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第9話 其はイヌ科を好む犬笛なり

「犬だ!」


 フェルトリタ大公国のある村で嬉しそうな声が響く。

 犬――ではなく、狼を連れて世界を旅するクロードが声の聞こえた方へ視線を向けると、目を輝かせた少女がこちらを見ていた。


「……あー、お嬢さん。この子たちは犬じゃなくて」

「あああ、あの! その子たちに触ってみてもいいですか? あ、触っても大丈夫な子たちですか?」

「おー……、うーん」


 この子たちは犬ではなく狼だと訂正しようとしたクロードだが、少女の勢いに負けて訂正することを諦めたようだ。

 少女はすぐにでも狼たちに触れたいという様子で、握りしめた両手を狼たちに伸ばしかけては自分の方に引き戻している。早く触りたくてたまらないという気持ちがあふれているのだろう。そして、クロードの言葉を今か今かと待っている。

 きっと、クロードが拒否を告げればその輝かせた目は潤みボロボロと涙を流すのだろう。子どもの相手が苦手なクロードは、面倒くさいことに巻き込まれたと思いながらも、仕方なく許可することにした。


「あー、撫でるだけならいいぞ」

「本当ですか!」

「ああ。ただし、抱きついたり足を触ろうとはするなよ」

「えっ、うーん。分かりました!」


 少女は撫でるだけでは飽き足らず、そのまま勢いで狼たちに抱きついたり足を触る――つまり、”お手”を言い渡す可能性もあった。狼たちは飼い主であるクロード以外に触れられることを特に嫌っているのだが、この場には少女以外にも村人がいる。一晩世話になるだけだが、ここで問題を起こせば面倒なことになると思ったクロードは、狼たちに少しだけ我慢するよう言いつけた。


「うわああ、モフモフだ! 凄い!」

「そうか……。ああ、あまり強くは撫でるなよ。嫌がって噛みつくかもしれないからな」

「はーい!」


 狼たちは少女の手や声を煩わしそうにしているが、クロードの言うことを聞いて大人しく座り少女に撫でられるがままになっている。撫で方はそれほど上手いとは言えず、毎日クロードにブラッシングをしてもらっている狼たちは毛並みが乱れることに少しずつ苛立ちを見せていた。しかし、ここで安易に少女へ噛みついてしまえば飼い主であるクロードが村人から危害が及ぶ可能性がある。だからこそ狼たちは大人しく、少女の我が儘に付き合っていた。

 それから結局、十分ほど少女に撫で続けられていた狼たちはそれはもう不機嫌そうにしながらクロードにくっついている。少女は満足そうに笑いながらクロードに対して感謝を述べ、聞いてないにも関わらずクロードへ自分がどれほど犬が好きであるかを話し始めた。

 正直、少女の話に興味のなかったクロードは適当に聞き流そうかとも考えたのだが、自身も狼が好きで知り合いを困らせた過去がある。この少女のように狼を犬と間違えるなどということはなかったし、狼の近くで大声を出すこともなかった。それに自身がどれほど狼を好きであるかなど尋ねられてもいないのに教えたことはない。それでも、知り合いに「狼に触れてもいいか」と尋ねた際に困ったような表情を向けられたのは事実だ。

 その時、クロードは自身が狼たちと旅をするきっかけとなったお守りの存在を思い出した。


「……お嬢さんは、犬のことがとても好きなんだな」

「はい! 大きくなったら、おじさんのようにたくさんの犬たちと一緒に旅をしたいと思ってます」

「ふうん、そうか」


 ならば、少女もこのお守りを使うことができるだろう。――たくさんの犬と共に過ごしたいと願っている少女ならば。


「お嬢さんの名前を教えてくれるかな? 俺はクロードというんだ」

「クロードおじさんですね。私は胡桃(くるみ)っていいます!」

「そう、胡桃ちゃんか。……犬が好きだという君にいいものをあげよう」


 クロードは胸元のポケットに入れていたそれを少女に手渡した。


「いいもの……って、この笛ですか?」

「そうだ。これは犬笛と言ってな、君が吹けば犬たちが君に興味を持って寄ってくるという優れものなんだ」

「えっ、凄い! それじゃあ、これを吹けば私もクロードおじさんのようにたくさんの犬と一緒に過ごすことができるんですね」

「うーん、まあ……そういうことだね」


 犬笛を貰った少女は、それはもう嬉しそうに、先程よりも一段と目を輝かせながら狼たちを見つめた。


「ああ、そうそう。それを吹くのは三日後、誰もいない場所で……ということを約束してほしいんだ」

「……今、吹いたらダメなんですか?」

「ダメだな。ここで君が吹いたら、俺の犬たちが君に興味を持って旅の足止めされるかもしれないからね。俺の旅にはこいつらが必要だから、ここで犬笛を吹かれちゃあ困るんだよ」

「……はぁい、分かりました」


 残念そうにうつむく少女だが、その目の輝きは失せていない。きっと、三日後を待たずに犬笛を吹くことになるのだろう。好奇心を持つことはいいが、それに負けてしまえば身を滅ぼすことだってある。誰もいない場所など探すことなく、人前でそれを使い大好きな犬に囲まれる自分を自慢するかもしれないのだ。

 しかし、すでに犬笛は少女のモノだ。これ以降は、いつどこで犬笛が吹かれようとクロードには関係ない。――たとえそれが、犬や狼などイヌ科の動物以外の命を奪うモノだとしても……。

 かつて、それを使って自身の故郷から家族や友人、知り合いの人々や家畜など、イヌ科の動物以外の命を消し去り、狼たちとの生活を選んだクロードには少女のこれからの未来など関係なかった。


「……と、いうことがあったんだ」

「うわぁ……。フェルトリタ大公国のある村から生きているモノが消えたって聞いたけど、元凶は君だったのかぁ」

「まあな。でも、今回の原因は胡桃ちゃんだよ。俺が狼を大好きなように、胡桃ちゃんは犬が大好き。大好きならたくさんいた方がいいだろう?」

「君ほど極端な人はなかなかいないと思うけどなぁ。まあ、あれは誰もいない場所で吹けば村人たちの命を奪うことはなかったんだぁ。君との約束を破った少女も可哀想だけれど、自業自得だよねぇ」

「そういうことだな」

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