「私物です」――アン・フレル国防大学校主任教官は言った
エルヴァサン市郊外にあるエルヴァサン基地は、陸軍基地と空軍基地を兼ねた施設になっている。といっても建物は別で、その辺はきっちりと区別されていた。
ユリアナが最初に訪れたのは陸軍の方のエルヴァサン基地だ。
「ようこそエルヴァサンへ。私が、エルヴァサン基地司令のエディ・オルファ少将です」
壮年の男性が敬礼をした。良く日に焼けた、体格の良い男で、頬のところに大きな傷跡がある。そしてユリアナは、その顔に見覚えがあった。
「……あなた、もしかしてダルダニア事件の時の警備中隊長だった人じゃない?」
「おお! 覚えて下さっていましたか。あの時は、独立警備中隊の隊長をやってました。あの時の叙勲じゃあ、俺はけがをして入院してましたから……」
「我が国の英雄さんでしょ~。忘れるわけないじゃん~」
ユリアナはえいえい、とエディ少将の脇を突っつく。
この男は二年前のダルダニア事件の際、イリリア陸軍に大きな被害をもたらした『デッカイチッサイ谷の戦い』の指揮を執った独立警備中隊の中隊長だった男だ。
すでに警備中隊は部隊再編によって解隊され、エディはこの時の功績が認められスピード出世。現在エルヴァサン基地司令として、イリリア陸軍南方方面軍を指揮下に収めている。
イリリア陸軍は先のディナル事件と、部隊の大幅な増加を受けて、これまで中央部が直接各地の連隊を指揮する体制から、北方、南方、東方、中央の四つの方面軍を設置することになった。
これにより、部隊運用や展開を円滑に行うことが出来るようになったほか、戦時には方面軍を中核とした戦時統合部隊が編成される予定である。
「今回の閲兵、基地の者全員で歓迎の用意をしています。どうぞ、進化した我がイリリア軍の姿を見て行ってください」
「ありがとう。そうさせてもらうよ」
一行が最初に案内されたのは、基地面積の大半を占める演習場だった。
「ここエルヴァサン基地は、砲兵演習場として、陸軍でも最大の面積を誇ります。あの向こうの山まで基地内です」
エディは遠くに霞む山を指さす。
「なので、移動はほとんど馬か自動車ですね。最近ようやく自動車の数がそろってきまして、だいぶ楽になりましたよ」
ユリアナはうんうんと頷いてから、自分の足元、というか自分が乗せられている自動車を指さした。
「なるほど……。で、これ何?」
「軍用の小型四輪駆動車です。部隊での愛称は、35式小型人員輸送車『オッター』」
「…………。なんでそんなもんがイリリアに?」
「え、閣下が導入されたのでは?」
「え、知らない知らない」
ユリアナはぶんぶん首を横に振る。陸軍の装備は予算との兼ね合いもあるためブレンカから逐一報告を受けているが、イリリア軍として正式に導入しているのはエトルリア軍でも使われている大型トラックと中型トラック、そして偵察用のオートバイとサイドカーぐらいで、四輪駆動車は輸入も導入もしていない。
一応陸軍では四駆の導入も考えていたようだが、この世界にはまだイリリア軍の要求に見合うような車種がなかったし、よしんばあったとしてもイリリアが導入できるようなものではなかった、はずなのである。
ところが、今現にユリアナを乗せているのは四人乗りのオープントップ型四輪駆動車。あるはずのない、というよりあってはいけないものだ。
「ど、どしたのさ、これ」
ユリアナが少しだけ声を震わせて尋ねるが、エディは首を傾げるだけだ。
「私に言われましても……、フレル主任教官が持ってきて」
その言葉でユリアナと、話を聞いていたルカが隣の車に乗っているフレルを振り向くと。
「ああ、私の私物ですよ。実家に大量にあったんで、持ってきました」
「いや、いやいやいや。あんたの実家どんだけ」
「私物です」
「いや」
「し・ぶ・つ、です」
笑顔だが凄まじいオーラを放つフレルに、二人はこれ以上何も言えなかった。
「あー、うん。もしよかったら陸軍省あてに寄付って形で、よろしく」
「あら、そんな方法もあるのですね。なら次からそうさせて頂きます」
ユリアナはかろうじてそれだけ言うと、この件を記憶から消した。そっちの方がいい、自分は何も見なかった、と言い聞かせて。
一方陸軍省の長であるセナはと言うと、明後日の方向を向いて口笛を吹いていた。完全に知ってて見ないふりをしているわけだ。
シビリアンコントロール的にどうなのかという気もするが、ユリアナは何も考えないようにする。
そんな政府首脳部を知ってか知らずか、フレルはこの車両、『オッター』についての解説を始めた。
「ちなみにこれは、ヤマト軍で最近導入された小型四輪駆動車です。我がアングロサクソン陸軍も、同種の軍用車導入を考え試験的に数両輸入し、国産試験車両の製造もおこなったのですが、色々あって計画が破棄されたため、オリジナルも含め死蔵されてたんですよ」
