「さぁて、どうなることかなぁ」――ユリアナ・カストリオティ大統領は言った
1935年が始まった。
新年は、ユリアナの方針もあって盛大に祝われることが政府内での習慣になっていた。
「はいルカ、お年玉」
ユリアナは5レク硬貨の入った小さな便箋をルカに手渡す。
「毎年ありがとうございます、大統領」
「いーよいーよ。私の家の習慣だったんだから。エルザちゃん達にも渡しに行こっと」
ある意味ユリアナの家での習慣である。
ちなみに一食当たりの食費が400から500レクであることを考えると、5レクと言うのはことものお駄賃にもならない程度の金額だ。賄賂だのなんだのと言われるのが怖いので、このぐらいで納めている。
ユリアナはここに、感謝の言葉を記したメッセージカードを添えることで「新年の幸福を祈る」という意味を込めて知り合い一同に渡していた。
別に日本文化に哀愁を感じていたわけではない。こうしたちょっとしたやり取りが、政治家にとっては大切なのだ。これで維持できている関係も多くあると、ユリアナ自身自負している。最近では向こうからわたしに来ることも多い。時々とんでもない金額が入っていて、ユリアナが丁寧に固辞することもあるが。
「ペトラ新女王にも渡します?」
「……思い出させんなよルカ」
からかうように言ったルカを、ユリアナは恨みのこもった目で見た。
ユリアナのセプルヴィア王国訪問まで一週間を切り、外遊の準備はいよいい大詰めの段階だ。ルカやエルザ、そして向こう側の申し出でレディナ産業大臣の同行も決定し、なんと摂政オルタ・カルジヴィッチとの会談も行われることになったのだ。
オルタは摂政だけでなく、議会の決定により新首相にも選出され名実ともにセプルヴィアの最高権力者に上り詰めていた。そんな人物との首脳会談ともあって、年末年始からイリリア政府はその対応に大わらわとなっている。
ユリアナはユリアナで、今まで縁のないものと思っていた宮廷作法やマナーの類を徹底的に叩きこまれ、結構早い段階で音を上げている。
「今日もこの後に講習会が予定されています。もう逃げださないでくださいね?」
「あれ~? なんだか頭痛くなってきちゃったなぁ。こりゃあれだ。インフルエンザってやつだ。寝なきゃ」
「大統領?」
ルカはユリアナの顎をがっちりと掴みにかかる。
「ひゃい」
「講習会で合格をもらっていないのはもうあなただけです。来週には本番なんですからいい加減にしてください」
「ひゃい……」
鬼気こもったルカに、ユリアナは素直に頷くほかなかったのだった。
そんな嵐のような日々が過ぎ、訪問もいよいよ目前に迫った日。昼食を食堂で取っていたユリアナのものにルカが駆け寄ってきた。
「大統領、お食事中申し訳ありませんが、緊急に報告したいことが」
「どうしたの?」
ユリアナはスプーンを置く。
「はい、実は」
ルカは手にしていた黒いファイルを開いた。
「あなたのセプルヴィア訪問に際し、エトルリアからの抗議が入ったことはすでにお知らせしたとおりですが……」
「ああうん、無視したやつね」
「ええ、それに関連してか、エトルリアがイルマ・メローニ公使を本国に召還しました。明日朝の船で帰国します」
「……マジ?」
公使や大使と言った相手国駐在の最上位外交官を本国に呼び戻す、と言うのは国交断絶に次ぐ強い抗議の姿勢だ。
驚くユリアナに、ルカは続けた。
「向こうは召還という表現は使っていませんが、事実上の召還とみてよいのではないか、というのが外務省の見解です。また情報室の調べによればイルマ公使に対して何らかの懲罰が下ったらしい、とも」
「懲罰? なんかやらかしたの、あの人?」
「我が国に対する姿勢が甘いとみられたようです。対フルバツカ戦争を控える中これを利用して我が国への介入を強めようとしているのではないか、とも」
「……災難に」
ユリアナはぼそりとつぶやいた。
同盟条約では実を得るためとは弱小国に大幅な譲歩を行い、そのうえ勝手に外交活動を、覇権を争う国相手に繰り広げているのだ。エトルリアからすれば腹が立つことこの上ないことだろう。
「もし公使が交代ともなれば、次は我が国に対し厳しい姿勢をとる人物が着任する可能性が高いですね」
「……ま、その時はその時かな。アデリーナちゃんには引き続き情報収集を続けるように言っといて。あと外務省のエトルリア局には今後の情勢に注意するようにって指示を」
「了解しました」
「今は取りあえず、セプルヴィア訪問を成功させることに注力しよう。エトルリアがそこまでするってことはかなり痛いとこつけてるみたいだし」
ユリアナは厄介ごとの多さに辟易する。
「ああ~、新年早々大変だねぇまったく」
「そういわないでください。逆に大変じゃない時なんてなかったじゃないですか」
「う……」
胃のあたりにずしんと重たいものを感じるユリアナ。しかしここで倒れてはまずいと明るくふるまう。
