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「エトルリア軍の越境が確認されました」――ルカ・ペトロヴィッチ大統領首席補佐官は言った

 

 「軍令部より、アドリア海上で『アリシア』と『ザグレブ』が戦闘に入ったとの連絡がありました!」

 

 臨時国防会議の席上、駆け込んできた海軍将校の報告に、一同は息をのんだ。


「とうとう、ですか」


 ルカは眉根に皺を寄せる。


「戦況は?」


 ユリアナの問いに、将校は首を横に振った。


「砲撃戦が行われているとのことですが、詳しくは……」


「わかった。軍令部とここの直通回線引っ張って来て。状況は逐一伝えてきてほしい」


「はっ」


「ルカ、報道部に原稿作らせる準備を。第一報は軍令部から流していいから、その後私の談話を出す」


「了解しました、大統領。方向性は?」


「…………。結果によるかな」


 ルカは急いでペンを走らせると、部屋を出ていく。ユリアナはその姿を目で追ってから、今度は海軍軍令部長のレオノラを見据える。


「レオノラちゃん、『アエミリア』と『べアトリクス』はどうなってるの?」


 どちらもイリリア海軍が保有する駆逐艦だ。『アリシア』よりもさらに旧式で武装も貧弱であるが。


「『べアトリクス』はエトルリアとの海上輸送護衛の訓練でベネチアに行ってるの。『アエミリア』は大規模改修のための入渠でタラントに……」


「タラント? エトルリアの?」


「仕方ないの!! 簡単な修繕ならともかく、本格的な改修になったら国内の設備じゃ無理なの!」


 机のバンバン叩いて抗議するレオノラ。それを取り繕うように、ミーナ海軍大臣が言った。


「こ、今回の大規模修繕はやっとつけてもらえた予算で行ってる本格的近代化改修で、正直船体以外全部変える勢いの」


「今それはどーでもいいからっ!! あと知ってるよそれっ!」


「ひぃっごめんなさいぃ!」


「アリシアの救援に行ってるやつはいないの!?」


「しょ、哨戒艇3隻が現場海域に急行してます! た、ただ、機銃で何ができるか分からないんですけど」


 なんてこった、という声が思わずユリアナはじめ参加者から洩れる。


「エトルリア海軍の救援はないの?」


「そ、それはちょっと分からないです……」


 ため息をいよいよ悲痛なものに変わる。すでに彼我の戦力差は知られており、戦闘になればかなり不利になるという認識も共有されている。


 この空気を打ち払おうと、アニア空軍航空総隊司令が立ち上がった。


「新設された我が空軍が現在出動可能機を現場に急行させています! 爆装させているので、いざとなれば対艦攻撃も可能でありますよ!」


「到着はいつごろになりそう?」


「えっ」


 ユリアナの質問に、アニア司令の表情が固まった。


「い、一時間程度かと、なにせポドゴリカから出てますので……」


 これには険しい表情で黙っていたトルファンも怒鳴る。


「遅いっ! そのころには沈んでるぞ!」


「縁起でもないこと言わないの!!」


「そ、そういう事言わないでください!」


「あ、すまない……」


 海軍からの猛抗議に、素直に頭を下げるトルファン。ここまで見てもらえばわかる通り、会議は見事に踊り狂っていた。


「……ミーナちゃん、エトルリア海軍に連絡とって、至急援軍を送るように要請して」


 それをしり目に、ユリアナは唇をかみしめながらも指示を飛ばす。


「エルザちゃんはフルバツカに抗議。早急に『ザグレブ』を引かせるよう要求して。同時に外務省ルートからもエトルリアに支援要請を」


「……もうしてるわ。コリントにも声かけてみるけど」


「じゃあそれもお願い」


 ユリアナはもう一度、一同を見回した。


「祈るのはいつでもできる。今は、それ以外のことに全力を尽くして」


――――――――――――


 アドリア海の澄み切った青空には、砲撃の轟音が響き渡っていた。


「取舵一杯。……戻せ」


 チーナ艦長は、アリシアをジグザグに、そして速度の緩急をつけつつ進んでいた。


 ザグレブの砲撃は、だんだんと近づいているものの、ダメージを食らうような至近弾はまだない。


「お互い動いてんだ。そう簡単に当たるか。自信もって動かせよ」


 操舵を行う航海長をそう励ますが、チーナはザグレブから目を離さなかった。


「さっきより着弾点が近いな……。やっぱり最新型は優秀だぜ」


 海戦における砲戦射撃と言うのはそうそう当たるものではない。相手との距離や速度、天候、物理法則などを加味しつつ、複雑な計算を行う必要があるのだ。


 連合王国の最新鋭艦ならともかく、ザグレブ程度ならば、今だ射撃管制装置も簡素で性能もそれほど良くない。だからこそ、チーナはまだ堂々と構えることができるのだ。


 もちろんこれは、こちらの射撃も当たらないということだが、今はザグレブ撃沈を考えている場合ではない。


「おいラミズ、港にゃまだつかねえのか?」


「まだかかりますね。エトルリア本土はもう見えてるんですけど」


 チーナとは反対、艦の前方を睨むラミズ副長は、水平線上にうっすら顔を出す陸地を恨めし気ににらんだ。


「ここまで近づいた以上、エトルリア軍がザグレブを放置するはずがありません。援軍が来るのは時間の問題です。通信員、先行するセラに連絡、『貴艦速度あげられたし』」


「おう、そうだな。にしても……、エトさんにしてもフルさんにしてもここまでマジってことは、なんかヤバいもんでも積んでんのかもな、あの船。両舷前進一杯。取舵一杯」


「ヤバいもの? 兵器ですか?」


「ただの鉄砲大砲の類じゃねえんじゃねえか? 陸のことはよく知らんが、毒ガス、とかな」


「それが本当なら一大スキャンダルですね。歴史の証人になれますよ。……セラより返答、『現在出し得る最高速度、これ以上の加速不可能』」


「無事に帰れたら、な。面舵30度っ!!」


 中型貨物船を引っ張りながら進むエトルリア軍駆逐艦『クインティノ・セラ』と、それに随伴する『アリシア』では、『ザグレブ』に追いつかれるのは時間の問題だった。


 すでにこちらの射程内に入っているが、砲の威力も数も相手が上だ。『アリシア』は半ばやけで副砲である7,5センチ砲による射撃も行っていたが、これが有効打になるとはだれも考えていない。


