表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゴーストキャリアー  作者: 八刀皿 日音
1章  聖女はアルバイト
4/29

3.誰のしわざかはこの際問題ではないのだ



 ――サンダルクト中央をゆったりと流れる、セフィラ最長の川、ティフェル。


 その流れに沿った地域の中では、川に調和して最も穏やかな時間が流れると評される、古い町並みが優美なポプルス地区の一画で……一人の若いスーツ姿の女性が、黒ずくめの車のボンネットに腰掛け、傾き始めた日の光を浴び金色に輝くティフェルの水面を見つめていた。



 蛇のエンブレムが付けられたその黒いスポーツカーは、『毒蛇(バイパー)』の名の通り、フォルムも、まさに地にあって獲物を狙わんとする蛇そのもので……金髪を風に遊ばせる、芸術的なまでの美しさをたたえた主人の女性と、なぜか奇妙なほど雰囲気が合致している。


 そんな、そのままで極上の絵画となりえるであろう風景の中へ、まったくと言っていいほど通りのない道から、派手な排気音を手みやげに入り込んでくる一台の車。



 まるで鮮血のような赤色をしたその大型の車――ジャガーXJ220は、バイパーのすぐ脇に停まると、運転席から、古風な眼帯で左目を覆う長身の男を送り出した。



「……いやいや、こんなところにいるとは思いませんでしたぜ、サマエルの姐御(あねご)



「どこにいようと私の勝手だ。それから、()()()ではサミアと呼べと言っている」


 その金髪の女、サミアは首だけを動かし、眼帯の男に冷たい表情を向ける。


「で、用向きは何だ? オーズ。

 お前には、『歓迎会』の準備を任せていたはずだが」



「ええまあ、そっちの方は何とか。

 天界の連中に新しく選ばれる魂の導き手も、さぞかし楽しんでくれると思いますぜ」



 眼帯の男、オーズは、服装と同じくだらしのない笑顔のまま、ゆっくりとバイパーを迂回し、眉一つ動かさないサミアのそばまで移動する。



「ま、もしかすると、そのまま退場ってことになっちまうかも知れませんがね。

 ……聞けば、二十歳(はたち)やそこらの小娘らしいじゃねえですか」



「ふん……つまらん先入観は捨てた方がいいぞ」


 サミアは唇の端をくいと持ち上げ、不敵に笑う。



「カマエルの奴はド変天使を装って――いや、実際9割方そのまんまだが、案外小賢しいところもある。

 まさか、ダテや酔狂だけで選んだわけではないだろうからな」



「……あのオネエ天使だと、それもありそうですがね……」


 眉間をぽりぽりと掻きながら、オーズは呆れた様子でつぶやく。



「ともかく、焦る必要などどこにもない。

 守りに入る天界の連中を一手ずつ追い詰めていけばそれでいい。

 ……そもそも、当の人間たちが闇を求めたのだ、遅かれ早かれ『深淵(アビス)』は開くことになる――必ずな」



 川に沿って吹いた風がさらう金髪を軽くおさえ、ぞくりとするほど美しくも冷たい笑みを浮かべるサミア。



「いやいや……。

 ああ、それはそうと、姐御――」



 何かを言いかけて、オーズは思わず口をつぐむ。


 原因は、少しばかり離れた古い石造りの橋にあった。



 ほとんど通りのないその橋を、場の静寂を切り裂くような甲高い排気音を響かせて通り過ぎていった車――。

 その黄色い小型のスポーツカーに、何とはなしに気を取られてしまったのだ。



「ふ、くく……」


 同じ方向へ視線をやっていたサミアが、唐突に声をもらして笑った。



「ど、どうかしやしたか、姐御?」


「何だオーズ、気付いて見ていたんじゃないのか?

