『ガリバルディ上陸セリ』――秘密回線は伝えた
「では、本日はお願いしますわね」
イルマ公使の言葉で、会談がスタートした。
最初はイリリア=エトルリア関係の現状について。両国間の貿易が増えている現状や、逆にイリリアからはエトルリアの対外強硬姿勢に懸念を持っている事実を伝え、エトルリアがやんわりとそれを否定する一幕もあった。
そして話題は今後の展望に移る。
「……ええ、では」
ユリアナが経済協力への要請を口にしようとしたその時、
「カストリオティ大統領、すこしよろしいでしょうか?」
公使のイルマが待ったをかけた。予定外のことに、イリリア側の出席者の顔が訝しむ。
イルマはまるで舞台女優のように全員の注目を浴びようと間をため、そして言った。
「イリリアでは近頃、大規模な軍備再編を行う計画があるそうですわね」
「…………」
イリリア側出席者一同はその言葉に固まった。公表していなかったはずの軍事改革委員会の情報が漏れていたことも衝撃だったが、経済協力の話しかしていなかったこの場に置いて「軍事」というキーワードが出てきたことの方が大きかった。
「……ええ、まあ。良くご存知ですね、その事」
ユリアナがどうにか口を開くと、イルマもにっこりと笑う。
「ええ、耳は昔から良い方ですのよ」
「そうみたいですねぇ。良すぎて心配にあります。いい耳鼻科をご紹介いたしましょうか?」
「そうですわね。色々雑音も入ってきますから、お願いできますか?」
「それで本題は?」
ユリアナが問うとイルマはそばに控えていた部下から一枚の紙を差し出した。他の部下たちも同じ紙をイリリア側関係者に配って回る。
「我がエトルリア王国は貴国に軍事支援を行う準備がございますわ。そしてゆくゆくは同盟を結びたいと考えております」
「同盟、ねぇ」
ユリアナは書面に目を通した。エトルリア軍が作成した無償支援可能な武器、即時派遣可能な軍事顧問の数、及び資金額についての簡単な走り書きだった。
「すごい……」
思わず声を漏らす。イリリアが喉から手が出るほど欲しい火砲や小火器、軍艦、その上最新鋭の戦車までがもが名を連ねている。
「もちろん、そちらはあくまでこちらからの提案にすぎませんわ。貴国の要請に応じて変更する準備もございます」
イルマの言葉に、出席していた軍関係者が喉を鳴らした。何人かが部屋を出ていく。陸軍省や海軍省本部への伝達に走ったのだろう。
ユリアナはそれを横目で追って、イルマへと尋ねた。
「えーっと、公使、同盟と言うのは?」
「その名の通りですわ、カストリオティ大統領。厳しさを増すレヴァント情勢、貴国も独り身では不安でしょう。我が国は持ちうるすべての力を持って貴国の安全と平和をお守りしようというお話です」
ユリアナは笑う。
「もっとお早目に言ってくださればよろしかったのに。公使も人が悪い」
「わたくし、サプライズと言うのが好きですの」
「いやいやぁ、事前に言われても十分驚きに値する内容ですよ」
そういって、イルマの顔をまっすぐ見据えた。
「大変魅力的なお話ですが、この場で、私の一存では決めかねます。この件に関しては一度持ち帰り、政府内で検討したうえでお返事させていただいてもよろしいですか?」
「構いませんわよ。ただし」
イルマは一度言葉を切ると、一同を見回した。
「軍事援助の件は経済協力とセットです。もしイリリアが我が国からの友好的申し出をお断りするような事態があれば、経済の話はなかったことにさせて頂きます」
「なっ」
「あんたそれは……」
エルザとレディナがそれぞれ声を上げたが、ユリアナは目で制す。
「わかりました、公使。できる限り早くお返事できるよう、努力いたします」
「その方がよろしいですわ。残された時間は、そう長くはありませんもの」
イルマの言葉は、ユリアナの耳に妙に残ったのだった。
―――――――――
「公使、会談は?」
「連中、相当警戒していたわね。カランタニアで短気を起こすからこんなことになるのよ」
「では、例の提案は」
「どうかしら。イリリア政府内部は懐疑論で渦巻くでしょうし、カストリオティがそもそも承認しない可能性があるわ」
「……では」
「本国に秘密電を。『ガリバルディ上陸セリ』ってね」
「了解致しました。公使」
「イリリアへのとどめの一撃と行きましょう。うふふ」
エトルリア国旗を掲げた黒塗りの高級車は、スコダルの一等地に立つエトルリア公使館へと吸い込まれていった。
―――――――――
「どーする? ルカ」
「どうするといわれましても……」
