親父が仕事先で養っていた黒沢秋名って言う妹も居る」
「それも他人だよね!?」
「まあ、厳密に言えば他人だけど。同じ家に住めば『家族』って言うだろ?」
「え? うん、どうなんだろう……」
困った表情を見せる未来。
それっぽい言葉を並べはしたが、普通に考えれば、俺達は家族では無い。
しかし、同じ家に辿り着き、一緒に過ごして来た間柄だ。
血など繋がって居なくとも、その絆は家族と同等だろうと、俺は思う。
「そう言う事だから、未来も座って飯でも食えよ」
「あ、私もう朝食は済ませて来たから」
「それじゃあ、デザートか。春子さん、何かある?」
「あるよ。ほら」
当たり前のように出されるデザート。
それは、透明な器に入った、紫色のアイスだった。
「春子特製、紫葉っぱで適当に作ったアイスクリーム」
「紫葉っぱ……もしかして、そこにあるサラダの葉っぱですか?」
「そうだよ」
それを聞いた未来が苦笑いを見せる。
「……時雨草のアイスクリーム」
「何? 高いのか?」
「一般市場で三千円位……」
それを聞いた俺は固まり、春子は嬉しそうに微笑んだ。
「成程ねえ。これは一度、黒服に相場を相談した方が良さそうだね」
「……まさか、もののけの食材を使って食堂をやるつもりですか?」
「そだね。やる」
「とんでもない高級食堂になるんですけど!?」
「まあ良いじゃん。それに、一狼が取って来た素材なら、価格設定は自由でしょ?」
「それは……そうですけど」
呆れた表情を見せる未来。
それに対して、俺はいつも通りだと頷き、出されたアイスクリームを頬張った。
「ほら、未来も早く食べないと遅刻するぞ」
「……食べる。食べるけどさ」
俺の横に座り、未来がこちらを向く。
「一狼……私が居なくなった間に、本当に色々あったんだね」
「うん、前に言った」
「……そうだね」
ハハハと無機質に笑った後、未来はそれ以上何も言わなくなった。
これが、今の俺の家族。
他の人間から見れば異常なのかもしれないが、俺にとってはごく普通の家族だ。




