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ゴーストキャリアー  作者: 八刀皿 日音
1章  聖女はアルバイト
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6.良い返事を期待してるぞ



「……さっきから騒がしいぞ。何があった?」



 ――古びたビルの殺風景な一室。


 恰幅の良い、今ひとつ品の無いスーツ姿の中年男の問いかけに、ドアも無い戸口に立っていた若い、いかにもなチンピラ風の男が答える。


「ええ……どうも先ほど、ガキが二人ほど、迷い込んできてたみたいで。

 余計なことを聞かれちまったかも知れませんし、ゲイリーたちが追ってますが……」


「何だと? ガキなんぞに構うな、余計に騒ぎを大きくしてどうする。

 ……まったく、バカどもが……さっさと引き上げさせろ!」


 中年男に命令されたチンピラは、あわてて電話をかけ始める。



 その様子に不機嫌そうに鼻を鳴らした後、中年男は改めて部屋の中央に向き直る。


 そこには粗末な一対のソファとテーブルが置かれ、彼と同年代の男が、うつむいて座り込んでいた。


 中年男は先の表情が嘘のように、穏やかな笑顔で、その向かいに腰掛ける。



「すまんエドガー、待たせてしまったな」



 うつむいていた男――エドガーは、その一言に緊張に硬くこわばった顔を上げた。



「い、いえ……大丈夫です、ブースさん」



 ブースと呼ばれた恰幅の良い男は、鷹揚にうなずく。



「で、ビジネスの話だが……。

 アリアドネ紡績のアニアド工場に、最近研究開発された新しい特殊繊維の加工データをまとめたメモリーが保管されてるそうじゃねえか。

 是非ともそれが欲しい、って話があってなあ……」


 エドガーは無言で、ただじっとブースの話を聞く。


「お前はあそこの警備を担当してるみたいじゃないか? だからだな……。

 ――ああ、別にそれを盗み出してこいとは言わんよ。お前一人じゃ難しいだろうしな。

 ただ――そう、ただ、俺たちが簡単に敷地内に入って行動できるように、少しばかり手伝ってもらえないかと思ってなあ?」



「べ、別にそれなら、アンタのツテで腕の立つハッカーでも雇って、必要なデータだけ盗み出せばすむ話じゃないですか……」



「それができねえから、こうしてお前に頼んでるんだろう?

 件のデータは、サーバーには無いらしくてな……存在するのはそのメモリーの中だけなんだよ。

 だからどうしても、お前ンところの工場にお邪魔したいってワケだ」



「で、ですが……ブースさん、わたしは……」


 エドガーが弱々しい声でなおも難色を示すと、ブースはずいと身を乗り出した。


「若い頃には一緒に『仕事』をしたこともある仲じゃないか。それに――」


 手を伸ばしてエドガーの肩を叩いたブースは、ソファに座り直し、取り出したタバコに火を着ける。

 そして、ゆっくりと吸い込んだ紫煙を吐き出した後……にやりと笑った。



「入院している息子が大事だろう?」



「! ぶ、ブースさん、まさかアンタ!」


 弾かれたように立ち上がるエドガー。

 しかしブースは、何らあわてる素振りもない。


「……そうだよなあ。

 妻を早くに亡くし、男手一つで育ててきた息子だ、大事に決まってる。

 だが……病気で入院しているそうじゃないか? 苦労するだろう?」


「だ、だったらどうだと……!」


「なに、俺たちも子供の命を人質に脅迫しようだなんてわけじゃねえんだ。

 言ってるだろう? ビジネスだってな。

 ほれ、今のままでも入院費やらバカにならんだろうし、もっと良い病院、良い医者に診せてやれれば……って気持ちもあるだろう?