 その時、ザグレブの放った弾がアリシアの右前方すぐそこに着弾した。ひときわ大きな爆発音と衝撃が船体を襲い、チーナも思わず手すりにしがみつく。


 艦は大きく揺れ、きしむような嫌な音が響く。露天艦橋には海水が降りかかり、チーナやラミズの制服を濡らした。


『至近弾っ! 右前方に着弾っ!』


「状況報告急げっ!!」


『前方甲板破損、及び破損部より浸水っ! 一番砲要員負傷っ! 一番砲使用不能!!』


『艦内負傷者多数!』


『船体中央部から浸水ですっ!!』


 次々とあげられる被害報告を、チーナは一喝した。


「ダメコン急げ。負傷者は食堂部に搬送、なお自力で動けるものは戦闘を続行せよ。砲術科は一番砲復旧を最優先課題に」


 だが、その指示が届くことはなかった。


 伝声管に叫びながらも、目を離さなかったザグレブの上部主砲から発砲炎が光ったのを認識した次の瞬間、


「っ!!」


『アリシア』の艦首が吹き飛んだ。


 チーナは首筋で感じた熱と振動でそれを悟ったあと、自らの意識を手放さざるを得なくなった。


―――――――――


「戦闘海域を航行中のPB114より緊急電。アリシア被弾、轟沈した模様。被害規模詳細は不明」


―――――――――


「…………!! ……長!!」


「…………」


「……艦長っ! チーナ艦長っ!!」


「……ん」


「チーナ・カガノヴィッチ艦長っ!?」


「……んあ?」


「起きましたか、艦長!」


 チーナが目を覚ますと、どこかの室内で、見慣れない女性が自分を覗きこんでいた。


「こ、こは……?」


「ここはイリリア海軍哨戒艇、PB118です。私は艇長の……」


 女性艇長の話を最後まで聞くことなく、チーナは起き上がった。しかし、体を貫く痛みがそれを許さなかった。


「がっはっ!?」


「チーナ艦長! あなたは大けがを負ってます! 鎮痛剤を打ってますが無理に動くと傷口が」


 しかしチーナは目の前の艇長の方を掴むと、吠えるように叫ぶ。


「『アリシア』はどうなった! 私の部下は! ザグレブはっ!!」


「……落ち着いて聞いてください」


 艇長はチーナをそっと座らせる。


「『アリシア』は、ザグレブの直撃弾を艦前方に受け、……轟沈しました」


「…………」


「現在、イリリア海軍は哨戒艇、輸送艦、民間船を可能なだけ動員して、乗員の救助に当たっています。エトルリア海軍もまた、この救助活動に協力してくれています」


「何人……」


「その情報は、私の元には……」


 艇長は目を伏せる。チーナもまた歯ぎしりをしながら視線をずらす。


「……ザグレブは? クインティノ・セラはどうなった」


「それに関してですが……」


 艇長は複雑そうな顔で顔を横に向けた。チーナもつられてそちらを向く。


 この時やっと気付いたが、ここは大型ヨット程度の大きさしかない哨戒艇の室内で、そこには小さな丸い窓があった。時刻はすでに夕暮れを迎えており、夕日が窓から差し込んでいた。そしてそこには、


「もしかして、あれ……」


「ザグレブは、アリシア轟沈の直後、エトルリアの潜水艦による雷撃を受け大破炎上。到着したエトルリア海軍駆逐艦により、鹵獲されました」


