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「我が祖国ながら情けない!」――ヴェラ・カッサーノ空軍顧問団長は言った


「どうも、空軍大臣のクララ・ジュカノヴィッチだよ」


「空軍総隊司令官のアニア・ミルヴァチであります!」


「エトルリア空軍顧問団の、ヴェラ・カッサーノよ」


 空軍首脳部と呼ばれる三人が大統領執務室を訪れたのは、呼び出しがかかってから1時間と立たなかった。


 ユリアナがさっそく口を開く。


「実はね、こ」


 が、言い切る前にアニア司令官がまくしたてた。


「ついに空襲プランを承認されたのでありますね!!」


「え、いや」


 アニアが満面の笑みを浮かべて迫ってくるのを、クララは襟首をつかんで止める。


「落ち着きなさい、アニア」


「ふぎゅっ」


「貝殻作戦は開戦時に陸軍が来て員数の動員が達せたおかげで凍結されただろう? もう忘れたのかい?」


「む、でも遂行中のF102作戦では我々の出番はたいしてないわけでありますし……、閣下がわざわざ呼ばれたということは」


「あ、うん。その『貝殻作戦』に関することなんだけどね……」


 開戦前、陸軍の戦力不足を補うべく空軍が提案した無差別都市空襲作戦『貝殻作戦』。アドリアの真珠と称えられるドヴロヴニクを目標にしたためこんな名前が付けられている。


 しかし、陸軍がある程度立て直せたことと、ユリアナが出したフルバツカ戦争に対する基本姿勢、つまり直接参戦はないという方針に則って凍結されていた。


「実は、状況が変わった。空軍に頑張ってもらおうと思う」


 ユリアナは、エトルリアより伝えられた要請を説明していく。


「つまり、ヘマをしたエトルリアの尻拭いを任されたというわけだね」


「まあ、うん。そーいうこと」


 したり顔で頷くクララ空相に、ユリアナは苦笑いで答える。エトルリア空軍に身をおくヴェラも呆れを隠さなかった。


「まったく、くだらない名誉と保身に走るからそんなことになるのよ。我が祖国ながら情けない!」


「なるほど……。では我ら空軍は、ディナル地方に駐屯するフルバツカ軍をそこにくぎ付けにしなければならない、と言うわけでありますか」


 アニアはうーん、と唸ると天井を見上げた。


「おそらく、不可能ではないでありましょうな。都市への戦略爆撃にしろ、部隊陣地への戦術爆撃にしろ、相手に与える影響は十分でありましょう」


 細かいところは帰ってから詰めなければいけませんが……。と、アニアは続ける。


「戦力的には? 問題はない?」


「ええ。この時を見据えて、すでにエトルリアより爆撃機3機が導入され、訓練を行っているでありますよ」


今回導入されたのは、エトルリアでも生産が始まったばかりの最新鋭爆撃機、サヴォイア・マルケッティ SM.81。


 エトルリア空軍に籍を置くヴェラのコネで手に入ったのだという。


「新型機の実験運用って言う意味でもね。SM.81は輸出も見据えた我が国の誇りだもの」


 ヴェラが胸を張る。クララ空相も自慢げに言った。


「ま、流石は飛行機大国エトルリア、って言ったところだね。機体の具合は上々だと聞いているよ」


「すでに爆弾投下の訓練も行っています! 我々はいつでも行けるでありますよ!」


 アニアに至ってはユリアナの鼻先まで迫ってくる。


「うん、わかった。よーくわかった」


 ユリアナはそっと一歩引く。


「だいたいわかってるだろうと思うけど、空軍にはフルバツカ軍ディナル駐屯軍団への攻撃を命じたいんだ」


「ドブロブニクへの戦略爆撃は!? 『アリシア』の恨みを果たすべきでは!?」


「それはいい。目標はあくまでも軍事施設及び軍部隊ってことで。いける?」


「それはもちろん!!」


 アニアは、どこからかディナル地方とそこに配置された軍事施設が書かれた地図を取り出すと、ユリアナの前に掲げた。


「フルバツカ軍は装備は豊富ではありますが、いずれも大戦争当時の旧式。つまり対空兵器に関しては不足しております。わずかではありますが、対空砲、戦闘機も配備されていますが、いずれもエトルリア空軍に対抗するべくイストラ戦線に送られているはずです。つまり……」


「ディナルの空は丸裸ってことか」


 ユリアナの回答に、アニアは我が意を得たりと大きく頷いた。


「ええ。閣下の望まれる戦果、必ずお見せできましょう!!」


「うん、頼んだよ。あともう一つ、いい?」


「……はて?」


 世界暦1935年8月27日。ユリアナは、空軍に対しフルバツカ空爆を命令。翌日実行に移された。




「こちらSQ1。作戦空域に突入。目標を確認」


 イリリア空軍北部航空隊第1飛行隊は、ある街を眼下に見下ろしていた。沿岸までせりでた山岳部と、アドリアの美しい海に挟まれるようにして存在する、通称アドリアの真珠、ドブロブニク市。


