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ゴーストキャリアー  作者: 八刀皿 日音
1章  聖女はアルバイト
3/29

2.走らせてたよ、小学生の頃



「おーい、生きてるかー、姉貴ー?」



 そんなどこか間の抜けた呼びかけをしながら、とあるアパートの一室を訪れた、筋骨たくましい作業着姿の青年――ラファエルは、奥の部屋で複数のモニターとキーボードに囲まれた小柄な少女を見つけ、微苦笑を漏らす。


 子供用らしいピンクのくたびれたパジャマに、シブい唐草模様のどてらを着込んだ少女は、今ひとつ感情の読み取りにくい顔を、見つめていたモニターからラファエルへと移した。


 その顔立ちは、誰であれ見た者は息を呑むほどに美しく愛らしく、また長い栗色の髪が良く映えていて、造形だけを見ればまごうかたなき美少女なのだが……。

 影の射した表情や、そこはかとない陰気な雰囲気が、惜しくもその類い希な美貌の足を引っ張っていた。


 少女は、蚊の鳴くような声で何かを語りかけたが……ラファエルは必死に耳を傾けながらも、難しい顔で首を振るばかり。


 ラチが明かないと思ったのか、少女はキーボードが並ぶテーブルの端からタブレット端末を引き寄せ、文字を打って差し出した。



『なんのよう? ごはん、ちゃんとたべてる』



「いや、そりゃ食べてるだろうけどよ、またどハマりしたコアなインスタントラーメンとか、レトルトカレーとかじゃ……え? 昨日は違う?」



 ラファエルは少女が指差す方へぐるりと首を巡らせる。


 ろくに使っていないのが丸わかりのキッチンには、ラップのかけられた手鍋や大皿が置かれていた。



「ああ……また、親切なお隣さんが料理をお裾分けしてくれたのか。

 ――あ、じゃあ、いつもボサボサになってるはずの髪が、今日はまたキチンとしてるのも?」


 ラファエルの問いに、少女はこくんと頷いて答えとする。



「いや、天使がそこまで人間のお世話になってちゃいかんだろ……まったく、お隣さんにゃ頭が上がらねえな。

 いずれ菓子折でも持って、キチンとお礼にうかがわねえと――って、いやいや、今日来たのはそんな話をするためじゃねえんだ。

 ……そろそろ代替わりだし、姉貴に任せてた機械聖霊(グレムリン)、完成度はどんなモンかなって」



 少女は、表情の見た目こそあまり変わらないが……どことなく得意げに、手の甲を向けて中指をびっと立てて見せた。



「いや、それ、天使がやっちゃダメだろ!……というか、そんなにイヤな仕事だったか?」



 ラファエルの反応があまりに予想とかけ離れていたためか、不思議そうに首をかしげた少女は自分の手をまじまじと見つめ直し…………。


 やおら、今度は親指だけをぐっと立てて見せた。



「ああ、間違えただけだったか……一瞬、本気で姉貴の怒りを買ったのかとゾッとしたぜ。

 あの罪業の都市(ソドムとゴモラ)みたいな目に遭うのはごめんだからなあ」



 ラファエルの発言に、少女は一瞬不満そうに微かに眉を寄せるが、特に何を言うこともなく、またタブレットに手を走らせた。


 一瞬、自分の失言で本当に怒らせたのかと身をすくめるラファエルだったが、差し出されたタブレットの文章は、『それより、きになることがある』となっていた。



「……気になること?」



 少女は手元のキーボードを操作すると、モニターの一つを指差す。


 街の地図らしきものと、何らかのグラフが一緒に表示されたその画面を一緒になってしばらくのぞき込み、やがてラファエルは「なるほど」と渋い顔で身を起こした。



「このこと、カマエルの兄貴には?……もうメールしてある? そうか。

 なら、とりあえずどうするかは兄貴の判断に任せるか。

 ――え、オレ? そうだな、オレはオレで、準備を早めておいた方がいいかもしれねぇな」



 ラファエルが思案顔でそう言うと、少女はそうしろとばかりにうんうんうなずき、自分は改めてキーボードとモニターに向かい始めた。



「……で、姉貴はどうするんだよ、機械聖霊の方はもう大丈夫なんだろ?