 今だ煙のくすぶる、大きく傾いた『ザグレブ』の姿があった。


―――――――――


 その後一週間で、地中海情勢は激変した。


 アドリア海で突如勃発した、フルバツカ軍とエトルリア・イリリア軍の衝突は、イリリア側一隻轟沈、フルバツカ側一隻大破鹵獲という衝撃的な結果とともに世界中に知れ渡った。


 その後エトルリアが、この事件のきっかけとなった貨物船には毒ガス兵器が積まれていたと発表。再び衝撃が世界を襲うことになる。


 イリリア政府は今回の事件を、全面的にフルバツカの責任として激しい非難声明を出す。同時に謝罪と賠償を要求。陸軍に総動員をかけ、7万もの兵員を国境に展開した。


 エトルリアもまたフルバツカを強く非難するとともに、同盟国イリリアの働きを高く評価。『二国の海峡両岸同盟は、いまや血で結ばれたものとなった』というベアータ・ムジェッリーニ総帥の談話を出す。


 一方フルバツカは当初、化学兵器の輸入については事実無根だとして反論したが、『アリシア』撃沈に関しては遺憾の意を表明。しかし、国内過激派の突き上げを食らい、すぐに態度を硬化させる。


 またイリリア軍の動員発表についても『戦争も辞さぬ』という強硬姿勢を見せたが、追加兵力の展開など具体的な行動は起こさなかった。エトルリアもまた、『フルバツカへの懲罰』を名目にイストラ半島沿いの国境に軍と全体主義防衛隊合わせて10個師団近い兵力を展開し、臨戦態勢を整えたからだ。


 エトルリアのこの行動に対して、これまでのような批判は起こらなかった。これまでフルバツカに同情的だった国際世論は一気に風向きを変え、エトルリアの行動を支持、まではいかずとも、反対することはなくなったのである。


 世論と閣内不一致に揺れる連合王国は、『地中海域でのすべての戦闘行為に反対する』という玉虫色の見解を出すにとどめ、フランクはと言うと、先立つ6月に親エトルリア派のラヴァルが政権を握ったため、表立った抗議の意を示さなかった。


 これらの動きを背景に、エトルリアは動いた。


 7月24日。国営ラジオはベアータ総帥の肉声で伝える。


『この数ヶ月間というもの、運命の歯車は常に我々の澄み切った判断に動かされ、本来それが目指すべき所へと向かってきた。……フルバツカ国に対して我々は20年間忍耐を重ねてきたが、それはもう沢山だ』


 エトルリアは、フルバツカに対し42時間以内のフェウメを含むイストラ半島全域の施政権譲渡を要求。そしてその返事を待たぬまま、用意した10個師団20万の兵力を持って侵攻したのだった。


「……ユリアナ大統領、エトルリア軍の越境が確認されました」


「了解した。これよりF11作戦の開始を命令する」


 スコダルの大統領官邸で、ユリアナは静かに命じた。



閲覧、ブックマーク、評価、コメント等本当にありがとうございます!

こちらで言い訳?をさせて頂きますが、『七万』とかいう一部おかしな部分がありましたがミスじゃありません。自分の作品に出てくる駆逐艦の名前はちょこちょこ忘れますが、そこんところは忘れませんよ!……たぶん。

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