 ――この仕事が成功すりゃ、その辺り、ちょっとは協力してやれると思うワケだ」



「…………っ」


 立ち尽くしたまま、無言で拳を握り締めるエドガー。



「良い返事を期待してるぞ?」


 ゆっくりと立ち上がったブースは、もう一度エドガーの肩を叩き、部下を引き連れて部屋を後にする。



 一人残ったエドガーは、崩れ落ちるようにソファに腰を下ろし、顔を覆って嗚咽を漏らしていた。









    *    *    *




「そ、ソウ君、何だかわたしたち、同じ所をぐるぐる回ってるような気がしませんか?」


「き、奇遇だねカタリナ。オレもさっきからそんな風に感じてた」



 ――とっさに飛び込んだ物陰に隠れたカタリナとソウは、息を整えつつ意見を交わす。


 黒い影から逃げ回って結構な時間になるはずだが、行けども行けども、彼らはこの迷路のような裏路地から脱け出すことができずにいたのだ。


 こんな目に遭うと、あの黒い影が、ますますこの世ならざる存在にしか思えなくなる。



「あれってやっぱり、『魂の導き手(ゴーストキャリアー)』の伝説に出てくる悪魔なんでしょうか……」


「捕まると深淵に引きずり込まれるって、アレかい? 確かにそんな感じだよな。

 でもオレたち、まだ魂になってないんだから、狙うにしてもフライングが過ぎるってもんだよ」



 カタリナを励ます意味も込めてだろう、そんな軽口を叩いて、ソウは周囲をうかがう。


 黒い影は、隠れていても正確に彼らを追ってくるが、幸いにしてそれほど速くないので、接近に気付きさえすれば逃げるのはそれほど難しくなかった。



「もうちょっとは休んでられるかな……」



 そう言って大きくため息をついたその瞬間、ソウはポケットの中でスマートフォンが震えているのに気付いた。


 姉、マキからの着信だ。



「――姉さん!」


『ソウ、まだ無事? カタリナもちゃんと一緒ね?』


「ああ、まだ何とか。

 でも迷ったのか、表通りの方に出られなくて……」


『分かった、ならあたしの指示通りに進みなさい、急いで!』



 有無を言わさぬ口調で告げて、マキは早速道順を指示し始める。


 ソウはあわてて立ち上がると、カタリナの手を引いて走り出した。



 右に左にと何度か道を折れた後、狭い箇所をまっすぐに抜ける。



 ――ここ、少し前に通ったような……。



 見覚えのある経路に、また堂々巡りに入るんじゃないかと肝を冷やすソウだったが――。


 邪魔なゴミ箱を蹴飛ばし、言われた通りの場所にたどり着いた二人の前に広がったのは……ひっそりと静まり返っているものの、ちゃんと二車線が通る、れっきとした表通りだった。



「や、やりましたねソウ君!」

「やったねカタリナ!」


 手を取って喜ぶ二人。



 その眼前に……派手にタイヤを鳴かせながら角を曲がってきた黄色いスポーツカーが急停車した。



「姉さん!」「マキさん!」


「乗って、二人とも!」



 助手席のドアを開けてマキが叫ぶ。


 ……しかし、二人は顔を見合わせたまま、なかなか乗ろうとしない。



「なにやってるの!」


「いや、でもこれ、二人乗りだし……。

 そうだ、カタリナだけでも送ってあげてくれよ、オレは何とか一人で――」


「バカなこと言ってるんじゃない!

 ソウ、アンタが先に乗って、その上にカタリナを座らせてあげれば済む話でしょうが!

 ――カタリナもそれでいいわね!?」


「わ、わたしは大丈夫ですけど、ソウ君は……」


「ソウならそれこそ大丈夫よ、役得なだけだから!

 ――ほら、分かったら早くする!」



 マキの剣幕に押されて、ソウが先に助手席に座り、シートベルトを締めると……。


 その膝の上に「ごめんなさい、失礼します」と律儀に断ってからカタリナが腰掛けた。



「で……何で二人とも、この状況下で買い物袋持参のままなの?」


「えっと、なんとな――」

「もったいないからです。食材を投げ出すとかありえません」



 ソウの力無い声をかき消して、断言するカタリナ。


 邪魔だから捨てろとか言わなくて良かった――と、ソウは内心胸をなで下ろす。



 マキはマキで、呆れたとも感心したとも言えない様子で、小さくうなずく。



「ああ……あなたはそういう子だもんね。

 ――ともかく、あたしもさっきから、車のような車でないような、変なモノに追いかけられてるのよ。さっさと逃げよう」


 言って、マキはサイドブレーキを戻し、アクセルを吹かせる。


「ソウ、しっかりカタリナの身体支えてあげるのよ。

 ……でも、ドサクサまぎれに変な所触ったりしたら蹴落とすから」


「ぜ、善処します……。

 カタリナ、ゴメン!」


 一言断ってから、ソウはカタリナの腰回りを抱え込む。



「よし。その手を離しても蹴落とすから、死ぬ気で掴まえてなさい。

 ――行くよ!」


 言うや否や、マキはエリーゼを急発進させる。



 強烈なGの影響で押し付けられるカタリナの身体、そのやわらかな感触を意識の外に押しやるべく、ソウは必死に口の中で「平常心、平常心……」と繰り返していた。


 ちらりとバックミラー越しに後ろを見たカタリナは、マキが言っていた存在が後を追ってくるのを確認する。


 なるほど、正体など分からないが、それが自分たちの見たあの影と同質のものであることだけは分かる。

 ――車のような形に凝り固まった影だ。



 幸いにして他の車も人気も無い道路のカーブを、エリーゼが後輪を滑らせながらの凄まじいスピードで何度か駆け抜けたところで……カタリナはもっともな疑問を口にした。



「でも……どう逃げるんですか?

 もし、家まで追いかけてくるつもりだとしたら……」


「そうね……頼りになるかは分からないけど、とりあえず警察にでも――」


 駆け込もうか、と続けようとしたマキをさえぎって、ダッシュボード上のスマートフォンがメールの受信を告げた。


 瞬間、予感めいたものを感じたマキは、カタリナにそのメールをチェックしてくれるよう頼む。



「えっと……ガブリエル、って人からみたいですけど……」


「……やっぱりか。中身はどうなってる?」


「はい、『ここまでくる』って一言と……地図が添付されてます」


 興味を引かれたのか、どれどれ、とソウがカタリナの肩越しに覗き込む。



「――ホントだ。この赤い線は……このルートを通れってことかな。

 ……うん。姉さん、どうもこれ、ここからケテル山までのルートを指示してるみたいだ。

 けど……信じていいのかな、これ。姉さんの知り合いとかじゃないんだろ?」


「でも、あなたたちの居場所と、合流ルートについての情報は正確だったわ」



 言いながら、マキはカタリナが持つスマートフォンの画像をちらりと見て――そのルートに入るよう、エリーゼを狭い道路に飛び込ませた。



「まあ、かのマリア様の受胎告知も、別に知り合いからってわけじゃなかったんだし。

 とにかく、そのありがたそうな名前に免じて、乗ってあげるとしましょうか……!」






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