 ――え? 悪魔どもの様子を監視しながらゲームでもしてる?

 いやいや、こんな昼日中から、アイツらだって活発に動いたりはしねぇだろ。

 それよりせっかくの良い天気なんだ、たまには外に散歩に出て日に当たろうぜ、な? 昼メシぐらいおごるからさ」



 ラファエルはさわやかに笑いかけるが、少女は首をふるふると横に振るだけだった。



「え、なに? 日光はキライだからイヤだ? どうせ散歩するなら夜の方がいい?

 ……姉貴、あんたってさ……。

 そんななのに堕天しないとか、ある意味スゲエよな……」



 そのひたすらにたくましい大柄な身体をすくめて、ラファエルは感嘆とも諦めともつかないため息をついた。











     *     *     *




 ――そもそも夜の闇に包まれた病院など、誰にとっても居心地のいい場所ではない。


 ましてや、重い病に冒され、いつ来るとも知れない死の恐怖に怯えながら一人、ベッドの上で過ごす幼い少女の身となればなおのことだった。



 目を閉じれば闇、開けても闇。


 人間にとって、死との繋がりが最も深いイメージであろう、闇。



 どうあがいても己の死を連想させる闇の包囲に、それでも少女は懸命に耐えてきた。

 楽しく、明るく、幸せに満ちた夢……それを心にまとうことで、生きるという意志だけは守り抜いてきた。


 だが、それももう限界だった。

 『死』がもうどうしようもないほど近くまで来てしまっていることを、彼女は本能的に理解していた。



 身体が、魂が、触れる。


 恐れ、避けていた領域に、ついに自分が重なっていく。



 しかし――。



(あれ……?

 なんだ、あんまり恐くないや……)



 ――それは彼女に限らず、いかなる生命でも驚くことだろう。


 おおむね命ある者からは恐れられているにもかかわらず、今にも彼女を包み込もうとする『死』は、聖母の慈愛に満ちた手を思わせる、ぬくもりと優しさにあふれていた。



(死んじゃうって、寒いって聞いてたけど……。

 今よりよっぽど……あったかい……)



 だが、それでも……彼女は、自分の身を委ねる気にはならなかった。



 明確な心残りがあるわけでもない。

 いや、たとえそんなものがあったとしても、すべて忘れて身を任せたくなるほど、『死』は暖かく、どこまでも優しかった。


 だが、それでも――。



(あったかくて……気持ちいい……。

 けど……。

 けど、あたし…………)



「――もっと、生きていたい?」



 少女の想いに答えるように、朦朧とする意識の中に、声が届いた。


 そして見えているかも定かでない視界の隅には、淡い光をまとった人影が現れる。



 人影は、少女の顔をのぞき込み、もう一度同じ質問を繰り返した。



「死がこれほど暖かで、安らぐものだと分かっても?

