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「……は?」――ルカ・ペトロヴィッチ大統領首席補佐官は言った


 さかのぼること6年前、世界暦1930年。イリリアはいまだ混乱の中にあった。


 内戦の停戦合意がスコダルでなされ、イリリア共和国暫定政府が発足。ユリアナ・カストリオティが暫定首相に選出され、イリリア再建に奮闘していた、ちょうどそのころ。


 当時この国第2の都市だったブロラで事件が起きる。


 結成されたばかりのFITによる大規模動乱。『ブロラ動乱』だ。


 FIT党員と、彼女たちが保有した武装組織『進撃隊』はブロラ市街地を一時占拠し、あろうことかエトルリアへの『救援』を求めたのだ。この首謀者にして指導者が、マリカ・ブシャチだった。


 幸い、エトルリアは前年行ったカランタニア王国併合への対処でそれどころでなく、動乱も五日後に陸軍が投入され鎮圧。マリカも逃亡を図ろうとしたが確保、逮捕された。


「苦い思い出ですね、あれは」


「ホントに。いつエトルリアの軍艦が現れるかみんなでヒヤヒヤしてたし」


 ルカとユリアナは、当時のことを回想していた。


 一行はひとまずブロラ市の視察を終え、帰路についていた。


 が、まっすぐスコダルに帰るのではない。先に開通していたブロラと中部内陸部の主要都市、エルヴァサンを結ぶ国鉄路線を利用し、エルヴァサン市に滞在。そこから再び鉄道でティラナを経由し、スコダルへ戻るという南部イリリアの主要都市を歴訪する日程だ。


「いやぁ、にしても便利になったよねぇ。昔はさ、エルヴァサンなんて馬車乗って行ってたってのに」


 かつて陸路、それもほとんど整備されていない悪路で一か月かけて回っていたイリリア国内も、今や最北端から最南端まで丸一日あれば移動できる。


「これも、あなたの成果ですよ。インフラの整備はおおむね目標を上回る速さで進んでいますし。それに伴う経済の活性化も進んでいます」


 鉄道と道路整備はそれこそ目玉政策であり、その成果を誇示するための国内歴訪だった。


 列車は山岳地を進む。イリリアのほとんどはこうした山地であり、鉄道や道路建設には大変な苦労があった。

 

