中編
こうして、ダンスパーティー当日。
前世の姪が見たらめちゃくちゃ喜びそうな王子コスに身を包み、俺は国中の娘たちほぼ全員の憧れの眼差しを一身に浴びている。
(王様のヤツ、本気で全員呼びやがった。んな予算があるなら国政に回せば、隣国から分捕らなくても良い治世ができそうなものだ)
思い思いに着飾る娘たちの中、俺はすぐに彼女を見つけ出すことができた。
なぜなら彼女は俺にとって、誰よりも美しいからだ。
貴重な青のシルクに、白いレースを重ね、胸元に小粒のダイヤを散りばめたドレスが、その可憐な美しさを引き立てている。
「会いたかった……私の姫君」
悶絶するようなクソ甘台詞も、文通で鍛えた効果。真面目な顔で言うことができた。
手を取り唇を寄せる。騎士の礼は近づけるだけだが、思いきって本当にチュッとしてやった。
と、みるみるうちに彼女の顔が赤くなっていく。
怒るか? と思えば、赤い顔のまま、にっこりと笑われた。
「わたくしこそ、お会いしとうございましたわ。わたくしの騎士様」
くぅぅぅ、めちゃくちゃ可愛い!
これはもう、演技ではなく、ガチで離したくない!
最初の曲も、2曲目も、3曲目も……
俺と彼女はお互いのことを見つめながら、踊り続けた。
しかし、時はやってくる。
ボーンボーン、と時計が真夜中を打ち始めた。
作戦決行、である。
俺の手を振り払うようにして逃げる、彼女。
三歩遅れて追いかける、俺。
階段に残されてるのは、銀糸で編み上げ金糸で宝石の縫いとられた、小さな靴。
そのサイズ、15cm! 纏足でもしてなきゃ、入るのは幼女だけだ。
この王国に纏足の習慣はなく、ダンスパーティーに幼女はいなかった。
確認済みである。
俺は、父王の前にその靴を持っていき、熱を込めた瞳で訴えた。
「彼女でなくてはイヤなんです!」
「そうかそうか。やはり市井の美人の方が、オツに澄ました王族の姫などより良いであろう」
父王は上機嫌である。
すぐに、家来を呼び、靴が入る娘を探させることになった。
家来よ、すまん。
できるだけ分かりやすいところに、彼女は配置しているつもりだ。
「ちょっと、セバスチャン」 呼び止めて教えてやる。
「確か国の北の方は美人が多かったな。森のそばの古い屋敷も忘れるなよ」
「はて?」 首をかしげる、セバスチャン。
「あそこに人など住んでおりましたかな?」
住んでもらっているのだ。1週間ほど前から。
「これまでこの国に、あんな姫はいなかった」 俺は熱を持った瞳で訴える。
「忘れ去られているような場所にでも、いつの間にか誰か住んでいるかもしれないではないか!」
「……流れ者なら、移住申請と住民登録と税金支払いを済ませねばなりませんな」
「その辺の手続きは抜かりない」
「なんですって」
ごほん、と咳払いで誤魔化す。
「なんでもない……一刻も早く……彼女を見つけてくれ。頼んだぞ」
手ぶらで行かせるのも気の毒なので、金貨を3枚、懐に押し込んでやる。
「あっ……いや、そんなつもりは……」
言いながらもセバスチャンは機嫌良く去っていった。
そして程なくして、彼女がやってきた。
15cmのサイズの靴がどうやって入ったかといえば、ボタンでサイズ調整できるようにしてあったのだ。
柔らかい布のダンスシューズならではできるワザである。
「はこうとして指やらカカトやら切り落とそうとする娘たちを止めるのが大変でした……」
げんなりと訴えるセバスチャン。
すまんかった。
そこまでして娘たちに憧れを抱かせる身分格差、そして経済格差。
問題だな。
そう思いつつも、彼女を得られた喜びは大きい。
「父上!」 俺は舞い上がりそうな勢いで訴えた。
「すぐに盛大な結婚式を! 隣国の王も呼んで、見せつけてやりましょう!」
「よしよし。かわいい息子よ」
父王もご機嫌である。
隣国の鉱山がもう懐に入った気にでも、なっているのだろう。
かくして、結婚式当日。
白いドレスを身に纏い、幸福そうに微笑む花嫁。俺も幸せだ。
2人でもっと、幸せになりたい。
子供が生まれたら、前世のイクメンを見習ってせっせとオムツを替えたり……するのは侍女や乳母の仕事になるのか。
ともかく、いいパパになろう。
(チイちゃん、泣いてないといいがな。俺のことは、ちゃんと忘れたかな)
ちらりと前世の姪のことを考えた。
もしかしたら今日も、シンデレラの話を姉ちゃんに読んでもらったり、してるかもしれないな。
(俺はここで、幸せだよ。心配せずに、幸せになれよ)
俺はそっと、俺の物語を読んでるかもしれない小さな女の子にエールを送った。
さて、神に愛を誓い、書類にサインをする。立ち会い人は父王だ。
この一筆で、鉱山入手が本格スタート。
そんな気持ちなのだろう。
嬉しそうに、サインをしてくれている。
紙が複写式になっているとは、気づかないようだ。
教会を出ると、城までのパレードが待っている。
「おめでとうございます!」
「末長く、お幸せに!」
沿道を埋め尽くす国民たち。
そうだ、俺は父王とは違う。和平と豊かな生活、どっちも頑張って実現させてやるぜ!