 ――それでも、生きたいかしら?」



 ……少女は、迷いなくうなずいた。


 身体がきちんと動いたかどうか定かではなかったが、相手には伝わっていると、なぜか確信できた。




「そう……分かりましたわ。あなたの願い、聞き届けてあげましょう。


 ………けれども、その代わりに――」








 ――ぎう~。



「ひ、ひだだーっ!」


 唐突に、かつ急激に頬から広がったリアル極まりない痛みに、マキは長机に伏せていた頭をがばっと跳ね上げる。



「あっはは、変なカオー」


 マキの頬を赤みが差すほどつねっていた指をようやく放し、隣りに座っていた友人の日本人留学生、鏑木(かぶらぎ)祥子(しょうこ)はケラケラと笑った。



「いきなり何すんのよー……いったいなぁ、もぅ」


 頬をさすりながら恨みがましい目を向けるマキだったが、祥子はまったく悪びれる風もなく、さらりと答える。



「いや、呼んでも起きないんで。もう講義は終わっとるんだぜ?」


 言われて初めて、マキは教室内の人気がほとんどなくなっていることに気付いた。



「……ホントだ。じゃああたし、まるまる寝てたってコト?」


 何か鮮明な夢を見ていたと思いながら、しかしその内容はまるで浮かんでこなかった。

 寝起きでぼやけているのかと、マキは何度か頭を振る。



「まァね。あんたは基本よく寝る子だけど、今日は特に豪快だったね。徹夜でもした?」


「徹夜ってほどじゃないけどね……なんかカタリナが、ソウに格闘ゲーム負けたのが悔しいから練習するって言うんで付き合ってたんだけど……あの子、妥協知らずだから……」


 無意識のうちにか、コントローラーを握る形になったマキの手が宙をさまよう。



「カタリナちゃんって、あんたのトコで住み込みでメイドやってるあの子だよね?

 ハッキリ言って、あんたより全然マッタク、いかにもお嬢様な雰囲気の。

 ……初めてあんたの家に行ったとき、わたし何かダマされてるんじゃないかって混乱したなぁ。うむ」



「ああ……正論だよ、べらんめー。

 けど、本人前にしてそれを言うかー……」


 べたんと、長机に突っ伏すマキ。



「しっかし、洋館にメイドとか、すっごいよねえ。さすがお嬢様」


「……ま、ニセモノですけどねぇー」


「スネるなスネるな。庶民的で付き合いやすいって褒めてあげてるんじゃないかね」



「それはどーも。……けど、ウチって歴史だけはあるけど、お金はそんなに無いよ?

 パパが、お金は社会に還元してこそだって主義の人だからまるで貯まらないし。

 ……家は古いだけで色々ガタがきてるし、カタリナも、正確にはメイドってわけじゃないし」



「あれ、そうなの? 思い切りメイドさんな服装してたけど」


 マキの家に行ったときのことを思い返しながら、首をひねる祥子。



「むしろ妹に近いかな。あの子のお父さんがパパと友達でさ、そのお父さんがあの子が小さいときに亡くなって、身寄りが無いからってパパが引き取ったの。

 だから、本当なら養女としてウチの子になるはずだったんだけど……本人が、それはあまりに申し訳ないって固辞したらしくて。

 ――で、ただ面倒を見てもらうだけなのも気が引けるから……って理由で、自主的にメイドの仕事をするようになったわけ。しかもちゃんと学校に行きながら。


 ただ、あの子……可愛いってだけでなく、誠実で努力家と性格は良いし、礼儀作法も完璧、運動も勉強も何でもこなす、いわゆる才媛ではあるんだけど……。

 どーしてだかメイドの仕事、つまるところ家事全般は穴が多くてねえ……一生懸命なのは確かなんだけど」



「………」


「………」


 二人の間につかの間、何とも言えない沈黙が降りる。



「それ……ホンモノだからじゃない?」


「ああ……そうだよ、あたしゃニセモノだから家事は得意だよべらんめー」


 べたんと、再度長机に突っ伏すマキ。



「すまんすまん、冗談冗談。

 ……ま、それはさておき、今日の約束、覚えてるよね?」


「……約束ぅ? 何かあったっけー?」



 これまで弄られた反撃とばかり、含みのある笑みですっとぼけて見せるマキ。


 すると祥子は、いきなり泣き顔になってマキの肩を激しく揺さぶった。



「マーキーエーモーン!」


「うわ、やめてよ! その、ダメダメなメガネ男子がネコ型ロボット呼ぶときみたいな泣き声であたしのフルサイズの名前呼ぶのは!

 ああもう、わーかってる、ちゃんと覚えてるって!」



 せっかくの反撃も、あっさり鎮圧されてしまうマキ。


 祥子は勝者の笑みで、ぽんぽんとその肩を叩いた。



「かっかっか、さっすがー。

 よし、今度褒美にどら焼きを馳走して進ぜよう」


「だから一緒にするなっての!

 ……べらんめー、この名前、日本人にはこれだからな~……!」


 長机に片肘をつき、ふんと鼻を鳴らすマキ。



「ごめんごめん、怒んないでってば」


「別に怒っちゃいないけどさー。

 ……まあ、カブちゃん以外だったら知らんけど」


 マキの何気ない言葉に、今度は祥子が顔をしかめる。



「あー、それ。それそれ!

