「あの女狐どもゴミ押し付けてきやがった!」――ブレンカ・プレヴェジ大佐は怒鳴った
兵器がない、兵士もいないとないない尽くしのイリリア軍は、自らが設定した目標を達するべく躍起になって邁進していた。
兵士の追加徴募、徴兵検査の実施、士官の養成、将校の外国派遣その他もろもろ。
そして兵器不足を補うべくエトルリアと武器援助協定を締結した結果、大量のエトルリア製兵器を入手することに成功した。成功、したのだが……、
「あの女狐どもゴミ押し付けてきやがった!」
ブレンカは吐き捨てるように怒鳴り散らした。
「なんだい、ゴミって?」
ニナ参謀総長がその態度に辟易としながら尋ねる。
ここは陸軍の首脳部が集まって行われる会議の席上。ニナ以外にもトルファン陸相のほか、陸軍省の部長級の面々が集まり、陸軍の行く末について討議が行われている、その時のことであった。
「エトルリア供与のことだよ!」
ブレンカは厳しい表情を崩さない。彼女の言うエトルリア供与というのは、先日イリリアに搬入されたエトルリア製の無償供与兵器の総称だ。
「それがどうした?」
「まったく役立たずだったんだ!! マジでゴミだぜあれ!」
ブレンカは叫んだ。というより吠えた。
なんでも機関銃や小銃の類は皆暴発だの不発だの故障が頻発したのだとか。実戦使用できるレベルには全然達していなかったのだ。試験に携わった兵士たちは「言う事機関銃」だの「ない方がマシンガン」だの好き勝手に言い、某国の自国製機関銃もかくやという嫌われようだったという。
「まあ、元々我が軍で運用していた小銃や重機関銃は傑作兵器だったからな」
トルファンも頷く。エスターライヒやその同盟国だったドイトラントの兵器は大戦争で使用された中でも評判が高く、現在でも使用している国が多いぐらいだ。
「……仕方があるまい。小銃はマンリヒャーの追加購入及び改良。軽機関銃はブルーノの導入を軸にするとしよう。ああ、以前言っていた国産開発の話も進めねばな」
トルファンはため息交じりに言い、ブレンカは頭を抱えた。
「ああ~、こんなことで金使ってる場合じゃねえっつうのに」
「変にケチってバカ銃使うよりましだよ。兵器ってのはバカが使ってもちゃんと使えるもんじゃなきゃいけないんだ。敵を殺して味方を守る。それが武器ってやつさ」
ニナは恨み言を吐き続けるブレンカをたしなめる。そして鋭い目つきになって続けた。
「それで? 戦車やら飛行機やらの賢い連中にしか使えないようなもんはどうなってるんだい? まだお勉強の最中かい?」
「ん、あ、いや。飛行機に関しては空軍準備室が上手くやってる。性能もいいみたいだぜ」
「そりゃ高い金払ったからねぇ。で、うちが噛んでる鉄の棺桶は? 名前も決めたんだろう?」
「ああ、そっちか……」
ブレンカは頭痛の種をほじ繰り出されたといわんばかりに額を抑えた。
「イリリア陸軍軽戦車、サーバルⅠは順調だよ。順調なんだけど……」
34式軽戦車『サーバルⅠ』は正式にイリリア陸軍戦車連隊準備隊の発足に合わせて配備された。本来豆戦車と呼ばれる区分だが、意地と見栄を張った結果、イリリア軍では軽戦車に区分されることになったのだ。
これは対歩兵戦車として、主武装レベリM1914 6.5 mm重機関銃が1挺を積んでいる。そのため歩兵を相手にするには十分だと思われていた。がしかし
「対戦車戦闘にはま―――ったく役に立たない! いや、サーバルⅠ自体、実戦で役立つか疑わしい」
純粋な歩兵戦闘では役立つだろうが、砲撃や対戦車ライフル、そして相手も戦車を出してくるような場合、サーバルⅠでは相手にならないだろう。
ブレンカの発言を受けて、トルファンが言う。
「対戦車砲の増加配備も決定している。それでいいんじゃないか?」
「いや駄目だ。セプルヴィア軍の機甲部隊は増強を続けてるし、どうも新型の戦車も配備しているらしい。そこで、最低限の対戦車戦闘が行える軽戦車の保有を提案する」
「サーバルⅠはどうする。70両の購入がすでに決定してるぞ? それに中戦車の開発計画もある。そっちはどうするつもりだ」
「……サーバルⅠは戦車部隊教育用に、新型戦車が配備されれば、歩兵部隊へ移そうと思う。「戦車」じゃなくて、自走式装甲機関銃とみればかなり強力だし」
「……貴様の計画はいつも具体性がない。ついでに言うと実現可能性も低い。まさに机上の空論だ。一気に新型戦車を二つも開発するだけの技術はないぞ?」
トルファンはそう苦言を呈すが、ブレンカは待ってましたと言い返した。
「実は軽戦車に関しては当てがある」
そういって会議室の黒板に一枚の大判白黒写真と戦車の設計図を貼り出した。
「アングロサクソン連合王国の武器会社、ヴィッカース社製のウィッカース6トン戦車だ」
写真に写っていたのは、双砲塔の小型戦車。
「結構評判がいいらしくて、ポルスカやプロレート人民連邦も輸入してる。中戦車開発計画も技術不足から頓挫しかけてるし、早急な対装甲車両戦力の整備は急務だ」
