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「女王陛下バンザーイ!」――ユリアナ・カストリオティ大統領は言ってしまった

「女王陛下バンザーイ!!」


 ユリアナは揺れる機内で思わずそう叫んだ。隣に座るルカが「自重してください」と小言を言うが、ユリアナは気にも留めない。


「そんなこと言ってー、ルカもちょっと思ってるんじゃないの? ペトラ女王ありがとうって」


「飛行機を貸してもらったぐらいで魂売るなんて政府関係者失格です」


 そう、ユリアナ達イリリア訪問団一行は、帰国に際してセプルヴィア政府より貸し出された旅客飛行機を使っていたのだった。


 女王ペトラが手を回して、ベオグラード空港に発着する航空会社から一機をチャーターしたのだ。


 イリリア国内に民間飛行場はないが、設置予定の空軍部隊が使っている出来立てほやほやの滑走路があるため、そこに向かう予定だ。


 眼下の山岳地帯を眺めながらはしゃいでいたエルザがくるりとルカを振り返った。


「っていうかなんで行きに使わなかったのよ。半日で着くのに」


「…………。予算の関係で」


「飛行機で行くって選択肢がなかったらしいよ」


 気まずそうに視線をずらしたルカの横から、ユリアナが口を開く。


「ええ~、なにそれ信じらんない。もしかしてルカッちって飛行機知らなかったとか?」


「まあ航空機を常日頃念頭に置いてる人ってイリリアには少ないやろうしなぁ」


 エルザとレディナがバカにしたようにひそひそ顔を寄せ合ったのを見て、ルカは顔を真っ赤にして怒鳴った。


「……も、もう過ぎた話じゃないですか! これ以上蒸し返さないでくださいよ」


 しかしユリアナはにやりと笑って言う。


「過ぎてない人もいるかもよ、ルカ?」


「は?」


「今のイリリアには飛行機のことしか考えてない人もいるってこと」


「あ……」


 赤かったルカの顔が、みるみる青白くなっていった。


――――――――――


 ポドゴリカ飛行場はその名の通り、スコダル湖北端にほど近いポドゴリカ市に隣接した場所に作られた。


 ここにはイリリア空軍航空総隊司令部準備隊本部と、その中核となる北部方面航空隊隷下の第1飛行大隊準備隊が置かれている。つまりは来年発足予定であるイリリア空軍の中心だ。


 航空隊はこの北部航空隊のほか、南部、東部、中部の4つが、それぞれ96機の航空機を有して設立される予定だ。総数は384機。4機1個小隊で、爆撃機小隊を含めた4個小隊をもって中隊を編成し、3個中隊で構成される大隊2つで方面航空隊とする、という壮大な青写真を描いている。


現状はこの内一個大隊が編成中というだけであり、5年後の完全編成を目標としていた。この航空機調達の他、空軍運用に関する人材の確保、育成も大きな課題だ。イリリア軍には航空機運用の経験が皆無だったので仕方がないといえば仕方がない。


 そこで空軍運用には定評のあるエトルリア空軍より、イリリア空軍設立支援のための顧問団が派遣されることになったのは予想できる流れだった。そこまでは……。


「さ、着いたね。さすがに飛行機だと早いねー」


 到着した飛行機からユリアナが降り立ったと同時に、


「いったいどういう事でありますか大統領――――!!」


『何てことしてんのよこのバーカっ!!』


 イリリア語とエトルリア語の絶叫とともに二人の軍人が突撃してきた。エンジンにも負けない大声だった。


「何ゆえ大統領殿の輸送任務を我々に任せて頂けなかったのでありますかっ!!」


『あんた自分とこの部下も信じられないって言うの? サイテーよサイテー!!』


「あー、うん。わかってるわかってる。文句はルカにね」


 とユリアナは華麗に矛先を後ろのルカに流す。わかりやすく慄いたルカだったが、二人はそんなこと気にせず詰め寄った。


「う、うちは輸送機持ってないじゃないですか」


「大統領のためなら輸送機の一機や二機調達してきましょうぞ!」


『なんなら戦闘機で送ってあげてもよかったのよ! うちのフィアットは優秀なんだから!』


「一人乗りでしょう、それ!」


「まーまー、そんぐらいにしといてあげてよ。アニアちゃんにヴェラちゃん」


 けしかけたユリアナが制止に入って、ようやくアニア・ミルヴァチ航空総隊準備隊本部司令と、ヴェラ・カッサーノイリリア空軍設立支援顧問団筆頭顧問は真っ赤な顔を収め始めた。


 ユリアナはダメ押しとばかりに付け加える。


「アニアちゃんとヴェラちゃんに頼らなかったのは申し訳なかったね。急に決まっちゃったし、輸送機やらパイロットやらの都合もつかなさそうだったから、つい判断しちゃったんだよ、ルカも」


