灰かぶりのつぶやき
ストレスなんです!そう!ストレスが書かせたんです!・・・・すみません。
あと短編としてシリーズ化予定。出来たら投稿ですが。
揺らめく暖炉の火に、開いたページの影が文字を翳ませる。
それでなくとも蝋燭は使えず、暖炉の明かりで文字を追っていた眼は限界を訴えてくる。
インクで汚れた手を使い古した手拭いで拭い、くたびれたペンを置いた。
「シンデレラ~!!シンデレラッ!何処に居るんだい?呼んだらすぐに出ておいで~」
途端に聞こえてくる声に、溜息しか出なかった。
「はーい!ここです。今参りますー」
作業を諦め、台所の狭い入り口から這い出るように顔を出すと、癇症な声がますます音量を上げて近付いてきた。
「シンデレラ!何処に行っていたの?この私に探させるなんて何様のつもりなの」
器用にツンと澄ました姿勢で肩を怒らせお出まし矢継ぎ早に罵る様には、呆れるくらいしかできない。よくそれだけ息も継がずに喋れるものだ。
が、一々高い音量の罵りも、慣れてしまえば春風のささやきと・・までは達観できないけれどもう慣れてしまった。
口答えすれば何倍も返ってくる悲鳴のような怒声を回避するには大人しくしなければならない。
「御用でしょうか?お義母・・ミランダ様」
頭を下げ腰を折る。
頭から湯気が出る勢いの義母にどこまで通じるかは分からないけれど、へまをすれば今夜の食事は諦めなければならない。
「用があるから呼んだのに決まっているでしょう!何をぐずぐずしていたの!」
地団駄を踏むように義母が怒鳴りつけてくる。しかし、このまま無策では後がなくなる。突破口は正直に答えること。
「帳簿をつけていたのです」
はっと義母が息を呑んだ。昨日は夜更かしせずにすぐ寝たらしい。頭は回っているようだ。
「あ、ああそうだったの?それで?何か問題でもあったのかしら?あ、ほら、いつもより時間がかかっていたようだから」
怒りの為に前のめりだった身体を極端に引くという珍妙な姿勢で義母があらぬ方向を見る。ひくひくと小鼻が動いているのだから、都合の悪いことが一つや二つではないことが見て取れた。・・・まさか、私の与り知らないことまであるのだろうか。
無言でずずいと近付くと倍は飛び下がる。辛くないのだろうかこの年齢でこの姿勢。
「あ、掃除は?」
誤魔化すように窓の桟を義母が拭えば指の方が綺麗になる。
あわわと見回せば、父の残した調度は隅々まで磨き上げられ、けちのつけようが無い程に輝いている。
当たり前だ。父が存命の折から使用人とともに磨き上げてきたのだから、一人になっても破綻するわけがない。それに気付いて何かないかと必死に探す姿は更に度を越してゆく。
「明日の舞踏会に着てゆくドレスは?」
「用意してあります」
「髪結いは?」
「昼食後に入浴する時間を見計らって来ていただけるように手配してあります」
「貸し馬車や従者は?あ、宝石も!」
「テリエ商会に連絡してあります。宝石は母の実家からお借りしてありますので、小さい石一つ落とされませんように。援助して頂いているのは私ですから、今度こそ叔父様の査察が入れられてしまいますよ」
叔父様の名前が出た途端、蒼白になって座り込む義母。外から帰って着替えもしないうちに汚れたドレスの裾を擦り付けないで貰いたいものだわ。その絨毯で軍馬が買えるというのに。
はくはくと口を開閉している義母に、溜息が出る。
引導を渡す時でしょうね。
「ミランダ様、もうよろしいでしょうか?よろしければ私からお話がございます」
気持ちは穏やかに微笑みつつ、どんと思いのほか大きな音を立てて置いてしまった帳簿を慌てて埃を払う仕草で抱き留めてしまう。
その瞬間の義母といえば床から飛びあがるように直立不動となる。
幼い頃に父の土産にあったびっくり箱のようだ。
「雑費及びこの月の支払い・・ああ、舞踏会の分は時別歳費の為含んでおりませんが、精査したところ使途不明金というか使途無理解金がちらほらございまして」
