「陸軍省として、この計画には反対ですな」――トルファン・アリア陸軍大臣は言った
ブレンカは分厚い書類をユリアナの執務机にたたきつけた。
「と、いうわけでさっそくプランを考えたんだけどよ」
「おお! 早いね」
「早すぎませんか?」
ブレンカ・プレヴェジ軍革委員長が「軍事改革案」を持って執務室に現れたのは委員会発足から2日後のことだった。どうも元々プランがあったらしく、それを他の委員とともにほとんど寝ずに形にしたのだという。
「ま、俺らなりに色々考えたんだ。まあ聞いてくれや」
「うんうん!」
提案者のブレンカも、提案されるユリアナもウキウキを隠せないようだ。ブレンカがパチンと指を鳴らすと、移動式の黒板を持った彼女の部下が現れる。
「私たちが考えた新しい国防計画……、それが」
ブレンカは大きなイリリア全図を黒板に張り付けると、得意満面に笑った。
「『機動防衛計画』だ」
「機動防衛……」
「そうだ。戦車、装甲車、自走砲なんかを装備した機甲部隊を国中央部に置く。外国からの侵攻があった場合、航空部隊とともにその即応性を生かし、即座に大火力大兵力を現地に送り込む。そのうえで敵前線を突破し後方をかく乱、司令部を叩いたうえで分断した部隊を包囲殲滅していくってわけだ」
「なるほど……。電撃戦みたいだね」
ユリアナは唸る。
「電撃? まあそうだな。まるで雷みたいに一気に敵をたたきつぶすんだ」
ブレンカの案は、敵が侵攻してきた場合中央に待機していた味方機動部隊により敵部隊を叩く、という戦法だ。国力の少ないイリリアに総力戦はほぼほぼ不可能。ゆえに一気にけりをつけようという寸法である。
イリリア国土は南北に約260キロ。東西に130キロほどの小国なので鉄道や道路を十分に整備すればとても有効な戦術になる、資料では断じていた。
ブレンカが説明を続ける。
「イリリアの基本ドクトリンは国土防衛。戦場は必然的に国内ってことになる。その利を生かさなきゃいけねえ。どういうことかわかるか? 大統領閣下」
「地の利は私たちにあるってことだよね、ブレンカ」
「正解だ」
そういって懐から指揮棒を取り出すと、国境地帯をバンバンとたたいた。
「あらかじめ交戦予定地点、防衛線を定めてそこを整備するのも手だ。どういう風に動くかって計画をたてるのもな。この国には戦争計画はねえだろ?」
開戦時にどのように行動するか、それを事前に定めたものが戦争計画だ。ドイトが大戦時に定めた「シュリーヘンプラン」や、フランク共和国の「プラン17」がそれにあたる。
「ないね。作ってる場合じゃなかったし」
「ないなら今からつくりゃいい。思い立ったらすぐ行動、だな」
ブレンカはそういうと、封筒から紙の束を取り出した。
「昔私が考えた対セプルヴィア戦争計画だ。機動防衛計画ほど大胆な改革案じゃねえが、今の装備に毛を生やしたぐらいでできることを書いてる。一応コードネームは『クリスタル』ってなってるが……」
これには、ユリアナも目を丸くした。
「なにこれ、こんなん考えてたの!?」
「暇つぶしだよ! この国に来てから暇だったからな!」
ブレンカは顔を真っ赤にして怒鳴る。
「暇つぶし……」
唖然としながら「クリスタル計画書」を手に取ると、表紙には「不採用」というスタンプが押されていた。
「このスタンプを押したのも暇つぶし?」
「…………。去年、作戦課で出したんだ。時期尚早だし、卑怯卑劣だっていわれて突き返されたんだけどな」
ブレンカはそっと顔をそらせた。
作戦課がひそかに作成してた対セプルヴィア戦争計画、通称「クリスタル」は現在のイリリア軍に可能な戦術が書かれていた。
すなわち、どの戦線においても徹底的に奇襲、遊撃、後方かく乱に努めるべし、という事である。しかしこの時代、遊撃、つまりゲリラ戦術は正規軍の取る戦法ではないとされていた。受け入れられないのも仕方がないだろう。
だが現状、イリリアが諸外国に対抗するためにはこの戦術を取るしかない、という事がこれでもかと強調されていた。
ブレンカは少しだけ不安げにユリアナを見る。
「どうだ? 閣下」
