「いっそ一緒になってしまいませんこと?」――イルマ・メローニ駐イリリア・エトルリア公使は言った
イリリア国民日報5月1日朝刊
ユリアナ大統領、エトルリア公使と会談
ユリアナ・カストリオティ大統領は今日午後、イルマ・メローニ駐イリリア・エトルリア王国公使と迎賓館で食事会を行う予定。その後イリリア=エトルリア関係の発展について会談を行う。
両国の軍・経済関係者が一堂に会す機会となり、今後の動向が注目される。
――――――
「……ねえルカ」
「駄目です」
「ちょっとだけ」
「駄目です!!」
「ねえぇ」
「だ・め・ですっ!!!」
「やっぱドレスは嫌なんだけど!」
「我慢してください! 食事もあるんですから!」
薄紫のアフタヌーンドレスに身を包んだユリアナが、モーニングコート姿のルカに泣きついていた。ユリアナが、ドレスは恥ずかしいから嫌だと言い続けているのだ。会合が始まる10分前にもかかわらず。
「せめてスーツにさせてくれぇ!!」
「大事な会談なんですから我慢してください!」
外交慣例として、食事会はドレスという風に決まっている。女性的な服装を嫌うユリアナの嗜好を知っているルカだが、今日ばかりは振り切るしかあるまい。
「やっぱ恥ずかしいって! すーすーするし胸は出てるし!」
これをみて「ひゃっはー最高だぜ!」と思っていた時期はとうの昔にすぎている。
「お気持ちはわかりますがしばらく辛抱を! 会談は別にスーツで構いませんし」
「嫌だ!! 悪習なんか私が打ち破ってやる!」
そんなこんなをしているうちに
「イルマ公使、間もなく到着されまーす」
スタッフの一人の呼びかけにきた。
「行きますよ! いつまでもわがまま言わないでください!」
「私の人権を! 個人的趣向を無視すんな!」
こうして引きずられるように執務室を出て行き、
「本日はご足労ありがとうございます、イルマ・メローニ公使。大統領のユリアナ・カストリオティです」
「首席補佐官、ルカ・ペトロヴィッチです。今日は実りある会談といたしましょう」
きっかり仕事モードに切り替えるのだった。
「エトルリア公使のイルマ・メローニですわ。カストリオティ大統領。ペトロヴィッチ補佐官、本日はよろしくお願い致しますわね」
イルマ・メローニ駐イリリア公使は頭を下げた。華美なドレスに身を包み、大粒の真珠を散らした装飾品を見につけている。上品さの中に尊大さをにおわす彼女の姿はまさに今のエトルリアを表象するようだ。
「では早速向かいましょう」
こうしてイリリア・エトルリア会談が何とかスタートしたのだった。
一行はそれぞれ車に乗り込み移動する。向かう先は昼食会が行われる迎賓館だ。この建物はスコダル市郊外の湖畔に建てられた木造のコテージで、ユリアナが休日を過ごすときなんかにも使っている。
イリリア料理、エトルリア料理が並んだテーブルには、イルマ公使他エトルリア本国から派遣されたという外交官、駐在武官が。イリリア側からは、ユリアナとルカ以外にエルザ外相とレディナ産業相他軍人や官僚が多数出席していた。
そして昼食会は和やかな雰囲気で始まった。料理に手をつけつつ、公使のイルマが口を開く。
「カストリオティ大統領閣下の手腕は我が総帥も感嘆されております。イリリアの復興は国際社会の予想をはるかに超えて進んでおりますから」
「ありがとうございます。名高きベアータ総帥には到底敵いませんが……」
「いえいえ。貴国と我が国の力が合わされば、更なる発展も夢ではないでしょう」
「ははは。そうなれば喜ばしい限りですねぇ、イルマ公使」
「いっそ一緒になってしまいませんこと?」
「…………」
「冗談ですわよ、大統領閣下」
「は、ははは! 面白い冗談ですねぇ公使! 私久しぶりにこんなに笑いましたよ! はっはっは……」
「今のところは」
「…………。え?」
「…………」
「イルマ公使? それって冗談……」
「ええ、もちろん。我々は独立国としての貴国を尊重いたしますもの」
「ですよねぇ、はっはっは!!」
「うふふふふ」
……和やかに推移していた、一応。
「一つ分かったことは、イルマ公使はジョークのセンスがなさすぎるってことだね」
「それは全員痛いほどわかったので大した戦果じゃないですね」
背広に着替えたユリアナとルカは休憩室で複雑な顔をしながら顔を突き合わせていた。
終始良い雰囲気で終わったように見えた昼食会の後、一時間の休憩をはさんで今度は会談がセッティングされている。
今二人は、会談の内容や、相手の出方を見極めるべく最終ミーティングを行っていた。
「しかしエトルリアがあそこまで我が国への野心をむき出しにするとは。これ、止めときますか?」