突然同盟案を提示されたイリリア側は混乱に包まれていた。関係省庁はすでに日付が変わろうかという時間にもかかわらず部屋の電気をともしている。
それは大統領府も同じだった。
「はっきり言って、私は受けるべきだと思うぜ。軍事的な面だけで言えばな」
大統領付軍事顧問として呼ばれたのはブレオナ・プレヴェジ軍事改革委員会委員長である。
「この支援を受けることができれば、機動防衛計画も実現の見通しが立つ。たぶん、陸海軍も同盟受諾の方向で傾くはずだ」
「ですが外交的には宣戦布告に等しい文書です」
ルカは深刻な顔で言った。
「この同盟案、明らかに我が国に深く関与しようとしています。いえ、軍事力提供を手段に支配しようとしている、と言ってもいいでしょう」
そういって、こぶしを震わせる。
「同盟を結べば、……事実上我が国はエトルリアの支配下に落ちます」
「ふん……。なるほどねぇ」
ユリアナは座ったまま目を閉じた。
エトルリアの性急な動きには何か裏がある。それは首脳部の一致した見解だ。
そしておそらく、レヴァント半島の覇権をめぐって争うフルバツカ・セプルヴィア両国に対する圧力としてイリリアを欲したのではないか、とユリアナは見ていた。
イリリアがエトルリアの勢力下に落ちれば、フルバツカは南北から挟み込まれる形になる。
セプルヴィアは以前からフランク共和国との関係を拡大させており、フランクとエトルリアは地中海の勢力圏を巡って水面下で火花を散らしている。
その上東地中海はアングロサクソン連合王国の植民地や属国、同盟国が多く存在し、黒海の奥からはプロレート人民連邦がトルキスタンとの関係を深めつつあるのだ。地中海の覇権を狙うエトルリアが、これら列強に対抗しようと動いていることは明白だった。
今地中海世界は混迷と謀略であふれており、イリリアがその波にのまれるのはもはや必然なのだ。
「来るべき物が来たって感じかな」
「確かに、そういえるかもしれません」
ルカもため息をつく。
「どうにか武器提供だけに抑えられないか、交渉を行う必要がありますね」
「いや、それはまずい」
ルカの言葉に、ブレンカが反対した。
「ブレンカちゃん、それってなんで?」
「イリリアが何の後ろ盾も得ずに急速な軍拡を行った場合、……自衛名目で先制攻撃を受ける可能性も出てきちまうんじゃねえかと思ってな」
「…………」
ユリアナは頭を抱えた。そう、機動防衛計画の遂行に当たってルカと話していた懸念だ。諸外国の反発、財政的負担。これらが、エトルリアとの同盟というカードですべて解決してしまうのだ。
「どーしたもんかなぁ」
ぐでりと机にうつぶせるユリアナ。ルカも額を抑える。
「外務省の反発はともかくとして、産業省は意見が割れるでしょうし、軍部も賛成一色とはいかないでしょう。簡単に結論が出せる案件ではありませんね」
「厄介ごと持ち込んでくるんだからあの公使は……、首ちょんぱしてやろうかコノヤロー」
「大統領、外国外交官をギロチンにかけるなんてことしたらうちの国終わります。あとイルマ公使は野郎ではありません」
「わかってるってそんぐらい。オフレコだよ?」
「おふれこ……?」
「閣下、疲れてるんだったら寝た方がいいぜ。いや寝ろ」
ブレンカに促されるまま、ユリアナは寝室へと吸い込まれていった。
――――――――
「少佐、連隊本部より電報が届いております」
「ん。……おい、命令だ。総員、戦闘準備を整えて集合させろ」
「せ、戦闘準備でありますか? しかし……」
「こいつは司令部からの電報だ。俺の指示に従え。平民のくせに貴族の俺に逆らうのか?」
「はっ、戦闘準備の上集合いたします!」
少佐、と呼ばれた男は、手にしていた電報を火のついた暖炉に捨てた。
「まったく無茶言いやがる」
そういってワインの封を開ける。エトルリア産の高級ワイン。正規のルートで買えば、一般平民の年収が吹き飛びかねない代物だ。それと同じぐらいの価値のあるボトルが、部屋には数本置かれていた。
「しかしまぁ、酒の礼ぐらいはしねえとな」
男はそんなワインを豪快にあおった。
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イルマ公使のとあるセリフはええ、そのイタリア風という設定から自らの欲望を押されられませんでした。決して公使のモデルとかそういうわけではありません。
自分はタイトルをつけるセンスが壊滅的にないなと自覚しているのですが、このお話は我ながらよく出来たな、と思っています。