「と、ところでルカさ。セプルヴィア行きの飛行機ってどうするの? まだ何も聞いてないけど。ポドゴリカの新滑走路からでしょ?」
「は? ヒコウキ……?」
「うん、ベオグラードまで。鉄道はつながってないし、車で行くのは無理でしょ。道も悪いし」
「…………」
「嘘でしょ」
「…………」
「嘘だといって」
「じ、自動車で行く予定です」
―――――――――――
「き、気持ち悪……」
ユリアナは青い顔で唸っていた。
「き、休憩にしましょう」
ルカもまた死人のような顔で呻く。
セプルヴィア訪問団は、イリリアの険しい山岳地帯を縫うように作られた、未舗装のがたがた道のせいで早くも車酔いに陥っていた。
道沿いの広場で車を停め、出発後何回目になるかわからない休憩を取る。
後ろの車に乗っていたレディナとエルザもまた車酔いでダウンしたようで、ふらふらになりながら出てきた。
「うう、絶対舗装したるねん、この道。ええやろ大統領?」
「き、許可する……」
「それより飛行場を作りましょ。飛行機で行けばいいのよ」
エルザは文句を垂れながら水筒の水を煽った。
「だってよぉ、ルカ」
「…………」
厭味ったらしく言うユリアナに、ルカは気まずそうに視線をずらした。
「ねえルカっち、あとどれくらいで着くの?」
エルザが質問したのを幸いと、ルカは運転手に確認するべく逃げ出した。
「……まだイリリア国内です。国境までは数時間はかかると」
「国境を超えたら?」
「セプルヴィア東部のイヴァニーツァまで行き、そこから列車での移動になります。何度も言ったじゃないですか……」
「ちなみに……、イヴァニーツァまであとどれくらい?」
「……日付が変わるまでにつけたらいいですね」
ぼそりと言ってそっぽを向くルカ。悲鳴にならない悲鳴を上げるエルザ。太陽はまだ東の方だ。一日は長い。
太陽がようやく天頂に差し掛かったころ、自動車は道沿いに青いペンキ塗りの小さな小屋にたどり着いた。
小屋の横にあるポールにはイリリア国旗とセプルヴィア国旗が並んではためいている。
そう、ここはイリリアとセプルヴィアの国境ゲートだ。協定によりイリリア軍とセプルヴィア軍が共同で警備を行っている。
「大統領、ようこそ国境峠出入国管理所へ」
イリリア陸軍のこげ茶色の制服を着た兵士が敬礼をする。ここまでユリアナたちを警備してきた兵士たちも敬礼で返し、ユリアナは帽子を取って返礼した。
「この管理所より先は、セプルヴィア領内です。よって我が軍による警備はここまでとなります。ここからは……」
兵士は道の先、赤と白の遮断機の後ろに整列する青い軍服を着た青年たちを見た。
「セプルヴィア軍が警備を引き継ぎます。外遊のご無事、お祈りしております」
「ありがとう。頑張るよ」
ユリアナはほほ笑む。
遮断機が開き、ユリアナたちを乗せた車はゆっくりと国境を超えた。すぐにセプルヴィア兵たちが集まる。
『ここよりイヴァニーツァまでの警備を担当する、セプルヴィア王立陸軍第201特別警護隊のイワン・シュエルコヴィッチ大佐であります! カストリオティ大統領閣下を無事にお連れするよう、陛下から承っております!』
『貴国のご配慮、感謝いたします。短い道中ではありますがどうぞよろしく』
流ちょうなセプルヴィア語で返したユリアナに、セプルヴィア兵たちは目を丸くする。
「……大統領閣下は上手なセプルヴィア語をお使いになるのですね。まるで訛りのないきれいな発音です」
「セプルヴィア人のあなた方にそう言ってもらえるとは。私も光栄です」
「陛下も驚きになるでしょう。早速出発しましょう」
「先導、よろしくお願いしますね」
ユリアナは淑女のように頭を下げた。そして再び車に乗り込むと、
「ああー、セプルヴィア語の敬語って疲れるねぇ。やだやだ」
イリリア語でため息をついたのだった。
「お上手でしたよ?」
聞き耳を立てていたルカが声をかける。
「ありがとさん」
ユリアナが礼を言ったと同時に、先導するセプルヴィア軍装甲車が動き出した。訪問団を乗せたイリリアの車両も、それに続く。
警備所に掲げられていたイリリア国旗はすぐに尾根に隠れて見えなくなった。道端の看板はイリリア語表記のラテン文字からセプルヴィア語表記のキリル文字に代わり、この地が異国であることを再認識させられる。
「さぁて、どーなることかなぁ」
さほど変わらない山道の景色を眺めながら、ユリアナは楽しそうに呟いた。
閲覧、ブックマーク、評価、コメントなど本当にありがとうございます! まもなく2017年も終わりますが、作品では一足早く新年を迎えることとなりました。いや奥さん、今年ももうすぐ終わりですってよ?年取ると時間の進みが早くていやだわぁ、ってはい、このネタ前にもやりましたね……。
そして皆さまのおかげで、作品も新章に突入することができました。年内にもう一度、できれば二回ぐらい更新したいなぁと考えています。ぜひともよろしくお願い致します!