努めてにこやかに穏やかにと話す私に、じりじりと下がってゆく義母がドレスの裾を踏む。
「ぎぃやあ」
当然諸手を挙げてすッ転ぶ義母に構わず絨毯のしわを伸ばす私に、恨めし気な視線が刺さる。
「何ですか?」
「な、なんでもありません」
蚊の鳴くような応えに、サクサクと続ける。
「この、花飾りのついた靴というのは何でしょう?」
びくりと肩を揺らす義母。
「宝石の付いたピンが3セット、サテンのリボンが4色8本・・・等々等々・・・」
喉を引きつらせ、蒼白の額からは滝のような汗が流れている。
見下ろす私を見ることが出来ずにいるが、その内心は手に取るようだ。
「先日、通いの商人ではない者が私の留守中に来ていたそうですね」
ぷしゅうと音がしそうなほどに縮こむその姿は憐れだけれど、これを放置すれば明日にも我が家は破産する。これまで低空飛行成れど何とか踏ん張ってきたのだからそれを許すわけにはいかないのだ。
「こ、今度の舞踏会では、ほらもう失敗できないじゃない?少しでもあの子たちを応援したかったのよ。
そんな時に、マイジャーさんの紹介だって小間物商のエイクルさんて人がね」
さっと義母の前に手を出しその口を止める。
「舞踏会に必要なものはすべて私が全て揃えておりますよね?まさかご存じなかった・・と?」
ふるふると頭を振るが、もう怖いものから逃れたいと訴えている小動物だ。ん?失礼な。
「私の稼いだ雀の涙の賃金と、母の実家からの物金の援助。充分な支度をしていたでしょう。
ただでさえ嵩んでいる生活費に痛い打撃ですよこれは」
手に持っていた帳簿を叩きながら義母に訴える。
「で、でも、プリメラは粉扱い商の『青い屋根の水車』の次代に振られちゃったし、エイラは絹扱い商の商長とのご縁を蹴っちゃうもんだから、もう目ぼしい相手がいないのよ?
そ、それは貴女が苦労して揃えてくれたことは分っているのよ?でも、ちょっと大人しすぎて舞踏会で目立たないと思ったのよ。そんな時に紹介状を持ってエイクルが来たから」
最期は嫌に甘くなる義母に不安が過る。
「エイクル?」
はっと義母が口を塞ぐが、零れてしまった言葉はもう戻らない。
「名前をお呼びになるほど親しくされている、と?」
いけない、口が歪むのを抑えられない。これはチャンスなのかもしれないと商いの神様が囁いていていらっしゃるのか?
「親しいだなんて~」
何をくねくねしてるんだこの年増は。
そんなことしていたって1リブル(最少額硬貨)だって稼げないのだから即刻止めてほしい。絨毯が傷むから。
「新しいお相手ですか?」
そう問うとハッとしたように義母は首を振った。
「そ、そうじゃないわよ!親子ほど年齢が離れているのよ?ご迷惑よう」
チッ
「チッ?今チッって言った?」
都合のいい耳だなあ。
眉間に皺を寄せにじり寄ってくる義母の顔を帳簿で防御する。ムギュウという音が向こう側でしたが知らない知らない。
実の所、義母と言っても戸籍上の関係ではない。戸籍上というならば赤の他人だ。
我が国での商業組合(各扱い商の商長を代表にした互助組織)では、商人たちが保険を出し合い『事あれば』助け合う制度がある。
義母は父の商売仲間であり友人だった方の奥方で、その旦那様が商品を隣町に運ぶ時に崖崩れで命を落としたため、保険の制度上任意の組合員の家庭で身の振り方が決まるまで面倒を見てもらうこととなったのだけれど・・・
勿論真っ先に名乗りを上げたのは父だったのだけれど、それをとんでもない理論をぶち上げて父と自分が婚約者になったと言触らしてしまったのだ。
慌てて釈明するのも面倒だった父は、『独り立ちして誰かいい人が見つかるまでは面倒を見る』と約束してしまったのだ。
今なら許されると思う。お父様のお馬鹿~と叫んでも。
