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僕の物語  作者: 志摩
2/3

二、




私の妻と出会ったのは、大学の図書館で同じ作者の本を探していたから、だっただろうか。いや、講義で使う本だったか。まてまて、ゼミの課題の時だったか。とにかく本のことだったのは確かだ。

私の読みたい作家の本を持っている人がいた。そう何度か思ったことがあった気がする程度だった。しかし妻からすると、また私と同じ本を読んでいる人、という認識だったらしい。

私は妻の存在に気づいてもいなかった頃に認識されているという差がある。

私は他人と関わることが少なかったのだと思う。人付き合いに疎く、そもそも人に興味がないのだ。生きていくのに必要なものは本と食べ物と風呂だけだった。

学生の頃は働いたこともなく、今後の自分が働く想像もできず、漠然と働くんだろうという不安だけがあった。それから逃れるためにまた本を読み、私には本しかなかった。

好きこそ物の上手なれとは言うもので、これが職になったからいいものの、他に取り柄はない。

何故、妻は私を選んだのか。一生の謎である。考えても答えが出たことはなく、訊ねてみても妻は、あなたはそういう可愛いところがあると笑ってばかりで、相手にならなかった。時間の無駄なので考えるのはやめることにした。

私にとって妻は、そばにいてくれる人であり、支えてくれる、なくてはならないものになっていった。それが世間で愛と呼ばれるものだと言われても、自分にそんな心があるなんてどうしても信用できず、私の気の迷いということにした。

私は酷く歪で脆くて、どうしよもうない不良品だと知っていたから。


「これからもずっと私と一緒いてください」

そんなプロポーズだった、その頃には君なしでは生きていけないと感じていた。

そもそも交際しているという関係だったのかもあやふやで、ただ一緒にいる時間長かっただけかもしれない。それでも卒業を間近にしたこの時期に、仕事も決まらず将来も不安しかない中で、君までいなくなると頭によぎったから。口に出さずにはいられなくなってしまったのだ。

講義の後、ちょうど二人でコーヒーを飲んでいた時に。

「子どもが欲しいんです」

そう言われた時に驚いた。

私は言葉の意味が全くわからなくて、返事もできなければ反応したかも良く覚えていない。

「私は両親を知らなくて、祖父母に育てられました。二人が死ぬまでに子どもが欲しいんです。それが叶うなら」

君の答えは僕の質問の先の先まで行ってしまったようだった。]





俺の家は母子家庭だった。父は昔々に死んでしまった。そんな事を母が話してくれたが、それが嘘だって事はいつ頃からか察してしまった。

外に女を作って出て行った禄でもない男だったのは、どこから聞こえたかわからない噂を聞いた。母に真実を聞けた事はない。俺が聞けば答えたくれたのかもしれないが、聞こうとは思わなかった。

ある頃から母は俺を避けていたから。

俺は母と妹と三人で暮らしていて、母は仕事ばかりであまり家にいなかった。家にいたとしても、俺より四つ下の妹の面倒ばかり。それが悲しかった事はない。悲しいと感じるくらい幼い頃はそんな事はなかったのだろう。

娘が欲しかったのだろうなと、息子はいらないのだろうなと、そう感じさせられる毎日だった。

俺は高校の間ずっとバイトをして家を出た。金を借りて大学に行って、勉強だけはした。友達は余りいなかった、いやいないんだと思う。バイトしながら勉強したら、一日が終わっていた。

仲の良かった文学系の先生が小説を書く事を勧めてくれて今の仕事をするきっかけになった。本だけは好きだった。どこにいても、自分の居場所がないところでも、本の中では関係がないから。別の世界に行ってしまえるから。

この仕事に就いたって、生活が豊かだと言えるほど稼いでいる気もないし、きっと豊かではない。

豊かにするつもりもないのかもしれない。自ら動いて何かを成せば、もう少しは満たされるのかもしれない。いや満たされる事はないのかも、きっともっと虚しくなるだけだ。

俺には共に過ごす人はいないし、分かち合う友もいない。あるのは、描いてきた物語と、これから描くであろう物語。この中の自分だけか満たされ、人生という何かを謳歌し、右往左往しているのだ。