 歴史的な建物が並ぶ旧市街の奥に、数基のクレーンが建ち並ぶ港湾地区がある。そこには迷彩色の資材や、大砲の類が並べられており、兵士と思しき姿が大勢右往左往しているのが見えた。


『こちら司令部。作戦決行を許可』


「了解した。これより作戦を開始する」


 隊長機は僚機に手信号で合図を出す。爆撃機を中心とした4機編成の飛行隊は一時散会。爆撃機は格納扉を開き、搭載していた爆弾を港湾地区に向けて投下した。


「楽な仕事ね」


 隊長は呟く。眼下の兵士たちはライフルをこちらに向けているが、そんなものが当たるほど対空戦闘は楽じゃない。


 爆弾は一斉に爆発し、クレーンや岸壁、そこにあったコンテナ、兵器を吹き飛ばした。


「目標の破壊を確認。作戦の成功を認める」


『了解した。帰投せよ。これから忙しくなるぞ』


「ええ、コーヒーでも入れておいてほしいわ」


 隊長は軽口をたたくと、機首を大きく反対に向けた。

 

 イリリア空軍は爆撃機1機に戦闘機3機を合わせた特務飛行隊を三個編成すると、ポドゴリカ基地と新設された北部のコトル基地から出撃。ドブロブニクをはじめとするディナル地方の各都市に駐屯する軍に攻撃を加えた。


 これに加え、イリリア空軍はもう一つの作戦行動を開始した。


 それはディナル沿岸を航行する船は艦種所属問わず攻撃する、無制限船舶破壊作戦だ。


 包囲下にあるフィウメへの物資輸送に沿岸の多島海が利用されていることから、その輸送路を断ち切ろうというのが目標である。


 これにはエトルリア本土から飛来したエトルリア空軍も参加し、二週間もしないうちに絶大な効果を上げた。


「エトルリア空軍の活動を認めてもよかったものでしょうか? 戦域限定のイストラ協定違反では?」


 イリリアとエトルリアが結んだ基地使用に関する覚書を振り返りながら、ルカが首を傾げた。


「我が国が、今回の空襲、もとい『ディナル事件』を同盟による参戦としていないのもイストラ協定の結果ですし……」


「大丈夫だいじょーぶ。イストラ協定が有効なのはフルバツカ戦争だけ。今回私たちがやってるのはまったく別の軍事作戦だもん」


 イリリアは今回の作戦について、フルバツカ戦争に関する同盟条約の発動ではなく、先のドゥラス沖海戦の報復であるとしていた。


 だから宣戦布告も行わず、フルバツカ戦争とは別個の『ディナル事件』と呼称し、エトルリアとフルバツカの戦闘とは全く1ミリも関係ない、と言いのけたのである。そして今回の『ディナル事件におけるイリリアの作戦を支援するため』に、エトルリア空軍がやってきたというわけだ。


 あくまでフルバツカ戦争とは別の軍事作戦であるため、件の協定にも違反しない、という理屈である。


「かなり無理がある理屈では?」


「無理があっても理屈は理屈。別にいいんだよ。それに」


 ユリアナは吹けてない口笛を吹きながら、執務椅子を揺らす。そして、ちらりと窓の外を見た。


「さすがに、もう終わるでしょう」


 9月12日。イストラ半島を制圧し、フィウメを包囲していたエトルリア軍は一斉攻撃を開始、第2次フィウメ攻防戦が勃発した。本来の作戦通り、三方からの挟み撃ちで、兵力は前回の第1次フィウメ攻防戦よりも2割程度増やされていた。


 一説によれば毒ガス兵器まで使用されたというこの攻防は昼夜問わず2日続き、ついにフィウメ市は陥落した。


 9月17日。フルバツカ国首相はこの敗北の責任を取り総辞職。翌日結成された新内閣は、エトルリアとの休戦を打診し、9月20日、両国の最前線になっていた小さな田舎町で休戦協定が結ばれた。


 ここに、二か月に及んだフルバツカ戦争は一旦の終結を見るのだった。


 そして、


「私たちが忙しいのって、もしかしてここからなんじゃね?」


「おっしゃる通りですね、大統領」


 ユリアナはセプルヴィア訪問の際に使用した旅行鞄に荷物を詰め込む。ルカは眉根に深い皺を寄せて、鏡の前でネクタイを整える。


「さあ、行こうか、ローマ」


 ユリアナは軽いため息とともに言った。


閲覧、ブックマーク、評価、コメント等本当にありがとうございます!!やっと戦記ものっぽくなってきたともいましたが、もうしばらく戦争の予定はございませぬ……。次回からは政治的なドラマに突入する予定です。頑張ってこう、ポリティカルで知的な感じを目指せたら、いいなぁ……。

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