第2話 ウザったい少女とメンドくさい騎士
第2話になります。
リコッタちゃんの可愛さを盛り込めるだけ盛り込んだつもりなので、是非楽しんでください。
ギルドに並立された酒場『竜尾亭』はリコッタ御用達の御食事処だ。
そうというのもここは美味い、安い、大きいと彼女が食事に求める要素が全て揃っているからだ。
それらの要素と御用達の宿が近いというのも魅力だが、気安く入り浸れる空気こそリコッタがここを気に入っている一番の理由だ。
周囲の騒がしさをいつもと変わらない自然のものと受け止めて、カウンター席の右端をいつも通り陣取った。
恰幅のいい婦人が現れると、リコッタはまだあどけなさが残る笑みで挨拶をした。
「こんちわ、ミルさん!」
「あら、リコッタちゃん。
ダンジョン探索お疲れ様」
彼女はここの主人であるミィルキン・マールだ。
彼女の年齢は初老に達していながら、未だその雰囲気は壮年のままだ。
人懐っこい活発な笑みを絶やさず、その人柄が店の雰囲気に表れているのだろう。
事実、馬鹿者たちのどんちゃん騒ぎがひっきりなしに店内で響いている。
「ミルさーん、今日のおすすめは何だー?」
「今日は特別な物は出してないけど、明日は凄いわよ。
ちょうど東の海から逸品の干物が届くからね!」
「おおっ! じゃあ今日は魚じゃないのを食べるか!
そんじゃいつも通り、鶏肉の包み蒸しで!」
注文を終えると、リコッタはせわしなく足をばたつかせる。
感情が正の方向に揺れると出る彼女の癖だ。
行儀悪いよ、ミィルキンに窘められるも、食事に期待している彼女のそれは止まらない。
「あふぁ……ねむ……」
だが、しばらくするとその動きが徐々に緩慢になってきた。
リコッタ自身の意識が、うつらうつらとしてきたのだ。
ここ数日は最高層である26層を彷徨っていたので、彼女には相当な疲労が溜まっていた。
眠くなるのも仕方ない事だろう。
食事場で眠りかけるのはマナーとしてはよろしくないが、リコッタがここを安心できる居場所だと認識している事も意味している。
その様子を見たミィルキンもまた、無防備な彼女の姿に苦笑を浮かべざるを得なかった。
「ほら、できたから起きな」
ゴトリ、という音と共に飛びかけていた意識がか細く繋がった。
皿の上に真白な布に包まれた何かが置いてある。
「いただきまふ……」
寝ぼけ眼で布を広げると、視覚と嗅覚が鮮やかな彩りに包まれた。
芳醇な香草の匂いが広がると共に、疲れに微睡んでいた意識が覚醒する。
香ばしく照る鶏肉、黒光りするキノコのカサ、旨味を吸い青さを深めた山菜――それらの色彩は胃に収めれば消えるというのに、真白い布のキャンパスを鮮やかに染め上げている。
肉をつついた時の弾力とそれでいて容易にフォークに刺さる柔らかさが、溢れ出る肉汁と共に食欲を誘う。
もっとも、これだけ五感に至福の刺激を受けながら『すげぇ美味そう!』としか感想が浮かばないのが、リコッタ・リースレットという少女がちょっと残念であるのを象徴している。
「んむっ! はむんっ!」
食器をせわしなく動かしながら、リコッタの口へ次々と料理が運ばれていく。
味の感想を告げるような殊勝さも、また味を正しく表現できる語彙もリコッタは持ち合わせていない。
だが、喜色のみでころころと変わる二十七面相が彼女の感想を如実に表している。
そんな彼女の姿を見て、ミィルキンは『この子は通常運行だねぇ』と苦笑を浮かべて様子を見守り続けた。
「ごちそうさまでした!」
「はい、おそまつさまでした」
食器をテーブルに置くと同時に、リコッタは終の言葉を心地よく発した。
満腹で膨れたお腹をさすりながら、食後の多幸感をしばし堪能する。
「ふぅ~、食った食った~。
さて、久々に大遊びしますかねぇ!」
リコッタの一言によって若干ミィルキンの笑みに呆れが混じった。
店内の騒がしさが一層増す予感を感じながら、意味のない忠告を彼女に告げた。
一応店主として場を提供する者の、最低限の窘めだ。
「探索明けで羽目を外すのはいいけど、手加減はしてあげるんだよ?」
「分かってるって! 生かさず殺さずが基本だからな!」