 わたしはわたしで、何とかなんないかい? その、出前用のミニバイクみたいな呼び名」


「なんで? 良く走るし、燃費良いし、可愛いし。

 いいじゃない、カブ」


「はあ……まったく、みんなして。

 ――そんじゃ行こうかマキ、時間もったいないし」


 一度小さく肩をすくめ、祥子は鞄を手に立ち上がった。



「はーいはい、っと。

 で……確か、デュナミス通りの方へ送っていけばいいんだっけ?」


「そうそう。新しくできたスーパーとか、ちょっと視察にね」


 マキも手早く荷物をまとめると、祥子と連れ立って教室を後にする。




 ――彼女らの通う、セフィラ随一の歴史をもつオファニア総合大学は、門戸が広く、難関と呼ばれるほどの大学や、他の伝統校に比べると、入学はそれほど難しくない。


 そのせいもあって、学生数、敷地面積もともにやはり随一で、講義を受ける教室によっては、駐車場や駐輪場まで結構な距離を歩かされることもあるのだが……。

 幸運なことに最後に受けた講義がエリーゼを停めてある駐車場にもっとも近い棟だったマキたちは、ものの数分でそこまでたどり着く。



「でもカブちゃんはエラいよねえ。

 親をちゃんと説得して単身留学、しかも生活費のやりくりのために、こうやって食材の安いお店とかリサーチまでしてさ」


「そう? 別に普通でしょ、わたしはやりたいことをやってるだけだもん。節約も自炊も半分以上趣味入ってるし。

 ――ああそうそう、自炊と言えばだね……」



 ちょっとしたテーマパークのそれと同程度の規模がある広い駐車場内を歩きながら、二人は会話に花を咲かせる。



「アパートのお隣さんと最近仲良くなったんだけどさ。

 わたしと同じ、女の子の一人暮らしなんだけど……その子がもう、すっごい母性本能と言うか、庇護欲? みたいなのをかき立てられるカワイイ子でねー。

 実はわたしより年上らしいんだけど、どう見たって中学生か、ヘタすりゃ小学生って感じで。

 ……で、最近はその子に料理お裾分けしてあげてるから、食材の調達にも力が入るってわけなんだー、これが」



「へぇー……あたしたちより年上ってことは、何か仕事してる人なの?」


「うーん……多分、ただの引きこもりかと」



 祥子のさり気ない一言にマキは、え、とも、げ、とも取れない濁ったうめきを漏らす。



「パジャマにどてら一色で、ジャンクフードに囲まれて、昼夜関係なくパソコンとにらめっこしてるみたいだからねぇ。

 しかして、エンジニアって感じでもなく」



「そ、そう……」


 よくそんな人間と仲良くなる機会があったものだと、感嘆しきりにうなずくマキ。



「ああ、それでマキ、あんたの方は今日はバイトなのかい?」


「え? うん、まあね。

 今日は病院の小児科に慰問に行くことになってる」


「バイトでシスターって、何かスゴイよねぇ……でも、それっていいの?」


 マキは微苦笑をもらした。


「でもほら、日本でもアルバイトの巫女さんとかいるんでしょ?」


「まあ……ねえ。そりゃ確かにそうなんだけども」



「ま、厳密にはダメなのかも知れないけど。

 ウチ……っていうか、セフィラのキリスト教って、島国のせいか、カトリックとかプロテスタントみたいな区別から言うと、どこにも属さない一種独特の宗派らしくて。

 結構特殊というか……一般的な感覚からすると、大雑把に表現すれば『ゆるい』ところが多いみたい」



「へぇ……でもそんなので、他の宗派から目のカタキにされたりしないわけ?」



「目のカタキどころか、セフィラの独自性については、法皇様が正式に認めてるみたい。

 それも、もう何百年以上前から。

 だから、揉め事ならプロテスタントとか、英国国教会(アングリカン・チャーチ)とかとカトリックの方が多いぐらいのはずだよ」



「ほっほぅー……。なかなか面白い話でないの」


 感心しきりといった感じで、うんうんうなずく祥子。



「カブちゃんって、意外にもこういう話も好きだよねえ」


「うん、好きだね。オカルトとか宗教とか、わりかし。

 ……でも、何でわざわざバイトで教会に?

