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「つまらんのう」――ペトラ・カルジヴィッチ女王陛下はおっしゃった


「あなただったのですね、陛下。クリスタルⅡ号……、『ブロンズ作戦』における貴国協力者と言うのは」


 セプルヴィア先王、アレキサンデルの暗殺を目的としたブロンズ作戦。その計画段階において、アデリーナをはじめとするイリリア情報部はセプルヴィア政府内に協力者を得ることができた、と言っていた。


 秘密情報であるはずの国王外遊時の警備計画を横流しできるほどの高位の人物、ということはイリリア側も把握していたが、一体誰が、どういう意図をもってこちらに接触してきたのかまでは不明だったのだ。


 しかしユリアナは、その協力者が目の前の新国家元首だとのたまったのだ。ルカはしばらくその言葉が理解できなかった。


 ペトラは少しつまらなそうな顔になる。


「つまらんのう、もっと驚くかと思うたが」


「オルタ首相をはじめとする協調派の一派であろうということは予想がついていました。一派内の一部か、オルタ首相の指示か判別に悩んでいましたが……。まさかあなた直々だったとは。末恐ろしい11歳ですね」


「じゃろう? オルタにはよう動いてもらったがな。父上は少々やり方が荒っぽかった。あれではセプルヴィアはお早かれ遅かれ行き詰るからのう。隠れてもらうことにしたのじゃ」


「自国じゃどうしようもないからうちに頼んだってことでしょう? まったく、他人を業者扱いして」


「じゃが代金は支払ったぞよ。フェウメの人間には災難なことをしてしもうたがな」


 ユリアナとルカはその言葉に目を丸くする。正直に感情を表すことを忌む外交会議の場に置いてであっても、そして数々の重要会議に出席してきた二人であっても、驚きを隠すことはできなかった。


「……フェウメ事件、あなた方が糸を引いていた、と?」


「本当に末恐ろしい11歳ですね……」


「そのころには国内の掌握もすんどったしの。過激派を焚きつければ楽勝よ」


 そう笑って自慢するペトラの横で、オルタは咳払いをする。


「陛下、あまりぺらぺらと喋ることではありませんよ」


「おう、すまんのオルタ」


「それより、本題に入られてはいかがですか? あまり長く時間を取ると余計な詮索を生みます」


 ユリアナは改めて眉根を寄せた。


「サプライズの連続で正直こちらもお腹一杯といったところですが……、まだ何か?」


「おう、そち、余と共にいかぬか?」


 ペトラはまるで今晩の食事を誘うように、気軽な調子で言った。ルカはもはやポーカーフェイスを装うことをあきらめ驚愕の表情を浮かべ、ユリアナは真意を測りかねて困惑する。


「……どこに?」


「おう、まずそれを聞くか、おぬしは」


「美味しいレストランへのお誘いかもと思いまして」


「あいにくそういうのにはちと疎くての。そちが案内してくれぬか?」


「質問しているのは私ですよ、陛下」


 厳しい調子のユリアナに、ペトラは若干白けたようだったがすぐに口を開いた。


「余はの、レヴァント半島の統一というセプルヴィア建国以来の夢をあきらめたわけではない。ただ父上の目指したように鉄と血による統一には意義も意味も見出せぬのじゃ。ローマも、ナポレオンも、タタールも、トルキスタンも、血によって得た領土は、やがて血とともに失うことになる」


 ペトラの目はぎらぎらと燃えていた。ユリアナは黙ってそれを見ていた。


「じゃからじゃ、余はまったく新しいやり方を目指そうと思うておるのじゃ。我がセプルヴィア王国がレヴァント、いや欧州に、世界に冠する国家となるためにのう」


「それを私に話してどうするおつもりで?」


「言うたじゃろ? そちが、失敗国家じゃったイリリアを立て直した魔女のそちが欲しいと。その手腕を振るうてみんか? あいにく余はこの世界にはまだ疎くてのお」


「なにをお戯れを……。そんなことにはいと言う女に見えますか、この私が」


「簡単にはい、と言うとは思わんわ。そこまで子供ではない。ただの、そう思うてるということだけは頭にとどめてほしいと思うてな」


 ペトラは楽しそうだった。新しいおもちゃを見つけた子供のような天真爛漫とした顔だった。ただ目の奥の野望だけが、普通の子供と違っていた。


 ユリアナはじっとその顔をにらんで、しばらく何も言わなかった。沈黙が部屋の中に降りた。


 成り行きを見守っていたルカの額から、汗が一筋降りてしまう頃、ようやくユリアナが口を開く。


「……一体」


「敬語は好かん。余とそち、国を預かる立場は同等じゃ」


「どうするつもり? 武力に訴えないの?」


「国際連盟、という考え方はいい線をいっておったの」


「常設多国間機関の設立を主導するってことか……」


「話が早いの」


 この時代、大戦争の反省を生かす国際常設機関として国際連盟が設立されている。しかし大恐慌後頻発する危機に際し、連盟は有効な処置を取ることができず、また有力国家も次々と脱退し、機能不全に陥る日も近いとささやかれていた。


