第6話 システムメニュー
「あぁ、疲れた。やっぱり木の棒で戦うのは無謀だったか?」
雑魚の代名詞たるスライムにここまで手間取るとは思ってなかった。ちょっと安直な考えで突っ込んで行ってしまった事を後悔した。
ここ最近は運動らしい運動をしていないからな、マジで体力が持たないぞ。一匹ならともかく二匹出てたら死んでいたかもしれない。
ゼヒゼヒと俺の肺が悲鳴をあげている。膝に両手をつき肩で大きく呼吸をして息を整える。
よし、と。
「異世界だってことは分かったから今の内に俺が出来る事を確認しておくか。先ずはこの視界に映っているやつだが」
さっき出てきたメッセージ以外にも、俺の視界の中にはいろいろな表示がされている。先ずは右下に赤と青のバーが出ている。車のデジタルスピードメーターに似た形で、上が青色のグラデーションで下が赤色のグラデーション。それぞれのバーの下には100/100と入っている。バーの左隣に上がHPで下がMPと書いてあるので、俺の体力と魔力の表示なのだろう。
左上には二重の円があり、外側の円には方位磁針の表示、内側の円の中に恐らくここのマップと思わしき表示がある。マップは一部分が出ているだけで周りが黒く塗りつぶされているので、俺が通った跡しか表示しないのかもしれない。
右隅には縦にいくつかの四角い枠が並んでいる。これは枠しかなくてそれ以外は何も表示が無い。
それらを確認した俺は苦笑いを浮かべていた。
この目に映っているものを俺は良く知っていたからだ。
「俺が作った画面レイアウトそのまんまじゃん」
そうだ、これは今リリースに向けて制作しているMMOの画面レイアウトそのまんまだ。それであれば右上の四角枠には魔法とスキルとアイテムのショートカット登録が出来る筈だ。
ん、待てよ。
マウスもタッチパネルも無いのにこのショートカットってどうやって起動するんだ。
と、俺が思っていたらそれに反応したのかアイコンが選択できていた。どうやら俺の思考に連動しているらしい。ある意味未来の技術を先取りしている感覚になった。
なるほどなるほど。
しかし何で俺が作っているやつと同じ仕様に、
「そう言えば婆が言っていたな。俺が作っているゲームに合わせるみたいなこと。まぁ、これはありがたい、か。これなら迷わないし・・・・・そしたらシステムメニューも同じなのか?」
さてこれはどうやって開いたらいいのだろう、と、アイコン選択と同じようにシステムオープンと念じてみる。
すると予想通りシステムメニューが出てきてくれた。
このメニューの構成も作っているゲームと同じみたいだ。
これならば細かく調べる迄も無い。何しろ俺が設計しているのだから誰よりも良く分かっている。
「よし、じゃぁ次、持ち物チェックだ」
俺が作っているMMOだと初期装備用の武器と防具がアイテムボックスに入っているはずだ。
メニューを動かしアイテム欄を選択。
「・・・・あるじゃん」
そしてアイテムボックス内のナイフと籠手を発見した。ちょっと脱力してしまった。婆め、最初に教えろよな。これがあるって分かっていたら棒きれなんかで必死こかなかったのに。
婆への恨み言を唱えつつナイフと籠手を装備してみる。
すると何もない空間から俺の手元にナイフが突然現れてびっくりした。籠手に至っては装備状態で現れるのだから意味が分からない。確かにゲームであればそうであるが、それを現実にやられるとどういう原理が働いているのか不思議でならない。物理法則もへったくれもないだろうきっと。
あんまり細かい事を考えるのはやめよう。
そう、これは神の奇跡なのだから。そんなこともある。
初期装備のナイフは単純な鉄のナイフだ。
アイテム名がそうなっているので間違いないだろう。
良くある神の恩恵を受けた神器とかでは無さそうだ。
次に俺はステータスを確認してみる事にした。
「どれどれ俺のチートは如何なものかな」
名前:結城晴斗
職業:システムエンジニア
Lv:1
HP:100/100
MP:100/100
攻撃力:10
精神力:10
耐久力:10
素早さ:10
賢さ:10
体力:10
運:10
「・・・・・・・・」
手抜きじゃないこの数字。
なんだよこの1と0のオンパレードは。
いや、その前に職業”システムエンジニア”って何だよ。確かにそうだけどよ、それは異世界じゃ関係ねぇじゃん。
まぁいい次だ、スキルだ。
スキル
【システムメニュー】【剣術Lv1 New】
加護
【女神の加護】【出会いの輪廻】【異界の転移】
これだけか・・・・・・システムメニューってスキル扱いなんだ。【出会いの輪廻】って恋人と出会えるってやつか? あとは、まぁ何となく分かるな。
【剣術】を新しく覚えたのか。それってさっきのスライムだよな。あれは棒術じゃなくて剣術扱いなのか?基準が分からんが覚えたんだったらラッキーだな。
「なるほどね。魔法はっと・・・・・・・・え、魔法は無い」
システムメニュー内の魔法欄にはまだ何も入っていなかった。
「・・・・・・・これって経験しないと覚えないってやつなのか? 剣術ってのもそんな感じだしな。うぅん、ちょっと残念だけど魔法は後回しになるか」
まだ分からない事が多いけど恐らくスキルは獲得条件が設定されているんだろう。
「でも、これって・・・・・・チートなのか? 全然大した事無さそうに思えるのだが、って。良く考えたらスライムであんなに苦労した俺がチート補正を持っているとは思えんな」
飛びぬけた能力では無い事にガクリと肩を落とした。
取り合えずシステムメニューを一通り確認した。概ね俺の設計がそのままになっているようで、多少ゲームと現実との違いを補正する感じで変更はあったが、迷うようなことはなさそうだ。
「さて、確認も終えたし、装備も取り合えずだが手に入れたんだ。それなら日が暮れるまでモンスター狩りでもやってみるかな・・・・・いや待て、大事な事を忘れていた! どうやったら帰れるんだ、俺」
それを一番先に確認しないといけなかったのに浮かれすぎてて忘れていた。これで帰れないなんてなったら冗談じゃ済まない。
俺は再度システムメニューを呼び出した。
さっき見た時には気付いてなかったが、良き見れば一番下にログアウトの文字を発見。すぐさま俺はログアウトを選択した。
その瞬間俺の体は来たときと同じ光に包まれた。
「おかえり、早かったのじゃ」
テレビに入って行った時と同じように婆が煎餅を齧っていた。俺に気が付くと然も事無げに出迎えてくれた。
こいつ俺の家で寛ぎ過ぎじゃね?
