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「売国にも等しい行為じゃない!」――エルザ・フラシャリ外務大臣は言った


 ルカは首から下げた懐中時計を見つめていた。時計の針が十二を通過し、午後2時ちょうどになったことを確認すると、ユリアナに目配せをする。


 壁掛け時計があるにもかかわらず、自分の懐中時計を使ってまでわざわざ確認するのがルカの癖だ。その必要以上の生真面目さに若干辟易としながらも、ユリアナはそれに従った。


「では時間になったわけなんで、定例閣議を始めます」


 主宰たるユリアナ・カストリオティ大統領の少し気の抜けた宣言に、10人の閣僚たちはパチパチというまばらな拍手で答えた。


「では最初は、……産業省からお願いね」


「はいよー」


 ユリアナの指名に、レディナ・パシャ産業大臣が口を開く。閣僚の中では中堅の彼女は、他の民主主義国家の内閣と同様に、30代中頃の、政治家としては最も熟れたと呼ばれる年頃だ。


 おかっぱ頭に眼鏡をかけた姿に、ユリアナは某大阪の新喜劇に出てくる芸人を連想してるのは秘密だ。いや、この世界にその人物を知っているものはいないはずだが。


 レディナ産業大臣の張りのある声が閣議室に響く。


「事前に書面にてお知らせしたよーに、今回産業省では新たな経済振興策を作成したんや」


 レディナ産業相は敬語を排し、南沿岸部訛りのある発音で言う。こうしたざっくばらんとした口調が彼女の特徴だ。


「いちおー『第一次国土整備計画』っちゅー長ったらしい名前があるけど別に気にせんでええで。内容に関しては資料で言った通りや。現在進行中の『五か年計画』より迅速かつ大規模に事業を展開出る! どや?」


 レディナ産業相は大きな丸眼鏡の奥の瞳を細ませて、してやったりと言った笑顔で閣議室の面々を見回す。


 すぐに反応を示したのはなんと外務省だった。


「レディナ産業相に質問のだけど。大統領、発言いいかしら?」


「どうぞ、エルザちゃん」


 許可を受けたエルザ・フラシャリ外務大臣は軽く礼を言うと、長い金髪を翻してレディナの方を向く。


「本資料によれば『第一次国土整備計画』はエトルリアから提供された資金を主な資金源としているとあるわよね、これはどういうことなの? 詳しい説明を求めます」


 厳しい表情のエルザ外務大臣に対し、レディナは余裕たっぷりと言った風に答える。


「計画資金は半分をエトルリアからの無償提供。もう半分を我が国が発券した建設国債をエトルリアが全額引き受けるっちゅーことで賄う話や。どや、ええはなしやろ?」


「これは産業省による越権行為よっ!」


 エルザ外相が声を荒げた。


「あなたがたが外交活動を勝手に行うことを外務省としては容認できないわ! それにあのエトルリアに資金を請うなど売国にも等しいじゃない!」


 これにはレディナも眉をひそめる。


「売国とは容認できませんなぁ、エルザ外相。うちらとて国を思ってやった行為でっせ?」


「エトルリアがどういう国家かを知ったうえでの発言なのかしら、それは? 『カランタニア事件』について今一度詳しくご説明する必要があるわね」


「あんなぁ、自分さっきから……!」


 エルザ外相の嫌味がこもった発言に、レディナはとうとう立ち上がった。


「まーまー。二人とも落ち着いて」


 いきり立つ二人をユリアナは軽い調子の声で納める。


 レディナとエルザは仕方なく、と言った風に一度矛を収めた。ユリアナは間髪入れずに言葉を続ける。


「産業省の計画は立派だけど、外交行為の窓口が複数に及ぶことはあんまりよくないし、産業計画はすでに五か年計画を進めている。私としては、あれもこれ持ってなるよりかはこの一本に専念して進めたいって思ってたんだけど」


「せやけどねぇ」


「レディナちゃん、あんまりいろいろしてたら忙しいでしょ? これが嫌だったら別の人にやってもらってもいいよ、別に」


「…………」


 レディナは押し黙る。


 ――従わなければ首を切る。閣僚の任命権を持つ大統領だからこそできる恫喝だ。これ以上の軋轢を避けたいと考えたのか、レディナは小さく息を吐いて、


「ん、すまんかった」


 小さく謝った。


「エルザちゃんも言い過ぎ。頑張ってやってくれてるんだからそこは尊重してあげなきゃ」


「……悪かったわ」


 エルザも素直に謝罪を口にした。


 政府が大型公共事業の推進する『五か年計画』は、ユリアナが前世で得ていたアメリカの『ニューディール政策』に関するあやふやな知識を、招集した経済の専門家とともに練り上げたものだ。