 ユリアナの前世における国際連合や、NATO、EUといった機関は、構想こそあったものの実現には程遠い段階だ。


「レヴァント協商における常設機関と合同軍の設置。それを我が国が主導する。ゆくゆくは関税を撤廃し、通貨を統合し、レヴァントに統一国家連合を作る。紛争抑止とでもいえば他国にも顔は立つじゃろう?」


「……末恐ろしい」


 ユリアナはこの日何度も呟いた言葉を繰り返した。


 たった十一歳の少女が語る野望。この時代では一笑で終わりかねないが、第二次世界大戦後の世界を知るユリアナからすれば笑ってなどいられない。彼女の夢は、やりようによってはかなってしまうのだ。イリリアもそれに巻き込まれないとは言えない。


「しかし陛下……」


 ここで黙っていたルカが口を開いた。


「レヴァント諸民族の対立感情は激しいものがあります。我が国とのダルダニア問題のように未解決の領土問題も多数抱えています。簡単に乗り越えられるものではありません」


 ペトラは眉を寄せた。


「うーん、ちと固いの、そちの補佐官は。オルタはもうちとゆるいぞ?」


「それが彼のキャラだから。勘弁して」


「……質問にお答えいただければ光栄です」


 ルカがいら立ちを必死に隠しながら促すと、ペトラもようやく答えた。


「そうじゃの。必要なのは『共通の歴史』じゃな」


「歴史……?」


「ああ。共通の歴史じゃ。外からの侵略者に共に立ち向かった、とか」


「…………」


「ま、そういうことじゃ。気が向いたら参加してくれればよい」


 ペトラは手を振り、話を切り上げた。


「では、これにて」


「あー、ちょっと待ってくれない? オルタ首相」

 

 退出を促すオルタを、ユリアナが制した。ペトラが少しだけ眉を動かす。


「どうした、ユリアナ。余の提案を受け入れるのか?」


「残念だけど、マンマに悪い友達とは付き合わないようにって止められちゃっててね」


「フッハッハ。そうか。マンマの顔色をうかがわなくてはいけぬのか。大変じゃのお」


「でもさ、紹介すればマンマも許してくれると思うんだよね」


 ユリアナのこの言葉で、ペトラの笑みが消えた。ユリアナは構わず話を進める。


「フルバツカ問題を巡って協力してあげてよ。エトルリアと」


「ほう……」


「なんなら、レヴァント協商に彼女たちを巻き込んでもいい。いや、そこまでいかなくても、何らかの協力関係を二国間に結んで、その仲介をうちがする。そうすれば、エトルリアは我が国にある程度の外交上の自由を認めるはずだ。協商への協力も可能になる」


「…………」


「レヴァント協商っていっても、見込みがある国はないんじゃない? フルバツカは言わずもがな。ブルガールは敗戦国で戦前の領土を取り戻したいと思ってる。コリントは? あそこも駄目だ。王政と共和制を巡って混乱状態にある。安定はまだまだ先だろうね。新しく協力関係を結べる国はもうないでしょ?」


「ああ、そうかもしれぬな」


「あら、素直に認めてくれるとは。でもだからこそ、早急な外交的成果は欲しいでしょ? 先王のナショナリズムに訴える対外拡張政策は今だ国内に尾を引きずってるわけだし」


 先ほどとは打って変わって、ペトラはじっと黙ったままユリアナの瞳を覗きこんだ。ユリアナは挑戦的に笑う。


「……さすがは魔女、じゃな」


 ため息交じりに座り直したペトラは、オルタをそばによらせる。


「さて、我がセプルヴィアがイリリアの仲介でエトルリアと協力関係を結べば、おぬしらはレヴァント協商に参加する、とのことじゃな?」


「そういうこと」


「……全面的な協力はまだ無理じゃな。しばらくはフルバツカ問題に限る。それでどうじゃ?」


「じゃあうちも当面はオブサーバーでの参加ってことで」


「……ええじゃろう。外交担当者に話を詰めさせよう」


 ペトラは観念したように吐き出すと、右手を差し出した。


「ありがとう、女王陛下」


 ユリアナも礼を言ってその手を握り返す。オルタはその様子を見守ると、すぐに電話機に駆け寄り指示を飛ばし始めた。ルカもまたメモ帳に忙しく書き込み、断りを入れた後に退出して、室外に待機していたスタッフと話し始める。


「あ、そうだ」


 ユリアナはスーツの懐に手を伸ばすと、一枚の便箋を取り出した。


「はいこれ、うちの風習」


「ほう?」


 ペトラは興味深げに便の封を切る。そして中に入っていた新年を祝うメッセージカードとイリリア硬貨を珍しそうに眺めた。


「今年もよろしく」


「……そうじゃの」


 ペトラとユリアナは再び手を握り、にこりと笑い合ったのだった。





「……お年玉ね。まさかこの世界にもあるなんて」


 

閲覧、評価、ブックマーク、ご感想など本当にありがとうございます! 12月は師走と言うように自分も忙しい日を送りましたが、こうして週一更新をできたことを自分の中で誇っております、と書こうと思いましたが出来てませんでしたそうでした。しかしまあ、ずぼらな性格のわりに更新を続けることができたので、これからもこんな調子で続けられたらいいなーと思っております。

皆さま、これからも応援お願い致します! 

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