「私は私の仕事をする」――ユリアナ・カストリオティ大統領は言った
ルミアが紹介したいといった人物。それは、つい昨年まで収監されていたイリリアの全体主義者、マリカ・ブシャチだった。
ルカが驚愕で目を丸めているのをよそに、ユリアナは微笑を維持したまま会釈する。
「初めまして、マリカさん。大統領のユリアナだよ」
「はわわ……。とても光栄です。閣下に直接お会いできるなんて!」
マリカは無邪気に笑った。
「私も、貴方のことはよく知ってる。色々苦労をかけてたみたいで悪かったね」
「いえいえいえいえ! 誤解は誰にでもあることですよ! 閣下ともあろう方が、私なんかに簡単に頭を下げないでください!」
マリカは飛んでいくかの勢いでぶんぶん首を横に振る。
「いやいや。悪いことをしたらごめんなさい。これは基本だよ」
「ほわぁ……。やっぱりすごいなぁ」
マリカが尊敬のまなざしで見つめてくるのを、ユリアナはほほえましげに見ると、
「で、ルミア」
注ぐ視線に鋭さを含ませ、ルミアの方へ移した。
「どういったお知り合いで?」
「ついこの間やね、エトルリアの商人の紹介で」
「じゃあ、彼女のことは今まで知らなかったの?」
「いや、有名人やないですか。イリリア1の極右政治団体、全体主義戦線党首のマリカ・ブシャチ」
知ってて紹介したってことか……。
ユリアナは心に湧き上がる悔しさといら立ちに蓋をする。もうここまで来れば、ルミアの目論見はわかったも同然だ。
「次の補欠選挙、彼女を推すってこと? ルミア」
「せやねぇ。私、彼女のファンになってしもうて」
ルミアはニコニコと笑いながら両手を合わせた。
「私も色々話を聞いて、マリカはしっかりこの国のこと考えとるって感じたんですよ。せやから、ねえ」
「なるほど。じゃあ、次期選挙では国民党への支持はない、と」
「まあまあ大統領。勝手に話を進めたらあきまへんよ?」
ルミアは立ち上がると、マリカの肩に手を置いた。
「この子、国民党から立候補させてやってくれまへんでしょうか?」
「…………」
流石のユリアナも押し黙る。
「どうです? 大統領。なかなかええ話やと思いまへんか?」
もしこの補欠選挙で国民党が敗北すれば、そして当選したのが全体主義者のマリカだとすれば、次期選挙への影響は計り知れない。それも重要都市ブロラで、というのも痛い。
確かにマリカを国民党の候補として立候補させれば、外見的に国民党の勝利となる。しかし
「……マリカさんはどうなの? うちの政策とはだいぶ違う気がするけど」
国民党の党是は自由民主主義と、国民生活の向上、そして自主独立国家の建設だ。そのうえでユリアナが一番重視しているのが、最初の『自由民主主義』である。
この全体主義と対極の概念を掲げる政党に、マリカがそうホイホイと乗るわけがない。
だがマリカは予想に反して、にこにこと笑った。
「はい、確かに私の政策と、閣下の理想とはだいぶかけ離れているように思います」
「でも、それは国民党全体に言えるんとちゃいますか?」
ルメアがマリカの言葉を引き継いだ。
「国民党を結成したのは、自分のイエスマンを議会に作りたかっただけやろう? せやから、国民党の議員は主義主張も結構幅広い。民族保守党に近いこと言う右派も、社会労働党みたいな左派も。貴女は選挙に勝てたら、いう理由で候補者を選んで、国民党を作り上げた。こうやって、うちみたいな地方の有力者を懐柔して」
ユリアナは黙った。
「申し訳ないけど、うち、大統領のやり方が自由民主主義的やとは思うたことありまへんよ?」
「……この際、私の政治姿勢は別にいいんだよ」
ユリアナはいら立ちを隠せず吐き捨てた。
「マリカさん。私は周りからどう思われてるかは知らないけど、少なくとも政治的意思決定は民主的に行うべきだと思う。国の決定には国民全員が責任を持ち、国民全員が国家の行く末に関与できる、その体制こそが国家のあるべき姿だと考えてる。でも、あなたは違うでしょ?」
「ええ。ちょっと、違うかもしれません」
マリカは、なぜか申し訳なさそうだった。
「ですが、民主的プロセスが危機的状況においていかに無力で無意味かは、すでに証明されていませんか?」
「……そうかな?」
「はい。フランク革命から始まった、自由主義という概念が生み出したものは、決していいものではありませんでした」
マリカは、最初よりも饒舌だった。まるで物語を語るように、自らの理想と考えを口にする。ルカもユリアナも気を抜けば彼女の話に吸い込まれてしまいそうだった。
「自由が生み出したのは堕落です。人々は自らの利益のみを追い求めるようになりました。結果、持てる者はすべてを奪い、持たざる者はすべてを奪われました」
「あらまあ、まるで共産主義者みたいなこと言うんだね」
「…………。これも、人々が自ら自由に、言い換えれば勝手に動くようになってしまったからです。国家がうまく機能するには、人々は自らの役割を忠実にこなす必要があります」
マリカの演説には、気が付けば身振りが加わっていた。彼女は恍惚とした表情だった。