城まで近づいた時。
俺の前を歩いていた父王の背が、ふいにこわばった。
ヤツの目に入ったのは、城の随所にはためく俺の旗。
「どういうことだ、息子よ」
「あれ?」 俺は笑いを噛み殺しつつ、すっとぼける。
「あなたはたった今、俺にこの国における全ての権利を譲渡下さったばかりですが」
「なんだと……!」
前王の鼻先に、ヤツ自身の署名を突きつけてやる。
先ほどヤツがご機嫌で書いていたそれの、下に重ねた方だ。
一枚目は確かに、結婚の誓約書だった。
しかし二枚目は―――
前王に、善良で品の良い微笑みを向けてやった。
「北の森のそばの館を、改装し、過ごしやすいように手入れをさせました。隠居後はそちらで、のんびりとお過ごし下さいませ」
「バカなっ! そんなもの、詐欺だ!」 前王は顔を真っ赤にしてわめいた。
俺の美しい奥さんとは正反対で、赤い顔をしても凶悪で醜悪なだけだった。
「誰が認めるものか! お前はただの、王位簒奪者気取りの愚か者だ! 愚かな恋のために、隣国も敵に回したばかりであろうが!?」
「さてね……」
「敵に回したに決まっておる! 経験不足のお前で、戦に勝てるものか! ワシが王であってこそ、鉱山も手に入るのだぞ!」
「俺はもっと平和的に国を治めますよ」
「なんだと!」 前王は怒りに駆られて、唾を飛ばしながら、周囲を固める騎士や兵たちに号令をかける……汚いな。
「者共! この裏切り者をとらえよ!」
「皆さん!」 俺も声を張り上げた。
「この通り、権利はすでに俺に渡っています! しかし、選ぶ権利は皆さんにもある!」
この言葉が封建的支配下の彼らに、どのように響くかまで計算済みだ。
「前王につき、危険をおかして戦争をし殺し殺され、憎み憎まれる道か! それとも、俺とともに、平和の中で繁栄を目指すかです!」
それでも騎士や兵たちは固まったままだ。
急な展開だ。
前王に知られてはならないため、根回しも不足している。
彼らの眼差しにも態度にも、戸惑いがありありと見てとれる。
それでも、俺に対する敵意は、ない。これが大きい。
もう一押し。
その一押しは、予定通り、外から聞こえた。
「新国王、万歳!」
多数の蹄の音と共に現れたのは、隣国の王。
俺の隣に立つ彼女の……隣国の二の姫の、父である。
結婚式に招待され、祝いに駆けつけた……体ではあるが、それにしては明らかに多い兵の数。
彼が作戦にのってくれるかどうかは、賭けであった。
もし前王のごとく腹黒いバカな男であったならば、この騒動に乗じて国を乗っ取ろうとするだろう。
国1つ乗っ取るのは、問題が大きすぎて現実的ではないのだが、そういうのが分からない支配者もたまにはいるのだ。
俺は二の姫を通じて彼を探り、信頼に足る男と見込んで、協力を頼んだ。
これで彼が得るのは、隣国との平和的な関係と、年若い国王の義父、という立場。
悪い取引ではない、と踏んだらしい。
打ち合わせ通りに、俺を新たな王と認めさせるための煽動役を引き受けてくれているのだ。
「新国王、万歳!」 「新国王、万歳!」 「新国王、万歳!」
隣国の軍勢から放たれる、『新国王、万歳』コールは、次第にこちらの軍にも、そして沿道の国民たちにも広がっていった。
「「「「新国王、万歳!!!!」」」」
大地を揺るがすようなコールの中で、前王はガックリと膝を折った。
俺は足元で項垂れたその頭から、王冠をそっと、取ってやったのだった―――