「我々の訓練の成果、大統領にお見せできるチャンスだったというのに……。しくじたる思いであります!」


「また行くから勘弁してよぉアニアちゃん」


 女泣きするアニア空軍司令。ユリアナはとほほと苦笑いしながら彼女を慰める。その様子を、エルザとレディナは遠巻きに見つめていた。


「珍しいタイプよね、アニア司令って。こう、なんていうか、真っ当?」


「イリリアの政府要職をみんな変人扱いしよったな、自分。ま、言いたいことはわからんでもないけど」


「元々何してたんだっけ? 旧エスターライヒのパイロットとか聞いた気がするけど」


「そーそー。大統領の昔の友達やったらしいよ? 戦後は確か……、曲芸飛行士みたいなことしながら航空戦理論の研究しとったとか。わざわざ呼び戻したらしいで」


 黒髪ショートカットのアニア司令はそんな噂話をされていることなどつゆ知らずユリアナの胸に飛び込んでいた。


「じゃ、あっちはなんだっけ?」


 エルザの視線はその後ろでアニアに同情の視線を送っているヴィラ筆頭顧問に移る。


「あちらはエトルリア空軍参謀本部より派遣されてきた顧問団の団長を務める方ですよ」


 なんとか逃げ通せたルカが会話に混じってきた。


「もしかしてやけど、いわくつき?」


 レディナがじろりとルカを見る。


「ええ、まあ。エトルリアで『戦略爆撃』という構想を提唱したジュリアナ・ドゥーエ将軍の教え子だそうで」


 空軍と言うのは文字通り戦闘機や爆撃機などを備えた空の軍隊で、その役割は前線における地上部隊の支援、つまりは『戦術爆撃』であるというのがこの時代この世界のセオリーだ。


 しかしドゥーエは、空軍は前線支援ではなく敵の中枢部、前線から遠く離れた工業都市や交通路、司令部、そして首都や大都市と言った場所を目標に攻撃する「戦略爆撃」を本格的に理論化した人物として知られていた。


 そしてそこに加え、都市への無差別攻撃により敵国住民を殺傷、戦意をくじくことで、次なる総力戦に勝利すべきだと唱えたのだ。


 この理論は画期的な考えとして各国の空軍関係者に受け入れられて行ったが、当のエトルリアでは「卑怯卑劣極まりない」としてドクトリンに採用されることはなかった。


 そんなこともあり、ドゥーエはエトルリア軍内での立場を失い、そのまま退官、数年前に息を引き取った。ところがどっこい、エトルリア軍内部にその思想を受け継ぐものが現れたのだ。それが今回イリリアには派遣されてきた、ヴィラ・カッサーノ空軍大佐である。


「しかし、ドゥーエ将軍の考えがエトルリア軍内でも異端とされたこと。そして彼女自身の性格もあり、ヴィラ大佐は閑職に置かれていたとか」


「そんで、左遷されるよーにうちに派遣されたちゅーことか」


 レディナはルカの言葉を引き継いで納得する。


 同盟国とは言えど、イリリアなどと言う片田舎に出世コースにのった優秀な軍人が派遣されてはこまい。だから今回イリリアにやってきた軍事顧問団は、そういういわくつきの人間が多かったのである。


 そしてそんな人間を多数送り付けてきたエトルリアの公使館からイルマ・メローニ公使が大統領府を訪ねてきたのは、ユリアナが帰国してから2日と経たないうちのことだった。


「おかえりなさいませ、カストリオティ大統領閣下。初の外遊は大成功だったようで」


「おかえりなさいはこちらが言わなくてはいけませんね、イルマ公使。ローマから到着されたのは昨日のことだったのでしょう?」


「ええまあ、休暇みたいなものでしたけれども」


「こってり絞られたとお伺いしましたが?」


 この言葉でイルマの眉がピクリと動いた。


「……ずいぶんと耳が良くなったようですね、閣下も」


「耳鼻科に行ったもんで」


 しばらくの沈黙が流れた。そしてイルマが観念したようにため息をつく。


「あなた方が勝手なことをなさるせいで、我々在イリリア公使館の首脳部は総入れ替えの危機だったのですのよ? 私などパタゴニアに飛ばされかけたぐらいですから」


「いいところでしょう、南米も。次の外遊先にしようかなってルカと相談しているところです」


「やめてくださいます?」


 ユリアナの冗談に、イルマは少しだけ本気のトーンで返した。


「またベオグラードの奇跡のようなことがあるとは限りませんから」


「奇跡だなんてとんでもない。公使の働きと我が国の努力があったおかげですよ」


「…………」


 白々しく言うユリアナにイルマは軽く顔をしかめるが、それについては何も言わなかった。代わりに軽く礼を言う。


「あなた方が働きかけて下さったおかげで我がエトルリアとセプルヴィアは前向きに諸問題に関する話し合いができそうですわ。レヴァント関係に我が国が介入できる余地まで下さったのですし」


「でしょう、ですから」


「ええ。レヴァント協商への参加に関して、我が国の利益を害しない限り特に干渉は行いませんわ。我が国の参加も前向きに主張してくださるというならそのための支援も惜しみません」


 ユリアナはこの言葉を聞いて唇を持ち上げる。


「じゃ、交渉成立という事で」


「まあ、精々頑張ってくださいな」


 イルマの言葉に、ユリアナは軽く微笑んだのだった。

閲覧、ブックマーク、評価、コメントなど本当にありがとうございます! 最近バーチャルユーチューバ―なるものを知りました。ユーチューバ―が出てきたときにも「未来じみてきたな……」と思ったものですが、もはやここまでくるとあれですね、22世紀が近づいてる感がありありです。時代においてかれないように本作でも最新ステルス戦闘機あたり登場させましょう! エトルリア軍複葉プロペラ機vsイリリア軍F35A!……下手すれば『ジパ〇グ』よりひどいですね、やっぱやめます。

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