物騒な言葉と共にリコッタはその場を離れる。
酒場の喧噪で一際五月蝿い場所――いかにもゴロツキといった見た目の冒険者が多数座るテーブルへと向かっていった。
「よっ、お前ら。久々だな」
「げっ! リコッタ、戻ってきたのか……!」
「げっ、とはご挨拶だな。
一緒に遊ぶ仲じゃないか」
「お前との遊びは遊びに入んねぇよボケガキ」
リコッタの登場とともに、冒険者の男たちはビクリと肩を震えさせる。
ゴロツキのリーダー格――青髪のリーゼント頭が特徴的な男、キールがただ一人、平然と彼女へ返事をしていた。
彼でさえも冒頭に『げっ』と塩対応気味な枕詞を添えていたが。
「相変わらず楽しんでんじゃねぇか。
ここは一つ、アタシも混ぜてくれよ」
「別にいいが、どれだけバカが乗ってくれるかねぇ」
ノリノリで話しかけるリコッタの視線の先には、4種の記号と13の数字で区別された札の束――トランプがあった。
今回はポーカーで遊んでいたのだろう。
各々の手札として5枚のカードが握られている。
リコッタが参戦を宣言すると同時に、テーブルに着く男たちの視線が険しくなる。
それは今度こそこのガキを素寒貧にしてやるという復讐心がこもった情けない物だった。
ただ一人、赤髪の若者だけが異なる意志を発していた。
「お、俺はリコッタが混じるなら抜けさせてもらうぞ。
ただでさえ負けが込んでんのに、リコッタにまで取られてたまるかっ」
「そうつれない事言うなよ」
「冗談言うなぁ! これ以上絞られたらティファニーちゃんと1ヶ月は遊べなくなっちまう!」
悲鳴を上げながら男はリコッタに席を譲り、彼女の後ろに立つ。
野次馬としてはリコッタの遊びに興味があるようで、立ち見に徹する様子だ。
ちなみにティファニーちゃんというのは赤髪の男の彼女ではない。
哀れ、合掌。
「さって、久々だしちょっと緩めに行きますかね。
お、いきなりスリーペア」
「チクショウ! 初戦から幸先いいなコイツは!」
怒号と共に賭け金が飛ぶ鉄火場が開戦した。
「んー、今回は降りるわ。
ブタだしな」
「そこは乗れよぉ!
こちとらフルハウスだったってのに!」
「おい、今すり替えでストレートの手作っただろ」
「くくっ、乗った後だからもう降りられないぜぇ?
ここじゃイカサマはその場で指摘されない限りペナルティはないからなぁ!
そのチップ全部いただくぜぇ!」
「まあこっちはフラッシュなんだけどな。
そら、そこのタワーになったチップ全部寄越せ」
「お前ぇ! お前お前お前本当にお前ぇ!」
「高いツーペアだしワンチャン通るかと思ったけどやっぱりダメかー。
ほら、チップ1枚だ」
「収支のリターンが釣り合わねぇよ……うう……」
常勝無敗、死屍累々という言葉が相応しかった。
彼女の周囲の男どもはほとんどが精気を抜き取られたような虚ろな表情を浮かべている。
「は~♪ 快勝快勝♪」
「お前、相変わらず容赦ないな」
「ちゃっかり勝ち馬に乗ってるキールには言われたくないぜ」
リコッタの言の通りに、チップの山が築かれているのは彼女とキールの前だけだった。
危なかった……収支プラマイゼロだ……と安堵する者も数人だけいたが、他の男はことごとく絶望に顔を突っ伏している。
彼らの賭け金の鉱山を掘り尽くされ、地下である財布の深層にまで到達していた。
挽回を誓ったのか、突っ伏したうちの一人が顔をもたげて叫びをあげた。
「く、くそう! もう1回、もう1回だ!」
「やめとけって。お前の財布はもう空だろ?」
「や、宿から取ってくればまだできる」
「それ間違いなく生活費だろ……。
キール、こいつを止めてくれ」
「というか今日は解散だな。
リコッタ、いつも以上にやりすぎだぞ。
今回はお前も十分楽しんだだろう」
「おう! 今日のところは、な!」
つまり、明日以降はどうなるか分からない。
この危険な賭博場がまた開演されるのでは、という怯えに男たちの表情に男たちの表情は固まる。
誰か彼女を止めてくれないものか。
その願いが届いたのか、竜尾亭に1人の女神が降臨した。
「リコッタちゃ~~~ん!!!
