「戦争やってる余裕はないはずなんだけどねぇ」――ユリアナ・カストリオティ大統領は言った
イストラ半島はアドリア海に突き出た、逆三角形の半島である。フィウメ市はその右側、つまり東側の頂点にある街だ。
開戦当初、このイストラ半島全体の占領を目指したエトルリア軍は、この東部からイストラとフルバツカ本土を遮断。同時に半島西部から回り込むようにフルバツカ軍を駆逐しつつ、東西からフィウメを挟撃し、さらに北側の国境から直接派遣した第三軍による包囲によってフィウメをおとす算段だった。
が、まあ問題もあった。
フルバツカ本軍を対峙する東の第1軍と半島を周回する西の第2軍、そして挟撃が成ったころに来たからとどめを刺す第3軍。これらの軍司令官の仲がとてつもなく悪いといううわさが流れたのは、なんと開戦後すぐのことだった。
第1軍は「私が頑張って本軍と戦ってるのに、2軍と3軍はあまりにもラク過ぎる任務ではないか。フィウメを落とすのは私たちだ!!」
第2軍は、「ただ居座るだけの第1軍といいところを取っていく第3軍に対して、半島を実質占領している我々があまりにも軽く扱われている!」
第3軍は「ねえねえ、1軍も2軍も平民主体のくせに生意気過ぎない? 主力はうちらのはずなんだけど~」
とまあ、作戦進行はグダグダのボロボロだったのだ。
さらに、東部の第1軍が開戦3日ほどで海まで到達し、作戦目標である『イストラ封鎖』を達したのにもかかわらず、第2軍は10日たってもイストラ半島の制圧ができないでいた。
半島封鎖を予期したフルバツカ軍が、あらかじめイストラ半島に軍を配置し、膨大な物資を運び込んでいたおかげだった。
作戦はこうして後れを出し始めた。結局、半島の完全制圧を待たずしてフィウメ市攻撃命令が下されたのは、イルマとユリアナが会談を行った日のことだった。
三方向からの包囲だったが、北と東のみの挟撃に変更された。これもまた致命的だった。
本来、フィウメを落とす主力は今まで無傷で待機していた北の第3軍。第1軍と第2軍はフィウメを封鎖する役目があったし、何なら東第1軍はフルバツカ本国軍からの攻撃に耐え続ける防衛戦線維持の必要があった。
しかし、第1軍司令官は先の不仲から独断でフィウメ攻撃を決断。防衛戦線からの部隊抽出を行ってしまった。フルバツカ軍の抵抗がほとんどなかったことも理由だという。
第3軍も第3軍で、本来包囲で干上がったフィウメを占領する貴族中心の名誉部隊だったにもかかわらず、まだまだ余力を残したフィウメ防衛部隊を相手にすることとなってしまった。ちなみに第1軍の独断はこのせいで容認されてしまう。
一方のフルバツカ軍は、国土防衛の意思に燃えていた。多島海であるフィウメ湾やディナル海岸の島々を使った輸送を続け、補給を維持し続けた。
エトルリア第1軍と対峙し続けたフルバツカ本軍もまた、来るべき日まで積極的な攻勢には出なかった。
そしてフィウメ攻防戦が勃発すると、一斉攻撃を開始したのだ。
二正面作戦を断行してしまった第1軍は東側防衛戦線を崩壊させ、フィウメ攻撃に充てた部隊を即刻引かせた。
残された第3軍はほぼ単独でフィウメ防衛部隊と対峙し、圧倒的戦力差にも関わらず大損害を出し結局二日もたたずに撤退したのだった。
「こんのヘタレリアァァァァァァっ!!!!!!」
ユリアナの叫びが執務室に轟いたのは、開戦から一か月がたったころ。
「エトルリア軍はフィウメを包囲したまま動いてねえ……。戦線は膠着しているとみて言いな」
ブレンカ・プレヴェジ大統領国防補佐官は、かき集められてきた戦況の情報を見て唸る。
「まったく、フルバツカ相手に何やってんだ、エトルリアは。列強の面子丸つぶれじゃねえか」
「フィウメ攻防戦での敗戦で、エトルリア軍司令部はことごとくベアータ総帥の怒りを買ったみたいですからね。あの時の第1軍から第3軍の司令官は皆更迭されたようですし」
ルカも顔をしかめた。
「おかげで、後任の司令官たちはみな攻撃に忍び腰になってしまい……」
「フィウメを干して攻めるって言う持久戦に持ち込んだってことか」
ルカの言葉を、ユリアナが引き継いだ。ブレンカは仕方がないと言わんげに口を開く。
「ま、国力的に持久戦になりゃエトルリアは断然優位だ。だが、戦争は戦場においてのみ成立するものじゃない、だろ?」
「その通りなんだよねぇ~」
ユリアナはため息とともに机に突っ伏した。
「エトルリアの短期決戦の目論見が外れたって知れてから、フランクの動きが怪しいらしいし」
ユリアナの目は、壁に張られた地図の、フランク・エトルリア国境に張り付けられたメモに注がれる。そこには、「フランク陸軍、国境に3個師団派遣」と書かれている。
続いて、アドリア海の入口、イリリアの沖合に移る。
「連合王国もなんかやってるし」