 今通ったクルマ……あれが、どうもそうらしいぞ。噂をすれば、と言うか」


「へ? 今のが……ですかい? 新しい魂の導き手……?」



 オーズは眼帯に覆われていない眼を丸くして、石造りの橋とサミアの顔を見比べる。



「間違いない。カマエルが付けた印なら、他はどうあれ、私にはそれと分かる。

 ……ところで、先に何か言いかけたようだが?」


「あっと……そうでした。姐御に頼まれていたブツ、手に入れておいたんですがね……」



「――本当か? よくやった、オーズ!」


 それまでほとんど動かなかったサミアの表情が、はっきりそれと分かるほどの歓喜一色に染まった。



「いやいや、どこのコンビニ覗いても売り切れで、なかなか見つからなくて苦労しましたぜ。

 ちょっと待って下さいよ……」



 サミアの反応に苦笑しながら、オーズは一旦自分のジャガーに引き返す。


 そして、助手席に置いてあった雑誌を手に戻ってきた。



「おお……! まさしくそれは、『淑女ヘブン』の最新号!」



「しっかし、言っちゃなんですが、そんなにお楽しみなら、購読申し込みするなり、通販サイト使うなりすりゃどうです?」



「……まったく、お前は何も知らんのだな。

 淑女でヘブンなどと大層な名前を掲げておきながら、その実下世話で下劣、下品極まりない、そのくせ妙に信憑性のある、しかしその多くがデマである記事をこれでもかと並べ立てるこの代表的三文大衆雑誌は、定期購読も通販もなく、ただ少数がコンビニに流通するのみなのだ。

 ゆえにだからこそ、手に入れたときの感慨はひとしおであると言えよう……!」


 熱に浮かされたように語るサミアに、オーズはたじろぎながら愛想笑いを返す。


「特に、そう……あの、神魔ですら思いもつかないであろう、荒唐無稽の極みにありながら、空恐ろしい現実感をも備えた下世話なヨタ話が綺羅星のごとく散りばめられた、まさに宝箱と称するに相応しい魔の袋とじを、期待を胸に開くときの感動と言ったら……!」



「………え」


 雑誌を手にしたオーズの表情が凍り付く。



「……え?」


「あ、いやいや、何でもないっすよ、ええ、マジで――」


 引きつった笑みを浮かべながら、慌ててオーズが背に隠そうとした雑誌を――電光石火の早業で、サミアが奪い取った。



「………………。

 おいオーズ。これは何だ」



 サミアは雑誌を見開き、オーズの眼前に突きつける。


 本来閉じられていて然るべき中央の袋とじは、恐らくは手によって乱暴に切り開かれていた。



「い、いやいや、オレじゃないっすよ?

 た、多分、悪ガキのしわざかと……」



「まあ、そうかも知れんな。

 ――だが……誰のしわざかは、この際問題ではないのだ」



 サミアはオーズの顔面に開いた雑誌を押し付けると、そのまま鷲掴みにする。


 ギリギリと、まさしく万力で締め付けられるような常軌を逸した圧力に、オーズは裏返った声で悲鳴にもならない悲鳴を上げた。



「問題は……貴様が事もあろうに……わざわざこんな欠陥品を選び取ってきたことだ……!」



 大地まで揺れんばかりの迫力で、つらつらと怒りを並べ立てながら、さらにサミアは軽々と、彼女より上背のあるオーズを、頭を掴んだままの片手で持ち上げる。



 もうムリです、耐えられません、助けて、と口で乞う代わりに、オーズは必死になってサミアの腕を叩く。



 だがサミアはまるで気にした様子もなく、オーズの頭をボールのように振りかぶると……そのまま大河ティフェルの雄大な流れへと投げ棄てた。


 宙で2回転した哀れなオーズの身体は、水切りの石のごとくさらに3度水面で跳ねた挙げ句、ようやくしぶきを上げて着水し――ぷかりと、ゴミのように浮かび上がった。



「そこで存分に頭を冷やしたら、さっさと『歓迎会』の準備に戻れ。分かったな?」



 顔を水につけたまま、オーズはがぼがぼと泡を立ててうなずき返す。



 サミアはそんな健気ですらあるオーズの姿には目もくれず、さっさと自分のバイパーに乗り込んだ。



「まったく、風情や情緒の分からん無粋者の阿呆が……」



 意外に静かな排気音を残し、優雅にも見える動きでスルリとその場を後にするサミアのバイパー。




 それを見送るように……オーズはまた、ごぼごぼと泡を立てていた。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