ベランダでタバコを吸いながら、ふと考えていた。この頃は昔を思い出す事が増えた。それだけ過去の事として受け入れる事が出来るようになったらしい。いや、遠い事実として客観視することができているだけかもしれないが。

こういうめんどくさいところが昔から多く、俺は何事も否定も肯定もどちらもしてみて答えを出さないことが多い。考えるだけで満足して答えなんて出なくても良いと思っているのかもしれない。ただこのタバコを吸って何かを考えるという時間が好きなだけで、何を考えるのかも、どうだっていいのだろう。全てが暇つぶしでしかないのだから。

蝉の声が聞こえる、むっとした夜。流石の俺でも夏の暑さが汗になり、秋を乞うような時期になっていた。

今回の物語もそろそろ仕上げたい頃合いだった。そろそろ終わりが見えてきている、早々にまとめ上げなければならないだろう。






僕は悩んでいた、堀田さんに彼女との馴れ初めを教えたらほとんどそのまま盗まれてしまった。彼女は僕の担当だと知ってこの本を読むだろう。なんとも気まずい状況に陥るのは分かりきった事だ。

堀田さんは、教えてくれたという事はこうなることもわかっていたはずだろうと、そう言うばかりで。

よければ参考にしてください、という意見は見事に参考にされてしまったというだけの話なのだが。これが仕上がる頃には僕は結婚の日取りを考えることができているだろうか。

彼女とは小学校の時からの付き合いで、高校も大学も一緒だった。腐れ縁なのか、幼馴染なのか、とにかく過ごす時間のほとんどを共にしてきている。そのせいかもしれないが、彼女がいない日常は僕の中には存在しない。何か嬉しい事があれば彼女に話すし、悲し事があってもそう。家族の一員のように、当たり前に側にいた人である。

大学に入るまで告白を渋ってきたため、交際歴は浅いが、思い出は多く、その辺の奴らには幸せ者だと言われるような仲の良いお付き合いになっていると思っている。しかしそのまままた長い時間を過ごすのではないだろうか、そんな気持ちもある。長い時間を共にいるから、なかなか先に進まなくなってしまう。 よくある話だ。

これを好機に、プロポーズしてみようか。

何度も頭に浮かんだ言葉。

しかし今までの好機は、流れてしまって遠い過去。今回こそ挑まなければ、もう来ない波になってしまうかもしれない。

自分は結局臆病で、立ち止まってばかりで進めない事はわかっているのに。やっぱり躊躇いが僕の頭を重くして停止する。

折角話してしまったのだから、堀田さんに背中でも押してもらおうか。自分より少し年上という事だけが取り柄で他には何もない、人として最低ラインの生活しかしていない人なのに。あの人は生きることに、執着が薄いからあんな生活をしているだけで本当はすごい人なんじゃないか。とくだらない妄想を付け足して、それでやっと背中を押してもらう準備をする。

結局こんな僕は、結婚という節目を迎うる事を望んでいるのかいないのか。目をそらし続けていただけたったのに気づいてしまう。僕らも子供を考えるならば、そろそろという頃合いか。一人っ子の我が家は、僕が孫を会わせてあげないと、両親は孫に会えず終いになる。そんな簡単な事実も考えたことがなければ気づきもしない。

プロポーズ、準備、成功。

必死でインターネットで検索していた毎日から、子ども、赤ちゃん、二世帯住居、の検索に変わってきていた。






このところ、隣の席の後輩がパソコンを睨みつけながらため息をついたり、奇声をあげたり、にやにやしたり。明らかに挙動不審だった。この子の担当はインドアで人ともあまり会わない事で有名な、堀田孝。代わりに調べ物やら何やらをやったりしているのは見ていたが、このところはいつもの感じではなく、とことん狂っている感じだった。

