前編
「そしてシンデレラは、王子と結婚して幸せな生活を送りました。めでたしめでたし」
タメイキを隠して絵本を読む俺。
4歳の姪の子守りを任されている。
姪はプリンセス好き。
今も目をキラキラさせながら、シンデレラの物語に聞き入っている……
夢見る女の子な表情の姪は超絶かわいい。めちゃくちゃ可愛い。
いやもう叔父バカではあるけど、俺の姪は世界一可愛いと思う……けど。
よく、飽きないなぁ。
これでもう、三回目だぜ?
大体俺は、シンデレラストーリーというのがそう好きではないのだ。
絵本ではうまく誤魔化されているが、原典では義姉・義母が血みどろになって哀れすぎるし、シンデレラって見た目可憐かもしれんが、実は相当図太い女だと思う。
好みじゃない。
なのになんだ、この王子は!
王子の結婚といえば、平和な昨今ならさておき、昔でいえば国政やら国家間の和平を左右する重大案件じゃないか。
それをたまたま舞踏会に紛れ込んだその辺の女に容姿だけで一目惚れして、国中を靴1足で探し回させるとか……
はっきり言って、バカじゃねえ?
としか、思えないのだが。
「ねえー、もう1回読んで!」
目をキラキラさせる姪。
悪いが、もう、勘弁してほしい……
「あ、そうだチイちゃん! ハロウィンだし、お菓子買いに行こうか! 後でお姫様のドレス着て、ハロウィンパーティーしようよ」
「うん!」 姪はご機嫌でのってくれた。
「じゃあ、お兄ちゃんは王子様ね!」
勘弁してくれよ、もう……
俺たちは連れだって、外へ出掛けた。
ハロウィンの街は、オバケカボチャやコウモリ、黒ネコや魔女で、オレンジと黒、それにちょっとした赤で彩られている。
姪と手をつないで歩きつつ、話す。
「クッキーだろ、チョコレートだろ」
「あとケーキもね! 丸いやつね!」
「うっ……それは……」 高い。
「それは予約しないと買えないから、小さいのをたくさん買おうね」
「うん! おとーたんとおかーたんとおばーちゃんのぶんね!」
ぴょんぴょん跳ねる姪。
なんとかごまかせたな。
ほっとした時。
「あっ、カボチャの馬車~!」
道の向こうの店のショーウィンドウを見た姪が、つないでいた手を振りほどいて、たっ、と駆け出した。
「あっ、こら!」
慌てて追いかける。
俺の視界に入っているのは、横からくる、大型ワゴン。
キキキキキキーーーっ!
間一髪。
俺は姪を思いっきり突き飛ばし、俺自身も物凄い衝撃を感じながら、意識を失った。
……チイちゃん。ちゃんと家に帰れるだろうか。もし俺がこれで死んだら、俺のことは忘れてほしいな……
◆▲◆
「息子よ」 俺の目の前で王様が大袈裟に手を広げている。
いかにもな冠。カボチャパンツ。
「今度のダンスパーティーは、国中の娘を呼んでいる。よりどりみどりじゃ! 好きな娘を選ぶが良い」
……何の因果か。
シンデレラのいそうな、どこかの国の王子に転生してしまった。
金持ちだ。権力もある。
カボチャパンツ+タイツのスタイルはいただけないが、設定だから仕方がない。
ついでに、前世からしたら比べ物にならないほどイケメンだ。
ただし、イケメンはこの際あまり、意味がない。
「父上」 俺はタメイキをついた。
「私の婚約者は、隣国の二の姫に決まっているではないですか。今さら何を」
そう、婚約者は政略で決まっている。
王子の身分で、あちこちに子を作るのは、できないわけじゃないが基本、マズい。
イケメン、使いようがない。残念。
「だからな」 王様、ドヤ顔。
「お前がポンコツ顔だけ王子で、隣国の大事な二の姫より、その辺の街娘を選んで婚約破棄してみたら、どうなると思う?」
「プライドをいたく傷つけられた隣国との関係は極端に悪化するでしょうね。
以前には贈り物の箱にわざとアリを入れさせ、その前は二の姫との婚約調印式に3時間遅れた」
「そう、それよ」 にーんまりと王様が笑った。
「無礼も3回目、そろそろ単純な隣国の連中がキレて攻めてくるだろうて。
返り討ちにする大義名分ができるというものだ。
ワシは今回は、あの国の鉱山が欲しい……というワケで、頼む」
「強欲ジジイめ」
俺の悪口雑言に、ちっちっちっ、と指を振って応える王様。
「ワシがこうして他国から分捕るオカゲで、国内の税が安く抑えられ、民の幸福につながっているのだぞ」
澄んだ瞳は、己の正義を信じる者だけがするものだ。
俺にはもう、こんな瞳はできない。
(『この人は僕の相手だよ、とシンデレラの手を取って踊り続けました……』か)
前世で姪に読んでやった絵本を思い出して、苦笑した。
あのバカ王子が、羨ましくなる日が来るなんて、なぁ……
(そうだ……!)
ふと、俺の頭に閃いた作戦があった。
『あなたの瞳を見たその日から、あなたを慕うバカな男になりました。政略などは関係ない。私はあなたと……』
前世で姪から読まされ続けた童話をヒントに、クソ甘なセリフを連ねた手紙を書くと、秘密裏に隣国の二の姫に届けさせた。
嘘ではない。
隣国の二の姫は、可憐な容姿ながらなかなかの才媛と評判。
しかも以前に一度だけ会った時 「大好物はパンプキンパイなの」 とこっそり打ち明けて見せてくれた屈託のない笑顔は、それだけで心が明るくなるようなパワーを持っていた。
父王の言いなりの顔だけバカ王子と評判の俺にはもったいないくらいの女性である。
だから、気持ちとしては嘘ではない。
『あなたと結婚する日を指折り数えて待っている、と申し上げたら、あなたはお笑いになるでしょうか……』
ただ、書いてることが、内心に沸き上がる何かをブチブチブチ殺して、ついでに自分の頭も殴って死にたくなるほどに、小っ恥ずかしいだけである。
頻繁に手紙を書くうち、ようよう、隣国の姫からも返事がくるようになった。
『わたくしも、お目にかかったその日から、あなたの優しい眼差しに惹かれておりますの……』
えっ、まじか。
よし! 胸ばかり見たりしないで良かった俺!
瞳を時々じっと見つつ、相づちを一生懸命打って、話を聞いて良かった!
グッジョブ俺!
ありがとう、前世の『話し下手なキミでもできる! コミュニケーション12の法則』!
こうして、俺と姫はなかなかに急いでせっせと秘密裏の文通を繰り返し、父王の思惑とは裏腹に、信頼と愛情を築いていったのだった。
さて、そろそろ頃合いだな。