それからは我が物顔でこの家を引っ掻き回して下さったのだけれど、びっくりするくらい何もできない人だったので、父が婚約したなんて全く信じない人々の中で次第に放置されるようになったこれまでの経緯がある。
それでも娘二人と3人であれこれやらかして下さって、そんな時に父が他国に商用に行ったまま消息を絶ってしまう。
親戚も私がこれまで示してきた努力と実力を鑑みてくれ、父の代理者として組合に推薦してくれたお陰で、商いを失う事は無かったけれど、彼女たちはそんな私にも寄生してきたのだ。
実際彼女たちの中ではご立派な理論で長々と捲し立ててきたのだけれど、この時は父の気持ちが痛いほど分かった。もう、諦めて頷いてしまったのだから、恐るべし寄生未亡人。
「き、聞いてるの?」
恐る恐る問いかけてくる顔が、本当に脱力する。けれど、このままでは家が立ち行かなくなるのだから仕方がないですよねえ。
「聞いてますよ。
今回の不正会計についてはお義母さまの年金から出して戴けるように組合に申請して通りましたから。
その当主代理者である私の許可も得ずに当家に侵入した商人に対しても組合に報告させて貰いましょうね。
名前はエリクルでしたか?詳しく教えてくださいますよね?」
「ぐっうええ?年金って?本当に?な、なんで?」
カエルを潰した時の不快感が爪先から頭まで突き抜ける。もう、木箱を探したくなってきましたよ。
「お忘れでしょうが(断定)、当家に於いて貴女は他人(事実)。貴女の贅沢に出す金銭は予定以上は有り得ません(決定)。
不服があればこの家をお出になっても構いませんよ?(熱望)」
淡々と告げる私は悪役設定なんだろうなあという小芝居が始まるだろうけれど、見なければいいんだ。
ああ、なんかすっとしたなあ。
感慨にふける私のスカートを引く手が、案外強いなあ未亡人。
「お、お願い!放り出さないで!貴女に見放されたら私達路頭に迷うことになるわ。
そうなればあちこちでお願いに回らなければならなくなるから、旦那様がお留守の今、貴女、困るでしょう?商売に障るでしょう?」
髪を振り乱し眼を血走らせ体当たりしてくる未亡人に、舞台は何処?と思いながら引導を渡す。
「困りませんよ。
貴女方3人がこれまで当家の資産から引き出された金銭は、とっくに貴女の年金総額を超えているんですよ?
それこそ商人は信用が大事だから?買ってしまった物はお払いしてきましたが、これ以上は無理です。
父が行方不明という困難の中で、私自身身を立てるので必死なのですから、本心から、貴女方には家を出て行っていただきたいのです。
お義母さま。貴女の娘よりも若い私に取り縋ることをご自身でどうお考えなのですか?」
頑として動かず、彼女を見下ろしていると、今度は泣きが入って大事な絨毯を転がり回られる羽目になった。Oh!
「今度の舞踏会では、王子様なんて夢想は捨ててお相手を捕まえてください。
まあ、捕まえられなくても出て行っていただきますが」
非情な宣告を告げ、何か喚きだした未亡人から逃れようと部屋を出る。
追いかけて来る罵詈雑言はもう何を言ってるのか分からないけれど、そうとうな悪態であることは間違いない。こんな時のボキャブラリーには困らないようで、ドア越しにも物理的にぶつかっているような錯覚を催す程の音量だった。
「父がいない娘に寄生できる性根が別のことへ転嫁できないものかしら。
考えてみたら、この半年というもの慌ただしすぎて忘れていたけど、私自身保険の適用の申請をしなかったのが悪かったのか。
少なくはないお金銭を払ってきたのにもったいない!
早速組合に行かなければ・・・
決意も新たに拳を握り締めた私の眼に、義姉達の悪趣味一歩手前の派手なドレスが映りました。
「舞踏会って・・・この国の王家に輿入れなんて、有り得ないわ。
制約や縛りの多い貴族社会で異物である平民が潜り込んでも、双方幸せにはならないわ。
何より、1リブルの得にもならない」
スミマセン、本当にすみません。
読んでいただき感謝感激。