「面子にかまわず外国からさっさと輸入しようという腹か……。やむをおえんな」
トルファンは資料を見つめる。
「で、財源はどうする? すでに今季議会での補正予算案に関する討議は紛糾しているらしいぞ。この上戦車購入費の追加などバカにならん増額だ。大統領は嫌がるだろうな」
「う……、いや、閣下は戦車導入に前向きだ。何とか説得できると……、思う」
「大統領を納得させても、予算を決めるのは彼女じゃない。議会はどうするつもりだ。『例の問題』もある以上、これ以上我らの好き勝手にはできん」
「それは、その……。まあ、うん」
ブレンカはしどろもどろになりながら視線を窓の外にずらす。その先には、現在討議真っただ中の共和国議会議事堂が見えた。
「そもそもっ!!」
議事堂第一小委員会議場。現在予算委員会が開かれているこの部屋で、最大野党、民族保守党党首のウェルナ・ラドゥノヴィッチが、文字通り吠えた。
「エトルリアとの同盟条約締結方針が示されてから一か月が過ぎようとしているのに関わらず、その内容が一切議会国民に説明もないというのはどういうことなのかっ!!」
政府代表としてエルザ外相が答弁に立つ。
「同盟条約の内容に関しては現在エトルリアとの交渉途中で、内容も不確定事項が多く発表に至る段階じゃない。交渉がまとまり発表できる段階に至った時点ですぐに議会へ報告し……」
そこまで言ったところで部屋中からヤジがわいた。
「それじゃ遅いだろっ!!」
「秘密交渉反対!」
「この売国奴っ!!」
この言葉に、流石のエルザもぶちぎれる。
「うっさいわねっ! こっちだって色々やってんのよ!!」
この一言で議会は大荒れとなった。すでに言葉にならない言葉の応酬を収めようと、予算委員長が木槌をガンガン打ち鳴らすが、この混乱はしばらく収まりそうになかった。
「……まさかこんなことになるなんて」
その様子を遠巻きに見ていたユリアナはため息をつく。隣に座るルカも額を抑えた。
「予算どころじゃないですね、これは……」
イリリア共和国憲法には、「条約は議会の過半数の承認と大統領の署名を持って批准する」とある。よってイリリア・エトルリア同盟条約もこの手順に則ることになるのだが、議会が始まっても肝心の同盟の中身が全く公表されず、議会、特に野党の猛反発を食らっていたのだ。
さらにこの問題によって軍拡のための補正予算案の審議も滞っているほか、この大軍拡には連立与党の左派政党「社会労働党」の一部に反対者がおりスムーズな採決には程遠くなっている。
「で、どうされますか、大統領? このままでは審議は進みませんし……。公表しますか? 条約案」
「ええー、あんなの出したら私刺されるって。いやマジで」
ユリアナは割と真剣なトーンで言った。
実は同盟条約の概案自体はほとんど固まっている。ぶっちゃけこの手の同盟は世界中あちらこちらで結ばれてそう何か月もかけて書くものではない。
ただ全7条の条約の内の6条に書かれた内容が、両国の交渉が暗礁に乗り上げる原因となっていた。つまり、
イリリア共和国とエトルリア王国の相互援助防衛条約(エトルリア王国提示案)
第6条 本条約の相互参戦義務を速やかに果たすことを目的に、イリリア共和国、及びエトルリア王国は戦時、平時を問わず相手国軍隊の自国領駐屯を認める。また駐屯国が被駐屯国に対する本条約の趣旨を完遂できるよう、被駐屯国は駐屯軍にあらゆる便宜を図る。ただし駐屯軍の地位に関しては別途協定にて定める。
という事だ。
簡単に言うならば、イリリア国土にエトルリア軍が駐屯し、その上イリリアは駐屯エトルリア軍に「あらゆる便宜」を図らなければならないのである。
一応双方向の内容とはなっているが、これを根拠にエトルリアがイリリアに軍を送り込もうとする意志は丸わかりだ。そして「あらゆる便宜」とはいったい何なのかすら記されていない。
最悪エトルリアが要求すれば、金銭、土地、人材、資源などのあらゆるイリリア財産が吸い取られることにもなりかねない。当然イリリアはこの条項の修正を求めたがエトルリアは受け入れず、交渉は滞ってしまった。
一応、周辺諸国情勢を鑑みて両国の合意を見るまで公表は差し控える、という約束は守られているため、条約の内容は漏れていないが、これがイリリア国民の目に留まれば、ただでさえ西ダルダニア事件でナショナリズムが刺激されている今、どんなことになるか。例えるなら火にガソリンをぶちまけるようなものである。
「あー、こりゃめんどくさいなぁ」
「……頑張りましょう、どこかに突破口があるはずです」
もはや言葉ではなく水と紙の投げ合いになっている議場を見つめながら、二人して大きなため息をつくのであった。
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