 前世では景気対策としてごく一般的に取られていたものだが、この時代ではいまだ馴染みのない手法である。『本家』もとある事情でとん挫していた。


 さらに少ない資金を有効的に活用すべく、特定分野の産業、特に国内の資源開発に集中的に投資を行っていた。


 計画開始より半年、生産体制にようやくメドが立ち、鉄道や道路の整備にも着手。経済も世界恐慌以来のどん底から若干上向こうとしている。


 これらの財源は雀の涙のような税収と国債だ。そして各国企業や政府からどうにか集めた資金で成り立っていたのだが、その中にエトルリアの名前ほとんどはない。意図的にできるだけ外したのだ。


 エトルリア王国はレヴァント半島の西にある列強の一角で、前世におけるイタリアに相当する国家である。現在のエトルリアには全体主義党党首、ベアータ・ムジェッリーニ総帥による独裁体制が敷かれているのだ。


 そして外交政策に関しては、『ローマ帝国の再興』を旗印とし、特にレヴァント諸国への介入を強めていた。全体主義党が政権を掌握した1926年には、レヴァント半島の付け根、エトルリアと国境を接していたカランタニア王国(スロベニアに相当)に軍を進駐、保護国としたのである。


 カランタニア事件と称される一連の行動に、レヴァント諸国は戦慄した。次は自分だという意識が主にアドリア沿岸の国々に走ったのだ。


 イリリアでもエトルリアは仮想敵の一つとして、密かに警戒を強めていたのだが。


「連中、勝手にやりやがったってことかぁ……」


「この場合の連中とは誰のことですか? 大統領」


 閣議後の執務室で、ユリアナは空をにらんでルカの疑問に答える。


「産業省とエトルリア、どっちもだよ」


「理由をお聞きしても?」


「五か年計画を進めてたのは私たち大統領府。主導権を奪われた産業省はさぞかしイラついてたんだろうねぇ」


 大統領府は大統領に直属する機関であり、前世日本で言う内閣府と官邸をごっちゃにしたような組織だである。これもユリアナが主導し強い権限を持つ組織として設立した。


 五か年計画はユリアナ肝入りの政策という事もあり、大統領府政策室を中心として進められていた。つまり、産業政策を担当するはずの産業省が仲間はずれにされてしまったという事なのだ。


「エトルリアも、経済政策がうちの弱点だってことに気付いてたんだよ。工業化を進めたいのに資金が足りないっていうこの状況がね」


「お互いの思惑が合致したという事ですか……」


「産業省から話を持ち掛けたか、エトルリアからなのかはわからないけど」


「調べさせます」


「よろしく。早めにね」


 ユリアナはそう指示を出す。あの後結局、エトルリア資本を当てにした経済開発は判断を先送りし、閣議は各省の報告作業だけで幕を閉じた。


「ひとまず、エトルリアとイリリア産業省に何らかのつながりがある可能性があります。その全容解明が今後の課題となりそうですね」


「国の中枢に外国が関わるとろくな目に合わないしねぇ。情報室には頑張ってね、っていっといて」


「了解しました。大統領」


 ルカが恭しく了承の返事をする。それを合図に、ユリアナは大きく伸びをしながら椅子にもたれかかった。


「ああ~づがれだぁぁぁぁ」


 一気に表情を緩めた。真剣モードオフの瞬間である。


「なぁんで閣議ってあんなにピリピリしちゃうんだろーね。マジで嫌なんだけど」


 空気が読めないといわれるユリアナにとってでさえ、あれが精神に与えるダメージは絶大だ。


「あーあ、やだねぇ、女同士の戦いって」


「自分も女でしょう。家事と政治は女の華とも言いますし」


「それセクシャルハラスメントだからなー、ルカ」


「せくしゃ……?」


 首を傾げるルカをよそに、ユリアナはネクタイを緩めシャツのボタンをはずし始めた。


「ルカ、この後の予定は?」


「特にありませんが……」


「そ、じゃあ行こうか」


 ユリアナは楽しげに笑った。反比例してルカの顔がげんなりとなる。


「やめません?」


「やめません!」


「……わかりましたよ」


 ルカはしぶしぶと言った風に背広を脱いだ。  


 ユリアナはウキウキ気分で机の引き出しを開けた。

閲覧、評価、ブックマーク、感想など本当にありがとうございます! うれしさのあまり作者は喜びを表現するダンスの製作を始めています!

リアルでちょっと出ていたので更新が開いてしまいました。申し訳ありません。

さて、ポリティカル系コメディ風架空戦記っぽい小説を目指す本作ですがそのさだめからか登場人物が多くなりそうで……。できるだけシンプル・イズ・ベストを胸に頑張っていきます!


九月五日追記:話のタイトルをすべて変更しました。内容に変化はありません。

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