ひっさしぶり~!!!」
突然の絶叫と共に、金髪の女体型飛来物がリコッタを襲撃した。
リコッタは無表情で体を屈め、それが描く放射線上から身を外す。
飛来物はルート上にいる突っ伏していた男に衝突し、彼をそのまま抱擁した。
「リコッタちゃ~ん!
会いたかったよ~!
フケの混じったボサボサな茶髪!
ポーカーで全持ち金溶かした顔!
そろそろキツい加齢臭が漂い始めて垢がたまった皺!
3日も剃ってはいないだろう無精髭!
この姿、まぎれもなく1ヶ月ぶりの……リコッタちゃんじゃなあい!
誰!? この人!?」
「じゃあな、キール。
久々に羽目外せて楽しかった」
「おう、またな」
1人で酒場の喧騒をかき消す少女の登場を意に介す事なく、リコッタはキールに別れを告げる。
キールもまた、闖入者の叫びを無視して別れの言葉を告げる。
哀れ、リコッタにとっては青天の霹靂の如き少女よりも賭け事と酒に強いおっさんの方が重要だったようだ。
「あー! リコッタちゃんまた私を無視したー!
私、リコッタちゃんをそんな悪い子に育てた覚えはありません!」
「ミルさん、お勘定まだだったよな。
ほい、銅貨10枚」
「あいよ」
「ごめんリコッタちゃーん!
騒ぎすぎたのは謝るから! お願いだから無視しないでー!」
あんまりな塩対応に耐えかねた彼女は悲痛さを込めながら謝意を表す。
なお騒がないと言っているにも関わらず、その発言自体が五月蝿いのは内緒である。
「ああ、久しぶりだなアンナ。
じゃあまたな」
「無視しなけりゃいいってもんじゃないでしょー!?
それが久々に親友と会った時の対応かー!」
「いや、行きずりの関係だと思うんだけど……」
アンナと再会して数分だというのに、リコッタは憔悴したような表情を浮かべている。
それというのも、リコッタ自身はアンナが何故自分にここまで構うのか一切心当たりがないからだ。
いつの間に現れた好感度MAXの忠犬がへっへっと息を切らしながら迫ってくる様子は、恐怖こそないもののリコッタにとっては困惑の塊だった。
「という訳でリコッタちゃん! 今度の探索は私たちと一緒に行こう!」
「相変わらず唐突だなー。というかアタシはソロで十分だから別に乗る理由はないんだけど」
「そんな事はないよー!
仲間で協力すればより上の階層を目指せるし、庇い合う事で負傷のリスクも減らせる。
そこで徐々により深い友情が築かれ、その関係は未来へと美しき冒険譚として語り継がれる!
何より! リコッタちゃんは私の目の保養になる!」
グイグイと迫ってくる勧誘はまるで押し売りのようだった。
お目々キラッキラといわんばかりの笑顔で詰問するアンナの言動にリコッタは思わずたじろぐ。
それと無駄に高い外見評価にリコッタは当惑するばかりだ。
リコッタ自身は癖のある黒い髪には清潔な印象を覚えていないし、瞳は燃える赤色に反して光が薄いのであまり明るく見えないと思っている。
それに比べて目の前の少女は、金髪、青目、清潔と煌びやかな印象を与える物が揃っている。
それなので最後の文句は妄言だろうとスルーしつつ、他の部分を完全論破してこの場は断ろうと判断した。
「いや、アンナの攻略度に合わせると収益が減るから。
攻略階層は低いし、皆で利益分配するせいでアタシに旨みがない。
何より、アンナが言った理由はアンナ視点での利点であってアタシが度を共にする利点じゃない。
現にアタシは一人でもやってこれてる」
「ニベにもないお言葉をー!?」
絶望と共にアンナの四肢は地に付く。
それだけの仕草で周囲が同情するほどの壮大な悲壮感を出せるというのだから、アンナというのはきっと感情表現の天才なのだろう。
「だから最前線を一人で走るような馬鹿者とは関わるなと再三言っているではありませんか、アンナお嬢様」
賭けに負けた男たちに匹敵する絶望感を纏っていたアンナに声をかけたのは、同じく金髪青目の少年だった。