面白半分、心配半分な心地でちらっとパソコンを覗き込んで見ると、ベビーグッズの商品を見ているようだった。

そう言えば、長く付き合っている彼女がいたような。目が点になり、はっと思いついたことが咄嗟に漏れていた。

「加藤、子供できたの?」

「いやいやいやいや! そんなこと!」

慌てて両手を広げてパソコンの画面を覆う仕草に、これはひょっとしてと内心にやついていた。

「あれ、本当に?」

「違いますよ! 僕が勝手に見てるだけです!」

顔を真っ赤にして恥ずかしそうに、泣きそうな顔をしている。これでは審議は定かでないが、とりあえず子供に興味が出できたということだろう。

今まで彼女の話を聞くとつまらない日常的内容しか出てこなかった加藤が、いつの間に。

「君もそろそろ前に進まないと。彼女は待ち疲れてしまうよ」

声も出ない様子に、これは子供ができたわけではないなと直感した。

「今仕上げてる作品に、子供との生活が書かれてて。それで見てるだけです……」

加藤は声がだんだん小さくなり、そのまま画面に向き直って仕事を再開した。

どうやらこの子はまだ前に進む勇気が足りずに足踏みしているらしい。子供の前に結婚の話が出ているだろうに。長く付き合うと結婚に踏み切れないとはよく聞く話だ。そしてこの子はしっかりしてそうでも、実は臆病で世間知らずなお坊ちゃんタイプだ。

ここはお節介おばさんが少し手を焼いてやろうかな。

うちの職場はそんなに大きな会社ではないので仕事量も少なく、残業はあまりない。給料こそ、そこそこだが家庭持ちには有り難い。

「そんなことなら私に言ってくれればいいのに。子持ちママの頼れる真理子先輩に任せればよい!」

また始まったと言わんばかりに、加藤は冷めた目で私を見ている気がした。





「はじめまして、加藤の上司の羽住真理子といいます」

「はじめまして堀田です」

「という事、よろしくお願いします。僕は今日、別件で出なきゃ行けないので」

そう言って加藤はすぐに出て行った。

羽住という女性がいらっしゃるということで、魔窟である部屋を少しだけ掃除した。そのせいかもしれないが部屋の空気が軽くなった気がする。少し息がしやすいと思っていたのに、初対面の人と二人きりにされてしまうことでいつもより胸が苦しい。今日はいつもより暑いと天気予報で言っていたら、そのせいかもしれない。久々にエアコンのをつけよう。点検もしてあるので、スイッチに手を伸ばした。さも自然な流れになるようにそのまま会話に移る。

「今回は子供の話で参考になりそうなものを聞かせていただけるということでしたが……」

「はい、もちろん。何でもお話しするつもりですよ」

羽住は何やらぎこちない所作で返答し、どう見ても居心地の悪そうな、座りの悪い感じだった。いきなりこんな汚いおじさんの汚い部屋に連れてこられれば、女性として当たり前の反応だろう。

「日常の事何でも聞かせてもらって、気になるものがあれば問い返します。面白ければ参考にしますので、適当に話してもらえれば」

できるだけ笑顔で話したつもりだった。

しかし一瞬笑って頷いたかと思うと、やはり妙な感じな顔になっている気がする。

リモコンを操作するふりをして、どうしようかと考えながら無駄に沢山のボタンを押した。そんな事をしていると、羽住がすみませんと声をかけてきた。

「あのですね。後から言うのもあれなので先に言いますが……」

羽住の話では、挙動不審な加藤を見かねて声をかけると、結婚や子供のことで悩んでいるらしかった。彼の事だからこの機を逃すとまただらだら結婚から遠ざかってしまいそうなので、相談に乗ってあげようと思ったら、ここへ連れられてきてしまったとの事だった。俺の手伝いもしてくれるが、どうせなら加藤にプロポーズさせて、彼女との関係を進展させてやりたい、という感じだった。

「それは面白い謀ですね」

「ですよね! なんか心踊りますね!」

突然大きな声を出されて、身体を大きく後ろに逸らしてしまった。なんとも、今まで出会った事のないタイプの女性だった。こんなに陽気で元気な人は、話すだけでも体力の消耗が激しくて今まで関わるのを避けていたので。

「堀田さんもあの子とは付き合いそれなりに長いから、きっとうまくいきますよー」

ガッツポーズで何やらおかしなテンションに見えるのだが、この人はもしかしたらこれが通常運転なのだろうか。なんだか頭が痛くなりそうな人だった。

これから参考になりそうなものが得られるのか、心労が溜まって諦めるのか、どちらが早いだろう。どう声をかけてらよいかわからず、唾を飲み込んでいるしかなかった。

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