すべて合わせて10両。二人乗りで後ろが荷物置きになっている軽トラック型や、四人乗り、屋根が付いたタイプもある。
ちなみにアングロサクソンでは使いどころがないという結論に達したうえ、軍幹部と自動車メーカーとの汚職疑惑が取りだたされ、事態が大事になるのを嫌った当時のボールドマン内閣に潰されたのだという。
いや、その経緯だと絶対私物じゃねーじゃん。というツッコミを、ユリアナはなんとか喉の奥底に封印する。
しばらく行くと、平原の真ん中に大砲がずらりと並べられているのが見えた。
「現在、この第二砲兵連隊、および砲兵教導隊に配備されている、大砲達です」
エディはそういうと、端から順に紹介していく。
「エトルリア軍から輸入した、我が軍最大の305mm17口径榴弾砲です」
「ほぉ……」
「現在54門が配備されています。発射速度が遅いのが難点ですが、隣のこいつで」
エディが指さしたのは、一回り小さな二種類のカノン砲だった。
「149mm30口径カノン砲です。こちらも、エトルリアからの輸入品です。そしてこちらが50口径130mmカノン砲。こちらは海軍の新型駆逐艦に搭載された主砲弾との共通部品化を狙ったもので、我が国が連合王国からの技術支援を受けて独自開発したものになります。まだまだ数は少ないですが……」
「へぇ……」
「ただ、長砲身砲は山岳地での運用が難しいですから、なかなか使いどころが難しいですね」
次にエディが示したのは、小型の速射砲。
「ことらが、75mm速射砲です。こちらに関しては完全国産化されておりまして、歩兵部隊にも配備されている、我が国の主力野戦砲ですね」
ダルダニア事件でも活躍した、イリリア陸軍の伝統的な砲だ。車輪にタイヤをかぶせるなど、機動力や速射力、威力を高めるための改良をいくつか施したうえで、各部隊に計200門以上が配備されている。
「続いて、自走砲をご案内しましょう」
エディが自慢げに一台の車両を手でしめした。
「おお、これが!」
その兵器は、一般に自走砲と聞いて想像するような車両とはかなりかけ離れていた。見た目は完全に普通の軍用トラックである。
その荷台に、日本の夏祭りなんかで組み立てられる櫓が組まれ、その上に100mm榴弾砲が鎮座していた。櫓自体は鉄骨で組まれ、車両の両端に地面と車体を固定する脚が2本ずつ取り付けられている。
「あれが、35式100mm自走砲です」
「実際に見るとまじでやっつけ仕事感半端ないな……」
ユリアナは正直すぎる感想を漏らした。
野戦の花形である砲兵部隊だが、その欠点は展開に時間がかかることだ。その欠点を補うために、砲を自動車に直接乗せて機動力を持たせようという発想は古今東西どこにでもあった。
そしてイリリアが選んだ道は、トラックの上に乗っける。という実に簡単で安直な方法だったのだ。
旧式の100mm榴弾砲を、エトルリアから供与されたトラックに乗っけて固定する。視界を確保するためにちょっと高いところに置いて固定する、オープントップもくそもない移動砲台にしてしまったのだ。
ちなみにこの100mm榴弾砲は短砲身であるため、荷台に全部収まっている。
「で、どうなの? 実際使ってみて」
「……車両に対して横方向に発砲すると反動で横転します。あと車両重量が激増したため、元のトラックほどの機動力が確保できません」
「まあそーなるよねー」
実際急造なのだから仕方がない。本格的自走砲の研究は始まったばかりであり、諸外国にあるような立派なものはものが部隊に配備されるのはまだ先の話だろう。
「しかし、エトルリア供与の兵器が次々と配備されて、部隊の充足率も順調に上昇しております。プラン34の進捗は順調。我が国の兵力は、かつてないほど高まっています」
エディはユリアナを励ますように言う。
「そっか。まあ、私の政策が国を良い方に向けられたんだったら、良かったよ」
ユリアナは笑った。
しかしこの言葉は、
「プラン34。このまま進めたら、国滅ぶで」
スコダルのレディナ・パシャ産業大臣によって、打ち砕かれてしまったのだった。
閲覧、ブックマーク、コメント、評価等いつも本当にありがとうございます!!
いやぁ、ちょっとお仕事の方が忙しくなってしまい、なかなか投稿できないままになってしまいました。そのせいで少し短めですが、ご勘弁ください。
最近下町の町工場がロケットを作るドラマを見ているのですが、やはり面白いですねぇ。すごく参考にもなっています。いつかイリリアもロケット飛ばそうかな、なんて考えていますが……。すみません、冗談です。ロケット飛ばす前に国が飛びそうですからね、イリリア……。




