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合衆国レポート


 当選したばかりの大統領が合衆国の永遠の繁栄を宣言してから何年が過ぎただろう。


 もはや過去の栄光は見る影もなくなった。通りには失業者が群れを成し、オフィス街は「売り出し中」の看板ばかりが建ち並ぶ。


 不況が始まったばかりの頃に失業者に食事を提供していたスープスタンドも、もはやほとんどがつぶれてしまった。


 ニューヨークに住むマリア・ガートナーは買い物に行くために愛用の44口径リヴォルバーを相手から見えるよう腰にぶら下げた。


 私たちはどこから間違えてしまったのだろう、とマリアは回想する。


 世界暦1933年の2月15日、恐慌を革新的方法で克服しようと唱えていたフランナ・ロズワルド新大統領がマイアミで暗殺されたときだろうか。


 彼女の、政府が大規模に介入する形での経済再生策は、この国の伝統的保守強硬派の反発を買ったらしい。暗殺者が所属していた保守組織の名から「高い城事件」と名付けられたこの事件は、その後の合衆国史に少なからぬ影響を与えた。


 後任のガーナー大統領は保守派の反発、議会の抵抗、司法による新規まき直しニューディール政策違憲判決のせいでロクな政策を取れず、恐慌を拡大させるだけだった。


 軍縮に次ぐ軍縮で軍は弱体化した。連邦政府からの補助金が削減され、税収も大幅に減少した地方自治体はまるでドミノのように次々と破産。行政や警察、消防、教育、インフラやライフラインすら次々と崩壊していったのだ。


 それは、かつて合衆国繁栄の象徴とも言われたニューヨークですら例外ではなかった。警察や軍が力を失う代わりにギャングやマフィアが台頭し、今では町中のいたるところで銃撃戦が繰り広げられている。


 議会はこの期に及んでも政党間の政争に明け暮れ、この国が死にかけていることには目もくれていない。


 マリアは憂鬱な気持ちでドアを開けた。もはや希望はない。夫は29年には解雇され、再就職もできないままギャングの抗争に巻き込まれて死んだ。


 子供の通っていた学校は閉鎖され、今はマリアが何とか読み書き程度を教えるだけだ。買い物と言ってもドルの価値はもはやなく、マリアは昔夫からもらったアクセサリーを手に今月の食料に変えようとしていた。


 マリアは再びため息をつく。もはや合衆国は死ぬのだ、そう思えて仕方がなかった。


「……。そういえば、今日は嫌に静かね」


 マリアは気づいた。いつもならばどこからか響くマシンガンや暴走自動車の音が、今日は一つもしなかった。


 アパートの階段を下り、通りに出る。すると、不法投棄されていた大量のごみや放置自動車がどこかに消えていた。


「ごみ収集なんてずいぶん昔になくなったのに……」


 不思議に思いながら歩いていくと、公園に人だかりができているのが見えた。マリアは少し早足でそこへ向かう。


「いったいどうしたの? いつもとずいぶん違うみたいだけど」


 公園にいた老婦人に声をかけると、彼女はにっこりと笑って答えた。


「あの人たちのおかげだよ。一晩のうちにゴミを片付けて、この街を昔みたいに戻してくれたんだ」


 夫人が指さす方を見る。そこには、演説台が組み立てられていた。演説台にはどこかで見覚えのある鍵十字のマークがある垂れ幕が、カーテンのようにかかっていた。その上には、灰色を基調とした、軍服のような制服に身を包んだ一団が整然と並んでいた。


『我々は合衆国第一戦線党です! 栄光あるコロンビア合衆国の歴史を取り戻すため、我々は立ち上がりました!』


「戦線党……。ドイトラントの政党よね?」


「そうだよ。彼女たちをやり方をまねた政党さ。ドイトの奇跡を合衆国でも再現してくれるんだって」


 夫人は嬉しそうに言った。


『合衆国に栄光あれ! アーリア人よ支配者たれっ!』


 戦線党の女は吠える。群衆は合衆国の旗と戦線党旗を交互に振っていた。


 マリアは希望を見た。見てしまった。彼女たちに、合衆国の未来がある、と。


 世界暦1934年の中間選挙では、既存の連邦党、自由党が大敗し、戦線党が過半数に迫る議席を獲得するのだった。

閲覧、ブックマーク、評価、ご感想など本当にありがとうございます! おまけと言うか伏線と言うか、というようなお話を上げてます。歴史ってほんのちょっとの差で大きく変わっていたかもしれないと思うと(歴史好きの方には邪道と思われそうですが)物書きを趣味とするものにとってはドキドキワクワクしますね。

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