 国外からの技術者の招聘や、線路規格を欧州で一般的な広軌ではなく狭軌に変更するなどの工夫を凝らしこうして6年での開通が行えたのである。


「エルヴァサンでは、陸軍南方方面軍の閲兵。並びに空軍南部方面航空軍司令部と、新たに開設された戦車学校の視察が予定されています」


「軍関係かー。セラちゃんも合流するんだよね?」


「……ええ。セラ陸相も同行されます。もう到着されているころ合いですね。……はぁ」


 ルカは懐から時計を取り出し、確認した。その顔は心なしか晴れなかった。


「……ところで、ブロラでのお話、改めてお伺いしても?」


「いいけど。そうだね、コーラ一本飲んでいい?」


「…………。どうぞ」


 ルカは渋い顔で、瓶コーラを用意するとユリアナに渡す。


「冷えてるのが良かったなぁ」


「贅沢言わないでください」


 冷蔵庫なんてものは常備されていないので、ちょっとぬるい。しかし内陸部まで来れば、沿岸のブロラと違いだいぶ冷え込むので、これぐらいでも十分なのだが。


「で、どうしますか?」


「戦わない」


「…………は?」


「補欠選挙での擁立は見合わせるよ。国民党は、今回の選挙では戦わない。アルちゃんにもそう伝えて」


「では、不戦敗と言うことになります。マリカを、全体主義者を議会に送り込むことを見過ごすことに」


「もうそれは仕方がないでしょ。そういう風潮なんだから」


 ユリアナは瓶を一気に仰ぐ。そしておっさん臭く、


「ぐはぁぁあ~。やっぱこの一杯は最高だねぇ」


 と大きく呻いた。ルカは納得がいかないようだ。


「……大統領、やはり何としても、マリカの当選を阻止しなくては。エトルリアの直接の干渉を容認すれば、次なる干渉を招きます。ここで食い止めなければ」


「まあ確かに、補欠選挙じゃマリカの当選はほぼ確実だねぇ」


「そうです! そんなことになれば、来年の総選挙でも」


「ま、その時にアルケン社とブロラ選挙区なんてものが存在すれば、だけどね」


「……は?」


 ユリアナは不敵な笑みとともにそう言い放った。その真意を尋ねようとしたルカだったが、


「閣下! まもなくエルヴァサンに到着します! お降りの準備をー」


 という車掌の叫びでふさがれ、そのまま機会を逸してしまったのだった。


 

 エルヴァサンはブロラとは違い、盆地の中にある都市だ。同じ内陸都市のティラナよりは小規模だが、それでもこの地方の中心である。


 赤い瓦屋根の建物が集まり、ブロラのようなビル群は少ない。駅前に降り立つと、まだまだ牛車や馬車が多く自動車は少なかった。


 そんななか、ひときわ目立ったのが、戦車だった。一台の戦車がロータリーに止まっていた。


「…………」


「……マジか」


 そんな話は聞かされていなかったユリアナ一行は、口をぼうっと開けて戦車を見つめる。


「やぁやぁ大統領閣下。わざわざご足労頂き感謝いたしまする!」


 上部ハッチから顔を出したのは、スタイリッシュで背が高い、金髪ベリーショートの女性。国防大学校主任教官、アン・フレルだった。


 彼女はスコダルの国防大学校で教鞭をとる傍ら、この地にある陸軍戦車学校の校長も兼ねているのだ。だからこその出迎えだったが、それにしてもインパクトが強い。


「あー、フレル教官ー? なにこれー」


「はっはっはー。何をおっしゃりまする、大統領。イリリア陸軍の35式中戦車『ヒポタス』ではありませんかー!」


「いやなんでこれで来たのかって聞いたんだよ!」


 イリリア陸軍主力中戦車、35式『ヒポタス』。イリリア語で「カバ」を意味する言葉で、カバのように強く頼れる存在になるよう、という願いを込めて命名されたものだ。


 だから大統領一行を出迎えるための車両ではない。断じてない。


「いやー、せっかくですし司令部までこれでお送りしようかなと」


「……、は?」



―――――――


「はぁあああああああああ!?」


「あまりしゃべられますと舌噛みますぞー」


 エルヴァサン市街をかっ飛ばすヒポタス中戦車に突っ込まれたユリアナは、思いのほか早い戦車に揺られながら悲鳴を上げていた。


「ちょ、マジか。これ、めっちゃ、揺れる!!」


「サスペンションは最悪ですからなー」


「いやそれだけじゃないだろこれ!」


 ユリアナが座っているのはハッチ中央の車長席。フレルは隣の砲手席だ。ちなみにヒポタスの乗員は3人だが、ユリアナの席からはこの荒い運転をしている憎き戦車兵の姿は見えない。


