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『ようこそベオグラードへ』――オルタ・カルジヴィッチ セプルヴィア王国首相は言った。


『ようこそベオグラードへ。そして我がセプルヴィア王国へ。お初にお目にかかります、カストリオティ大統領閣下。イリリアの風習に則ってユリアナ閣下とお呼びすべきでしょうか?』


『カストリオティで結構ですよ、カルジヴィッチ首相。この度はご招待いただき感謝いたします』


 ユリアナは目の前に相まみえたセプルヴィア王国首相、そして摂政を務めるオルタ・カルジヴィッチににっこりとほほ笑んだ。


 苦難の末セプルヴィア王国王都、レヴァント半島最大の都市ベオグラードの王宮内。ユリアナは若干の緊張を笑顔の下に隠しながら、この妙齢の女性に、レヴァント一の大国の最高権力者と言葉を交わす。


『それにしても、大変お上手なセプルヴィア語ですね、大統領。貴族の同胞と話しているようです」


「おほめいただき光栄です。一生懸命勉強した甲斐がありました」


 ユリアナはセプルヴィア語で返す。今日は通訳を介さない、直接の対談だ。


 ユリアナたちがセプルヴィアを訪問してすぐに、この首脳会談がセッティングされていた。即位式に臨む前に一度顔合わせをしておこうという事だ。


「さて」


 オルタは顔を引き締めた。


「半年前のダルダニア事件に関しては、改めて謝罪させて頂きます。両国関係が些細な事故で不必要に悪化せぬよう、双方の努力が必要であると考えておりますが」


「イリリア政府としても同意見です。大局的な関係を構築するよう、両国の交流も継続させていきたいところです」


 そういいつつも、ユリアナは心の中で舌打ちを打つ。イリリア軍が半壊したあの事件を「些細な事故」で済まそうとしていることに腹を立てたのだ。もちろん、それを顔に出すほど素人でもない。


 それにいい話も聞けた。オルタの口ぶりからするに、ダルダニア問題に関してセプルヴィアはしばらく手を出してこないだろう。


 ダルダニア問題に関する話題はここで打ち切られ、オルタは次の話に移る。


「すでに産業相会談で申し上げておりますが、我が国は貴国との経済協定や、レヴァント協商構想への参加を希望しております。まあ、貴国も色々と事情がおありでしょうが、レヴァント諸国の協調と平和という考えに反対されるとは思いません。前向きに検討して頂きたいものですわね」


 レヴァント協商構想とは、レヴァント諸国間で経済・軍事面における協力関係を構築しようという試みである。


 構想そのものはかなり昔からあったものの、セプルヴィアの対外強硬姿勢や、諸国間の対立により実現しなかったものだ。


 しかし新首相のオルタは、議会における演説でこの協商関係を構築することを明言していた。すでにセプルヴィアが対エスターライヒ、マジャール王国を主軸にベーメンやモラヴィア、ダキアと結んだ小協商と合わせ、東ヨーロッパ新興諸国の大同盟を主導する狙いがあると思われている。


 そんなことは当然、レヴァント半島の覇権を狙うイリリアの同盟国エトルリアには受け入れられないものであり、エトルリアが公使召還をちらつかせてまで今回の訪問を取りやめさせたがっていたのもこのへんが主な理由だ。


 だからユリアナはオルタの呼びかけに頷くことはなかった。


「新興諸国の独立の保証、という考え方には全面的に賛同させて頂きます。ですが、このようなやり方は地域の安定を乱し、戦後協調体制を危機に陥れる可能性があります。したがって全面的な協力はできません」


「……そう」


 オルタは一言そう言っただけだった。


 会談はその後、両国間でのいくつかの取り決め――国境越えの道路の修繕や、イリリアへのインフラ投資、貿易協定の締結推進などで合意して終了した。これらは事前交渉で大筋合意したものを確認しただけであり、まあ流れ作業のようなものだ。


「っていうわけで、オルタさんとの会談は大方成功だったって感じかな?」


 宿泊するホテルに戻ったユリアナは、先に会談を終えたエルザやレディナに報告した。


「うちもやねぇ、投資計画を取り付けたんは成功やったわ。エトルリア一辺倒になるよりマシやろ?」


「まあ、額はけた違いだけどね。私の方でも、関係強化の方向で外相と一致したわ。無難だけど、エトルリアとの同盟が成立した後にこうした牽制をかけられるのは大きいわ。だいぶプレッシャーになってる……、はず」


「自信なさげやなぁ、エルやん」


 レディナはあきれる。


「だってぇ、さっき本国から連絡来たんだけどね、エトルリアがカンカンになってローマ駐在の公使を呼びつけたらしくてさ。『貴国は我が国と相いれない行動をするなぁ!』って。フルバツカが微妙な時期だから向こうも神経質になってるみたいなのよ」


「ですが、それは我が国の外交攻勢が効果を発揮しているという事では?」


 ルカが尋ねる。


「そうともいえるんだけどさ。やりすぎると経済協定を盾にされるかもしれないわ。あっちは我が国の国債を受け入れてるわけだし、投資も貿易も喉元握られてる状況だし」


 連日の抗議攻勢がだいぶきているらしい。エルザはみるみる弱気になっていった。そんなエルザの肩をユリアナはポンとたたく。


「まあまあ、エルザちゃん。逆に言えば、そのまま絞め殺したら向こうも困るでしょ? だから決定的な言一手は打てないよ、エトルリアも。エルザちゃんの言った通り微妙な時期だし」