凛とした面立ちはアンナやリコッタより一回り年齢が高い事を証明しており、アンナの兄か保護者といった印象を与えている。
「あながち間違っちゃいないが、馬鹿者呼ばわりはムカつくんだが。
シリウスさんよぉ」
「相変わらず粗暴な口振りですね。
汚らしい上に口汚いとは度し難い」
「何だとぉ!? これでもアタシは綺麗好きだ!」
「ああー! シリウスもリコッタちゃんも喧嘩しちゃダメだよー!」
一触即発の空気になった2人の間に、アンナは慌てて仲裁に入る。
リコッタとシリウスの関係はいつもこうなのだ。
リコッタ自身、初めは喧嘩腰ではなかった。
だがシリウスは何故だかリコッタに対して辛辣であり、その上一切それを隠そうともしないので、いつの間にかそれへの苛立ちが表に出てしまうようになった。
「何度も言っているだろう、お嬢様には近づくなと」
「だから、アタシもアンタらとツルむ気は一切ないって言ってんだろ?」
「そいつは殊勝な心がけだな。
その言葉、これからは頑なに守ってもらえるとありがたいのだが」
だが罵声は止まらず、次第にどちらが悪いかの水掛け論に発展していく。
「アンナが勝手に付きまとってるだけだ。
アンタが手綱を握ればいい話だろ?」
「私、犬か何かなの!?
扱い酷い!」
「気安くお嬢様の名前を呼ぶなぁ!
あとお嬢様は私の手に収まるほど小さな器ではない!
故に多少の暴走は致し方ない事!」
「分かった。
お前、アタシを見かけても二度と話しかけるなよ?
こんな風にシリウスが暴走して大変な事になるから」
「ええー!? そんなごぶたいなー!?」
「お嬢様をアンタ呼ばわりするなぁ!」
「相変わらず面倒臭ぇなお前ら!?」
堂々巡りになる会話に、思わずリコッタは頭を抱える。
どうにも彼女らとはこのように拗れた会話ばかりが続くようになってしまう。
「うるさいよ! アンタら!」
警告の声と共に、拳が頭上へと振り落とされる。
それはアンナとシリウスだけでなく、リコッタにすら反応できないほどの速度だった。
過たず確実に彼女らの3点を捕らえた鉄槌が、同時に鈍い音を響かせていた。
「「「いっ、たーい!」」」
故に、彼らの絶叫もまた同時。
拳の主を確かめると、そこには店主であるミィルキンが立っていた。
その姿を捉えてようやく、リコッタたちは自分が店内で迷惑なほどに騒いでいたと気づかされた。
ところでミィルキンが拳を下ろした後に取った残心の構えは、どうみても体を右手一本しか動かさなかったように見えるのはどういう理屈だろうか。
「冒険者仲間で馬鹿騒ぎするのは結構だけどねぇ、席にも着かず突っ立ったままってのは迷惑なんだよ」
「「仲間じゃない!」」
「仲間!? やったー! リコッタちゃんとパーティだー!」
「おだまり!」
「「「げはっ」」」
再び謎の同時攻撃で言葉を遮られた。
同じ箇所を殴られたせいか、鈍痛はより重く頭に響く。
「うう……今日のところはあがらせてもらうぜ。
こんな事は今回限りにしてもらえると助かる」
「私は楽しかったよー!
またお話しようね! リコッタちゃん!」
「勘弁してくれ……」
体に疲労感を覚えながら、リコッタは竜尾亭から立ち去る。
どうにも彼女たちと関わると、良いか悪いかは分からないが大騒ぎをしてしまう。
趣味である賭け事の時も大きく騒いでいるのだが、どうにもアンナたちとは違う方向性で体力を使うのだ。
空を見上げれば、微かな輝きの星空が竜尾亭に入った時よりも角度を大きく変えている。
相当な時間、長居をしていたようだ。
リコッタが通い詰める宿場は大していい布団ではないが、これだけ騒いだのなら今夜はグッスリと眠れそうだと感じた。
きっと明日目が覚めたら朝日ではなく正午の太陽と相対する予感を覚えながら、リコッタは帰路に着くのだった。
ギャンブル強い女の子っていいよね。
というかアウトローな女の子いいよね。
なのでリコッタちゃんに煙草吸わせるか死ぬほど悩んでます。