 こう言っちゃなんだけど、マキってそれほど信心深くもなさそうだし」



 祥子が首をかしげると、「そう?」とマキは意味ありげに微笑む。



「まあ……何て言うか、昔、神サマの奇跡みたいなのを体感する機会があったからさ。

 どうせアルバイトするなら、少しでもそのときの恩を返せるようなのがいいかな、って。

 ……ウチのパパが慈善事業とかに熱心な人だから、バイトするって説得するのが楽だった、ってのもあるけどね」


「ふぅーん……」


 その奇跡とやらを聞きたそうな祥子だったが、ちょうど車の前にたどり着いたところだったからか、それともマキの雰囲気に、気軽に聞けないものを感じ取ったからか。


 ともかくそれ以上追求することはなく、エリーゼの黄色い車体に手を伸ばす。



「そう言えばこの車、お母さんの形見だって話だっけか」



「うん。ママが瑛里沙(えりさ)って名前だったから、パパがこのエリーゼをプレゼントしたんだって。もともとエリーゼって、エリーザってイタリア名から付いたらしいから。

 ……で、ママが亡くなって乗り手がいなくてガレージに眠ってたのを、あたしが受け継いだってわけ。

 だから、型としてはちょっと古いんだけど……エリーゼは現行のS2ってモデルより、断然S1ってこの初期型のモデルの方があたしは好きなんだよねー。

 あ、ちなみに初期型は基本的にパワステもエアコンも無い仕様だったんだけど、さすがにそういったところは改めて全面的に手を加えてもらってるから。

 残念ながら、エンジンまで後期型のトヨタ製にってわけにはいかなかったんだけどね。

 でもまあ、ライトウェイトスポーツとしての高い性能はちゃんと維持してるわけで――」



「ああうん、分かった分かった!

 イイ車だよねえ、うん、確かに」



 放っておくといつまでも熱く語りそうだと思った祥子は、適当に相づちを打ちながらマキを運転席に押し込んだ。



「むう……まだまだ、このコの魅力は語り尽くしてないのに」


 口を尖らせるマキを適当になだめて、祥子も助手席に乗り込む。



「しっかし、さすがスポーツカー。

 座席は二つだし、シートは深いし、車高は低いし……乗り心地も、正直ちょっとアレだし」


「あによ。文句あるならタクシーでも呼んであげようか?」



「あー、すまんすまん、別に悪く言うつもりじゃなかったんだよ。

 ……でもマキ、あんた免許取って何年も経ってないでしょうに、お母さんの形見とは言え、良くこんなガチガチのスポーツカー乗りこなすもんだよ。

 ……まさか、子供の頃から無免で走らせてたとか?」



「ああ、うん、走らせてたよ、小学生の頃。

 ドリフトとか、そのとき身体で覚えた」



 祥子の冗談を、シートベルトを締めながらマキは真顔であっさり肯定する。


 そして、当の祥子があんぐり口を開けて絶句しているのに気付くと、苦笑しながら手を振った。



「……なーに、その顔。

 もしかして、あたしがとんでもないワルだったんじゃないかって疑ってる?

 ――違うよ、ほら、日本でもそうだろうけど、私有地内なら、免許なしで運転しても別にかまわないでしょ?

 今はもう売り払っちゃってるけど、その頃ウチ、山の麓の方にそこそこ広い土地を持ってたから、そこで、ね。

 ……どうしても、ママの形見を走らせてみたくて」



「おおう……さすが旧家のお嬢サマ……やることのスケールが違うぜ。

 けど、大和撫子って単語が大好きなあんたのパパさんが、よくそんなこと許したもんだ」



「あっはは、確かにねえ。……まぁ――」


 マキはどこかいつもと雰囲気の違う笑みを浮かべながら、キーを回す。



「――最後のワガママだと思われてたから。その頃は」




 火を灯したエンジンの力強いいななきは――。


 マキのそんな感傷めいた独り言を、空気の中に掻き散らしていた。






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