「せやでエルやん。金貸しはなぁ、貸した先に逃げられるんが一番困るんや。生かさず殺さずって具合や」


「嫌な例えしないでよね、レディナ」


 顔をしかめたエルザだったが、先ほどまでの悲壮感は少し鳴りを潜めていた。ユリアナはのこりの悪い空気を追っ払うように大声を上げる。


「さ、後は即位式と謁見だけ! ややこしい政治陰謀とはおさらばだい! ルカ、今日の予定は?」


「ベオグラード市内視察ですね。鉄道・都市インフラを中心に……」


「観光だ!! 盛り上がるぞ野郎ども!」


「っしゃぁ! こんときのために観光マップ買うてきたんや! 遊びつくすで!」


「野郎はルカ補佐官しかいないけど……」


「観光でなく視察です! 議会とか監察院が聞いてたら大目玉ですよあんた!」


「どっちもいない! そんなの関係ねぇ!」


「大統領!」


 ルカの怒鳴り声が飛ぶのは、ベオグラードでも変わらないのだった。


 即位式は翌日、白の宮殿と呼ばれるカルジヴィッチ家の王宮で盛大に行われた。


 ヨーロッパ諸国の王族や列強各国の大使特使その他首脳陣が勢ぞろいしていた。式典後のパーティではちょっとした外交会議じみたやり取りが繰り広げられている。


「見てよルカ、連合王国のエドワード王太子まで……」


「ドイトの特使やフランクの人間もいますね。もちろんエトルリアも」


「……大和人までおるで。まるで国際会議場みたいやな。さすがはセプルヴィア」


 混迷極めるレヴァント半島のカギを握る地域大国という事もあり、出席者は豪華絢爛という言葉がふさわしい。


 大統領まで引っ張り出したイリリアは錚々たる列強メンバーに追いやられ、端っこでちびちびワインをすする羽目になっている。


 が一人、積極的に自らの職務を果たしに言っていたエルザがどっかの国の外交官っぽいおばさんの手を引きながら駆け寄ってきた。


「ほらユリー! なにしてんのあなた大統領でしょ!! ワイン飲んでる場合じゃないじゃない!」


「ええぇ、私知らない人と話すの苦手で」


「なに人見知り発揮してんの! ほらこの人、合衆国国務省の……」


 エルザに引きずられるようにしてユリアナは表舞台へと引き吊り出されていくのだった。


 夕方になりパーティはお開きとなったが、使節らの謁見が始まった。カルジヴィッチ家は代々ヨーロッパ各国の王家と親戚関係にあるため、訪問客も多い。そしてユリアナの番はかなり遅く、


「……そろそろ行こうか」


 控室の椅子を発った時には、すっかり日も落ちていた。


「ま、一言二言話しておしまいだからさ、そんな気を負わなくていいよ、ルカ」


「あなたは少し気負ってくださいね、大統領?」


 今回謁見を許されたのはユリアナとルカの二人だけ。二人ともセプルヴィア語に堪能であるから通訳すらつかない。


 案内人に先導されるまま王宮の奥に連れていかれ、白を基調とした、しかし豪華な装飾がなされた大きな扉の前に立たされる。


『こちらに女王陛下がおられます』


『ありがとう』


 扉が開かれる。奥の玉座に、王冠をかぶった若干11歳の女王、ペトラ・カルジヴィッチが座っていた。隣には首相のオルタが控えている。


 カールした髪はきれいな金髪で、青い目はガラス細工のように透き通っている、白い肌と幼い顔に不釣り合いな大きな王冠と、豪華絢爛な装飾にあふれたドレスを着ている。人形のような繊細さと、気品を持った人物だった。


 流石は王族だな。とユリアナは思う。民選の、しがない庶民出身大統領である自分とはえらい違いだ。


 ユリアナとルカはペトラの前でそっと頭を垂れた。


『初めまして、ペトラ女王陛下。私がイリリア共和国大統領、ユリアナ・カストリオティでございます』


『同じくイリリア共和国大統領首席補佐官、ルカ・ペトロヴィッチであります。本日はこのおめでたい席にお招きいただき……』


『面を上げぇ」


 ペトラはルカの言葉を遮った。


「……は」


 すこし奇妙に思いながらも、二人は頭を上げる。


 ペトラは笑っていた。悪戯が成功した子供のような、意地の悪い笑顔をその幼い顔に浮かべていた。


「宝石の処分は助かったぞ、業者よ。報奨はあれで足りたかの?」


「陛下、それは……」


 思わず疑問が口をついたルカを、ユリアナは黙って止めた。そして口元に少しだけ笑みを浮かべる。


「あなただったのですね、陛下。クリスタルⅡ号……、『ブロンズ作戦』における貴国協力者と言うのは」

閲覧、ブックマーク、評価、コメントなど本当にありがとうございます! 

今回、なんかペトラ女王の描写に(これでも)気合いを入れてしまいましたが、そういえばユリアナの服装とかってちゃんと書いたこと無かったなーと思いますのでここで説明させて頂きますと、実は中学の時のジャージです。会議とか議会とか作戦指揮とか全部ジャージ着てやってます。『3年3組ユリアナ』とか書いてます。……すみません嘘です。ちゃんとした時はパンツスーツ、プライベートな時はだぼっとしたズボンとシャツを着てます。服のセンスはかなり悪いらしいです。

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