そこにあるメモには「連合王国海軍地中海艦隊、アドリア海まで進出」とあり、赤いペンでぐるぐると強調されている。これを巡って、ドゥラス沖海戦敗北のショックから立ち直れない海軍で一波乱あったのだが、今のユリアナには思い出したくもない記憶だ。
「ドイトラントもうっとおしい」
今度はエスターライヒ・ドイト国境に目を移すと、そこに貼られたメモを読む。内容は「ドイト戦線党政府、フルバツカに武器・資金支援?」だ。これは情報本部が連合王国を経由して入手した未確認情報である。
「悠長にヨーロッパで戦争やってる余裕はないはずなんだけどねぇ」
「少なくとも西岸列強―連合王国とフランク―は、フルバツカ戦争が全面戦争に発展することを危惧しています。両国の一連の行動は、エトルリアに対する強い牽制とみていいでしょう」
全面戦争となり、エトルリアがフルバツカを全面占領、あまつさえそれを既成事実として併合してしまう事態が起きれば、それは大戦争後の欧州秩序を破壊する行為だ。
そうなれば、西岸列強両国は行動に、つまり戦争に踏み切らねばならなくなるだろう。いくらドゥラス沖海戦で国際世論がエトルリアに同情的であろうと、さすがにここまではかばいきれない。
「ドイトは……」
「きっと連中は、今国内で進めてる再軍備から世界の目をそらしたいんでしょ。だから、フルバツカ戦争を長引かせようとしてる」
ユリアナは地図上のドイトラントを睨む。
「そして、というかだからこその、ということですか」
「まったく、迷惑極まりねぇな……」
ルカとブレンカは、それぞれ忌々しいものを見る目で、卓上の紙を見つめた。
「第二戦線の形成について、ねぇ」
イリリア軍は元々、このフルバツカ戦争に対しては本格的には参戦していない。やっていたのは精々国境に陸軍部隊を張り付かせることぐらいであり、その部隊もほとんどが張子の虎だ。
しかし貢献がなかったといえばそうではなく、フルバツカ軍はイリリアの侵攻に備え、国境ディナル地方に少なくない規模の兵力を駐屯させざるを得なかった。
ところが、このところ、この国境防備部隊に動きがあった。どうもイリリア軍に作戦遂行能力がほとんどないということが露見してしまったらしい。
これまでディナルにいた軍がイストラ戦線に合流すれば、エトルリア軍は更なる苦境に立たされる。フランクの動きもある以上、エトルリアは迅速かつ大規模な動員ができないのだ。
こうしたことから、エトルリアはイリリアに対して、ディナル地方への本格的で大々的な攻撃を要請、というより命令してきたのである。
ルカは頭を抑える。
「フルバツカ戦争の戦域限定に関する秘密協定は、エトルリアが結んだものである以上我がイリリアには関係ない。理屈としてはこじつけられるものですが、裏を返せば我が国独力での攻撃を迫られていることになります」
「陸軍はどうにか立て直せたにしろ、やはり実働可能部隊は1万を切る上に、装備も貧弱。火力も機動力もねえしな。小銃持った歩兵に銃剣突撃させるのが関の山だぜ?」
陸軍省からの資料を、ブレンカはユリアナに提出する。
「ん~。思ったより早かったよね。部隊の立て直し」
「徴兵したやつを被服工廠や銃器工廠にも回したからな。形だけはどうにか」
「歩兵による侵攻じゃあやっぱり厳しい感じ?」
「圧倒的火力による面制圧と、迅速な機動力による主導権の確保。これがねえ軍隊は勝てねえよ」
ブレンカは匙を投げる。
「ええ~これで勝ってくれるのが参謀じゃーん」
ユリアナが甘えた声をだすが、ブレンカはそっぽを向く。
「ディナル駐屯フルバツカ軍は旧式だが装備面は充実してる。何より兵力もイリリア全軍とほぼ同数の1万3千をそろえてるって話だぜ? それにあっちは防御だからこちらよりも優位に立ってる。これで勝てなんて無理無理かたつむりだよ」
「どうしたものだか……。非公式の打診である以上、無視するというのも手ですが……」
「それは現実的じゃないでしょ。貿易関税も国債も国防も喉元握られてるのに、突っぱねるなんてできるわけないし」
そういって、ユリアナは席を立った。そしてクルリと後ろを向くと、窓の外からスコダルの街を見渡す。
雲一つない快晴だった。夏を感じる日差しがさんさんと降りそそぎ、数百キロ北では戦争が行われていることなどみじんも感じられない。
「いい空だね」
ユリアナはぽつりとつぶやくと、言った。
「クララ空軍大臣に連絡を」
閲覧、ブックマーク、評価、コメント、本当にありがとうございます!!作中のユリアナのセリフ「ヘタレリア」は頂いたご感想より拝借させて頂きました。ありがとうございます。
さて、なんだか説明文が多くなっている気がしますが、次からは戦記物っぽい感じの奴になれるのではないかと思います! なんか前もこんなこと書いたことある気がするなぁ……。