まるですがるような目立った。今までの勝気な彼女が初めて見せた顔だった。
「……うん、この案を軸に、この国の軍事改革を進めようと思う。本当にありがとう、ブレンカちゃん」
ユリアナが笑うと、ブレンカもまた笑みを浮かべた。
「いいってことよ、閣下殿」
とまあ、軍事改革委員会が提示したこれら二つの計画、「機動防衛計画」と「クリスタル計画」は大統領の認可を得ることになる。
そして陸軍省、陸軍参謀本部、海軍省、海軍軍令部、そして大統領府と外務省で構成される国防会議で提示された。
提示されたのだが、
「陸軍省としてこの計画には反対ですな」
「海軍省的にもちょっと……」
「参謀本部もこんな非現実的計画は容認できないね」
「反対反対はんたーい!!」
反対の大合唱であった。
ルカは額を抑えながら聞く。
「それぞれ理由を述べて下さい。トルファン陸相」
指名されたトルファンは待ってましたとばかりに口を開く。
「まず、戦車だ飛行機だというものの有効性について疑問を感じますな。これら新兵器が我が国の国土に合うわけもありませぬ。騎馬隊と歩兵を装備した伝統的装備がふさわしい。加えて事前の戦争計画が何の役にも立たないことは大戦争で証明済みの事。我が軍の風土に合いませぬな」
「……ニナ参謀総長は?」
「機動防衛だか何だか知らないけどが、こんな計画は前代未聞だよ! 成功するわけがない! それにクリスタル計画とやらも卑怯極まりないじゃないか! 誇り高きイリリア軍人の取る作戦じゃないね!」
「ミーナ海軍大臣……」
「その……、魚雷艇の有用性は認めますが、やはり技術と戦術が完全に確立されていませんし……。は、はっきり申し上げて冒険主義的と言わざるを得ません……」
「…………。レオノラ軍令部長っ!」
「海軍だったら戦艦が欲しいの~! 巨艦大砲が一番なの~!! でっかい艦と砲がいいの~!!」
「…………。ちっ」
「ルカ、顔すごいことなってるよ」
しわというしわが額に寄りまくっていたルカは、ユリアナの指摘でどうにかぐりぐりとしわを引き延ばと、
「あー、なるほど。了解しました……」
なんとかその一言だけを絞り出した。
「まあみんなが言いたいことはだいたいわかったよ、うん」
ユリアナは逆にニコニコと言う。
「じゃあ各自本計画案に関する訂正と希望を作成して来週の定例会議で提出してね」
「「「「え?」」」」
――――――
「あれでよかったんですか? 大統領」
会議終了後、自分とユリアナの文のコーヒーを入れながらルカは尋ねる。
「ひとまず戦争計画の策定には同意してくれたでしょ? これは前進じゃない?」
ルカははっとした。
ブレンカが「クリスタル計画」を提案した時には、陸軍上層部の理解が得られず突き返されたのだ。それが今は、計画そのものには反対していても、計画を立てることに関する反対はなかった。
「私だってあの案は全面的に同意されるなんて最初っから考えてない。でも彼女たちは私の意見に片足を突っ込んだ。後は引きずり込むだけだよ」
「な、なるほど……」
ユリアナは笑う。その笑みに、ルカは思わず身震いした。
「あ、でも……」
ふと、ルカが呟く。
「よしんば軍を説得しても、この計画にかかる費用は莫大。大蔵省は絶対反対でしょうし、際限のない軍事費増大は議会も納得しないでしょう。諸外国からの反発も大きいに違いありません。やはりその辺のことも大統領は……」
「あ……」
「……考えてなかったんですね」
視線を大きくずらすユリアナに、ルカは深いため息をついたのだった。
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イリリア軍兵器集
75mm野砲……イリリア陸軍の主力野砲。戦前にフランク共和国が開発したM1897 75mm野砲。戦前、第一次レヴァント戦争の際に旧イリリア公国が購入した。総数35門。国境警備所に配備されていたものはこれ。
100mm榴弾砲……旧エスターライヒ帝国で運用されたシュコダ vz.14/19 100mm榴弾砲を戦後賠償替わりに引き受けたもの。現状イリリア陸軍最大火力である。歩兵連隊砲兵中隊に32門が配備されている。