呆れた俺は腕を組もうとしたら、手にナイフが持たれたままだったのにびっくりした。
「あれ、向こうの装備とか持って帰れんの?」
まさかの異世界品のお持ち帰り可だとは思ってもみなかった。そう言えば籠手も確り身につけたままだった。
「そりゃあそうじゃろう。じゃ無ければお主向こうに行った瞬間真っ裸じゃぞ。双方の世界で存在しているものはどっちにも持って行くことが可能なのじゃよ」
なんて危険な仕様なんだ。
おいおい、そんなことしたら異世界の不思議物体とか持ち込み放題ってか。
「それはわしが食い止めるのじゃ。流石に禁忌に触れるもの、例えば魔獣とかは持ち込ませんのじゃ。あ、でも、お主が向こうで嫁さん見つけたらその人は連れてきても構わんのじゃ」
「おいおい、もしそれが猫耳とかだったらどうすんだ」
「お主、そういう趣味なのかえ? そしたら人に見える程度には変えてあげるのじゃが、まぁその心配は要るまい。あ、あとこっちでは魔力は存在しないから魔法に関わるものは持ってきても意味は無いのじゃ。あと、魔法も当然使えんのじゃ」
成程、色々と親切仕様で助かるな。
そう言えばと俺は時計を見てみた。体感では異世界にいた時間は凡そ30分くらいだったと思う。確か俺が異世界に言ったのが9時54分ごろだった筈だが。
「・・・・・・本当に時間、止まってんだな」
時計の針はそのまま9時56分を指していた。秒針は動いている、時計が止まっていたわけではなさそうだ。2分進んでいるのは婆との会話でだ。
「そう言ったじゃろうが」
婆が半目で俺を見ていた。
「いや、やっぱり確認はしないとな」
「ふむ、それは一理あるな。して、どうじゃったのじゃ? 初異世界は」
「ん、おう。なかなか楽しそうな予感がする。スライムが現れたが何とか倒せたしな」
「それは重畳なことなのじゃ。楽しんでもらえたのであれば何よりなのじゃ」
柔らかな笑顔を見せる神は、それだけ見れば気の良いお年寄りにしか見えないんだけどな。
「その事だけど、あの世界って普通に人が生活しているんだよな」
「当たり前なのじゃ。わしが管理しているれっきとした一つの世界なのじゃ。当然人はおるし国が幾つも存在しておるのじゃ」
「あのさ、その世界で俺は自由にしていいって言ったけど、それって拙くはならないの?」
少し疑問に思っていた。
楽しめ楽しめと言っていたが、異世界から来た俺が自由気ままに振る舞うことで世界のバランスが崩れてしまうのではないだろうか。
「別に気にせんでええよ。お主はお主の思うがままで構わんのじゃ。そうは言っても犯罪行為や大量虐殺などをされても困るんじゃが、そうならん人物としてわしはお主を選んでおるから、その辺りは心配はしておらんしのう。それ以外の事であればわしは口出しはせんから自由にすればよいのじゃ。それで世界のありようが変わろうともそれがその世界の辿る進化なのじゃ」
「そう言うもんなのか?」
「そんなもんじゃよ。それで何が変わっていくのか、わしはそれを楽しむだけなのじゃから」
何だか無責任な言葉にも聞こえるが、その言葉で俺の憂いは消え去った。自由にしていいというのであればそうしてみよう。このストレス社会から解き放たれる俺の世界が手に入ったのだと考えよう。
自由にか、いい言葉だ。
それならば何にも縛られない自由な旅人をしてみるのもいい。
冒険者はいるのだろうか? もしなれるのであればそれになってみるのも面白い。
「ああ、そうだな。それなら俺も思う存分楽しんでこよう」
俺はテレビのチャンネルをあの階段の所に合わせる。
そうだ、ここを異世界チャンネルと名付けよう。
前回と同じようにテレビ内に現れた階段に、俺はまた入ると振り返ってこう言った。
「行ってくるよ神さん」
すると婆さんは驚いた顔をはじめはしたが、直ぐに笑顔でこう答えてくれた。
「行ってこいなのじゃ」