 こうして揺られること15分。郊外に広がるエルヴァサン基地に、戦車は突撃していった。そう表現しても許される勢いだった。


「うう。ぐはぁ……。うっぷっ」


 ユリアナの顔は真っ青を通り越して死人のように白い。風に当たろうと上部ハッチから身を乗り出すが、降りる前に力尽き、ばたりと砲塔上に倒れ込んだ。


「吐きそうなら袋をお渡ししますが……」


 ユリアナを押しのけるようにして降りてきたフレルが若干の心遣いを見せるが、ユリアナは力弱く首を横に振った。


「いや、いい……。そーいえば、私ジェットコースターとか無理だったんだよなぁ」


「はぁ……。車内で戻すのはご遠慮くださいね? 大事な教習車ですから」


「それよりケツが痛い……、割れそう」


「もう割れてるでしょう?」


「いい年した女性が揃いも揃ってケツとか言わないでください」


 そう顔をしかめてやってきたのはルカだ。基地司令部が用意した公用車に乗ってきていた。


「あ、ルカ、てめぇ」


「ロールスはいい車ですね、やはり」


 ユリアナは涙目になって睨むが、ルカはどこ吹く風だ。逆にユリアナを無視して、自分たちを迎えた基地司令部の幹部を見る。


「ところで、地方の軍司令部がロールスの高級車を購入できるような予算をつけた記憶はありませんが、これはどこから?」


「ああ、それは私の私物ですよ、補佐官」


 フレルがにっこりと笑う。


「本国からわざわざ持ってきまして、大統領がいらっしゃるというので車庫から引っ張り出してきました」


「そうですか。なら良いのですが」


 ルカは胸をなでおろす。変な賄賂だの汚職だとを危惧したが、その心配もないようだ。


「さすが職務熱心ね、ルカ首席補佐官さん?」


 妖絶な女性の声が聞こえた。ルカが一瞬身をこわばらせる。


「……ええ、まあ。仕事ですので。……セナ大臣」


 若干冷や汗をかきながら返事をした相手こそ、新しく就任した陸軍大臣、セナ・ラマだった。


 彼女は美人だった。流行りのパーマネントをかけたショートカットと長いまつげ。紅を指した赤い唇と、高い花。


 軍服の上からでもわかる出るとこは出て引っ込むとこは引っ込んだ女性らしい体型と、すらりと高い身長は、まるでモデルのようだ。


「わざわざこんなとこまで来てくれて嬉しいわ! ゆっくりしていってね、補佐官さん」


 セナ陸相が一歩ルカに近づく。


「ええ、まあ。はい」


 ルカは一歩後ろに下がる。


「さあさあ、むさくるしいところだけど一緒にお茶しない? 補佐官さん」


 セナはまた一歩近づき、


「ああ、ええ。はい」

 

 ルカも一歩下がろうとして、さっきまで自分が乗ってきた自動車とぶつかった。


「げっ」


「うふふ。可愛い」


 セナは笑うが、その目は捕食者のそれだった。


「さぁ~て、じゃあ補佐官さん?」


「やめんかい」


「いて」


 ユリアナがセナの頭をはたいた。その隙にルカは逃げ出す。


「最高司令官の私を無視しようたぁいい度胸じゃん」


「ええ~、ユリアナのいけず~。補佐官さん一人占めにするなんて~」


 引き離されたセナは不満そうに口をとがらせる。


「別に一人占めじゃないし。そういうんじゃないし、ルカは」


「じゃあ私が取ってもいいってことじゃないのよ」


「いいけどそういうのは職務時間外にね! 今から視察なんだからちゃんと案内してくれないと」


「は~い」


 職務時間外ならいいのか、とルカは内心突っ込む。が、まあひとまずセナの攻撃はやんだので良しとした。


「じゃあ、さっそくこの基地を案内するわ。ついてきてね~」


 セナは手をひらひら振る。


 その後に続きながら、ユリアナは小声でささやいた。


「……とりあえず、ルカ。今度ブレンカにあったらお仕置きね」


「はい? それはなぜ?」


「なぁ~にがトルファンより癖がないだよ。癖の塊みたいなやつじゃん」


「それはそうですね。何らかの処分を検討しておきましょう」


 二人の目にほの暗い何かが宿ったことは、ティラナの技術工廠に詰めているブレンカにはわかりかねることであった。

閲覧、ブックマーク、評価、コメント等いつもありがとうございます!

このお話も作中で二年が経ったので、イリリア国内の状況とかをぼちぼち説明していきたいな、と思っています。次回は今まで張りぼてを使っていた陸軍砲兵部隊の活躍とかをぼちぼち。

さて、今回新登場したセナ陸相ですが、なんだか登場人物が最近際限なく増え続けてしまっている気がしてどーしたものかと悩んでいます。一回も出てきてないのにユリアナにいいように使われているアルマノさんとか、名前だけ出てきている人たちも多いので、まだまだ増えそうです……。そのうち登場人物紹介とか作ります。ええ、まあ、いつか、そのうち……。

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