「もし、赤血球が『自由勝手に』働かなくなったら? 白血球が、免疫系統の仕事をしなくなったら? 人体は大変なことになるでしょう。死んでしまいます。国家も、それと同じなのです!」
マリカは拳を握りしめる。
「国家に無駄は不要です。我々は、我が国が持てるすべての力を効率的かつ合理的に、国家の発展に総動員しなければならないのです!! そのために我々は民衆を統率し、その国力を配分する必要があるのです」
「なるほどね、お手本みたいな全体主義思想だよ」
ユリアナがそう評すると、マリカは嬉しそうにはにかんだ。
「そう、でしょうか。うふふ、ちょっと照れますね……」
なぜ? と心の中で突っ込むユリアナだったが、口には出さない。代わりに、
「でも、あなた的に非合理的な民主選挙に、あなた自ら出馬することについてはどう考えてるの?」
と質問した。マリカは予想していたといわんばかりに、スラスラと答えた。
「私は確かに、直接行動による手段の方が良い、と考えていますが、こうして再び日の下に出してもらった以上、この社会のルールに対応しながら早期に改革を行うほかありませんし」
そういえば、こいつムショ帰りだったな。と、釈放を命じたその人であるユリアナは思い出す。目の前にいる人畜無害そうな少女は、確かにイリリア国内において動乱罪に逮捕され、懲役刑の実刑判決まで食らった元犯罪者なのである。
「どうですやろか、大統領?」
マリカの主張がひと段落したと判断したのか、ルメアがにっこりと尋ねた。
「……そうだね。候補者の選定は私が行うわけじゃないし。ひとまず党の執行役員会に諮ってからかな? ま、あんまりいい返事は期待しないでね」
「あら、残念ですなぁ」
ルミアは大げさに肩をすくめた。
この場の空気は、完全に支配されている、そう判断したユリアナは、早々に会談を切り上げることにした。
「じゃあ、とりあえず今日はここまでにしよう。また何かあれば、いつでも連絡頂戴。ルミアも、……マリカさんも」
「あら、そうさせて頂きます。大統領もいつでもお電話待っとりますからね」
「はい! よろしくお願い致します!!」
はつらつと返事をしたマリカに、ユリアナは手を上げて答える。そして、さっさと部屋を出て言った。
――――――――――――
「ルカ、内務省に連絡。何がどうあってこんなことになったのか調べさせて」
「はい」
「あとアルちゃんにも。アデリーナちゃんも、このこと伝えといて。必要があればこの後の予定は組み直してもいい。今日中に再検討させて」
自分の部屋に戻る道すがら、ユリアナは早口で指示を飛ばす。
ルカはその指示を、自分のスタッフに次々と振り分けて行き、代わりに彼女たちからの報告を受け取った。
「なんかあった?」
ホテル最上階の自室に戻ってから聞くと、
「……とりあえず、内務省への指示は必要なくなったかもしれません」
ルカはしかめ面をしながら、メモを読み上げた。
「ベル保安部長より緊急の報告です。どうも、マリカがエトルリア全体主義党の仲介で、アルケン社幹部に紹介したとか。その際に、相当規模の金が動いたらしいと」
「どうせそんなこったろうと思ったよ」
「エトルリアの、政府が噛んでる貿易商社とも大きな商談を行っているほか、エトルリア企業との取引も、ここ何週間かで増大しているそうです。税関からの裏付けも取れています」
ユリアナは大きなため息をついた。
「こういう内政干渉はいつか来るって言うか、もう来てるとは思ったけど、実際目の当たりにするとなかなかきついねぇ」
「まったく、アルケンの人間には愛国心と言うものはないのでしょうか。金に魂を売ったようですね」
「ま、商人としては合格じゃない? 彼女らは彼女らの利益を求めに行ったんだからそこは責められないよ。それが連中の仕事だもん」
「……随分と諦めが良いんですね」
仕方がないと言わんばかりのユリアナに、ルカは不満を隠せないようだ。だが、ユリアナは気にも留めなかった。
「しょーがないしょーがない。負けは素直に認めないとね。ただ」
ユリアナの顔に影が差す。
「連中が連中の仕事をしたなら、私は私の仕事をする。それだけだよ、ルカ」
「…………」
その気迫にルカは圧倒される。そしてぼそりと呟いたのだった。
「やっぱり性格悪いじゃないですか、あんた」
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というわけで、マリカさんの本格的登場になりました。最近は名前だけちらっと出てきたような人たちが登場しつつありますね。今後の伏線も兼ねてちょっと意識している部分もあるのですが……。
元々マリカは某総統閣下のような激しい性格にしようと思いましたが、天邪鬼な性格が祟ったのか、テンプレ的な『全体主義者』キャラにしてしまうのをちょっと思いとどまったため、あんな感じになりました。まあ、人間の政治主張は外見や性格関係ないですしね……、たぶん……。