「今さら止めろと言われてもね……」
二人の視線は公使へ提出する「五か年計画」の概要書と、この計画への協力を願う文書へ注がれていた。
――――――
今日の会談を行うにあたり、ユリアナ政権内部では先日先送りにされた「エトルリアから経済協力を受けるか」についての血を血で洗う論争が行われた。
エトルリア警戒派の外務省が
「エトルリアに隙なんか見せたら絶対喰われるわ!」
と言って一歩も引かず、友好派の産業省が
「エトルリア無くしてうちの経済もないんや!」
と徹底抗戦。話し合いは何度か殴り合い寸前にまで及んだ。
喧々諤々侃々諤々どったんばったん大騒ぎの大激論のすえ、最後はユリアナが
「経済に関してはエトルリアの協力を仰ぎそれ以外の介入は徹底的に阻止する!」
と宣言し、結局これが結論に落ち着いたのだった。
「ユリーどうしてなの!? エトルリアがうちを狙ってることぐらい丸わかりじゃない!」
経済協力推進が打ち出された後、エルザは廊下にてユリアナに詰め寄った。
「私も知ってる。それを隠そうともしてないのもね」
「だったらどうして!」
「じゃあどうしろって言うの?」
ユリアナの厳しい視線に、エルザはたじろいだ。
「正直、エトルリアの言うことに関してうちに選択権はないってことはわかるでしょ、エルザちゃんなら。奴らは信用できないけどあからさまに敵対もできない。イリリアみたいな弱小国家、エトルリアなら簡単につぶせるんだから」
「それは……」
「あいつらが平和的に協力しましょうっていってくれるんだったら、私たちも受け入れるしかない。拒否権なんて初めからなかったんだよ」
「そんな! 最初からあきらめるの!?」
「いいや、あきらめるつもりは毛頭ないよ」
不敵な笑みを浮かべるユリアナを、エルザは不思議そうに見つめた。
「どういうことよ」
「いつまでも連中に頼ることはないってこと。金持ちのエトルリアから搾れるだけ搾って、うまいところだけ食ってやろうじゃん」
「そんなこと、うまくいくわけが」
「いいや、大丈夫。この国最高の外交官であるエルザちゃんがいるんだもん」
「わ、私は」
「エルザちゃんがいるからできるんだよ、この作戦。エトルリアからうま味だけもらって厄介ごとははねつける。外交の基本でしょ? エルザちゃん」
「…………」
「もちろん、この国の独立は、それだけは絶対に譲らない。奴らに私たちの国をタダでくれてやることなんて絶対にない。だから……」
ユリアナはエルザの両肩を掴む。
「頼んだよ、エルザ。すべてはあなたにかかってるんだから」
――――――
「しかし、あなたも人が悪いですね、大統領」
「説得が上手っていってくれない? ルカ」
事の顛末を知っているルカは改めてユリアナをそう評した。
「反対強硬派のエルザ外相が条件付き賛成を示したので何かと思っていましたが、エルザ外相にすべて押し付けるとは」
「言い方が悪いってルカ。確かに経済支援を受けるって言うのは財政ののど元握られるようなもんだけどさ。私は別に10年後も20年後もそれに頼ろうなんて気はさらさらないし。嘘言ってないし」
「そう上手くいくわけないでしょう。エトルリアから見ればせっかく手にいれた傀儡ですよ? 今の全体主義体制が続く限り一度属国となれば抜け出せなくなります。そもそもうま味だけもぎ取るなんて所業ができるんだったら我が国はとっくの昔に列強の仲間入りですよ」
ルカはため息をつくが、ユリアナは反対に楽観的に言った。
「悲観しなくてもいいじゃん、ルカも。ベアータがいつまでも生きるわからないし。いいとこ10年ぐらいだと思うよ、今の体制が持つのも」
「何を根拠に」
ルカは吐き捨てると胸ポケットから懐中時計を取り出した。
「10分前です。大統領、そろそろ移動しましょう」
「はいはい、相変わらず時間に厳しいね、日本人みたい」
「は?」
「こっちの話。ま、精々もがこっか」
ユリアナとルカは、イルマ公使との会談に、ある種の戦場に行くために立ち上がったのだった。
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イリリア兵器集(海軍)
アリシア級駆逐艦アリシア……元はエスターライヒ海軍のタトラ級駆逐艦バラトン。10センチ単装砲2門、6.6センチ単装砲2門、45センチ連装魚雷発射管2門を搭載。最高速力32.6ノット。燃料は石炭。全長83.5メートル、最大全幅7.8メートル。進水は1912年。イリリア海軍最強最速の艦である。この艦が最強最速というところで海軍の実力を知ってほしい。ちなみにアリシア級はこれ一隻のみ。あとの二隻の紹介は後日。